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春4


大勢の人をすり抜けながらステージに向かって行く。

夜は、本当に私にこの大会に出てほしくなかったのか、眉根を寄せ、苦しそうな顔をしていた。

ごめんなさい、と心の中で呟く。

でもあそこまで啖呵を切ってしまって、出ません、なんて事は私にはできない。

そもそも、何故着物美人コンテスト?

着物のおかげで最終選考に残れたのだろうか。

だって私は、美しいスタイルも持っていなければ、顔だってどこにでもいる一般的な女性の顔だ。

今日だって色気のない無色透明なリップと、軽くチークを入れただけ。

たぶん化粧をしているなんて誰にも分からない。

仕事柄派、派手な化粧はご法度。

夜が大学を終えてからは会わない日はないと言ってもいいくらい。

本当はもうちょっと目の周りとか化粧してみたいなと思う事もあるけど、毎日会っている夜が、いきなり派手な化粧をした私を見て、たじろいでしまわないか不安で……

それに、一度家で試してみたこともあるけど違和感しかなかったため、今の軽い化粧で落ち着いている。

ステージの裏に回ると、一人の男性が手を振っていた。

少し警戒しながら近づくと、


「………あ……」


妙に見覚えがある男だった。

確か、私を写真に写した人。


「遅いよ~! 早く、ここに入って! 詳しくは中の人に聞いて」


無理矢理押し込められるように暗い舞台裏に入る。

埃っぽい。

もうずっと掃除していないであろう部屋の臭いに袖で顔を覆う。

ふと明るい方向を見れば、真横からステージを見る事が出来た。

ここはどうやら、ステージ正面から見て右のスペースのようだ。

今は四番の頭がお団子の人が、喋り方が独特の司会の人に何かを聞かれていた。


「すみません、三十番の方ですか?」

「あっ、はい、そうです」


実行委員の腕章を付けた女性に話しかけられ、返事をすると、襟に何かを付けられた。

「なんですか? これ?」

「マイクです、後……この五番の札を付けていただきたいのですが……」

渡された、丁度名札の様な札を見て、

「……すみません、この着物、人から借りている大切な物ですので、安全ピンでも着物の生地に穴を開ける事はしたくなくて……」

「……そうですか、まあ札が無くても問題は無いでしょう」


女性はそう言うと自身の服の襟を掴むとそこに口を寄せ、ぼそぼそと何かを話した。

ふとステージを見ると司会の人と目が合った。そして手を振られた。

訳が分からず首を傾げ、ぼんやりしていると、司会が近付いて来て手招きされた。

……本当は目立つような事、嫌いだから思わず身を引くと、背中から女性に押された。


『三十番の子?』

『……そうですけど』


自分の話したことが、少し間をおいてから別の場所から聞こえた。

マイクがオンになったのだと理解する。


『写真より綺麗だな三十、いや五番! 彼氏とかいる?』


にこりと笑う。貼り付けた笑顔を夜が見たらきっとこう言う、怖いからやめろ、って。

私は昔から我慢してしまう方で、自分の意見と感情を殺し笑顔を携えて相手に合わせてしまう。

何時覚えたのか知らないが、この嘘っぱちの笑顔、夜にだけ見抜かれてしまう。

おばあちゃんにも、お母さんにも見破られた事なんてなかったのに。

しかしこの人……彼氏がいないのが前提と言うか、居たとしても司会は自分の容姿に自信があるのか、私がなびくだろうと思っているのだろう。


『ご想像にお任せします』


彼氏がいると言えば、どんな人物なのかと話が続いてしまう。

司会者は、言ってしまえばあまり関わり合いたくないタイプだから、適当にはぐらかす。


『つれないねぇ、気に入った。じゃあ審査始めるぜ!』


