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春5


夜の事で私に喧嘩を売ったからには、後悔させてあげる。

絶対に夜に見せない挑発的な顔で、瑞樹と視線を合わせる。

口端を上げ、笑いながらステージへと一歩を踏み出す。

私は、他の出場者とは違ってわざわざ綺麗に歩こうと意識はしない。

だって何時も、気を使っていたから。

夜はこの辺りでは分家とは言え、有名な神社の跡取り。

中学生ぐらいの時から夜は私とは違う特別な人だと認識していた。

この町の皆は恐れているから、白い山の神様の話を知っている。

その山神の血を継いでいる夜は他の人間とは違うのだと、初めて会った時から……好きになった時から気づいている。

だから私は、そんな夜の隣に似合うような、相応しい人物になろうといつも心がけていた。

今では意識しなくても綺麗な姿勢を保てるし、歩き方も身に染みついている。

夜のそばに居られるなら恋人と言う立場でなくても良かった。

……あの神秘的で鮮やかな瞳が、私を映してくれるのなら。

中央に着いたところで帯に挟んでおいた扇子を取り出す。

ゆっくりと扇子を広げ、腋を締め両手で持ち、口元を隠した。


『……舞います』


これが私の、一切遠慮のない全力。

そう言って扇子を持ち替え、右足を踏み出した。

巫女になってから一番練習した舞。

夜の神社に伝わる巫女舞。

全部で七種類ある内で一番難しくて動きが激しく、見ごたえのある舞になっている。

氷美の舞。

凍てついた絶対零度の空間で狂ったように式神と踊る山神。

初代当主が創造した七つの式神の中の一つ、それと踊っている様をそのまま舞にしたと言う、一節として同じ動きをしないそんなでたらめな舞。

だけど、私はこの舞が一番好きだ。

一番舞っぽくなくて、昔あった事を今ここで再現しているような気になれる。

足を広げようとして、引っ掛かった。

ああ……そう言えば、今日は着物だった。

やっぱり動きずらいなと思いながら扇子を持っている右手で一を書くように動かした。

……本当は十分近くある舞だけど、そこまでやる必要ないと判断して、適当に切り上げ、最後のポーズをとって終わらせた。


『……以上です』


そう告げ、扇子を元に戻して定位置に戻したところで、大きな拍手と歓声が起こった。

それに眼を瞬いて観客の方を正視した。

……思えば、こんなに人の眼があるところに出た事が無かった。

拍手を心地よいと感じているのと同時に、恐怖も込み上げる。

その恐怖を隠すように小走りでステージ脇に戻った。

言ってしまうと勝負の事で頭がいっぱいで、本当なら目立つことが嫌いなのに目立っていしまって、気持ちに余裕がなくなってしまっている。

せわしなく先程まで座っていた椅子を引いたとこで、隣の四番の子が、話しかけてきた。


「神代神社の舞……ですよね?」


椅子に座りながら振り向いて、少し驚きながら、


「うん……見た事あるの?」

「はい……でもあんなに見ごたえのあるものではなかったですけど……」

「え?」

「ああえっと、その……」


まずい事を言ってしまったと四番がしどろもどろになってしまったので、気にしていないからと続きを促した。


「あの……家族で初詣に神代神社に行ったんですけど、そこで巫女舞をやってたんです、そこで母がこう言ったんです……年が経つに連れどんどん質が悪くなっていく……って」


彼女が言っている神代神社は本家の方だろう。

今年、分家では私が舞ったからだ。

巫女になった最初の一年は、先輩巫女が舞っていたが結婚して巫女を辞めてしまってからは私が担当している。


「……私は分家の巫女だから本家は知らなかったのだけど……そうだったの」

「はい、今日は良いものを見せてもらいました! 来年からは分家の方に初詣に行きます」


