女神様、私のアイテムボックスに入っている大豆10万トンについて説明をお願いします(おこ)。
少々お下品な内容を含んでおります。
ある夜、夢の中で神を名乗る女性にこんな相談を受けた。
『実は私の管理する世界で人類が絶滅したんです』
物騒な相談事だ。
夢の中だからって耳にしたい言葉じゃない。しかし女性……女神は私の様子を見て察したのか、やや慌てながらも訂正する。
『厳密にはですね、他種族との混血が進みすぎて突然変異でも純血人類が誕生する可能性がゼロになってしまったんです』
生命保険の勧誘でもしそうなビジネススーツ姿の自称女神が、人口推移と種族比率の変化をまとめた表を見せてくれる。女神様はこの御時世でもクラリ〇ワークス愛用者という豆知識を入手してしまったが、使いどころのない情報である。そういや会社の上司はそのむかし熱心な林檎信者だったらしいが、ある時期に「〇ラリスのいないOSに未練などない!」と絶叫しながら仕事用のPC環境を一新したという伝説がある。
『外見だけで判断するなら人類と呼べる者は百万単位で存在しますが、彼らは厳密な意味では人類とは呼べません』
女神様が言うには、下手すると百年経たずに「見かけ上の人類」すら誕生しなくなるようだ。
そしてその世界において人類は複数存在する知的種族の仲立ちとして重要視されている。異種族同士の直接交配は原則不可能だが、人類だけがすべての種族と交配できる。
『天翅族や人魚族など、雄が存在せず人類に依存している種族がそれなりにいまして』
共倒れっすね、それ。
なんていうか進化の過程で大事なものを失ってませんか、具体的にはY染色体とか。
『特殊能力や強い魔力を獲得するための代償として女性のみの種族設計になったんですよう。人類に比べれば寿命が長い種族ばかりですけど、人類の消滅と共に彼女たちも滅亡確定ですハイ』
素直に共倒れするんですか。
『無理でーす。数少ない人類男性を巡って全世界に喧嘩売るのはほぼ確定です。空と海の支配種族が陸地を蹂躙するんです! 戦いは数なんですよ兄貴ィ!』
誰がケツアゴポマード頭ですか、誰が。
まだ魔王が世界征服する展開の方が救いあるじゃないですか。
『ゴッデス予測としては人類消滅後の二百年後には既存の知的種族が絶滅し、それから精霊の加護を受けてカマドウマを祖とした外骨格知性体が誕生したら向こう三千年ほど繁栄した後に寄生型キノコの大繁殖で滅亡。地表を菌糸ネットワークで覆い尽くす事でガイヤー機構を掌握。全ての生命体は菌糸に寄生されることで統一意思の下で争いのない世界を獲得することになります』
SF作家が喜びそうな一種の理想社会が完成するんですね。
『御存知ですか。キノコは神に祈らないのです。ましてや理想社会では神を必要とはしません。最高神であろうとも崇拝するものが絶えてしまえばその世界へ干渉する手段を失います』
ははあ。
そこまで予測できていながらみすみす人類を絶滅させてしまったんですか。
『じ、人類も他種族と交配する事で魔力や特殊スキルを獲得してきました。それに人類至上主義者達が他種族弾圧を度々仕掛けた結果、とにかく人類と他種族の血族的融和こそ平和への道標であるというのが私の世界では広く認識されるようになりまして』
その結果が人類どころか知的種族が軒並み滅亡する未来への片道切符。
辛いもんですね、平和って。他種族と交配したくない人だってそれなりにいたでしょうに。
『そ、その辺は宗教的圧力で無理矢理婚姻させました。後は天翅族や人魚族が定期的に婿狩り傭兵団を組織して人類種の集落を襲撃してですね』
もう洪水で世界中を押し流してしまえばいいんじゃないかな、箱舟伝説みたいに。
『天翅族は空を飛ぶし人魚族は洪水とか実質ノーダメージなんですよう』
そして箱舟にいる最後の人類男性を巡って最終戦争勃発ですね、よくわかります。
『なので女神は考えました。足りないものは他所から持って来ようと』
人類の場合、ハブ退治にマングースを持ち込もうとしたり、食糧問題の解決のためにザリガニとかブラックバスなどを導入して自業自得気味な現実を迎えてる訳だが。女神様的にアリなのか?
『駄目でした。「男の子が足りないから異世界召喚するお!」と申請書を提出したら、ノクターンへ行けとかiPS細胞なら女の子同士でも子作りできる可能性があるですとかオークをセックスモンスターに改良すれば問題ないんじゃないかとか! 挙句にカレー臭のきついおっさん小僧に「ただでさえ忙しいのに余計な仕事を増やすな、取り締まる側が率先して異世界召喚するんじゃねえ」と、神格消滅寸前まで追い込まれるほどでして』
お役所っすねえ。
丼勘定だけど機能してるだけマシか。
『仕方ないので神的妄想波を地球に発信しまして、えっちな妄想を受信して思わず夢精してしまった殿方のパンツより生殖細胞を回収させていただくことにしました』
……
……
あれれー、なんか心当たりがあるというか、忘れたつもりになっていた記憶ががががが。
『お仕事続きで、発散する余裕なんてありませんでしたよね。協力してくれた部下は天界でも屈指の綺麗処ですので、それはもう効果抜群。バニーに体操服にセクシービキニ。有名なアニメやゲームのコスプレで頑張ってくれましたから』
?
