08.トランスジェンダー
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母の従弟が処女受胎の情報を漏洩した人物だと書き加えられている。
どうなったのかの記述はない。
最後に『記憶が消えるというのは怖い。だから正の字で数を残す。これを一回読んだら一画付けたそうと思う』と書かれている。私は日記の「私」に賛同し、最後の「T」に一画追加して「下」とする。
日記を読み耽る間に昼食も夕食も終わっている。
今日はこのまま寝て、明日、病院にまた行って記憶について聞こうと思う。
翌日。
病院に送ってもらい、待合室で待っていると、なぜか懐かしい感じのする綺麗な男性が入ってきた。
ふとこちらに視線を向けたその彼は、動きが一瞬固まり、こちらへとやって来る。
「久しぶり、素子ちゃん。会いたかったよ」
「え?」
久しぶりと言われても記憶にない。確かに懐かしさは感じたのだが。
「ごめんなさい、記憶がないの。誰だったかしら」
「ああ、ごめん。ボクはリョウ。以前は量子と名乗っていたよ」
頭が混乱する。
「ええぇ!? あの、量子ちゃん?」
「うん、量子だよ」
何故に量子ちゃんが男になっているのだろうか。
「なんで男なの?」
「あはは、まあ、そうくるよね。ちょっと長くなるから、座って話そうか。時間ある?」
「受付待ちしていただけだから、別に時間はあるよ。他の所へ行く?」
「向かいの薬局の隣に行こう」
病院の向かいにある薬局の隣には、喫茶店があった。
そこの窓際に陣取り、話を聞くことにする。
「トランスジェンダーって知ってるよね?」
そんな言葉から量子ちゃんの話は始まった。
「ボクはそれだったみたいでね。でも付き合っていた素子ちゃんには言い辛かった。女としてのボクを好きでいてくれたのに男になってしまったら、どういう目で見られるのか。いや、嫌われるのが怖かったんだ」
嫌われるのが怖い、それは当然だろうと思う。というか私は何故男装をしているのか、という疑問だったのだが、ホントに男になっているとは。この驚愕はどうすればいいのだろう。
「素子ちゃん、おっぱい好きだったから特に今の姿になるのが、ね」
その言葉に羞恥を覚えて顔を逸らす。日記には確かにそんな性癖が見て取れた。
「それにボクら、実の姉妹なんだ」
「はっ?」
いきなりよく分からないことを口にするものだから、思わず声が出た。
「やはり知らなかったみたいだね。同じ年だけどボクが姉になるんだ」
「でも、誕生日はどうなの? 私が12月で量子ちゃんが4月、8か月、いえ、7か月と少ししか違わないはずよ」
「素子ちゃんが未熟児で生まれているからだよ。だから同級生であってもおかしくはないよ」
量子ちゃんの言葉を吟味する。日記には誕生日も記載されていた。年齢は書かれていなかったけど。
確かに、そういうこともあるかもしれない。
「それじゃあ私たち近親相姦だったの?」
「別にいいじゃないか。子供が出来るようなことしたわけでもないし、それともゾロアスター教にでも入信するかい?」
「ゾロアスター教がどういうものなのか知らないけど」
「まあ時の権力者たちは既得権益を他者に与えずに自分たちの子孫に残そうとして、より血縁が近い者たちで交配していたんだよ。王家とかそういうのに遺伝病があったりするだろ。ボクも詳しくないけど、そういう流れで兄弟愛やらもあるから余計に男女愛と合わさって素晴らしい愛に満たされる、とかいう感じの宗教さ。入れるかどうか、まだあるのかすら知らないんだけど」
えっと、要するに近親相姦でも良い、っていうことかな。
「子供ができなきゃ、何してもいいの?」
「日本の倫理観とかだよね。でも子供もいるし、もう遅いよね」
「えっ!?」
いつの間に量子ちゃんとの子供がいたの。付き合っていた時は女同士だったはずなのに、どうして?
明日次回09.二児の親