春0
あれから数年が経った。
俺は神社を継ぐ事になった。本家に挨拶しに行くと、本家の息子……幸成とまた一悶着あったけど、まあ今はどうでもいいや。
それから、瑞樹。
瑞樹は俳優となるために都会で頑張っている。
テレビで知った顔があってとても驚いた。
雪山にも変化があった。
少しずつだが雪が解け、自然本来の姿を取り戻していった。
本当は夕が居た200年の間に怨念は解けていたんじゃないかって、俺は思った。
あの山に雪が降り続いていたのは……夕の心が寂しくて悲しかったから。
春には色取り取りの花が咲く、豊かな山に変わった。
紅にも見せてやりたかったなあ。
この数年で、俺は烙炎に言われるがまま式神を集めた。
本来は俺の持ち物だから、俺が持っていないと駄目なんだって……
おかげで、俺の周りは騒がしい。
なにせ7体の式神に囲まれているのだ。憑代である札に戻す事は出来るのだけど、俺は陽明ではないから上手く力が使えない。
札に戻してもすぐに出てきてどんちゃん騒ぎをするのだ。
狐や狼や猫や亀やら……久々の再会にお祭り状態だ。
それから、俺は妖怪やらそう言ったものが見えるようになった。
今までは俺が妙な苦労をしないようにと、夕が気を利かせて見えないようにしていてくれたらしい。
お陰で今、ものすごく苦労している。
「パパー!」
「ん?」
5歳ほどの少女が走り寄ってくる。
「朝陽、走ったら危ないだろう?」
「パパ見て! こんなの捕まえた!」
俺の言葉をサックリ無視して、天真爛漫な娘は続ける。
朝陽は何かを握っていた。
虫か? 暖かくなって来て虫が出るようになったのか?
その手には……
「朝陽、捨ててきなさい」
小さなオジサンが握られていた。
妖怪? 妖精? そんな存在だ。
「ええー? なんで? 頑張って捕まえたのに……」
「オジサンにも生活があるんだ。家族が居るんだよ」
娘は見える目を持って生まれて来てしまった。
式神も見えて、今でもよく遊んで居るのを見かける。
「ママ! ママぁ!」
「あ、おい! 朝陽!?」
「ママ見てー!」
思った反応が返ってこなかった俺の事を振り払い、母親へと走る朝陽。
「きゃん!」
そして転んだ。
その隙にオジサンは無事に逃げおおせたようだ。
「朝陽? どうしたの?」
「うえええん! オジサンに逃げられた! うわああん!」
「怪我は無い? ……無いみたいね」
朝陽はただオジサンに逃げられて泣いているだけだった。
溜息を吐きつつ、娘に声を掛けた。
「ああいうの捕まえるの禁止」
「なんで!? なんで!? ママ! パパがいじめる!」
娘に助けを求められた母親は、ゆっくり微笑んだ。
俺には口元だけ笑っているように見えて鳥肌が立った。
「駄目よ、朝陽? いつも関わったらダメって言っているでしょう?」
「……は、い……ママ……」
母親が怒ると怖い事を朝陽は良く知っていた。
朝陽はとぼとぼと烙炎に遊んでもらうと言いながら歩いて行った。
「夜」
「なに? 紅」
髪がすっかり伸びて、大人の女性になった紅が微笑んだ。
数年前、俺が白山で倒れた後、烙炎に乗せられ町へ紅と一緒に帰った。低体温になりかけていて危ない状態だったと後から聞かされた。
それから紅はもう、山神では無くなった。
山を捨て人として生きる事を決めた。
神としての力のすべてを、母である切り株に置いて来たのだ。
新しい山神は、また切り株が決める事になるだろう。
力を返す際、紅は願った。
人として生きて、愛した人の隣でずっと生きていきたいと。
存在が消えかかっていた山神は、その願いを聞き入れた。
『今までありがとう……私の娘よ……あなたに幸あらんことを』
山神は紅に祝福を授けた。
紅は人と同じ魂を手に入れた。
そして、生まれ変わっても俺の近くに生まれるように俺の魂と紅の魂を紐付けしてくれた。
これでもう二度と紅と離れる事はもう無いだろう。
必ず俺と紅が一緒になる訳では無かったが、紅はそれでも良い。私は夜の事を絶対に好きになるから。と言い切り微笑んだ。
「山に行ってきたよ。色々な花が咲いて、とっても綺麗だった」
「そう。私も行きたかったな」
紅はお腹を撫でた。
紅は今妊娠中だ。
妊娠中の大きなお腹が満月みたいだなとぼんやり思う。
「来年、二人で見に行こう」
紅は慈愛を持って微笑んだ。
「子供が大きくなってからも皆で見に行こうね」
「ああ、そうだな」
紅が俺の目を覗き込む。
神の力を返しても、紅の目は赤いままだ。
最初見た時は怖いと思ってしまった目も、今では愛おしいとすら思える。
俺の目が赤くなった事を確認して、最後に満足そうに微笑んだ紅が離れていく。
「ありがとう」
「うん」
風が吹いた。
春の訪れを告げる、暖かい風。
紅が、空を見上げた。
風に乗って人のような者が数人、山に飛んで行った。
山に春を知らせに行ったのだろう。
紅はその存在に笑顔で小さく、手を振った。
遠くから見た白山は、色取り取りの花々で色鮮やかに俺達の事を優しく見守っていた。
長い冬が、ようやく終わったのだ。




