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しばらくは書き溜めていた物を投稿します。
今世で産声をあげた地は、前世の流行り物のように乙女ゲームやラノベの世界……なんて事はなく、剣と魔法が溢れる何処かで見たような感じの異世界だった。
そして、今世だのなんだのと言っている私は、日本人の少女だった頃の──つまり前世の記憶がある。
思い出したきっかけは片手で数えられるくらい幼い頃のことだ。
私が描いた絵を褒める母と喜ぶ自分に既視感を覚えた時、ぐわっと前世の記憶が溢れてきた。
唐突な出来事で倒れてしまったのだが、ちょうど創作ダンス(題名は『喜び』)を披露していたので、医師からは回りすぎによる目眩で倒れたと診断されて終わった。
幼い時分に前世の記憶が混じってしまったため、人格は前世とほぼ同期したようだった。
おかげで高位貴族にもかかわらず庶民じみた価値観の令嬢になってしまっているが、それはご愛嬌だろう。
さて、前世の記憶を手に入れた私が一番に取りかかったのは、この世界が前世で見た作品に当てはまるかの確認である。
私がよく読んでいた異世界転生ジャンルでは、何らかの乙女ゲームやらラノベの世界に転生するのが鉄板だったからだ。
屋敷の書庫にある地図や歴史書をさらい、自分の知ってる作品に照らし合わせたが、引っかかるものは何一つ無かった。そこで本当に異世界に転生しただけなのだろうと理解したのだ。
転生あるあるのチート能力も期待したが、そんなものは無かった。強いて言えば前世の趣味の影響で絵が得意なくらいだが、残念ながら私の画風に時代が追いついてない。
写実的な絵画が主流のこの世界で漫画的にデフォルメされた絵柄はウケないだろう。
創作ダンスで気を失う(あれは前世を思い出したせいだが)抜けた子供だったせいなのか、徹底的に貴族教育を施された気がする。
曖昧になってしまうのは専ら魔法学に傾倒していたせいだ。高位貴族の血筋であるため、生まれ持った魔力はそれなりにあった。といっても高位貴族の中では平均くらいだが。
娘のうっかりによる魔法の暴発を懸念した母は、学園入学までは威力の高い攻撃系魔法を使用しないよう禁止令を出した。
お陰で日常的に使う基礎の魔法から貴族生活に必須の応用まで多種多様に学ぶこととなり、師からは器用貧乏と太鼓判を押される程に成長した。この称号はいつか返上する予定である。
どこに出しても恥は掻かない程度に教養がついた頃には、王都の学園に入学する年齢に達していた。
社交界デビューとかしないのかと疑問に思ったが、デビューというのは成人式と同義らしく、多少ばらつきはあれど、ほとんどは学園卒業後となるらしい。
ははーん、さてはこの間やたらと煌びやかに行われた立食パーティーが私のデビューだったな。さすが私、優秀である。としたり顔をしていれば、あれをただの立食パーティーと思っていたのかとお母様にため息をつかれた。
そして、あれよあれよという間に学園へ入学。
これが前世で見た転生モノであれば、ここに至るまでに顔の良い側仕えなどが居たり、義理の弟ができていたり、王族辺りと婚約したりしそうなものだが、私にそんなイベントは無かった。
このまま山も谷もない、盛り上がりに欠けるが穏やかな人生を送っていくのだろう。今世のハイライトは前世の記憶を思い出した事だな、などと呑気に考え日々を過ごしたが、早々に更新する事となる。
それは、寮生活にもある程度慣れ、息抜きがてら屋外でスケッチをしていた時のことだ。異端と指をさされても先駆者として前世からの絵柄を貫き通すべきか思い悩んでいると、突風で紙が飛ばされてしまった。
慌てて追いかけた先で、私は彼女と邂逅したのだ。
淡い桃色の髪を風になびかせながら、その女学生は拾い上げたスケッチに見入っていた。
そして、思わずといった風に呟く。
「デフォルメの効いた絵柄とこのカップリング……まさか、アヤもこの世界に……?」
彼女の言葉が聞こえた瞬間、私は脇目も振らず抱きつき叫んだ。
「マキちゃんなの!?」
私だって思いもよらなかった。前世の親友とこの世界で再会できるなんて。
決して、拾われたスケッチが大衆に晒してはいけない内容だったから飛び出したわけではない。まだ健全な方だから人目についてもセーフである。
運命的な再会を果たした私達は、それでもやはり不安だった。本当に相手は自分の知っている親友なのだろうかと。ここは互いに前世で共有していた秘密を言い当てて証明する事で落ち着いた。
「というわけで性癖クイズするよ、マキちゃん」
「いやここ学園内なのだけど? というかアヤのはさっき見たわ。転生してもスパダリ×正統派ヒロイン推しなのね」
「性癖は死んでも変わらない、ってね!」
「アンタは間違いなくアヤだわ」
「マキちゃんだって、相変わらず男の子同士が組んず解れつしてんのが好きなんでしょ!!!」
「人の趣味を大声で晒さないで!」
やれやれなんて言いながらも泣き笑いする大親友につられて、私まで滂沱してしまった。
それから二人で散々泣いて奇跡的な再会を喜んだ後は、誰が聞いてるともわからない場所でなど性癖クイズを開催するなと説教された。
高位貴族の嗜みとして、密談時には盗聴防止の魔法を掛けているので安心して猥談できるんだぞと胸を張れば、そんな目的で使うものじゃないだろうと更に怒られた。
「アヤ……いえ、今はアーシャ・クレアティオ様ね」
ふと彼女のこぼした言葉が、今の親友と私の距離を感じさせた。しかし、そんな事でめげるような精神では高位貴族のお嬢様なんざやってられないのである。
私はあえて空気を読まず、明るい調子で会話を続ける。
「マキちゃんこそ、マリアン・ピオニエーレ様でしょ! 学園一の天才美少女!」
「もう、茶化さない。それに様付けなんてよしてよ。あたしの出自、知ってるでしょ?」
マリアンは同学年で一番の成績を誇る才女なのである。座学だけでなく実技まで優秀。
実は同学年であらせられる第二王子殿下や、他の名だたる貴族令息達を抑え、既に越えられない壁として学園に君臨している。入学してまだ数ヶ月にもかかわらず無双状態だ。
また、彼女は庶子であるとの噂されていたが、それが本当だとしたら前世で見た”オレツエー系“の主人公みたいではないか。実にカッコイイ。
常に邁進し続けるマリアンを以前から素敵だと思っていたし、どうにかお近づきになれないかと片思いしていた。
という気持ちを滔々と語れば、マリアンは早々に白旗を上げた。
「わかったから! あたしも……アーシャ様と仲良くできたら、嬉しいわ」
「敬称なんて無し! 私はマキちゃんだって分かる前から友達になりたかったんだから、大歓迎だよマリアン!」
創作ダンス(題名は『友情』)で喜びを表せば、やっとマキちゃんの時のような柔らかな笑顔を見せてくれた。それから何故かため息をついたマリアンは、こめかみに指先をやって呆れたように口を開く。
「まあ……自分でもアーシャの好きそうな正統派ヒロインポジみたいだと思ってたわ」
さすが前世からの大親友。よくわかってらっしゃる。
性癖(誤用)ですが、性的嗜好だとテンポが悪くより露骨な感じがするので誤用のまま突っ切りました。ご勘弁ください。