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妖術師裁判  作者: 楠羽毛
8/12

過去

 昼の鐘がなる。

 ケヴィンやライナーは、だいたい自分の席で食事をとる。そうそう来客があるような部署ではないから、人目を気にすることもない。

 荷物袋から小さなバスケットをだして、机の上におく。すると、ドアがあく音がする。

「ケヴィン、ちょっと……、」

 ヤンの声であった。

 顔をあげると、目があった。どこか厳しい顔をして、

「ちょっと、来いよ。弁当か?」

「そうだけど、」

 なんとなく気後れしながら、立ちあがる。


 ゆきさきは、中庭だった。


 からららん、と音をたてて、木の扉をあける。二十歩四方ほどのちいさな中庭、庭師が手入れをしているが、普段は立ち入るものもない。たまに、こうして休憩に使われるくらいだ。

「……ここ、来るの初めてだ」

 ケヴィンがいうと、ヤンはかたい表情のまま少しわらった。

「たまに、えらいさんが密談に使ってるとか。知らんけど」

「本当?」

「知らんって。でも、それっぽくないか」

 ぶなの木の根本に、小さな椅子がふたつある。

 ヤンは、その片方に、足を組んで腰掛けた。膝のうえには、四角く形の浮き出た青い布袋がひとつ。弁当だろう。

「……それ、ユッタが作ったやつか」

 ケヴィンのさげたバスケットをみて、そう言ってくる。

「そうだけど、」

「かえてやる。」

 座ったまま、ぐいと、布袋をつきだす。

「はあ?」

「うちのメイドが作ったやつ。うまいぞ」

「……いいけど、」

 いぶかりながら、弁当をとりかえる。

 ともかく、ケヴィンも座ることにする。布袋を開くと、二重になった木箱。中には、干し魚、水気を切った漬物、芋を練り込んだ餅に揚げた豆まで入っている。

 ケヴィンの弁当は、パンとチーズだけだ。

「……なんか、気ぃ使ってんの?」

「なにが?」

「いや、……」

 気まずい沈黙、なんとなく目を伏せて、それぞれ弁当を食らう。

 うまい。

「お前さ、」

「ん、」

「……護法官に意見したって?」

 しばらく沈黙したあと、ケヴィンは黙ってうなずいた。

「そういうの、やばいぞ。そりゃお前は階位は高いかもしんないけどさ━━」

「関係ないよ。」

 眼を伏せたまま、そう言って、

 それから、

「階位は、関係ない。」

 顔をあげて、もう一度。

「うん━━」

 ヤンは曖昧な笑みを浮かべて首を振った。

「ごめん、」

 といわれて、ケヴィンはかえって申し訳ない気分になった。

「いいよ、別に。」

「そういうことを、いいにきたわけじゃないんだ」

「ん、」

「……ユッタ、元気か」

「元気だよ。」

 遊びに来ればいいのに、といいかけて、やめる。

 自分は例外として、貴族と平民の壁は厚い。顔見知りとはいえ、平民の女性を気にかけて、わざわざ会いにくる貴族の男などいないはずだ。

 子供のころは、そんなことは気にもしなかったものだが……。

「そういや、うちの妹がさ……」

「妹、いたっけ?」

「おい、ばか」

 ぎろりと睨まれて、あわてて思いだす。

 ラウ家にひきとられてしばらくした頃、なんとなくユッタや平民の仲間とは付き合いづらくなり、同世代の貴族とばかり会っていた。ヤンの妹と顔を合わせたのは、その時期だ。

 本格的に国試の勉強が始まる前の、わずかな間である。

「覚えてるよ、」と、冗談にまぎらすように言うと、ヤンはやっと目つきをゆるめた。

「お前が帰ってきたといったら、会いたいとさ」

「はあ?」

「なんだよ、その反応はよ」

「だって……」

 ケヴィンはうわのそらのまま、ぼんやりとヤンの妹の顔を思い浮かべようとした。

 思いだせない。最後に会ったのも、もう6年も前である。

「……ま、そういうことだから。そのうちな」

 そう、いって、ヤンは立ちあがった。

 ヤンの手元の弁当はもう空になっている。ケヴィンの食事はまだ終わっていない。

「弁当箱、あとで返せよ」

「……うん、」

 ぼそぼそとした会話がおわり、ケヴィンは一人になった。


 かれは、まったく別のことを考えていた。


 アベルのことを。

