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妖術師裁判  作者: 楠羽毛
7/12

村主

 村主クルト=オルフ。

 ふと思いついて、ユッタにその名前を投げかけてみる。

「ああ、……もちろん、知ってるけど。」

 当然といえば当然であった。12歳から貴族となったケヴィンとちがい、23歳のきょうまで、小作農の娘としてこの村で生活してきたのである。

「そうね、……評判は、いいんじゃない。税の肩代わりとか……世話になった人は結構いるって聞いたけど。私も、直接話したことはあんまりないけどさ。」

 たいしたことのない世間話というふうで。


 村主の義務のひとつに、税のとりまとめがある。

 村人に税を払わない者がいれば、最終的には、村主が責任を問われる。

 肩代わりというのも、そうした背景があったうえでのことだろう。


 なるほどね、とケヴィンはつぶやく。何も、参考にはならない。

 何を知りたいのかもわからないのに、参考もくそもないが。

「……ねえ、」

 むかいに座るユッタが、肘をテーブルについたまま、うとましげに、

「それ、……おいしくなかった?」


 言われて、やっと気がつく。 

 チーズのかけらを一口食べたっきり、手つかずの皿と、木鉢。



 夕刻。


 村庁舎からほど近くに、いくつか、料理屋がある。

 席ごとに女がつくような店もあれば、軽食をかきこんで終わるようなところもある。

 今日の店は、その中間というところだ。


 広い店内が、板で区切られ、半個室のようになっている。

 6人がけの丸テーブルをかこんで椅子にかけているのは、ケヴィン、ヤン、ライナーの3人。

 テーブルの上には、ミルク入りのエール、漬物、豆の煮物。それから焼いた川魚が一皿。

 ヤンは、もうかなり酒が入っており、真っ赤になっている。

「……おれはさ、出世したいんだよう。ケヴィンよ」

 ふだんにない、甘えたような声で、ぐだぐだと呟いている。

 ライナーも結構飲んでいるが、酔っ払っている様子はない。にやにやと笑いながら、くだをまくヤンを見守っている。

「お前はさぁ、平民の出のくせに……」

 そこまで言って、はっと目を見開いてすこし黙りこむ。

 ケヴィンは苦笑した。あまり人から言われることではないが、事実だ。

「……おれより階位は上だしさ、国試の結果だって……」

 うにゃうにゃと、声が小さくなって消えていく。

 ちらりと、ライナーと目をみかわす。ライナーは、ごめんな、というように目線をさげた。


 この国の制度上、貴族というのは、皇帝から『階位』を授けられた者のことである。

 ケヴィンの階位は、六位下。貴族として、この場にいる誰よりも格上、ということになる。これは、家督を継いだときに、慣例的に先代の一つ下にある階位を与えられたからだ。

 ただし、貴族のなかでも、公職についている者どうしでは、一応、階位でなく職位、すなわち役人としての地位が優先されることになる。

 ライナーとケヴィンは同じ護法官補、ヤンは主税官補で職制上は同等だが、この場合、先任者が格上となり、役人としての序列は、ライナーが一番上ということである。

 一般的に、階位のある者が公職につく場合、階位にあわせた職を任じられる。その後、職位の上昇にあわせて、階位もあがっていく。つまり、両者の序列は、大体において一致するものだ。

