第四十七話「実戦1(前編)」
――それは生まれて初めての実戦だった。
周囲を森に囲まれた見通しの良い平原。遮蔽物は無い。
敵は粗末とはいえ、受ければ致命傷は必至な矢を雨のように射掛けてくる。
目の前には無数の軍勢。
後方に無数の弓兵。前衛に歩兵部隊。
人ではない。
異形の存在。
――亜人。
人に似た姿を持ちながら、人ならざる者達。
二足歩行で両腕を器用に使う。
それだけならばなにも人間と変わらない。
だけど、粗末な腰ミノにフード付きのマント。
穴だらけのみすぼらしい姿に錆だらけの武器。
文明の欠片など微塵ほども感じさせない無知蒙昧にして凶暴な彼ら。
その一番の人との違いはわずかな見た目。
ギザギザに尖った長い耳、耳まで裂けた口、そして顔に刻まれた無数のしわと筋だ。
その爛れたようにくしゃくしゃの皮膚。
それだけで彼らがただの人間では無い事が見受けられる。
――妖魔。
私達はその群れと対峙していた。
四眼巨大黒毛牛狼を前に何も出来ず、シア、ララと共にベッドで悔し涙を流したあの日々ももはや遠い。
ティエラと抱き合って寝たのも今では遠く感じる。
それでもまだ、あの幸せだった時から半年ほどしか経っていないというのに、まさか自分がこのような状況に陥る事になるだなんて、かつての私ならば想像できたであろうか。
――いや、できまい。
それくらい。私は安寧の時を過ごしていたのだ。この、異世界という地にて。
だが、今この時。その世界が私に牙を剥き出しにして襲い掛かってくる事態が発生した。
――負けられない。
だって私は――今度こそ、幸せに生きると決めたのだから。
こんな所で終わってたまるか!
死んでたまるか!
――だから私は、その一歩を踏み出した。
魔物の群れへと、立ち向かうために!!
降りかかる矢の雨。
敵も馬鹿ではない。きちんと戦略を立てている。
魔法が不得意な種族だからといって甘く見てはいけない。
敵は略奪を糧とする蛮族なのだ。
だがしかし。
吹き荒ぶ風の壁が矢の雨を蹴散らしてゆく。
ララとリルルが張り巡らせた広範囲の精霊魔法障壁により一定範囲内の矢を無効化させていた。
これで彼女達からある程度離れなければ矢は無効化できる。
その隙に――。
近づいてくる敵歩兵隊の数を減らす!
「魔光弾!!」
掌を開き、敵へと向け、発動の合言葉を口にする。
掌の先から魔力弾が放たれ、亜人の一体へと襲い掛かる。
近づこうと疾駆していた小型の妖魔。魔弾は命中し、即座に爆散。直撃した腹部からはらわたを撒き散らせながら敵一体が崩れ落ちる。
――この世界の魔法に、魔法属性や魔法ダメージなどといったゲームのような概念は存在しない。
魔法によって引き起こされているものは全て間接的に具現化された物理現象なのだ。
だから簡単なマジックボルトのような魔力弾は実質、凝固したマナの塊に過ぎない。つまりはある程度コントロールが簡単な、無から精製できる石つぶてとなんら変わりないのだ。
……そう“そのまま”では――。
だから制約と誓約により登録魔紋容量を工面しつつ、威力を強化したり、特性を付与する事により、魔法としてわざわざ発動させるにたる威力へと修正昇華する必要があるのだ。
鎧をも無効化する炎、電撃、凍結。幽体のようなアンデッドにも効果的な破邪。そして、威力そのものを強化する爆発、刺突、斬撃。
これらを付与する事でようやく魔力弾は石つぶての領域を超える。
逆に、それを行わなければ石を投げつけるのとなんら変わらないのだ。
だから私は、容量を余り消耗しない爆発の付与を“基本的な魔力弾”に付与した。
余談だが、風の刃などというものも存在しない。
当たり前だ。かまいたちなんて現象は存在しないし、純粋な風はいくら強度を高めようと切断効果を持たない。
ゆえに、不可視の疾風に緑の色などを付けて知覚化の限定制約とし、斬撃特性を付与させ、剣を振るうと同時に放つという誓約にする事で、漫画などでありがちな『必殺剣・かまいたち』を再現する事ができるという寸法だ。
こうやって魔術師は様々な誓約と付与を駆使してオリジナルの魔法を作って実戦で使用している。
それがレムリアースにおける攻撃魔法なのだ。
それはさておき。
素早く駆け寄り、後衛へと迫る敵。
「魔閃槍光刺!!」
左手人差し指一本を敵へと向け、合言葉を唱える。
一瞬で光の線が伸び、敵の額を貫く。
刺突の特性を付与させ、スピードを強化した魔力弾のバリエーションだ。
この世界の魔法のルールは、特定タイプの魔法一つを無数の限定や制限、別途の付与を付ける事によりバリエーションを増やしても、一つの魔法として魔紋に登録されるという裏技が存在する。
だから私は、魔力弾に無数の制限とバリエーションを付けて色んな状況に合わせて使いこなせるようにしてあるのだ。
例えるならば、さっきの爆発系魔力弾は爆発付与の威力中。速度中。といった所だ。
今回の光線は、威力小。刺突付与による限定ダメージ大で速度が大。
一点にダメージを集中させる分、非生物などには威力が少ないが、その分装甲を貫きやすく、致命的臓器などを持つ敵には特攻ダメージを与えうる。そして何より速い。
こうして無数のバリエーションを駆使して足りない所を補うようにしてみたのだ。
そして――。
後衛のシアに向けて敵が迫る。
魔法攻撃で遠距離の敵を狙っていたであろうシア。
多少の白兵スキルを持っているとはいえ、二体以上同時に襲い掛かられては危険だ。
ならばここは――。
「双奏魔操輪!!」
左右両手で二本の指を伸ばし、合言葉を唱える。
すると伸ばした二本の指に魔力で出来た小型円月輪が纏われる。
それを投擲する。
一本は、シアに近づいていた敵の頭部を輪切りにし、その動きを静止せしめた。
二本目は避けられた。
体勢を崩しつつも右手をかかげ、シアへと攻撃を行おうとする。
――が、しかし。
円を描いて再来した魔力小型円月輪が武器を持っていた敵の右腕を斬り飛ばす。
「!?」
跳ね飛ばされた右腕を見て呆然とする敵の首を、さらに円を描いて再来した魔力小型円月輪が切り裂いた。
三体目の敵を蹴りで転倒させ、魔法で撃破したシアが、切り裂かれた敵の首に手をかざし合言葉を放つ。
魔法が発動して、二体目の敵も頚部を爆破され崩れ落ちる。
シアと目が合う。
互いに、無言のままに意思の疎通をし、次の敵へと各々向かい合う。
感謝の言葉はいらない。
お互いに背中を預けあう仲間だから。
感謝を言い合うのは全てが終わった後。
そういうのは勝った後で良い。
今はまだ、戦場なのだから――!




