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夏2


暗い視界に、川が流れていた。

着物の袖を巻くって川の冷たい水に触れ、息を吐いた。

そして同時に、久方ぶりのモノクロの夢だ、とそう思った。

俺の、男の隣には必ず少女が居る。


「やっぱり川は、夏でも水が冷たいな……」

「? 冷たくない事があるの?」


バシャ、と明後日の方向に一度水面を蹴り上げ、少女を見る。

少女の隣には火が灯された灯篭が二つあり、少女の輪郭をぼんやりと照らした。

そして、驚いた。


「海って場所があって、そこは川に比べると夏はとても暖かい水の温度なんだよ」

「へえ……物知りなんだね……」


少女の顔を、ようやく見れたからだ。

変わらず色は無いが、眼の大きさも鼻の形もはっきり見て取れた。


「お前と会う前の事だよ」

「……ようは、たまに意地悪だ」

「ごめん……そんなつもりじゃなかった」


気を取り直して夢の中の俺は、灯篭を二つある内の一つを両手で丁寧に持ち上げる。


ゆうは、何を願って灯篭を流す?」


見るからに不機嫌そうな、夕と呼ばれた少女は、


「じゃあ、陽と一緒に海に行く」


そう言って、陽と呼んだ俺を睨みつける。


「ごめん、ごめんな。俺の願いは、お前と死ぬまで一緒にいる事だよ。許してくれるか?」


そう言い、少女に向き直ると、頬を膨らませていたがすぐに笑顔になり、


「私も、ずっと一緒に居たいよ!」


そう言って草履を脱ぎ捨て、川の水を跳ねさせながら俺に抱き着いた。


「だって、私の知らない陽が居るのが、嫌だったんだもの」

「ごめんな、もうしないようにするよ」

「……うん」


さあ、灯篭を流そうと、少女に促す。

すでに幾つかの灯篭が流れている。

俺と少女はほぼ同時に優しく灯篭を手放した。

流れていく灯篭が段々と増えていき、幻想的な光景を作り出していく。


「灯篭の数だけ、人の願いが込められている……綺麗だな」


感傷に浸っていると、少女が俺の着物の袖を引いた。

三、四回ほど引っ張り、覗き込んできた。

少女を見、妙に釈然としない感覚に陥る。

俺は……現実の世界でこの少女を、見たことがある?


「陽」

「ん?」

「聞いてくれないの? 私の願い事」

「ん……夕は何をお願いしたの?」


そう聞くと、少女は笑いながら、楽しげにこう言った。


「陽と同じだよ!」


そう言って川を走り始め、遠くに行ったところで手を振り、俺がこちらに来るように大きな声で、陽、と叫んだ。

俺はやれやれと溜息を吐いて少女のもとへと急ぐ。

そこで、視界が真っ黒になった。




*****




結局、眼が覚めたのは時計の短針が真上を向き出した頃。

目覚まし時計をセットするのを忘れていた。

どうせ紅が来るのは午後からだ。あまり寝すぎるのは良くないが、夢見が悪いから見逃してほしい。

ゆっくりと起き上がって、着替える。

今日は紅と出かけるからジーンズで良いや。

桜祭りの時みたいに着物か浴衣でもいいが、桜祭りの時みたいに変な事に巻き込まれたくない。

紅はそれをなんとなく理解してくれて、昨日デートの恰好を軽装にすることに決めた。

遅い朝食を取るために台所に向かう。

焼き魚と味噌汁、それぞれにラップがしてあった。

電子レンジで温めるのが必須なんだろうが、面倒くさくてそのまま食べた。

案の定、後悔した。

温かい方が美味しいに決まってる……

食事が終わった頃を見計らってか、婆さんが顔を出した。


「香夜、やっと起きたのね」

「うん。おはよう婆さん」

「食べ終わった? 洗い物しちゃうから」


そう言うとてきぱきと空になったお皿を洗い始めた。

蛇口から出る水を眺めながら、ぼんやりと夢の事を思い出した。

水と言えば、灯篭流しだけど……近所で灯篭流しなんかやってないよな。


「なあ、婆さん」


その小柄な背中に話しかけると、婆さんはこっちを振り向かずに返事をする。


「灯篭流しって、この辺りでやってたっけ?」


その質問に、婆さんの動きが一瞬だけ止まった、気がした。


「昔は、やってたの。でもゴミ問題とかいろいろあって、お婆ちゃんが若い時に無くなったわ」


でもどうしてそんな事を? と婆さんが聞く。

変な夢を見て、とは、無駄な心配をかけたくなくて言えなかった。


「いや、別に、何でもないよ、ごちそうさま」


そう言って、居ずらくなってしまった台所を出た。

あの夢は、現実に有った事なのだろうか。

だとしたら、誰の記憶なのだろう。

部屋に戻り、机の中を漁る。

少し古ぼけた一冊のノートを取り出す。

開いて、書き始める。

今まで見てきた夢の内容を……覚えてる限り。

俺を、ヨウと。

少女を、ユウと、呼び合っていた。

本名か? それとも俺や紅の様に愛称で呼んでいるのか?

これだけじゃ何とも分からない。

夏祭りで灯篭を流していた事から、少なくとも五十年以上は前の事だ。

それに着物を二人とも着ていた事からさらに昔の事である事が推測できる。

それから桜祭りの時の夢……

夢の中の細い木が、今の大樹の桜だとするならば、相当昔の出来事だろう。

つまり俺は、大昔の誰かが送った人生を夢で追体験していると言う事になる。

一体誰の?

そこまで書いてから、仰向けに寝転がる。

畳が熱を吸ってくれているのか、心地が良い。

一瞬、婆さんか爺さんに相談しようかとも考えたが、頭を振って考えを吹き飛ばす。

こんな事話したら余計な心配かけるし、信じてはもらえないだろう。

そう思い、今度は仏間へと足を運ぶ。

ようやく見る事が出来た少女の顔に親近感を覚えた訳が、仏間にあるからだ。

部屋の真ん中で正座をし、遺影に眼を向ける。


「………母さん」


ぽつりと呟いて、ぼんやりと母親の遺影を見つめる。

そう……少女の顔立ちと母親が、似ているのだ。

俺は、無意識に母親を求めてしまったのだろうか。

だからあんな夢を見たのか?

今までの夢はすべて、誰かの記憶ではなく、俺が作り出した幻想に過ぎないのでは?

そう考えるのが一番妥当だ。

でも、今まで見てきたモノクロの映像が自分の中で嘘ではない、現実の事だと訴えている。

現実でなかったら実際に感じたあの温もりは? 少女が言葉を発するごとに揺れ動く心の感情は?

それらを全てまがい物だと言うのか?

答えは否、自分は嘘だとは到底思えない。

肌に触れた温もりが伝わる夢なんかあってたまるか。

と、心の中で吐き捨てて、瞼を閉じた。


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