 ケヴィンはまだ入庁したばかりであるため、いわば見習いとしての職位である。逆に言えば、近い将来、ライナーやヤンよりも上の職につくことが予想される。

 さらに言えば、家の財産、所有地からいっても、ラウ家は抜きん出て裕福であり、所有地を耕作する小作も相当な人数にのぼる。


 さて━━


「……少し、聞きたいことがあるのですが」

 まだぶつぶつ言っているヤンから目線をはずして、ケヴィンはライナーにたずねた。

「なんだ、あらたまって」

「……クルト=オルフ村主に、会ったことがおありですか」

「何度か、ある。だが……」

 ちらりと、ヤンのほうをみて、

「それなら、こいつのほうが詳しいぞ。仕事上、村主とは付き合いがあるだろ」

 ヤンは顔をあげて、ぼんやりとつぶやいた。

「なんですかあ、……村主?」

 ぱちぱちと目をしばたかせて、ヤンはライナーとケヴィンの顔を交互にみた。

「だめだめ、……言えないっす」

「はあ?」

「その話はだめです」

 ライナーとケヴィンは顔を見合わせた。それから、ため息ひとつ。

「……ま、いいや。じゃあおれが喋るけど、まあ、村人の評判はいいし、役所の側からみても特に問題のない村主だよ。ただ、悪いうわさもある」

「悪いうわさ?」

「銭のことで、村人ともめたことがあるらしい。詳しいことは、おれは知らんがね」

「銭、というと税ですか?」

「そうとは限らんよ。農機具を貸し付けたり、生活の面倒を見てやったりとか……村主は、俺たち役人よりよっぽど村人の生活に密着してるからな。どうしたって、もめごとはでてくるだろうさ」

「……そんな、ものですか」

「気になるなら、おれたちじゃなくて、平民の知り合いに聞けよ。付き合いあるんだろ」

「そりゃ、まあ」

 といっても、血のつながった親類はみな死んでしまったし、親しくしているのはレッツェル家の人々くらいである。

「アベル=タイケの件だろ?」

「……はい、」

「あまり気にするな。おれたち役人は、法に従って動くもんだ。……それに、考えてもみろ。」

 それから、なんでもないことのように、ライナーはいった。

「……平民の、あんな生産性のないじいさんが一人、流刑にされたところで、どういう問題がある?」

 そうですね、とケヴィンは無表情のまま、間髪をいれずに答えた。

「ま、明日からはお前も取り調べをやってみろ。経験だ」

「はい、ありがとうございます」

 そう答えて、にっこりと笑う。



 取調室━━


 そっけない木製の机がひとつと、椅子がいくつかあるだけの、狭い部屋である。

 名目は取調室だが、実際には裁判にも使われる。

 アベルは、椅子に座らされているが、縛られてはいない。

 逃亡防止のために、ドアの外に刑務官が立っているが、室内ではケヴィンと二人きりである。

 記録役をかねてライナーが同席する案もあったが、断った。昔のことだが、アベルとは面識がある。二人きりのほうが、本音を聞けるかもしれないと思った。

「……きょうは、私が話をお聞きします」

 言葉づかいが丁寧なのも、半ば下心あってのことだ。

 犯罪事実を自白させたいわけではないのだから、強圧的に尋問しても仕方がない。

 ともかく、自分から話をする気になってもらわなければ、始まらないのである。

「ぼうず、あんたか」

 ぼそり、ぼそりと、それでも少しうれしそうに、アベルはつぶやく。

「良かったよ。ここじゃ、顔をあわせるのはいかついおっさんばっかりでさあ……。まあ、欲を言えば、女に尋問してもらえりゃあ一番だがね……」

「村庁に女性はいませんよ」

「わかっとるよ、」

 軽口に、すこし気を楽にする。

「……それで、もう一度説明して欲しいんですが。あの日、子供たちを集めて話をしていたという件について━━」

「その話なら、もう、さんざんしただろうに」

 心底うんざりしたように、アベルはそういった。

 調書によれば、ろくに喋っていなかったはずだが。

「覚えてねえんだよ。そんなことは、いくらもあったし……わかるだろ」

「……お酒を飲まれていたからですか?」

「ああ、まあ……飲んでないときはあんまりないから。最近は……」

「それじゃ、全然覚えてない?」

「全然ってわけじゃないが……」

 アベルは黙ってしまった。ケヴィンはしばらく待ったが、返事がないのでまたためいきをついて。

「話題をかえましょう。……あなたは、妖術師なのですか?」

「……そう見えるかね?」

 きゅうにしずかな声になって、アベルはそう尋ねた。

 こんどは、ケヴィンが黙りこむ番だった。

 しばらくして、アベルは大きな笑い声をあげた。

「馬鹿だなァ、もう……ハハハ」

「……やめてくださいよ、からかうのは。」

 ケヴィンは眉をしかめていった。

「すまん、すまん。あんたが、あんまり真剣な顔で言うもんだからさ……昔から変わっちゃいないんだな、お前さんは。」

「……どういう意味です?」

「なんでもいいさ。」

 アベルはすまして言った。

 らちがあかない。

 やむなく、また話題をかえる。

「……留守のあいだに、家に入らせていただきました」

「ほう、そうかね」

 アベルはおどろいた様子もなく、かるく眉を寄せただけだった。

「わしの部屋は、面白かったろう。いろいろ、おもちゃも置いてある」

「ええ、まあ……」

 ケヴィンがうなずくと、とたんに、アベルは表情をかえた。

「半分も、わからなかったろうな。しかし、あれはどうだ。人形からくり。わしが再現したんだ、あれは……それに、幻灯機。使い方はわからなかったろう。あれはな、蝋燭のあかりでだな……。」