 それから、アベルに執着する自分のことを。

 その理由を。


 なかば、結論は出ていた。


 あの日の、火あぶりの記憶を。



 夕刻──


 ケヴィンは、レッツェル家に呼ばれていた。

 夕食をたべおえて、家族は居間でくつろいでいた。居間に長椅子が1つと、小さめのテーブルが2つ。家族全員がいるには少し狭い。

「……クライシェが、今日うちに来たよ。そのうち、あなたのところへ挨拶へ行くとさ」

 ユッタの母、クラリッサ=レッツェルが、かたんと音をたてて陶の器をおきながら言う。

 マリアン=クライシェは、ラウ家の小作の筆頭である。家領のおよそ1割を耕し、ほかの小作たちをとりまとめる立場にある。

「そう、……こちらから、行ったほうが良いのかな」

 深皿を手にとって、ケヴィンは迷いながらいった。

 ラウ家を襲名してから2年ほどになるが、まだこの立場には慣れない。

「やめとけ。当主が軽々に訪ねたりしては、むこうも困る」

 ユッタの父であるフォルカが、太い眉をあげていう。

「そんなもんかな」

「そうさ」

 それで、その話はおしまいになった。

「……ところで、」

 寝間着のまま、板の間に寝転んでくつろいでいるユッタが、突然口を開く。

「あなた、この間ヘンなこと言ってなかった?」

「変なこと?」と、首を突っ込んでくるのは、14歳になる妹のラエル。

 ケヴィンは首をかしげて、

「なんのことさ」

「ほら、アベルの家で、黒い……なんだっけ」

「ああ……」

 そのことか、と頷いて、

「べつに……なんでもないよ。あれは」

「アベル?」

 ケヴィンの横に座ってエールを口にしていた長男のラルフが、ききとがめて口をはさむ。

「アベル=タイケのことか。逮捕されたって?」

「クルトも大変だな、」と、低い声で、フォルカ。

「どういう意味?」

 ユッタがきく。ケヴィンが何か言おうとするのにかぶせるように、フォルカが、

「親戚だからな。アベルの妻は、クルトの姉だろ」

 と、言った。

「え、」

 ケヴィンは思わず声をあげた。「あの人、結婚してたの?」

「昔な。枯枝病で亡くなったんだよ」

 なんとなく、ユッタと顔を見合わせる。彼女も知らなかったようだ。

「てか、結婚できたんだ」

「こら、」

 フォルカは、軽くこづくようなふりをして娘をたしなめた。

「今は酒びたりだが、昔はそんなことはなかったんだ。子供もいたし……」

 ケヴィンは、ふと、あの部屋のことを思い浮かべた。

 子供のおもちゃとも、がらくたともつかないものがたくさんあった。

 そんなに昔のものには見えなかったが……

「若いころに村を飛びだして、都にいたらしい。おれは、帰ってきてからのことしか知らないがね」

「なぜ、都に?」

「さあな。とにかく、勝手に村を出たわけだ。帰ってきたときに、クルトがいろいろと世話をして、その縁で姉と結婚したとか……」

「ふうん、」

 許可なく村を出るのは、違法である。

 都に出てしまえば、捕まることはないだろうが、戻ってくれば当然、訴追される。世話というのは、そのあたりの口利きも含めてのことか。

「……アベルのことを、調べているのか」

 フォルカが小さくいうと、ラルフがとがめるようにいった。

「父さん」

「……少し前に、アベルとクルトが口論していたと聞いた。どうでもいいことかもしれんが」

 ありがとう、と小さくケヴィンはつぶやいた。

 これ以上、レッツェル家の人々に聞くことはない。


 本人に、直接聞けばいいのだ。



 翌日、ふたたび、取調室。


 部屋のなかには、先日とおなじく、ケヴィンとアベルの二人。

 しかし、それだけではない。

 二人のあいだにある机の、真上。

 天井の中心あたりに、小さな穴がある。

 人差し指が通るくらいの、節穴のような穴だ。

 天井裏にひそんで、取調室を覗けるようになっているのである。


 そこに、ライナーがいる。


 本来、今回の取り調べには彼も同席するはずだった。

 しかし、ケヴィンが一対一を強硬に主張し、こういう形になったのである。


 さて──


「今日は、聞きたいことがあります」


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