第122話 巨人の里
ドラコ・レグルスを出発してから数日、アリシア達は帝国南部にある竜のアギトを目指して街道をひたすらに南下していた。同行した商隊はどうやら竜の山で数多く仕入れた珍しい品々を、各地で売りさばいていた。短い時間ではあったが、見た目に反して、義理堅く人情に厚い商人達だということがよくわかった。
『俺達はこのまま帝国中を周る予定だ。兄さん達はあそこに向かうんだろう?』
まだまだ遠い平原の先ではあるが、雄大に突然聳え立つ巨大な山が見えてきた。
『あぁ、竜のアギトだったか。仲間があそこにいるみたいなんでな。』
『あそこは熟練の探索者ですら近付かない危険な場所だって聞くぜ。何かあったらすぐ逃げた方がいいぜ。』
『覚悟の上だよ。だって、あそこにはアルクスがいるんだから…!」
『惚れた弱みってやつですな。だが命あっての物種とも言いますぜ。それじゃあお気をつけて、また縁があったらよろしく頼みます!』
商人の言葉に赤くなるアリシアだった。
商人達は早々に次の街へと向かい、アリシア達もようやく竜のアギトの麓へとたどり着いた。
「ここが、竜のアギト… きっとここにアルクスがいるはず…」
アリシアが確かめる様につぶやいた。
「アルクスのことだから、もう真紅龍様にお会いしているかもしれないわ。早く追いつかないと。」
クリオはそういうと足早に歩き出した。
急足でアギトの山頂へと辿り着いたアリシア達だったが、そこにアルクスの姿を見つけることはできなかった。
「なんて巨大な穴だ。ここに落ちたってことはないだろうな。」
「だが特に痕跡も見当たらないな。」
バルトロとスペルビアは大穴を中心にアルクスを探した。シンケルスもスペルビアから尋ねられても首を横に振った。
「あっ、あそこに神殿みたいな建物があるよ!」
アリシアが遠くにポツンと建つ小さな神殿を見つけ、一同はそこに駆け寄った。だが、そこにもアルクスの姿はなかった。神殿の中はがらんとしていて、ただ一つ、床に大きな魔法陣が描かれているだけだ。
「最近ここに誰かしらが来たのは間違いなさそうだな。それがアルクスかどうか。」
「えっ、なんでわかるの?」
「魔法陣の近くだけ埃の積もり方が違う。誰かが乗ったんだろう。おそらく転移魔法陣だな。」
「アルクスもこれに乗って、どこかへ転移したのかな?」
「行き先が1つとは限らないが、試してみる他ないだろうな。」
スペルビアの気付きにアリシアとクリオが質問を投げかけている間、バルトロはいつ戦いになってもいいようにと準備を整えていた。
「なら、俺達も乗るしかないな。いくぞ!」
バルトロの合図で、一同は手を繋いで魔法陣の上に立った。次の瞬間、目の前の景色が一変した。
「ここは、神殿か…?」
目の前に広がっていたのは、転移前の神殿と造りは同じ様に見えるが信じられないほど巨大な建造物だった。バルトロ達の背丈からすれば、まるで小人になったかのような錯覚を覚えるほどに。
「何だこれは、俺達は小さくなったのか?」
バルトロの問いに皆が首をかしげる。
「いや、あれを見ろ。」
スペルビアが指差した先には、彼こそがこの巨大建造物の主だと言わんばかりのバルトロ達よりもはるかに大きな、人の姿をした影があった。
まさしく巨人だ。
巨人は両手に大きな籠を下げ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。籠からは、果物の良い匂いがした。神殿らしき場所を考えるとどうやら神?への供え物を持ってきたようだ。
『おや、珍しい客人だね。』
近づいてきた巨人は、驚いたように目を丸くした。
『私はこの里の祭司パガンだ。人間とそちらは人間…ではないな。初めてお会いしますが、真紅龍様の眷属の方々かな?』
『いえ、私は天空竜様の下にいるものです。そしてこの者達は藍碧龍様に認められた龍騎士、蒼翠龍様に連なる者です。真紅龍様にお会いしに伺ったのですが。』
竜人であるスペルビアが答えるのが一番無難だと判断して、答えた。
『ほう、真紅龍様に会いたいと。今すぐにとなるとそれは難しい相談だが、毎週行われるお祈りの時ならば、真紅龍様のお姿を拝めるだろう。それまでは私の家に泊まっていってはどうかな?昔人間が来た時の物が使えるはずだ。』
パガンの申し出に、一同は顔を見合わせ、頷いた。案内された先は、巨人族の里とでも呼ぶべき恐ろしく広大な空間だった。
アリシア達は、里で巨人族の温かいもてなしを受けた。サイズの違いに戸惑いながらも、陽の光が眩しいほど降り注ぐ里で、心地よい時間を過ごした。珍しい客人とあって、アリシア達よりも大きな子ども達ともすぐに打ち解けられた。
『あの山の岩肌に描かれた模様、龍に似てるわね。』
里を見渡せる丘の上で、クリオがつぶやいた。
『ああ、あれはこの里を守る真紅龍様の彫刻だよ。」
そばにいた子どもが嬉しそうに答える。
『お祈りの日が近づくと、真紅龍様はあの岩から這い出して、里に降臨なさるんだ。すっごく大きくて、怖い顔してるんだよ。』
クリオとアリシアは頷きながら、アルクスの行方を案じていた。無事でいてほしい。そう心の中で祈る。
そして迎えたお祈りの日。里の人々は皆、神殿に集まり、祈りを捧げていた。
アリシア達もその中に混じり、真紅龍の出現を待ち望んでいた。
