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3.魔女は実在するらしい

 目が覚めて四日目にして、やっとソフィアはベッドから出ることを両親から許された。目を覚ました翌日にはすっかり平熱に戻り、倦怠感や疲労感も翌々日には無くなっていた。その時点でソフィアとしては完全復活のつもりだったのだが、十日も眠り込んでいたため少し痩せこけ、体力や筋力も少し衰えていた。それを母親に指摘され、プラス一日様子見で養生したのだ。

 とはいえ、ソフィアも直ぐに仕事や外出ができるとは思っていない。まずは体力を戻すべく、朝からリビング兼ダイニングの掃除をしていた。

「はー、久々に身体を動かせた!けど、やっぱり疲れたー」

 作業を終えたソフィアは大きなダイニングテーブルに上半身を預ける。時計を見れば、もうすぐ十五時だ。両親は昼から揃って外出していて、コリーもその時に近所へ預けられた。そのため、今はソフィアが一人で留守番をしている。

「それにしても、ほんと生き残れてよかった。一度目の人生を思い出したと同時に二度目の人生終了なんて、笑えない」

 両親の説明では、十日前の夕刻に近所の男性たちが意識のないソフィアとコリーを家に運んできたのが発端だと言う。男性たちから某店舗で機械の爆発事故があり、ソフィアたちが巻き込まれたと聞かされた母親は、慌ててソフィアたちの身体を確認した。二人とも怪我は全くなかったものの、ソフィアは既に熱を出していて、慌ててベッドへ寝かせたそうだ。そして、翌日の朝にコリーが目覚めたものの事故の記憶はなく、ソフィアに至っては十日間も寝込んでいたということで、両親は気が気ではなかったそうだ。

 寝込んでいた間ソフィアは高熱でうなされながらも、偶に意識を戻していたらしい。ソフィアとしては全く記憶にないのだが、そんなときに水や薬を飲んでいたため、なんとか一命を取り留めたのではと両親に言われた。

 ソフィアの記憶を見る限り、平民街での生活は前世の中世ヨーロッパの生活様式に似ている気がする。平民は幼い頃から家の手伝いをしながら社会性を育み、十歳から二年間は読み書き計算などの初等教育を受ける。初等教育が終われば半人前として働き出し、職業によっては一人前と呼べるようになる一六歳ぐらいから男女ともに結婚適齢期を迎えて家庭を持ち始めるのだそうだ。

 前世に於いての中世ヨーロッパ時代の知識は、高校時代の選択で日本史を取ったために、興味のある部分だけ調べたものや雑学で覚えた程度だ。なので、ソフィアがその整合率を見ようにも無理で、そもそも魔法がある分、元の世界の知識がこちらでどれだけ通用するのかも未知の状態だ。

(それでも、この世界に点滴があるって記憶はないし、平民の病気治療は基本的に寝込んでるだけ。医者に診てもらうとか薬を買うとかの財力があれば別で、民間療法は眉唾もあるって感じだよね。もし、ソフィアが知らないだけで点滴があったとしても医者に診てもらう必要があるか。魔法も、治癒魔法とかありそうだけど、貴族が平民に使うわけないよね。ほんと、生きててよかった)

 両親から聞かされたときのソフィアの感想である。

「そろそろお父さんたち帰って来るかな」

 両親が外出中なのもコリーが近所に預けられているのも、この後我が家に魔法院から人が来るのだ。

 件の事故の際、神秘的な現象があった。爆発現場を中心に高位の範囲治癒魔法が展開され、事故に巻き込まれて怪我した者たちが皆、その症状如何に問わず一瞬で治ったのだ。当初、功名な聖職者か高貴なる貴族が魔法を使ったのかと調査されたが、そもそも高位の範囲治癒魔法を使える者などこの国には存在しないという。では、冒険者かと調べても、あの日あの場所でそんな魔法を使った冒険者は名乗り出なかったし、探しても未だ見つかっていない。そんな中、目撃者の証言を集めていく中で浮上したのが、一人の平民だった。

