保険の契約
これは、保険の契約にお客様宅を伺った時の話です
その家は現在、娘が嫁に行ったため、60代の夫婦だけが住んでいる
夫婦は、娘が嫁に行った寂しさを紛らわせるために、近所の野良猫にエサをやっていた
そのため、エサが欲しくなった野良猫が、その家に来ることがあるそうだ
野良猫がその辺で排泄をするのか、玄関からして、おしっこの臭いがひどい
誰も契約に来たがらないわけだ。今月のノルマ達成が厳しい俺は、仕方なく来たのだ
「どうぞ、あがってください」
「いえ、玄関でも大丈夫ですよ」
「今、妻がお茶を入れているのでどうぞ」
玄関から見える家の中は、散らかっているので入りたくなかった。それでも、契約のために我慢して家に上がる
部屋は、畳になっていて、こたつが置いてあった。すると、そこから黒猫が出てきて、俺の足に体をこすりつけてきた
「こらこら、クロちゃん、そちらはお客様だよ」
クロちゃんは、しばらく俺の足に体をこすりつけると、部屋から出て行った
やはり、部屋の中もおしっこの臭いでひどかった
「どうぞ、お茶とお菓子をどうぞ」
お菓子はまだ、包装紙に包まれているタイプだったからいいが、お茶には猫の毛が浮いている様な気がして飲む気にならない
「先に、こちらを」
俺はさっさと契約を終わらせて帰ろうと思い、契約内容の説明を行う
「それだけ話してたら、喉も乾くでしょう。お茶をどうぞ」
奥さんが、お茶を勧めてくる。正直、飲みたくは無かったが、断り続けると、契約を止めたと言われるかもしれないと思い、口をつけて、飲むふりだけした
お菓子は、普通に腹が減っていたので、1個いただいた。一応、賞味期限も見たけれど、大丈夫だった
お茶菓子は、こうやってお客に出す機会が無く、棚に眠ったままで、賞味期限切れのお菓子になって出てくることも多々あったから、食べる前に気を付けている
「ところで、臭いませんか?」
旦那さんがそう言ってきたが、正直に答えようかどうか迷っていると、続きを話し出した
「最近、臭うんですよ、肉が腐ったような臭いが、床の下からするんですよ」
あぶねぇ、おしっこの臭いの事じゃ無かったのか。言われて、臭いを嗅ぐが、おしっこの臭いしかしない。騙されたのだろうか
「業者にも床下を調べてもらったんですがね、特に異常は無かったんですよ」
それなら、あなたの鼻がおかしいのでは、と言いたいのを我慢して愛想笑いをする
「ああ、蓄膿症でも無いですよ」
まるで、心の中を読んだかのような話に、どきりとしたが特に機嫌を損ねた感じは無い
無事契約が終わり、再び玄関に立った時、ふと、何かが腐ったような臭いがした
後日、床下に大量の猫の死骸があったことが分かった。なんでも、奥さんが家に来た猫を殺していたんだという
そして、痴呆が入っていたという理由で、保険の契約も無効になった