「……あれらは、何なのですか?」

 低い声でそう尋ねると、アベルはきょとんとした。

「わしの財産だよ。……ケヴィン、あんたがラウ家の財産を受け継いだように、おれにはおれの財産があるのだ。若い頃は、都へゆきもしたが……」

「都へ?」

 初耳だった。アベルは聞こえなかったかのように先を続けた。

「……ふたたび戻ってからは、書を読み、異国のものを手すさびに模倣するのがせいぜいだ。おれはな、ケヴィン……」

 男の声が、少しずつ低くなってくる。

 どろりと濁ったような目が動きをとめて、まっすぐに前をみている。

「……おれは、海のむこうへゆきたかったのだよ」

 溜め込んだものを一気に吐きだすように、男はいった。

 しばらく、気まずい沈黙が流れた。アベルは目を伏せた。ケヴィンは、何かいおうと口を開いて、また閉じた。それから、

「話を戻しましょう。なぜ、尋問されているかわかっていますか?」

「浮浪罪だろ? 前にもパクられたことがあるんだ。クルトのやつがよ……」

「いいえ」

 ここまで話すつもりもなかったが、このさいだ。

「脅迫罪です。それから……」

「きょうはく、だ?」

 心底あきれたような、大きな声。

「なぜそんな……やっちまったのか。なんか、酔うと絡んじまうんだよ……勘弁してくれよ」

「アベル。あなたは、妖術師を自称して子供たちを脅迫したかどで、裁きを待つ身なのですよ」

 腹に力をこめて、しずかにケヴィンは告げた。

「なんだって……、」

 ふるえる、低い声で、

「おれが、子供たちを、脅迫、だって?」

 子供たちを、というところに強い力をこめて。

「誰がいったんだ、それは……」

「それは……」

 言っていいものか。

 一瞬、迷う。

 だが、唇が勝手に動いていた。

「……クルト=オルフ」

 とたんに、アベルの目のなかで、なにかが動いた。

 すとん、と無表情になって、

「ああ、……認めるよ」

 無機質な声で、そう、つぶやいた。



「……脅迫罪の立証に欠けるのではありませんか。」

 無駄とは知りつつ、ケヴィンはティモ護法官にそう主張した。

「なぜ?」

 あいかわらず、考えの読めない仏頂面のまま、護法官は問い返す。

「根拠がありません。クルト=オルフの意見書にも、金品を要求した証拠はないと。」

「だが、自白したのだろう。」

「具体性のある自白ではありません。」

「妖術師を自称したことを、はっきりと認めたのだろう。」

「それだけです。」

「十分だ。脅迫罪の要件では、金品とか具体的なものを要求したかどうかは問われない。自分が妖術師であると主張したのだから、相手に恐怖を与える目的をもって脅したことは自明だ。大人相手ならともかく、相手は子供だ。」

「……恐怖を与える意図があったのでしょうか?」

 ケヴィンはあくまでも反駁した。ふたりはじっと目を見合わせた。ティモ護法官は目をそらさず、ぴくりとも眉を動かさぬまま、否定した。

「村主はそう解釈している。我々としても、あえて否定する理由はない」

 大声をあげて怒鳴りつけたい気持ちを、ケヴィンは必死でこらえた。

 この上司は、どこまで本気なのか?

「……わかりました。」

 頭をさげて、自分の席にもどる。

 大きく息をつく。小さな声で、ライナーがささやく。

「意気は買うよ。」

「……ありがとうございます。」

 冷静になろうと努力しながら、ケヴィンはうなずく。

「しかし、な」

 うつむいてこちらを見ながら、ライナーは、小さな声でいった。

「熱くなりすぎちゃいないか。なぜ、そんなにこだわる?」

「そんなこと━━」

 言いかけて、ケヴィンは口をつぐんだ。

 目をとじる。自問する。


 いったい、なぜ?

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