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妖術師裁判  作者: 楠羽毛
5/12

脅迫罪

 歓迎会は、延期となった。



 監獄の合鍵とともに、アベルの供述書、当初の起訴文、日報などを受け取り、それらを整理することからはじめた。

 村主クルトから意見書が出たのは、昨夜。不寝番の刑務官が受け取った。その際、刑務官の判断により、短時間の取り調べが行われている。


『最近、子供を集めて何か話したことがあるか。』

『あるなら、どんな言葉を使ったか。』

『何か、金品を要求したか。』


 いずれの問いにも、アベルは、まともに答えてはいない。

 単に覚えていないと答えるか、無言であったと記録されている。

 刑務官の側も、護法官に報告する前の取り調べであるから、強引に自白をとることはしない。

 あくまでも、事実の確認をするのみである。

 妖術師条項のことも、刑務官の頭にはなかったらしく、取り調べの焦点にはなっていない。


 ともかく、再度の取り調べが必要だと思われた。


 それから、法文の検討である。しかし、その前に理解しておかなければならないことがある。


 そもそも、妖術師条項とは何か。

 いつ、なんのために制定されたものか。

 そういったことも、ある程度は調べておかねばならない。


 その後でなければ、取り調べをしても意味がない。ケヴィンはそう考えていた。


 さて━━


 夕刻である。


 とっくに、役所の勤務時間はおわっており、ケヴィンは自宅、つまりラウ家にいる。

 もうじき、日が暮れる時刻である。

 資料のうちいくらかは、持ち帰っている。

 蝋燭も油も高価であり、村庁ではまず残業の許可は出ない。遅くまで仕事をしようと思えば、持ち帰るしかない。

 二階の角部屋。今は書斎。かつての勉強部屋。

 窓に面した机をのぞいて、三方を書棚にかこまれた狭い部屋だ。書棚には、古い教科書と帳面、反古紙がびっしり詰まっている。

 ラウ夫妻の生前、ケヴィンは、一日のほとんどをここで過ごしていた。


 さて、妖術師条項である。


 国試の参考書や、役所の資料をあさってみても、この条文がいつからあるのか、はっきりとはわからない。

 だが、その背後にある考え方は、なんとなく想像がつく。

 先の帝の言葉、『妖異神威を尊ぶべからず』である。

 帝国のあちこちにあった土着神、妖物に対する信仰を、先の帝は否定した。

『尊きは、ただ血と位のみにあり』というわけである。

 血と位のうち、『位』については、ただ才のみにて与えられるのが真なり、とされた。

 国試制度も、この思想にもとづいて造られたものである。

 制度上は誰でも国試を受けることができ、ただ能力だけがあれば高い位階が与えられる、ということになっているが、実態はそうでもない。国試の範囲をカバーするだけの資料をそろえ、都の学校に入るか家庭教師をつけて学び、さらには一年近くにわたる試験にかかる諸経費をまかなうのは、庶民には無理である。

 小作農の出であるケヴィンが、ラウ家の養子となったのも、このためだ。跡継ぎがいないラウ夫妻が、国試制度のなかで家名をあげるため、才のありそうな平民の子に目をつけたのだ。


 話がそれた。


『妖術ニヨッテ人ヲ惑ワシ、罪ヲ犯シタル者』という文面からは、『妖異神威』への信仰を否定する先帝の思想が感じられる。

 ただし、疑問もある。

 妖術によって人を惑わし、という文面からは、妖術そのものの実在を前提としているようにも思われる。まるで、妖術師の存在とその力を認めたうえで、取り締まろうとしているようだ。