気に入られたようだが嬉しくもなんとない。

むしろ迷惑だ。

司会者の後ろ姿に冷たい視線を投げかけて、次に観客の方を眺める。

しばらく探して、夜を見つける。

私がコンテストに出る事が決まってから急いで最前列まで来たのだろう。

申し訳ないなと思うと同時に、嬉しくもあった。

夜の唇が動いて、ああ、多分私の名前を短く呼んだのかなと、笑顔を返して、声には出さないが、よ・る、と呼んだ。

そうして、小さく手を振った。

何故か、夜の顔が赤くなっていたように見えて、首を傾げた。

私が夜を見ている間に、次の審査方法の説明が終わったらしく、一番目の人だけが、審査を受ける為残り、私を含めた四人が舞台裏で自分の出番を待つ。

用意された椅子は五つ。

横に並べるだけのスペースは無く、小さな丸机を中心に円状に並べられていた。

出番が最後の私は一番奥に座り、それに準じて他の三人も腰掛けた。

ステージから一番近い席だけが余り、それを見てから審査方法は何なのだろうと、先程まで自分が居たステージに視線を向けた。


『まずは着こなし、これに関してはもう審査終わったみたいだぞ! 時短だな』


どうやら審査の一つ目はステージに出た時点で始まり、終わったらしい。


『それじゃ一番、ステージ右端から歩いて、中央でポーズ! 何か特技をしてもいいぞ!』

『りょうかぁい、皆見ててねぇ』


余裕なのだろう、一番はゆるい感じでそう観客に向かってそう言い、右端に歩き始めた。

そう時間はかからないだろうと判断し、特に興味もなかったので視線を外すと、三番のボブヘアーの子と目が合った。

三番はにこりと、表面上は人当たりの良さそうな顔をしたが、裏ではきっと何かを考えているに違いない。事実、眼が笑っていない。高校の同級生なんかにそっくりだ。


「あの、皆さんおいくつなんですか? あたしはまだ高校生で十八歳なんですけど……」


さっきの笑顔と同じものを顔に張り付けて、質問してくる。


「わ、私は大学生で、十九になります」

「……私は、二十歳」

「……二十よ」


四番、私、二番の順に回答した。

私は紅葉が綺麗に色付いてきた時の生まれだから、正確に言うと今年で二十一になる。

当たり前だが夜と同い年。


「二番と五番のお二人は学生ではないのですか?」

「……うん、社会人、って言えばいいのかな?」

「…………」


二番は何も答えず明後日の方向を眺め始めた。

それを見て溜息一つ、眼を細め、疲れた様に肩を落とした。

実際、疲れていたのかもしれない……そう思って一息ついて、願う。

早く、夜のそばに行きたい。

……本当に、私は夜に依存している。

昔は……付き合い始めの学生時は、ここまでではなかった。

何時からだろうか……

そんな物思いに耽っていると、


「五番さんのお仕事って何をしているんですか?」

「あ……えと………」


巫女って、特殊な職業だからあまり見ず知らずの人に教えたくはないのだけど……


「……何をしてると思う?」

「え? そうですね……ОLとか……」

「ならОLでいい、かな」


少し不満そうに睨まれたが、気にせず舞台の方を見た、一人目が終わったようだ。

金髪の派手な子が空いている席に座り、二番の黒髪の女性が立ち上がり、ステージに出る、指示では出てすぐに中央に歩いてアピールをするらしい。

私の見立てでは優勝するのはこの二番の女性だと思う。

何故この大会に出ているのか、理由を聞きたい。

他の子は目立ちたいからと言う理由だと思うが、この人がそうだとは思えない。

自分と同じように半ば強引に参加させられているのだろうか。

ぼんやりと美しい立ち姿を眺めていたら、振り返った女性と眼が合った。


「………」


……笑った?

まるで軽んじているかのように、笑われた……?