 それが何を隠そう、ソフィアである。そうやって名前が上がったせいで、魔法院からソフィアの身体を急ぎ調査したいと依頼が来たため、体調の落ち着いた本日やってくることとなったのだ。

「いやー、あり得ないよね。平民はそもそも魔法が使えないって前提の世界だよ?それともあれかな、うちに喧嘩吹っ掛けてるのかな」

 この世界に魔法があると知ったとき、ソフィアはとても喜んだ。フィクションでしかなかった前世のあれやこれやが、現世では実体験として楽しめると思ったからだ。それなのに平民は使えないと知ったとき、ソフィアは作業の終わっていた七並べの個所を力いっぱい蹴っ飛ばしたのだった。

 そんな使えないはずの魔法を平民のソフィアが使えるということは、ソフィアの身体に貴族の血が流れていることを意味する。馬鹿なことだと思いつつ、隔世遺伝を疑ったものの、元貴族なんて話をソフィアは両親から聞いたことがない。そして、ソフィアが不義の子であるはずもない。

「親子関係を確認できる魔法とかないのかな?あったら、貴族社会が大変なことになりそうだけど」

 この世界の倫理観がどのようなものか、ソフィアははっきりと分からない。両親は噂話をあまり好まない性格で、以前のソフィアも友人たちとの会話でそのような話は極力避けていた。だが、洋の東西拘わらず、前世の権力者や殿上人のお家騒動話が後世にまで残っているのは事実。それがこちらの世界では違うとはソフィアは思えない。

 そんな物思いに耽っていると表が騒がしくなった。そして、すぐに誰かが玄関を開ける。

「ただいま、ソフィア。体調はどうだ?」

「お帰りなさい。もう大丈夫だって、朝も言ったでしょ」

 声と共に入ってきた父親がソフィアへハグしてくる。内心腰が引けているのだが、これがこの世界の挨拶なのだから仕方ない。父親の後から母親やローブ姿の大人三名も家に入ってきた。

「ただいま。掃除、ありがとうね」

「お帰りなさい。身体を動かすのに丁度良かったよ」

 母親とのハグも終え、ソフィアがローブ三人組に視線を向けると手前の人がフードを取った。腰までの白髪は無造作に垂らされ、皺やイボの多い顔にはぎょろりとした目と鷲鼻が乗っている。その姿は、ソフィアに古典的な魔女を連想させた。

「初めまして、ソフィア嬢。あたしゃ魔法院第一調査部から来たトドーさね。後ろの二人は部下で、今日の魔力調査の助手だよ」

「お、お忙しいところお越し下さり申し訳ありません。お初にお目にかかります、ソフィアと申します」

 外見に似合うトドーのしゃべり方に圧倒されながら、ソフィアは前世の癖も相まって目上に対する挨拶をした。お辞儀をして顔を上げると、両親を含む五人が驚いた顔をしていた。

(え、なに!?貴族相手だから失礼のないようにしたつもりなんだけど、言葉使い違った!?)

 大人たちの視線が居心地悪く、ソワソワし始めたソフィアに気付いたトドーがにやりと笑う。

「なかなかどうして、ソフィア嬢はきちんと挨拶が出来るようだね。これなら、ご両親も少しは安心さね」

「両親が安心、ですか?」

「今日の調査結果の如何で、ソフィア嬢は魔法学院に行くからねぇ」

「え!?」

 両親へ視線を投げていたソフィアだったが、トドーの言葉に勢いよく彼女へ顔を向ける。

 魔法学院といえば、魔法の扱いを含めた教養を身に付けさせるために国が設立した特別な学校だ。魔法を教えるため、通えるのは王族や貴族の子息令嬢たちのみとなっている国の教育機関の最高峰。それらを知識として知ってはいるが、当然平民のソフィアには縁遠い場所だ。