『いらっしゃったぞ…!』
どこからともなく、地響きのような音が聞こえてくる。岩肌が、ゆっくりとうごめき始めた。やがて、神殿の天井に開いた大きな穴から 、想像を絶する巨躯が姿を現した。
全身は紅黒い鱗に覆われ、鋭い牙と爪を持つ龍。『龍王』と呼ぶにふさわしい、威圧感に満ちた姿だった。真紅龍の前では巨人達も小さく見え、ここでの人と龍との関係性を見せつけられた。
真紅龍が降り立つと、巨人達は頭を垂れ、賛美の祈りを捧げる。そしてパガンが、供え物の籠を真紅龍の前に差し出した。 ところが、その籠の中に、人の姿らしきものが見えた。
『アルクス!』
アリシアの悲鳴が響く。真紅龍が籠をひっくり返し、アルクスとティオが地面に投げ出されたのだ。
アルクスとティオは意識がないのか反応は無い。
『パガンよ、この者達は一体…?ん、こやつからは他の龍の匂いがするな。』
真紅龍は大きく唸ると、大きな鼻を膨らませた。
『…む?』
真紅龍の鋭い眼光が、アリシア達を捉える。
『其方は…藍碧龍の御子か? 話には聞いていたが、一体なぜここに?』
真紅龍は低い声で問いかける。
アーラは、ぴぃ、と鳴いた。
『この人間がそなたの育ての親というか。確かに同じ匂いがするな。ハハハ、面白い!人間が未来の龍王を育てるとは、これまで聞いたことがない』
真紅龍は大いに笑い出した。珍しい光景に、巨人達もざわめいた。
その時、アルクスはついに目を覚ました。
「ここは…?」
アルクスが巨人と龍とそしてアリシア達に囲まれている状況を飲み込めずにいると、真紅龍が尋ねた。
『我は真紅龍と呼ばれておる。お主もよく知っているであろう、龍王の一角だ。人間がここに来るのは骨が折れたであろう。どの様な要件でここまでやってきたのだ?』
真紅龍の問いに周りが急に静かにんった。
『最後に貴方に会うために。』
『ふむ、全ての龍に出会った龍騎士など一体いつ以来だろうか。さて、それだけの苦労にはそれなりの願いが込められているかと思うのだが、お主は何を望む?』
真紅龍は鼻を鳴らし、アルクスを見下ろした。そこには今までにない圧力が含まれていた。
『私は…国を作ろうと思っています。力無き者達の楽園を。それが、私の願いです。』
『ほぅ、国作りか。面白いのう。お主は龍玉も授かっておるようだし、資格も十分だ。その志は認めよう。』
真紅龍が頷く。
『ただ、少しタイミングが悪くてな。今このタイミングでは協力は難しい。なにせ、この里も今や存亡の危機に瀕しておるからの。』
アリシア達がざわついた。
『存亡の危機…?』
『こんなに平和な里なのに…?』
『私が話しましょう。』
そういってパガンは里の現状を話し始めた。
『私達はかつて 別の世界の巨人の国で暮らしていました。しかし世界の崩壊に伴い、住む場所を追われ、縁あって真紅龍様に匿っていただきこの地で暮らしてきました。100年以上の年月を真紅龍様の加護の下で穏やかに過ごし、少しずつ世代交代が始まりこの地に根付き始めたこのタイミングに、『魔王』を名乗る者が屍から作り出した兵を率いて突然現れたのです。真紅龍様が不在の時を狙われたこともあって、魔王との戦では多くの仲間を失いました。そして一部の仲間を亡骸は魔王の手に…』
『魔王はどうやら、死者を操る術を使っておるらしい。酷いことをする…』
『魔王、やはり復活して… 死者を操る術、もしかして…?』
『お主、何か知っているのか?』
『帝国で魔人と呼ばれるものに出会いまして、天空竜様がおっしゃるには魔王が禁忌とされる魔術で生み出したと。あと王国と帝国の国境付近でレヴァナントと呼ばれる暴れ回る死者を多数確認しました。帝国兵が持っていた煙で生み出されたみたいでしたが、魔王と関連があるかはまだわからないです。』
『いつもと違って今回は比較的大人しいかと思っておったが、裏で何か企んでいるのかもしれぬな。』
『その魔王とは、いったい何者なのでしょうか?アルフグラーティではおとぎ話に少し登場するくらいで、人間とよく戦っているとは聞きましたが…』
クリオが申し訳なさそうに尋ねた。
『確かに人間以外には馴染みが少ないかもしれないな。もとはただの1人の青年だったが、神の下で神になる寸前まで登りつめた天才だったらしい。だが、何かのきっかけで心が壊れ、神に見放された。その恨みにつけこまれて様々な悪意と混じり魔王へと変貌し、神にも等しい力で世界に反旗を翻した。まぁ、神々の被害者だと思っておけばいいだろう。』
真紅龍はどこか遠くを眺めている様にも見えた。
『魔人に屍兵にと今回は大規模な軍勢を準備している様子だな。魔王の下には元々神の使徒だった者達も数名降っている。今回は帝国を使って神への叛逆を企んでいるんだろうな。しかし我が庇護下にある巨人達を屍兵などにされては敵わん。』
『…わかりました。私達にできることがあれば、力になります。』
アルクスは即座に告げた。真紅龍はその言葉を待っていたとばかりにニヤリと笑った。
『うむ、それは心強い。ではこれからどうするか、話し合おうではないか。』
真紅龍の言葉に、アルクスは仲間と顔を見合わせ、頷いた。
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