いや、自分が見た夢に登場したのは、美人だけど残業続きでちょっと疲れ気味のOLっぽいお姉さんが自宅で大股開きでビールをガンガン飲んだ後に、ひとりでおっぱじめて最後には缶コーヒーを股
『わーっ!わーっ!わーっ!』
何だよ突然叫んで。
そりゃあ、あんな夢を見た時には己の正気を疑ったよ? 見覚えのない美女が夢の中で仕事場の愚痴を吐きまくった挙句に【直流発電機、コイルを手動で大回転】だからね。あれだけの器量よしが年齢イコール彼氏無しとか、知識だけどんどん増えて実践が伴わないから興味があるけどプライベートで男性とどうやって接すればいいのか分からないとか、そういうことを泣きながらアンアン
『記憶を失えーっ!』
ちょ、女神様! その構え、ダメ! 大地と海と空を斬って全てを斬ってしまう上にドラゴンの力と極大イナズマちっくパワーを刀身に宿らせた上でX字に切り刻むのはらめええええええっ!
夢の中の筈なのに、身体と魂がバラバラになるような痛みと衝撃で意識を失った。
◇◇◇
意識が回復すると、香辛料が全身に染みついた〇学生くらいの少年が目の前で土下座していた。
『申し訳ない。管理不行き届きで、貴方の身体と魂が一度消滅した』
あの一撃で?
『あの一撃で』
とりあえず土下座をやめてもらって、おそらくは上司っぽい少年(とても目つきが悪い)に事情説明してもらった。
『本来は、異世界の人類を存続するために貴方の精子を頂戴した報告と御礼について説明するだけの話だった。それが、参考資料として自撮りしたらしい当人の動画サンプルと没データまで流出して貴方に届いていたことが判明し暴走した』
……わぁ。
『あってはいけない失態なので、無条件で身体と魂を復活。詫びとして持病と生活に不利となる体質を改善し、ストレス値も大幅に減らした。仕事に障りのないよう外見をさほど弄らずに肉体年齢も若返らせたので、少なくとも向こう二十年は全盛期の体力を維持できるようにしてある。流行感冒は予防接種の必要もない』
え、そこまでして頂いて逆に恐縮というか。
でも有難い。会社潰れて路頭に迷ったところなので、少々きつめの条件でも再就職頑張れそうだ。
『──すまない』
?
『問題を起こした女神が「肉体接触は無くても私の痴態で発情して精子提供したのですから宇宙的恋愛解釈に基づけば婚前交渉です。合意です。和姦です。責任問題です。彼、独身で無職? 上等です、私が養います!」と叫んで、君の同意を得る前に役所に突撃して婚姻届を提出して受理された』
……日本の、お役所ってそんなガバガバだったっけ?
『神界の役所』
あいあむ人間。
『本っっっ当に、すまない』
カレー臭漂う少年、再び土下座。
『女神達の婚姻は、社会制度というよりも祝福とか加護とか呪術とか神秘契約の側面が強くて。一度そう決めたら人間の法律で無関係と認定されても輪廻の果てまで夫婦関係と見做される。一夫多妻制ならまだしも、一夫一婦制の国だったら女神が受肉降臨しない限り君は生涯独身が確定する』
……
……
なるほど呪いっすね。
土下座するってことは解除不能だと。
『婚姻の呪詛は君の魂の本質に喰い込まれているので、人格崩壊しても構わないなら』
呪詛て。
呪詛としか言いようがないか。はあ。
この歳まで独身でしたし、輪廻転生を信じていたわけでもないので今更ではありますが。
『詫びついでに。婚姻の強制力が発動すると、地球での活動がほぼ不可能になる。可能な限り穏便な手段を講じるし短期間の帰郷は保証するが、基本的には女神の管理する異世界で第二の人生を送って頂くことに』
異世界って、純粋な人類が絶滅した?
『君の精子を提供された結果、種族的な危機は回避されたと聞いている』
……
つまり自分の遺伝子を継ぐ子供が少なからず存在する?
『種の絶滅を回避するための緊急措置として、君の遺伝情報を提供されたのは人類で五千人、獣人で千人。死産もしくは乳幼児期に死亡した子供の遺伝子情報を書き換える形で蘇生し、信頼できる孤児院に転送して育ててもらっている』
自分、童貞だったんですけど。
『その情報を聞いた女神が興奮しながら君を異世界に招こうとしている。現地で君の生活を補助できるように幾つかの心付けを添付したので、頑張ってほしい』
口は災いの門ーっ!
