帰郷
〽がらくた小路の剣と盾、
おもちゃのなかにうずもれて。
獣の声に息をひそめて、
見つけられるの待っていた。
*
がたん、がたんと、不快な音をたてて馬車がゆれている。
天井近くまで積まれた木箱のとなりで、膝丈の青い上衣をきた男が、窮屈そうに首を伸ばす。昨夜の野宿がこたえている。
キーニー村まで、あと半日。
顔の上にかぶせていた麦わら帽子をちょっとずらして、前を見る。右も左も、草むら、木、笹の葉ばかり。いちおう正式の街道として整備されているはずだが、ほとんどけものみちだ。
「涼しくなってきましたなァ」
御者が、気づかうようにこちらをみた。
優しげな目の男だ。着ているものは、男とおなじ羊毛のチュニックだが、色は茶色。目元は若いが、物腰はゆったりしていて、老人のようにもみえる。
「……ここまで来ると、都との気候の違いが身に染みますね」
男は、帽子をとって身をおこした。御者よりも、ずっと若い。20代前半、もしかすると10代か。きれいな金髪に童顔、女のような声。小柄なせいもあって、ちょっと見には子供のように見える。
「キーニーは、初めてで?」
「いえ……、」
べつに、かくすことでもないが、なんとなく言いよどんだ。
「くにへ帰るんですよ。ぼくは、あそこの生まれなんです」
「へえ……」
すこし意外そうに、御者は頷いた。
「さいわい、働き口が見つかりましたので。……任官まで間がないので、助かりました」
「任官? それじゃ、……」
「はァ、来月からですが、村庁の役人ということに」
「貴人でいらっしゃいましたか……、」
御者は手綱をにぎったまま、ふりむいて、若い男のほうをしげしげと見た。麦わら帽子、青い上着を紐でしばって、赤銅色のズボンに短靴。およそ、貴族らしい格好ではない。
「いやぁ、その、」
男は、なんとも居心地悪そうに、目をしばたかせた。
「実は養子でして。生まれは平民です」
「それじゃ、ご出身は……」
「キーニーの小作の出ですが、色々ありまして、今はケヴィン=ラウと名乗っております」
ラウ家といえば、キーニーで一番の名家である。キーニーは小さな村だが、紙工場があるため、そこらの農村よりずっと裕福だ。自然、そこを支配する貴族たちも富裕層ということになる。
しかし、それよりも御者の頭に浮かんだのは、別のことであった。
「それは……あの時は、大変でございましたね」
「……もう、ずっと前のことですよ」
若い男は、小さく愛想笑いして、目を伏せた。
御者は、それきり、前をむいて口を閉じていた。いらぬことを言ってしまった、と思っているのかもしれない。
実のところ、それほど昔の話というわけでもなかった。
ラウ夫妻が強盗に殺されてから、まだ、たった二年しか経っていないのだから。
*
がたん、がたんと、馬車がゆれる。
山道をこえて、麦畑のあいだの街道をゆっくり進む。
道は平坦になったが、べつだん、速度があがるわけでもない。休み休みとはいえ、ずっと同じウマを使っているから、無理はさせられない。
ケヴィンは、なつかしげにあたりを見た。小さな帽子をかぶった幼児がひとり、畑のわきに立ってぼうっとこちらを眺めている。顔に見覚えはない。
手をふる。子供は、あわてて走り去る。
「怯えられましたな、」と、御者が、本気とも冗談ともつかない声でいう。
ケヴィンは苦笑して、いきどころのない掌をみつめた。都で試験を受けている間、ずっとばね指に悩まされてきたが、今はすっかりよくなっている。
まっすぐな農道が、どこまでも続いているようにみえる。
右手、小麦畑の奥には、木と漆喰でできた平屋が何軒か、遠くには村庁と紙工場がみえる。そのさらに奥は、煉瓦の塀でかこまれた二階建て、ラウ家の邸宅。
左手、畑のむこうには、森のほとりに掘っ立て小屋がいくつか。こちらの畑はいまは作物はなく、山羊が草を食んでいる。ただし、小屋のまわりには、さらに小さく囲われた畝があり、根菜と青菜が植わっている。
馬車が右へまがった。
ケヴィンは、あぁ、と小さく声をあげた。掘っ建て小屋のさらに向こう、森の端のあたり。がらくたが撒き散らされた空き地の真ん中の、青い屋根の家。
おぼろげな記憶が、胸をかすめる。ずっと昔の、とっぴょうしもない思い出。
黒い獣の。