「当然だろう?魔法を使う者は皆、魔法学院への入学義務があるのさ」

「その件ですが、私には何方かの見間違いだと思うのです」

「ヒヒヒ、それを判断するために今日は来たのさ。とはいえ、立ち話もなんさね。そろそろ椅子に案内してくれないかい?」

「あ、そ、そうでした。こちらにどうぞ」

 トドーの言葉に両親がやっと反応し、三人をリビング兼ダイニングの大きなテーブルに案内する。ソフィアもトドーの魔女笑いに感動しながらキッチンへと向かう。

 リビング兼ダイニングと仕切られたキッチンには水瓶に流し台、そして竈がある。木椀や木皿は括りつけの棚に片付けられ、鍋などの調理器具は壁に吊るされている。ソフィアはやかんに水を入れると、竈の前に立った。

 ソフィアの膝まで積まれたレンガの上には横長の土竈が鎮座している。その前面には薪をくべるための窓が大小二つあり、天井部の左側には鍋を直接火にかけれるよう穴が開いている。対の右側はパンやパイを焼くための石窯で側面の窓は大きい。窯の内部には火力調整のための可動式仕切りがある構造だ。そして、壁側にある煙突は屋外まで続き、一酸化炭素中毒にならないよう工夫がなされている。

(あれ、さっきまで気にしてなかったけど、この竈って何となく日本風だ。というか、中世っぽい割に機能的な気がする。ほんと、この世界って文明の発展具合がちぐはぐだよね)

 不思議に思ったもののそういうものだと納得して、ソフィアはお茶を出す準備に入る。慣れた手つきで左側の穴を道具を使って小さくし、既に火をつけていたそこにやかんを乗せる。右側の天井部に茶葉を入れたポットを用意すると、お湯が出来るまで手が空いた。客の様子を伺うため、ソフィアは首だけ後ろへ向けた。

 両親はテーブルに並んで座っていた。だが、落ち着かない様子でトドーたちを見ている。そして、トドーたちは両親の視線を意に介さず、持参した荷物をテーブルの上に広げていっている。大人の話が必要かと思ってソフィアがお茶の用意をすることにしたのだが、どうやら気を回す必要はなかったようだ。

(あれって鉱石に瓶に、あれは葉っぱ?棒切れもある。一体何に使うのよ)

 テーブルに置かれていく物たちを何気なく見ていると、確認のためかトドーがそれらを手に取る。その姿がいよいよもって怪しく見え、ソフィアは小さく笑った。笑ったあと直ぐに失礼だと思い直し、お茶の準備へと戻る。

 程なくしてソフィアがリビングに戻れば、テーブル上にはその半分を覆うように黒く大きな布が敷かれていた。布には大きな二重円の中に文字や複雑な幾何学模様が白い顔料で描かれ、所々に先ほど見た鉱石や小皿に移された水、棒などが置かれている。

 それらを前に両親は興味津々のようだが、注意を受けたのか触らないようにしている。お茶を配りながらも、ソフィアも初めて見る実物の魔法陣に興味が惹かれる。

「これ、もしかして魔法陣ですか?」

「おや、良くこれの名称が分かったね」

「え、あ、な、何となくそんな名称かなぁと」

「ほう。初見でこれが魔法陣だと思うなんて、不思議なことさね」

「それは、あ、あれですね。魔法院の方が作った文様となれば、ま、魔法って名前がどこかに付くのでは、と思っただけです」

「ほうほう。どうやらソフィア嬢は勘が良いようだね。それに、文様を陣と言い換える語彙力もあるなら、魔法使いの資質は十分さね」

「いえ、そんな、大層なものでは、ないですよ。た、偶々です、偶々」

 前世の知識です、などソフィアが言えるはずもない。トドーからの意味深で見透かしてきそうな視線をしどろもどろに説明しながらゆっくり避けていく。が、その先にはまたも驚いた顔でこちらを見ている両親がいた。