あまりいい気はしないが……もしかしたら見間違いだったかもしれないと、少し俯いて考えたところで、ボブヘアーの子が一番の金髪の子に話しかけた。


「ねえ、あなた年齢は?」

「えぇ? 一八だよ?」

「あ、そうなんだ、じゃあ同い年だね! 高校生?」

「うん、そうだよぉ」


そこまで聞いて、興味が無くなり、ステージを見つめる。

2番の長く黒い髪の女性は、特殊な歩き方をしている。

片足を前に出したかと思うと、少し引く。また今度は逆の足で。

かと言って歩く速さは女性の身長が高いおかげか遅くなく、それにそんな事気にならないくらい綺麗だった。

中央に差し掛かり、女性は懐から何かを取り出した。

そして立ち止まり正面を向き、取り出したものを勢いよく広げた。


『少し、踊らさせていただきます』


広げた濃い色の扇子を、軽く舞うように踊らせ始めた。


「うわ、二番の人すごいですね……」


隣の四番の子が感嘆して、続けて、


「あの踊りと言うか、舞は何なんでしょうかね?」

「……そう、ですね……似たようなものを見た事が、あるような……ないような」

「そうですよね、あたしも見た事があるような……」


四番の子と意見が合い、首を捻っていると、


「あ~! あの人、昨日テレビで見た時代劇の遊女と同じ踊りしてる!」


審査が終わった一番の子がそう言い、息を止める。

隣の四番は、


「ああ、そうでした! すっきりしました、あそこまで真似るなんてすごいなぁ」


と言い頷いていたが、私は眼を開いたまま止まる。

昨日はテレビなんて見なかった。

まただ。

一つ、息を付きながらゆるく首を左右に振る。

確か、昔このあたりにも遊郭があったと聞く、もちろん今はもう無いが……

最近、いや……高校を卒業してから、自分に身に覚えのない記憶を思い出しては、困惑する。

今日だってこの祭りの大通りに着いたら、まるで自分が裸足で歩いているかのような感覚に陥った。

当たり前だが裸足で外を歩いた経験なんてない。

何なのだろう、見覚えも経験もない事を思い出すのは。

しばらく口元に手を当て、考えあぐねていると、大きな歓声が聞こえた。

ふと周りを見ると、出場している四人の中、私以外の人はステージに釘付けだった。


「やだもう! あたしあの踊りの後で特技やんなきゃいけないの!? サイアク!」


三番の子が喚き、


「て言うかぁ、うち等かませ犬? 的な?」


一番が顔を歪め、悔しそうにして、


「うわぁもう帰りたい……」


と四番は呻いた。

私はと言うと、演技を見ていなかったと言うのもあるし、そもそも優勝するつもりが無かったから、これと言って何も感想は無い。

戻ってきた二番と入れ替わる様に三番がぶつぶつ言いながら席を立った。


「すごい、ですね、あんな踊り、どこで学んだんですか?」


四番がそう言い、二番が広げていた扇子を閉じて、懐に締まった。

あれ……?

その時、ふと感じた違和感に眼をこらす。


「ありがとう……昔、演劇部で……ね」

「そうなんですか! 今は何をされているんですか?」

「……ごめんなさい、それは言えないわ」


そう言う四番をじっと見つめる。

そんな事をしていたら眼が合ってしまった。


「何か?」


声を聴いて、ようやく違和感の正体が分かって、息を呑んだ。


「いいえ、何でもないです……すみません」


逃げるように視線を外す。

丁度良く一番が、


「もぉ、二番さんのせいでやる気無くなっちゃいましたよぉ、なんですかぁアレ」


と会話に入ってきた。

それに四番は、


「ごめんなさい……本気じゃなかったけど、ね」


二番からの視線を感じたが、あえて見なかった。

私の古い知り合いだろうか。

なんだか雲行きが怪しくなってきた……面倒事には関わりたくないし、コンテストで争う事なんかしたくない。

特に二番には関わりたくない。

そう考えたところで、三番の子が終わったらしく拍手が沸き起こっていた。

何だかんだで人気取ってるじゃん、と一番がぼやいた。

すると、四番の子が緊張し始めてしまったのかそわそわし始める。

なんだか可哀想になってしまったので、背中を優しく叩いて、


「大丈夫? 頑張ってね」


そう言って微笑むと、相手は慌てて、返事をして立ち上がった。

四番を見送ったところで、一番が、そわそわしているのが眼に入った。


「すみませぇん、トイレどこですかぁ」

「あ! あたしもお手洗い行きたい!」


一番と三番が続けてそう言って立ち上がりステージとは反対の方向へ移動し始めた。

声をかける間もなく二人とも行ってしまい……

つまり、二番と私だけになる。

その状況に気づかれない程度に少しだけ顔をしかめてしまった。

私だって人間で完璧じゃない。嫌な事は嫌。

お手洗い私も行けばよかったかな……

シンと静まり返る空間に溺れてしまいそうだ。

すると、静寂を破って、二番が、


「私、あなたの事知っているわ」

「……私は、申し訳ないですけど知りません」

「でしょうね、一方的に私が知っているだけですもの」

「えっ……」

「私の名前、瑞樹よ……覚えておきなさい、雪森 紅葉!」


きつく睨まれ人差し指で指された。

喧嘩を売られたようだ。


「私がもしこのコンテストで勝ったら……神代 香夜と別れてもらうわ!」


眼を見開いて固まる。


「高校生の頃、初めて会った時からずっと好きだった……でも彼女が居るって聞いていたから……思いを告げられなかった……」

「そんな事言われても、夜は渡せない」

「それなら私に勝って優勝して見せて、私よりあなたが美しさで上だと言うのなら……諦めるわ」


負ける気はないのか瑞樹は真っ直ぐ眼を見てくる。

それに微笑んで、


「いいよ、あなたに勝つ、それと、優勝したらあなたの秘密、バラさせてもらいます」

「……秘密?」

「とぼけても無駄、あなたが一番分かっている事でしょう?」


そう言うと瑞樹は吹き出し、声をあげて笑い始めた。

まだ笑いが収まっていないうちに話し始めた。


「あぁ、そう、バレてたの、勘がいい、さすがね」


瑞樹はまた笑い始め、四番が終わった頃に


「さっきの私演技に勝てたらよ? お手並み拝見といこうかしら」


その言葉を背中で聞きながら、振り向いてこう言ってやった。


「……覚悟、しておいてね」


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