◇◇◇
そんな感じで、気付くと「いかにも」な異世界に飛ばされた自分である。
痴情のもつれによる刃傷沙汰から発覚した数々の不祥事により潰れた会社の残務整理も一通り片付いたところだったし、年に二度は実家にも帰ることが出来るようなので会社員時代よりも待遇はマシかもしれない。
「御主人、トーフと油揚げ。それに豆醤を小袋に三つ」
「拙僧は豆腐のデンガク仕立てを味噌ダレで四つ。粒蕎麦のイナリ巾着を四つ」
「へい毎度」
色々と考えた末、豆腐料理の屋台を引きながら旅をしている。
豆を喰う文化はこの世界にもあったが、粉にしたものを団子に加工したり、茹でて味付けするのが主体だった。小麦や米が育たない地域では芋と共に主食に近い扱いを受けているようで、レンズ豆やヒヨコマメそれにソラマメが好まれている。
大豆は油を搾ったり家畜飼料としての用途が多いが、低所得者層や戒律で食肉を禁じている宗教人は食べていたようだ。
「豆腐の干物とユバ、説明書付きで」
「大豆油を一瓶。麦粒入りの擂った豆醤を壷で二つ」
「おからくっきーを、買えるだけ」
「毎度ー」
豆腐や加工食品、それに豆を原料にした調味料や食用油はそれなりに売れている。
定住して安定供給してほしいという声も聞いているが、孤児院に預けられているという遺伝子上の我が子たちに一通り会ってからという思いが強い。会ったところで親子の名乗りなど出来ないし未だ童貞の身で父親面など笑止千万。自己満足に過ぎない。
「おっさん有り金ぜんぶ寄越せ!」
「六文銭で良ければ持って行きな」
孤児院に預けられた子は、六千名。
居場所は知っているが、社会に出るまでに全員に会えるかどうかは時間との勝負。カレー臭漂う少年の心付けとやらで色々と助かっているが、仕込みと販売を並行しながらの旅なので宿で寝泊りする余裕もない。
うん。
宿に泊まったり部屋を借りると神界の住居に直結して、本だけの知識で新妻っぽく振舞い既成事実に持ち込もうとする女神様から逃げている訳じゃない。
猶予期間はまだ残っているはず。
美人だよ。
間違いなく美人。
自分が知る限り、比較対象すらいないレベルの美人。
色んな事情が重なったとはいえ形の上でも夫婦なんだし、そりゃ仲良くしたいけど。
「……缶コーヒーほど太く立派じゃ無いんだよなあ」
「にゃあああっ!」
あ。
強盗を殴り倒した美人OLさんが絶叫しながら現れた。ファンタジー世界でもスーツ姿なんですね。
「変装ですっ!」
はいはい。
「今日もビールに枝豆、冷奴でいいんですか?」
「豆腐の味噌漬けに冷酒でお願いします!」
まいどー。
【登場人物紹介】
・主人公
そこそこ優秀な務め人だった。とある地方都市の中堅企業に勤めていたが、次期社長が色々とやらかして痴情のもつれで刃傷沙汰を起こした挙句に数々の不正が発覚して会社は倒産。義理など何もないが部下や同僚達の再就職など面倒見たり残務整理に動いていた。
多分アラフォー。異世界転移時に外見こそ然程変わっていないが十代後半から二十代前半の体力と健康を取り戻している。カレー臭漂う少年のおかげで少なくとも年に二度は元の世界に戻ることが出来る。
異世界転移したらアイテムボックスに大豆が10万トン入っていたので豆腐と味噌などを作って生計を立てることにした。
・女神(自称)
外見はOLさん。自分のうっかりで人類全滅が確定したため、異世界から遺伝子情報を頂戴すべく「そうだ。〇精した青春の迸りを譲って頂こう」というどう考えてもノクターン向けの発想に基づき無修正エロ動画を思念波に乗せて全世界に流した。当然そんなことすると世界が大変なことになるのでカレー臭漂う少年が粗方防いだのだが、事情が事情なので女神本人が女優さん()に依頼する際の参考にと自撮りした動画については見逃された。なお本人は動画は処分していたと思い込んでいた。
色々あって主人公に責任取ってもらうべく役所(神界)に書類を提出、受理されてしまう。結果としてカレー臭漂う少年の激怒を買い、降格処分となり女神としての権能も一時的に剥奪された。
かつて先物取引に手を出した結果、手元に残ったのは10万トンの大豆のみという苦い経験がある。
・カレー臭漂う少年
カレー屋。非常に目つきが悪いが頑張れば美少年に見えないこともない。
本当は後遺症なく主人公の婚姻呪詛を解除できるので、罪悪感からチートスキルを与えた。その結果、主人公は最高品質の軟水で豆腐作りを行い、販売と並行して豆腐制作や味噌醤油の醸造が可能になり、基本野宿の生活でも疲労が残らず身体を清潔に保てるようになっている。