分かりやすい対応に思わず少し笑う。


「私が居るのはあそこの山にある分家だよ、来年、よかったら来てね」


微笑みながら宣伝する。参拝客が増えることは良い事だから……目敏くなんかない。

そうしたところで瑞樹を見る。

こちらを見ていたが、目が合うとすぐに面白くなさそうに鼻を鳴らして眼を逸らされた。


「五番さん! ホントは巫女だったんじゃないですか!」


瑞樹を見ていた目の前に三番の子が現れる。


「教えてくれてもよかったじゃないですか~」


偽の笑顔を張り付ける。

高校生の時に自分に恋人がいる事がばれてしまった時と似てる。


「ごめんなさい、あまり言いたくなくて……」


あの時は、恋人なんかいないと言い通したけど、結局後をつけられてばれた。

この子と話しているとそんな嫌な事ばかり思い出す。


『集計終わったみたいだぜ! それじゃあ結果発表!』


司会が高らかにそう言ったので、私たちは番号順に並ぶために席を立った。


『今年はハイレベルな大会だった! もしかしたら優勝者の見当がついている奴もいるかも知れねえ! 最初は三位を発表するぜ!』


並び終わったところで、司会を見ると紙を見ながら頷いていた。


『第三位!』


そう言った後、しばらく間を開けてから発表した。


『ナンバー3! 小柄な体のボブヘアーだ!』


拍手が起こる。

あまり大きくないところから察するに、皆早く先が、優勝者が知りたいのだろう。

それを察したのか三番は不機嫌そうな顔を隠さない。


『何か一言良い?』


司会はそう言うが、正直火に油だと思う。


『三位でも嬉しいです、ありがとうございます』


仏頂面でとげがある言い方だった。そうなっても正直仕方ないと思う。


『三位には商品券一万円分を贈呈!』


と言われ、今更だが賞品がある事に気付かされた。

どうでもいいと思っていたから商品の事など聞いてもいないし、存在すら知らなかった。


『さあ次は! 準優勝と優勝者を一気に発表するぜ!』


だったら優勝、準優勝は何なのだろう。同じように商品券だろうか?

もしもそうだったらお母さんにプレゼントしよう。

私には欲しい物も、物欲もないから。


『まず、今年の栄えある優勝者、準優勝者は!』


司会はそれからゆっくりと十秒間を開けた。

その間に前を見ると、ごった返している観衆の中に夜を見つけて、眼が合った気がしたので締まりのない笑顔を返した。


『優勝は五番! 準優勝は二番だ!』


ほっと胸を撫で下ろす。

もっとも難しい氷美の舞を踊って優勝逃したなんて事になったら、夜に顔向けできない。


『残念ながら惜しくも準優勝だった二番……票は最後まで割れたんだぜ? それについて何かある?』

『………いいえ、敗者は何も語らないわ』


神妙な面持ちで瑞樹はそう言い、視線を私へ向けた後、賞品である商品券と花束を受け取って、ほんの少し俯いた。


『そうか……それじゃあ五番! 優勝おめでとう!』

『はい、ありがとうございます』

『最後まで遊女の艶やかな舞と、古くから伝わる清廉な巫女舞、どっちを取るかで審査員は頭を悩ませたんだぜ? オレはお前が優勝するって分かってたけどな』

『……そうですか』

『何はともあれ優勝おめでとう! 優勝賞品は……』

司会は手元の紙を改めて確認して、

『二泊三日ペアの温泉旅行! 地域活性化の為、隣町の温泉街の高級旅館! そんな素敵なチケットを受け取ってくれ!』


司会の隣に居たスタッフの女性から封筒を手渡され、次に花束を貰った。

温泉と言う言葉に眼を瞬かせる。

本当はこの大会が始まる前から商品の事は告知されていたのだろう。

ただ私は瑞樹との勝負に勝ちたくて優勝したのに、棚から牡丹餅だ。

夜……誘ったら一緒に行ってくれるかな?

