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グラーツ・シンティリオン第二王子殿下といえば、背中まである艶やかな黒髪と、切れ長の双眸に宝石のような赤い瞳が輝いている大変な美男だ。
王位は兄君のシャルドー第一王子殿下が継ぐ事が決まっているため、将来は臣下として支えるべく、成人前でありながら陰日向に公務を勤められている。剣の腕も立つため、魔物の討伐任務に赴かれる事も少なくないらしい。
私的な印象をいえば、第一王子殿下を立てている影響か、やや寡黙で口下手な方といったところだ。
あとは……乳兄弟である中位貴族のご子息、ハンブ・コルテリアス様が側近だったはずである。よく学園で連れ立っているという話を聞く。
そんな顔が良く万能で地位の高い男。これをスーパーダーリン(略してスパダリ)と呼ばずしてなんと呼ぶ。
そして学園入学後、グラーツ殿下の前に突如現れた麗しの才女マリアン・ピオニエーレ。学年トップを掻っさらう彼女に、子息たちの熱視線が集まる。それはグラーツ殿下も例外でなかった。
初めは競い合う相手として、しかし、彼女の努力する直向きさにいつからか恋慕を抱き始め───
「それでマリアンと大親友の私は、二人の仲を応援する会の会長になる予定だったの。それなのに婚約者がいるなんて!」
「意味のわからない会を発足しないで。殿下はあたしに恋慕など抱いてないわ。そして、第二王子殿下の婚約者はアーシャよ。いいかげん現実を受け入れなさい」
今日も今日とていい茶会日和であるため、自室へ招いたマリアンに未来展望を語っている。
殿下が婚約者と判明してから一月経った。
この驚愕の事実(なんと学園では周知だった)は、私が描いていた直近の将来設計を大いに揺るがした。
「アーシャの言う通り、途中までは間違いないけれど」
「それじゃあ恋に落ちるまでもう一押しなんだね!」
「違う、そこじゃない」
グラーツ殿下が学年首席である彼女に声を掛けられ、切磋琢磨する間柄になったのは合っているらしい。そうして交流する内に、私という婚約者の存在を教えてもらったと。
「嫌だ……私が二人を引き裂く原因なんて……」
「そもそも恋仲じゃないって何度言えばいいの」
「そうだ、婚約破棄してもらおう」
「やめて差し上げろ!!」
顔色をさっと青くしたマリアンが、手に持っていたカップを叩きつけるように置いた。マリアンのために出したとっておきの客人用カップだ。お客は滅多に来ないけれど、もう少し丁重に扱ってくれると嬉しい。
「アーシャは殿下とあたしでいいように妄想してるけど、あたしだって理想があるんだから」
「ええ? マリアンに男の子の理想なんて……」
そう呟く私を軽く睨みつけながら、両手を組んで口元を寄せるとマリアンは重々しく告げる。
「側近のコルテリアス様×グラーツ第二王子殿下。主従逆転、下克上。これ以外認めないわ」
「男同士じゃん! なんでマリアンをどっかにやっちゃうの!?」
「男同士がいいんじゃない! アーシャこそ、乙女ゲーじゃないんだから諦めなさい!」
「嫌だよ! 現実にスパダリ×正統派ヒロインが揃うなんて奇跡なんだよ!?」
そこからは互いの性癖による殴り合いだった。
グラーツ殿下の有能ぶりからスパダリ攻めだと主張する私。対して、コルテリアス様の並々ならぬ献身ぶりから深い愛が窺えると反論するマリアン。
ふと気づいた時には、二人して立ち上がり息を切らしていた。
「懐かしいわ。前世でもこうして推しカプの鍔迫り合いしてたわね」
どこか遠くを見るようなマリアン。きっと郷愁に駆られているのだろう。
「折衷案で、それぞれ別次元の話って事にしてたね」
「お互い枕詞に“あたしの次元では”って言いながら語ってたの、今思い返してもおかしいわね」
堪えきれず、どちらともなく笑い声をあげた後は、互いの拳を軽く小突いた。ここが夕陽の輝く河川敷であれば、もっと盛り上がったことだろう。
「私、この世界でもマリアンと出会えて本当によかった」
「アーシャ……」
私の言葉に、マリアンは眉尻を下げて緩く首を振った。
「そんな風に言われても殿下と恋仲にはならないわよ」
ムードもぶち壊しである。そこは了承する流れだろう。