 もっとも、厳密には、先帝は、妖異そのものを存在しないと言っているわけではない。

『ただ、見るほどのこともなし。』

 と、言うのである。無関心に近い。


 ともかく、条文が制定された背景については、今、はっきりとしたことはわからない。

 あとは、文理上の解釈であるが━━


「ケヴィン、」

 しずかな声とともに、こんこん、と扉をたたく音がした。

 応える前に、ドアがひらく。

「今日はとりあえず帰るけど。テーブルの上に、置いておいたから。あとで食べなさい」

 ユッタである。

「ありがとう、」

 ふりむいて、にっこりと笑う。

 その、笑みをうけて、安心したように、ユッタは目を細めた。



 さて、条文の解釈である。


『妖術ニヨッテ人ヲ惑ワシ、罪ヲ犯シタル者ハ、財産ヲ没収シ流刑ニ処ス』


 前半の、『妖術ニヨッテ人ヲ惑ワシ、罪ヲ犯シタル者』というところ。

 これは、『妖術ニヨッテ人ヲ惑ワシ、(かつ、)罪ヲ犯シタル者』と、読むべきである。

 つまり、『妖術ニヨッテ人ヲ惑ワシ』ただけでは、処罰の対象にならない。それと同時に、なんらかの罪を犯した時点で、犯した罪の処罰に加えて、『財産ヲ没収シ流刑ニ処ス』のである。

 構造としては、同じ法度禁令百条の中にある、以下のような条文に近い。


第五十条

 位階ニアラヌ者ガ、位階ニアル者ノ生命財産ヲ犯シタル時ハ、ソノ罪ヲ重クスル

第六十条

 官職ニアル者ガソノ権能ヲ偽リ、誤信セシメルニヨリ罪ヲ犯シタル時ハ、ソノ官職ヲ免ジ、以後官職ヲ得ルベカラザル事トス


 これらの条文は、いずれも、罪を犯した者に対して、その罪の内容や状況によって、さらに罰を課すものである。

 妖術師条項も、考え方としてはこれと同じである。


「……ですから、」

 翌朝。

 ケヴィンは、ティモ護法官の机の前に立って、緊張した面持ちで口を開いていた。

「妖術師条項が適用されるには、別の罪を犯していなくてはなりません。アベルの場合━━」

「浮浪罪で収監中だな」

「ええ、ですが」

 ケヴィンは首をふった。ライナーが後ろできいている。

「浮浪罪を犯した時点と、妖術師を自称したとされる時点は、数日のへだたりがあり、状況的にも関連はありません。これを結びつけるには無理があると思います」

「今回の場合、浮浪罪を犯したということだけでは、妖術師条件の適用条件を満たさないと?」

「そう考えるのが自然だと思います。

 ……例えば、第六十条の権限偽装罪ですが、これは『権能を偽り誤信させる事』により、『罪を犯した時』というように、手段と目的の関係が有るからこそ罰するわけです。

 妖術師条項では、条文の書き方こそ違いますが、『妖術師を自称する事』と『罪を犯すこと』の間に何らかのつながりを想定しないと、法の趣旨に沿わないのではないのでしょうか」