 両親の驚きの意味をソフィアは理解する。元のソフィアは、勘の必要な場面で悉く外れる人物だったのだから、両親がこのような顔をするのは当然だろう。

(あー、ついぽろっと言っちゃたのは失敗だったな)

 とは言え、口から出てしまったものは戻ってこない。配り終わり、ソフィアは開いている椅子、トドーの正面に座った。

「さて、と。それじゃあ、本題に移ろうかね」

 にやりと笑うトドーに、ソフィアは何故かぞくりと背中に緊張が走った。

「お前さん、これが何か分かるかい?」

 テーブルの上、魔法陣とは関係ない位置に置かれていた多面体の石をトドーが指で示した。その真っ黒い石はピンポン玉ほどの大きさだが、ソフィアに見覚えは無い。

「すみません、分かりません」

「これは魔力石の原石さね。このままなら何の変哲もない石だけどね、ちょいと加工すれば魔力を吸収して貯蔵する性質があるのさ。で、だ。これが、その加工したものなんだけど、違いが分かるかい?」

 トドーが自分の羽織っているローブから取り出したのは、見た目は原石と同じ真っ黒の石だった。ソフィアは身を乗り出して、二つの石をじっくり注視して見比べたが違いは分らない。

「んー、違いは無いように見えますね」

「なら、手に持ってじっくり確認しな。なんなら原石も」

 トドーに促されソフィアは興味深く両手を差し出した。その右手に加工済みの、左手に加工前の石をそれぞれトドーから渡される。どちらの石もソフィアの予想より軽く感じたが、右手のものが左手のものより若干重い気がする。それらをしげしげと眺めていると、程なくして右手の石に変化が見え始めた。

「え、おい」

「うそだろ」

(な、何これ?)

 それまでずっと黙っていたトドーの部下たちが思わずといった感じで呟いた。ソフィアも石の急速な変化に目を見張るしか出来ない。それまで真っ黒だった石が、ものの十数秒で鈍く輝く白い石へと変化し、その重量を増したのだ。驚くなという方が無理だろう。

 唖然としたままトドーを見れば、当然だと言わんばかりににやりとソフィアへ笑んでくる。

「ヒヒヒ、確定だね。ソフィア嬢、あんたは立派な魔法発現者さ。それも、特上のね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。何だって、これで魔法発現者だと分かるんだ」

 ソフィアが口を開くより先に、父親が割って入る。その顔は困惑よりも不満が強く出ていた。

「お前、魔力石の説明だけをおし」

 トドーが右後ろに座っていた魔法院の人へ視線を投げる。石とソフィアを見比べていたその人は、急に声を掛けられビクリと肩を竦ませたが、すぐに姿勢を正すと説明を始めた。

「加工された魔力石が魔力を吸い込み、蓄える性質を持つのは先ほどの説明どおりだ。そして、その性質は加工時に指向性を持たすことも出来る。なので今回持ってきた石は、人間の持つ魔力のみを吸収させるという設定にしていたのだ。その吸収条件は、対象となるものに石が触れていること。石の大きさによって貯蔵出来る魔力量に変化があるが、許容量を満たすとそのような色と輝きを持つ」

「詰まる所、魔法発現者の確認には、この石を該当者に持たせるのが一番手っ取り早いのさ」

 右手に乗っていた石をトドーがそっと摘み上げるのを、ソフィアは唯々無言で見つめる。

「(ちょっと待って。何それ。何よ、それ!私が魔法を使えるって、そんなはずないのに)馬鹿げたこと言わないでください!魔法が使えるのは、王様や貴族の貴き方々ですよね!?私はこの両親から生まれた平民ですよ!」

 混乱した勢いそのままにソフィアはトドーを睨む。隣に座っている両親の方をどうしても見れなかった。そんなソフィアの視線をトドーは全く気にせず受け止める。

「そもそも、平民は魔法を使えないって前提が間違いなのさ」


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