11.欲望
◇ ◆ ◇
「飛び降りたというのはどういうこと?」
「そのままだよ。飛び降り自殺しようとしたということさ」
量子ちゃんの話によると私たちの母は、私たちのためと思いつつ私を殺そうとしたことにショックを受けたんじゃないか、ということを周りの証言から推測したらしい。
それで思い余って飛び降りてしまったようだ。
もともと罪悪感があって傍から見るととても無理だったのに、気が張って視野狭窄に陥ったのか周囲を見えてなかったと私の義父が伝えたんだと。
私の養母の従弟が唆した可能性が高いらしい。
自分の計画でも母の計画でも最初の障害となる邪魔者の私を排除する必要から共犯に仕立て上げようとしていた。
だが計画が失敗して、母が「もうやりたくない」と発言すると殺そうとした相手が私だったと教えて、それを知った母が取り乱して勢いで飛び降りを実行したという。
また私の養父は私の母のことを知っていたので、気に掛けていて優しくしていたようだ。
それに母は私たちを産むときに強姦されているのだから男性不振に近く、そもそも不倫関係というわけでもなかったらしい。男性経験の少ない母の誤解を養母の従弟が計画に組み込んだようだ。
養父母の仲が悪いわけでもないことがこの話から分かった。養父は浮気をしていたわけじゃなかったのだ。
日記の私は勘違いしていたのだろう。
量子ちゃんはこの後、LGBTQ+の団体の集会へ行くらしいが、まだ時間があるという。
「ところでLGBTQ+ってどんな団体なの?」
「古くは人権侵害に対抗するため、アメリカでは1988年頃からあったらしいよ」
と、量子ちゃんは答える。それほど詳しくないのか、思い出しながらという感じだ。
「いろいろと迫害されたりしたんだろう、でも、尊重されるように訴えている」
「迫害までするのかな」
「今はもう迫害とかまではいかないだろうけども、他にも欲が出て来たんだろうね」
「欲?」
「例えば、同性婚。結婚しているとしてないとでは、税金などの優遇処置が受けられなかったりする。他にも手術における同意が家族ではないから出来ない、とか。保険、別姓のままなど。さまざまな権利などを得られない。権利じゃなく絆と言い換えてもいいかもしれない。
だからその権利を得たいと望んでいるんだよ。死んでも一緒のお墓に埋葬されなかったりしたら絆を引き裂かれたと考えてもおかしくはないだろう」
パートナーと生きてる間は一緒にいたいということは叶っても、他人は得られている恩恵を得られないと言うことは羨ましいと思うのは当然のこと。そう、量子ちゃんは教えてくれた。
「迫害などが無くなったとしても、いや、無くなったのなら尚更自分たちにも権利を求めるのは普通でしょ。
人の欲望というのは限りない、尽きることはない。
人としては同じだという、平等だと。しかし好きな人と結ばれないというのは等しくない、というような訴えだよ。
他にもあるのかもしれないけど、そこまで詳しいわけじゃなし。
でも、好き同士で付き合ってるのなら、それでよい。だからデモなど、うるさいからするな、というような意見はLGBTQの団体の訴えを真面目に聞く気のない人たちだよ。
権利を勝ち取ろうとしていて、個々では意見なども違ったりしても、協力し合って圧力に抵抗する、抵抗できるために少数な者を集めて無視し得ない数として纏まったんだと思うよ」
そういう心無い人にいろいろと言われたんだろうな、という訴えだった。
「そもそもLGBTQ+って何? 特に最後の二つ」
根本的な質問をぶつけてみる。そこから!? というような表情に見られることを覚悟したけども、普通に応えてくれた。
「だいたい知ってる通りだと思うよ。男女二元論の否定。性的指向と性自認が定まってない層が最後だね。クエスチョニングとかクイアとか呼ばれているみたい。……そろそろ時間みたいだ」
机の上にバイブの振動が響く。もう時間だというので、量子ちゃんと別れてもう一度病院で記憶のことについて確認しようと慌てて移動する。
いつの間にか話し込んでしまって、時間が遅くなってしまったからだ。
受付時間が無くなりそうだったから急いで受付に行った。
日記の情報で好きになった相手という量子ちゃん。いや量くん、かな。ずっと量子ちゃんと呼んでしまった。イメージと外見は違ったけど、なんとなく中身は同じなんだと、好感が持てた。
たぶん記憶じゃない部分で好きなんだろう。
それから待合室に座ってしばらくすると呼ばれたので立ち上がる。
すると床がぐらりと揺らいで、天井の蛍光灯の光が降り注ぐように目の前が眩んで――――
やばい、記憶が飛ぶ。
何故かそう確信した。
薄れゆく意識の中で日記の最後の項の正の字の数が思い浮かんだ。
あれはきっと繰り返しの回数なのだと。
そして意識が暗転した。
――ジジジ。
雑音。ホワイトノイズと言うべき音が喧しくで意識が浮上する。
そこへ視界に影が差す。
目を瞑っていたため『瞼に影が』の方が正しいのだろう。
その動く物の気配に驚き、目を見開く。
「うわっ」
「きゃっ」
影は人影だった。
そして強い既視感に襲われる。同じようなことを繰り返しているみたいな……