「なるほど、」

 ティモはうなずいたが、手放しに納得した様子はなかった。

「少し、時間をもらおう。他の業務を片付けておくように」

 そう、言った。



 午前中は、ライナーの指示のもと、書庫の整理をしてすごした。

 昼休み、役所の奥にある喫食所でユッタからもらった軽食をたべて、詰所へもどると、ライナーとティモが何ごとか話していた。

「おう、ちょっと来い」

 そう、ライナーにいわれて、輪にくわわる。

「朝のことだが……、」と、ティモが口火をきる。妖術師条項の適用条件のことだろう。

「はい、」

 いくつかの細かいことが、頭のなかをかけめぐる。

「やはり、状況を考えれば、妖術師条項は適用されるとしか考えられない」

「……と、いいますと」

「脅迫罪が成立するだろう」

 ケヴィンは眉根を寄せた。脅迫罪の条文は次のとおりである。


第二十四条

 威力、妄言、有形又ハ無形ノ力ヲ以テ人ヲ脅シタル者ハ、禁錮又ハ謹慎又ハ重敲トス


「実務は心得ませんが……、この場合、脅迫になるものでしょうか」

「普通なら、ならんね。子供にほらを吹いて脅かした程度じゃ」

 あっさり、ライナーがそういいはなつ。

「だが、村主から意見書が出ている。通常なら知らずで済ませる程度のことでも、文書で把握した以上は、正式に対応しなければならない」と、ティモが後をひきとる。

 低い、表情のよみにくい声である。

「事実関係は……」

「むろん、状況を把握してからのことだ。本人の自白はないようだな」

 ティモの手元には、アベルの取調調書があった。

「近日中に、事実関係をはっきりさせて、法論理を整理するように。以上だ」



 少し、ライナーと議論して、それから、アベルの取調べをした刑務官に話をきいた。

 もう一度、キーニー村の過去の事件記録をみなおす。

 どこか、釈然としなかった。


 村主という役職は、区域内の平民たちの利益を代表する存在の筈である。

 法律上、正式に意見書を村庁へ提出できるのも、無位者では村主に限られる。

 当然、役所側からしても、村主の意向は無視できない。

 意見に応える義務があるわけではないが、法律上さしつかえのない範囲で、できるだけ便宜をはかっているようである。

 罪改めについては、特にそうだ。

 そもそも、これまでの記録を見ていると、犯罪者を特定すること自体、官側ではなく村主が行うことが多い。

 村主や、村側の自治組織が、犯罪事実と犯人を特定し、場合によっては私刑を加えた上で、村庁へ通報しているのである。


 たとえば、およそ半年前の、窃盗事件がそうだ。

 村主が中心となり、村人たちが幾度か会合を開いて犯人を割り出したという。

 護法官は、それを追認して処罰したにすぎない。


 今回も、それに近い。

 アベルが浮浪罪で逮捕されたのは、村主を含む数人の村人から、通報があったからだ。

 事件記録によれば、三人の村人が、刑務官詰所へアベルを連れてきて引き渡した、とある。

 そのうちの一人が、村主クルト=オルフである。

 クルトには、ケヴィンも会ったことがある。といっても、小さい頃のことで、よくは覚えていない。

 村主であれば、ケヴィンの実の両親の葬儀にも出ていたはずだが、それこそ記憶にない。

 

 事件記録を、もう一度新しいほうから順に見直していく。


 今回の浮浪罪や、窃盗のような小さな事件は、一年に2~3回。

 強盗殺人のような重大事件は、十年に一度あれば多いほうか。


 直近では、



 ケヴィンのよく知っている、あの事件くらいだ。



 帰宅すると、ユッタが待っていた。

 今朝から、通いで来ている。早朝から来て、昼に一時帰宅するほかは、基本的にこちらの家にいるはずだ。

 大きな玄関扉をあけると、ひょいとあけっぱなしのドアから顔をだして。

「おかえり、」と、家族にかけるような声で。

「ただいま。」

 小さくこたえて、ちらりと廊下をみる。埃だらけだった床が、きれいになっている。

「ありがとう、」というと、

「なあにが。」と、きょとんとした顔で。「夕食、できてるから。」と、つづける。

 室内から、野菜スープの匂いが、ただよって来る。

 夕食は、芋が定番だが、きょうは少し手のこんだ、ふかし芋と豆の練り物である。

「お茶でも入れようか?」

 ばかな。

 夕食の飲み物といえば、エールと相場がきまっている。

 そう思ってから、そういえばラウ家でエールを飲んだことはなかったなと気づく。たいてい、夕食の前後に茶と、ごくたまに、干し林檎のはいった豆酒。エールは庶民の飲み物なのだ。

