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第5話 娘が居なくなった母の話

 


 娘が居なくなった。



 私、ハンナ・ルルフルには2人の可愛い娘がいる。金髪碧眼の容姿を持った双子の姉であるアイナと、黒髪黒目の容姿を持った妹であるエレナだ。姉のアイナはとても優秀な子で教えたことを全て完璧に吸収していったが、それに反してエレナは全くと言っていいほど何も出来なかった。お勉強も、ピアノも、運動も何もかも。

 いつも通りピアノの稽古をしていたらエレナがぼうっとしているのが分かった。この子はいつもこうだ、何一つ真面目にやろうとしないし向上心も真剣さも何も無い。私も少し疲れてしまった。



「もう、今日は辞めておきましょう。私も暇ではないのです。いいですか、エレナ。この譜面が弾けるようになるまでこの部屋から出ることを禁じます。食事は1日3回給仕に持ってこさせます」



 決して本気ではなかった。この言葉を聞いて少しでもやる気を出してくれればいいと軽い気持ちで言っただけなのだ。けれど、娘は私の想像の斜め上をいっていた。・・・逃げ出したのだ、この部屋から。そして、屋敷から。



「お、奥様申し訳ありません・・・!私共が給仕に来たら既にこの状態で・・・!」

「・・・まずは近場の街に遣いを出して捜索しなさい」

「は、はい!」



 バタバタと慌ただしい足音を立てて部屋から出ていく給仕を一瞥することなく、部屋をぐるりと見渡した。細長く切り裂かれたカーテンに、それを結ぶために乗ったであろう机と椅子。窓から下を覗くとカーテンの端が地面スレスレの位置ではためいていた。窓から離れてクローゼットを開く。アイナにもエレナにも沢山のものを買い与えていたが、エレナは物欲がないのか何かを強請ることがなかった。その分アイナよりも持ち物が少ないから代わりに金銭を与えていたが、今となってはそれは悪手だったと思い知る。

 無くなっているのはエレナが愛用していた貯金箱、3歳の誕生日に買い与えた魔法の杖と魔法書、衣類に貴金属。見事に生活に必要なものや金銭に変えられるのもばかりだ。エレナは決して優秀ではなかったがもしかしたら地頭は良かったのかもしれない。きっと、この家の者には必要のない自頭の良さ。生かされることがない能力。それならば。


 エレナは、自分からこの家を捨てたのだ。窮屈なこの屋敷を飛び出し、生きやすい世界に羽ばたいたのだ。産まれてからの5年間、私はエレナの為にと様々なことを押し付け縛ってきたが恐らくそれは間違いだった。まだ5歳だ、やり直しがきく年齢なのだから母親が邪魔をしてはいけない。



「奥様!捜索隊からの情報ですが、エレナ様は探検隊組合に依頼をしてヒュデール・シティに向かったとの事です!」

「・・・ハンナ・ルルフルの名において命じます。現時点でエレナ・ルルフルの捜索を中断しなさい」

「そ、そんな!・・・いえ、失礼しました。そのように伝えて参ります」



 親離れが少し早まっただけだ。あの子は学力では現れない頭の良さがあるようだし、きっと上手く生きていくことだろう。母親として娘の成長を見ることが出来ないのは少し寂しいが、あの子の幸せはこの屋敷にはない。私が与えることも出来ない。親の庇護下から外れてしまったあの子にしてやれる事はもう何も無い。ただ、幸せを祈るだけだ。



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