こう言ったお願いを夜はあまり断らないとは分かっていても緊張する。

もしも行かないって言われたらどうしよう、って。


『オレと一緒に温泉行く?』


司会者の明るい金髪が思考していた私の眼の前に入り込んで、思わず眉根を寄せる。


『行かないです』

『……そりゃあ残念、じゃあ最後に一言いいかな?』


そう言ってマイクを渡される。襟元にもマイクは付いてはいるけど。


『……なら、最後に』


そう言って二番の、瑞樹の方を見遣る。


『二番、いいえ、瑞樹』


そこで一度ためて、言い放った。


『あなた本当は……男性でしょう?』


公園中が、静まり返った。

そして一人の笑い声が響き渡った。

話の中心人物でもある二番……瑞樹は腹を抱えながら数秒間けたたましく笑った。

そして、瑞樹は笑いながら泣いていたらしく、涙を拭いながら、


『あ~ぁ、面白かったぁ』


それだけ言って自分の髪の毛を掴み、勢いよく放り投げた。

長い黒髪はゆっくりとステージに落ちた。

カツラの下には短くて茶色い髪があり、少し身長の低い夜と同年代ほどの男性だった。


『どうして分かった?』


先程までとは打って変わり、男性の、低い声の瑞樹が問う。

それに私は、


『最初は背の高い女性なんだと思ってた、でもあなたが扇子を持っている時、妙な違和感を感じたの……女性にしては手が大きすぎるって』


一拍おいてから、


『でも決定的だったのは声だった。どうしても無理をして声を出しているようにしか、私には聞こえなかった……でもどうして? どうしてあんな……』


わざわざ男性である事をばらすような……


『女なんてどうせ僕に勝てないって思ったから、この大会に出た……僕は高校生の時、女子部員がいない演劇部で、一番背が低くて小柄だからと言う理由だけで女役を演じていた。最初は嫌だったけど、何時しかそれが楽しくなっていった……そんな時、ある人に容姿を褒められて……その人のお陰で今じゃ立派な女装癖ってわけ』


ある人とは、恐らく夜の事なのだろう。


『でも、女に結局勝てなかったから、僕はもう、女になる事を辞めるよ』


そう言って投げ捨てたカツラを拾って、


『じゃあね』


襟に付いていたマイクを軽く投げ捨て、そのままステージから飛び降り、人混みに紛れて行ってしまった。


『……な、何だか大変な事になったけど、これにて閉幕! また来年!!』


司会のその一言に皆、我に返ったのか、まばらではあるが拍手が鳴り始め、やがて大きくなった。

私はステージ脇に戻り、急いで襟のマイクを外して丸テーブルに置いた。

最初ステージ入って来た所から外に出た。


「夜!」


迎えに来て、と言った事を守ってくれたのか、外に出るとすぐそこに夜が居て飛びつく。


「えっ紅、何?」


夜はちゃんと私を受け止めてくれた。

それを良い事に抱き着いたまま、


「夜、あのね、温泉一緒に行ってくれる?」

「っ……お、俺が行っていいの?」

「うん! 夜と行きたいな」

「わかっ、た、から離れよう? なんか恥ずかしい」

「……あ、そ、だね」


ここが公園である事を一瞬忘れた。

一端気が付いてしまうと頬に熱が集まる。

夜は何も言わず私の持っていた大きな花束を持ってくれた。


「あ、ありがとう、夜……」


そしてふと、そう言えば夜の反対を押し切って大会に出たのだと言う事を思い出した。

夜はどこか複雑そうな顔をして、私の頭に手を置いた。


「優勝おめでとう」


そう言って撫でてくれた。


「でも、もうあんなのには出ないでほしいな……」


「……どうして?」


私も、もう面倒事に巻き込まれたくないから二度と出ないって決めたけど……


「だって、紅を……」

「……私を?」


首を傾げた私を見た夜は渋面して、小さく、本当に小さくこう言った。


「紅を、あまり人前に出したくないから……」


それを聞いて、笑顔を向ける。嬉しいのと恥ずかしいので胸がいっぱいだ。


「っ、紅、帰ろう」


夜はそう言って手を引いて背を向けて歩き始めた。

それに返事をして、大人しく後ろから付いて行った。

夜の顔が赤い事を特に追求せず、黙ったまま、公園を後にした。




*****




「この木におまじないをかけよう」


黒白世界の少女が提案した。

植えられたばかりで細く頼りない桜の木を見て、それから夢の中の俺を見て。

それに黒白の俺は、


「どうして?」


少女は、笑って軽く踊り始めた。


「また、何百年か後に、もう一度この桜を見るためだよ」


それを聞いた俺は、


「いいまじないだな。どんな術をかけるんだ?」


それに少女は


「成長のおまじない。どんな木よりも大きく育つおまじないだよ」


目立てば早く見つけられるでしょう? と少女は笑った。

神妙な面持ちで夢の中の俺は少女を見つめる。


「ごめんな、不安にさせて」

「なに? そんな事……」

「また、一緒に見に来よう? 大きくなったこの桜を」


ゆっくりと、夢から覚醒する。

まだ外は暗く、時計は三時を指していた。

布団から起き上がり、台所で水を一杯飲んだ。

たまに見るあの夢は何なのだろう。

一つ息をする。

未だに色のない世界。

名前の分からない少女と夢の中の俺。

妙に見覚えのある場所。

頭を振る、意味のある夢を見ている奴なんか殆どいる訳がない。

だから、俺の見ている夢に意味なんてない、絶対。

自己完結し、自室に戻る。

布団に横になり、眼を閉じた。

それからしばらくは、黒白の夢を見る事は無くなった。

代わりに、今まで見ていたような、すぐに忘れるどうでもいい夢を見るようになった。

ただしそれは、夏までの話である。


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