 結局、この家の生活には慣れなかった。少なくとも、ラウ夫妻が生きているあいだは。

「……お茶っ葉、あるの?」

 一応、きいてみる。

「そこの奥にあったけど。」

 食器棚の隣にある引出しだんすの上段。二年近く、置きっぱなしだったことになる。

「……さすがに、」

「いいじゃん。……一度、飲んでみたかったんだよねえ。」

 うきうきと鼻歌でもでそうな顔をしながら、壺の封をあける。ぷうんと茶の香りが、スープの匂いにまざる。

 ケヴィンはかるくため息をついた。目は笑っていた。

「……茶器はそこ。入れ方はわかる?」

「もちろん、」

 高い食器棚の上から、背伸びもせずに茶器の箱をおろしてあける。

 湯は沸かしてあるようだ。準備のいいことだ。


 ケヴィンは寝室へ行って、制服をぬいだ。薄く織られたマントとウールの上着。さして重いものでもないが、やはり、脱ぐと身体が軽くなる。

 手袋をはずして、剣を部屋のすみに片付ける。

 貴族、すなわち位階者は、時あらば手下を率いて出陣するのが義務だ。

 もっとも、そんな機会はついぞないのだが。


 香りは悪いが、飲めないことはなかった。

 ユッタは、ケヴィンの食事だけを出して、自分はあとで食べようとしていたようだ。居心地が悪いので、一緒に食べるよう言った。

 もっとも、言ったとたんに盆にのった食事一式が出てきたあたり、最初から薦められるのを待っていたようにも思われる。

「……明日は、お休みなのだっけ」

 むかいあって、練り芋をスプーンですくいとりながら、ユッタが口を開く。

「うん、」

 だから、こなくていいよ、と言おうとしたが、

「じゃ、お弁当はいらないのね。家にいるの?」

 先にそう言われて、口ごもる。

「……ちょっと、朝は出かける。午後は、夕方まではここにいる、と思う」

「夕食は?」

「ヤンと、役所の先輩と、外で。歓迎会だってさ。」

「ふうん。」

 仔細ありげに手をとめて、ユッタは首をかしげた。

「あんたも、……そういう、貴族どうしの付き合いができるのね。嬉しいわ」

「なんだよ、それ。」

「だって、」

 もぐもぐと咀嚼しながら喋るのは、ユッタの悪いくせだ。

「……あなた、このお家に養子に来てから、ひきこもってずっと勉強ばっかりだったんじゃないの。家を継いでからだって━━」

「たまに、ヤンと出かけたりはしてたよ」笑いながらケヴィンは言い繕ったが、おおむね、ユッタの言うとおりである。国試のために養子にされたようなものなのだから、仕方のないことだ。

「だから、いつまでたっても平民っぽさが抜けないんだって、かーさんが言ってたわよ」

「いいんだよ、別にさ━━」

 十二の年まで平民として育ったのだ。今さら、貴族らしくあろうなどと。

 生家での9年、レッツェル家に引き取られてからの3年。どちらも、大切な記憶だ。


 そういえば、と思いついて、きいてみる。


「ユッタ。……まだ、うちの親が生きてた頃なんだけど、」

「なあに?」

 ユッタは首をかしげた。実の両親の生前、つまりケヴィンの子供時代のことだ。

「……村はずれに、アベルってオジサンがいたでしょう。」

 この時代、役人の間にも、守秘義務という厳格な考え方はない。

 まして小さな村のこと、アベルが逮捕されたことくらいは、ユッタもとっくに知っているだろう。

 それでも、ケヴィンは一応言葉をえらんだ。ユッタは、ただ頷いて先をうながした。

「あのさ、……あの家に遊びに行ったか何かして……大きな犬とか、それかもっと大きな動物、獣っていうか……、熊か猪みたいな……、」


 記憶にある姿は、そのいずれでもなかったようには思う。

 もっと禍々しい、黒い獣、としか言いようがない。


「はぁ?」

 当然といえば当然のことだが、ユッタは何も知らないようだった。

「あの家じゃ、犬は飼ってなかったと思うけど。何なの、それ?」

「いや、……何でもない。」

 ケヴィンは首をふって、スープに目をおとした。どうでもいいことだ。

「……あのさ、」

 なんだかいいにくそうに、ユッタは低い声で、

「何か、あるんなら言いなさいよ。勤めのことだってさ━━」

「うん。……ありがとう」

 そう、それよりも、仕事のことだ。


 ぼんやりと、いろんなことが胸のなかをよぎる。


 ぼくは、

 あの男を、どうしたいのか?

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