松の木
海岸に一本だけ生えている松がある
それをじっと見つめている女性が居た
ずっと見ていたわけではないが、俺が来てからかれこれ2時間は見ているのではないか
海の家でラーメンを食った後、まだ松を見上げている女性に声を掛けることにした
女性は、海辺には似つかわしくない、長袖長ズボン。日焼けするのが嫌なのか、麦わら帽子まで被っている
「どうして松を見ているんですか?」
急に声を掛けたにもかかわらず、女性はこちらを見向きもしない
「ねぇ、何で木なんて見てるの?」
無視されてイラッとしたので少し強い口調で聞く
それでもこちらを見なかったが、返事を聞く事が出来た
「なんでって、見て分からない?」
「見て分からないから聞いてるんだけど。ああ、ナンパ待ちってことでおk?」
俺は無理やり女性の手を掴もうとして……やめた
よく見ると、手は黒い手袋をしている。この真夏の海辺で
急に、女性が振り向かないように、と思い始めた
顔を見るのが怖い
相変わらず、女性は松の木を見続けているが、視線は俺を見ている様な気がした
しばらく沈黙が続くが、女性は「どこかへ行け」とも「どこへも行くな」とも言わない
俺はじりじりとあとずさりし始める
「あの木……なんであそこに生えてると思う?」
「し、しらねぇよ」
俺が逃げようとしたタイミングで声を掛けられ、逃げるタイミングをはずされた
「あの木はね、昔私が植えたものなの」
「は? どう見ても何十年も経ってるような大きさだぞ? 嘘つくなよ。ああ、大きな木をそのまま植えたって事か? そりゃよかったな、じゃあな」
そう言って立ち去ろうとしたが、足が動かない。女性は俺の言葉を無視して勝手に話し始めた
「私はね、子供のころに約束してたの。男の子と。この木が大きくなるころに結婚しようって。だけど、その男の子は大きくなる前に死んじゃった。それでも、私はずっと待ってるの」
「…………」
「水難事故だった。私を驚かせようとしたのかしらね? 私が毎日のように木を見に来るのを知っていたから、海の中に隠れてたみたいだけど、運悪く波にさらわれたらしいわ。だけどね、死体はあがらなかった。なんで死んだかわかるかって言うとね、あの木の側に今も男の子が立っているからよ」
そう言って少しずつ俺の方を見るように、ゆっくりと、1分間で10度くらい首を動かしている様な、そんな速度で……
そして、横顔は骸骨の様に見えた。見間違いかもしれないが、少なくとも白かった事だけは覚えている
気が付くと、俺は自分の車に戻っていた。もう2度とこの海岸へ来ることは無いだろう……




