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秋3


旅館を出て、色付いた木々を眺める。

広葉樹である紅葉と銀杏の赤と黄、時たま見える緑は針葉樹。

色のグラデーションが見事で溜息が出る。

本当に綺麗だ。

紅と一緒に高い場所から山並みを眺める。

紅も同じように思ったようで、紅葉を眺め眼を細めている。

細い、車がギリギリ通れない様な道を進む。

途中、水音がして覗き込む。

川だ。

滝かと思うぐらいの勢いでうねり、全てを巻き込んで流れ落ちて行く。その雄大な姿に空想上の生物、竜を思い起こしながら進んで行く。


「すごい、滝みたい……」


川の勢いに紅がただただ驚いてそう呟く。

川の周りに色付いている広葉樹から葉が落ちる。その葉はあっという間に竜に呑まれて見えなくなる。

その光景すらも儚くて美しい……そう思えてしまう。


「綺麗だな」

「……うん」


紅を見つめた。

これだけ沢山の美しい色に囲まれているのに、紅は色を持たない様な気がした。

青みがかった黒髪に、黒曜石の様な瞳。

紅の目は俺と違って他の色を映したりしない。

風が吹いて、紅の髪が乱れる。紅はそれを耳に引っかけて視線を感じたのか振り向き、俺と目が合った。

紅が目を細める。


「俺の目は何色?」

「……色々」

「なんだ、それ」


目を合わせ、二人で笑いあう。

ゆったりとした楽しい時間が過ぎて行く。

いっそ、永遠に紅との時間が過ぎて行けばいいのに。

紅の柔らかな微笑みを見て、何度そう思っただろうか。

歩を進めるたびに祭囃子がどんどん大きくなっていく。

神代神社、本家。

俺のトラウマが眠る場所。


「わあ……意外と人がいるね」


今日は平日だと言うのに祭りを楽しんでいる人が沢山居た。

意外だったので紅がそう声を上げ、俺は状況を何度も見帰した。


「……………」

「……夜、大丈夫?」

「あっ、うん……大丈夫だよ」


奥まで行かなければいいや。

具体的に言うと、本殿まで。

まあ、普通の参拝客は本殿には入れないし、拝殿止まりな訳だけど……


人混みをよけながら一の鳥居をくぐる。

ここから先は聖域だ。

肌が少しピリピリし、無意識に腕をさする。


「夜? どうかしたの……?」

「ううん、どうもないよ」


本家に来るといつも肌が痛い。

理由も原因も分からないが、少し時間をおけば無くなるので気にするほどでは無い。

参道の中心は神様の道なので中央を少し外れてを進み、まず手水舎で身を清める。


「はい、夜」

「ああ、ありがとう」


紅から柄杓を受け取って、水盤の水を掬い上げる。

まず左手。

次に右手。

左手に水を受け、口をすすぐ。

もう一度左手を清める。

柄杓を立てて残った水で柄を清め、水をしっかり流して元の位置に戻した。

手水の作法だ。

俺も紅も違わずに綺麗にこなし、紅に声をかける。


「行こうか?」

「……うん」


手水舎のすぐ隣には二の鳥居がある。

ここまで来ると祭りの音が騒がしすぎるぐらいになって来た。


「舞はやっぱり拝殿の辺りかな?」

「多分な」


鳥居をくぐり、参道を再び進むと狛犬が見えてきた。

この狛犬たちは最近になって設置されたもので石の感じがまだ新しかった。

ずらりと並んだ灯篭地帯を抜け、玉垣が見えてくる。

玉垣とは塀だ。

赤い塀に囲まれた中に拝殿がある。


「……」


ふと、足が止まる。

幼少期のトラウマがふつふつと浮かんでくる。

そうだ、確か……この中だ。

俺の目を抉り出そうとしてきたのは。

それで逃げ惑って、本殿の奥に迷い込み氷美と会った。

本家の人間は本家の跡取り息子が他の子供を虐めている事に無関心だった。それどころか祖父に嫌がらせをしてきた。よほどこの目が欲しいと見える。

あげられる物ならあげたいけど……俺の目はこの二つだけだから……あげる訳にはいかないのだ。


「夜……」


紅の手が俺の腕に触れた。


「やっぱり……やめようか……?」

「だ、いじょうぶ……だよ」

「……夜」


此処に来たのは幼少期以来。

あれから俺は十分な大人になったし……

こんな事で紅に心配されるようでは男として恥ずかしい。

だから


「大丈夫、心配しないで」

「どうしても駄目なら此処で待っててもいいよ……?」

「うん、大丈夫。心配ありがとう、紅」


変わらず心配そうな紅の頭を撫でる。

紅の頬が紅潮したのが見え、止める。


「ひ、人前……」

「誰も俺達の事なんか見てないよ」

「それでも。だよっ」


慌てている紅との掛け合いを楽しみつつ中に入る。

中は想像以上にごった返していた。

そこそこの広さだと思ったが、人が居ると狭く感じた。


「すごい人だね」


紅がそう呟いた。

俺は紅の手を取る。


「はぐれたくないから、いい?」


真っ赤な紅と目が合って、俺も赤くなりそうだ。

紅が恥じらいながらゆっくり頷いたのを見て、そのまま歩き出す。

笛の音、太鼓の音、弦楽器の高い音。

音の方へ向かってみると大きな舞台が設置されていた。

俺が来た時には無かったので、祭りの時だけ置かれるようだ。


「舞はまだみたいだ」


舞台は少し高い位置にあるので見上げる。

紅もじっと舞台を見つめた。


「……緑想の舞」


ぼそりと紅が呟く。


「分かるのか?」

「うん。自然に感謝するお祭りだからかな……?」


奏でられている音を聞いて、紅が判断した。

舞は……巫女が踊るものだ。

俺はあまり詳しくは無いが、紅は神代家式神の舞、七種を全てこなす事が出来る本家でもそう居ない存在だ。

舞っている紅はとても美しい。

まるで、この世の者とは思えない程の人を超越した何かに見えるのだ。


「あ、夜……!」

「始まるのか」


シャン、シャン、と鈴の音が聞こえてきた。

一端演奏が止まる。

一人の巫女が現れる。

髪飾りのように鈴を幾つも付け、赤い扇子で顔を隠しゆっくりと前へ。

鈴の音を聞きながら、その光景を眺める。

一説によるとこの舞、七種は山神が考えたものだと言われている。だから、女性が踊るのだ。

巫女が舞台中央へ立った。

……笛の音がしっとりと流れ始める。

巫女が扇子を動かす。

まだ若い……俺達よりも若い子だった。


「う……ん」


舞が始まってまだ数秒。

紅は何かを察したようで、頷いていた。

緑想の舞、神代 陽明が持つ式神の一柱。

文献には手のひらサイズの小人、とあるが真実かどうかは分からない。植物を操る力を持つと言われている。

ドン、ドン、と太鼓が打ち鳴らされる。

観客は舞台を見つめ、目を輝かせている。

紅が耳元で囁く。


「どう?」

「どうって……」


紅に比べると……だいぶお粗末だが。

まず、動きが硬い。綺麗に美しく舞う事よりも間違わないで舞う事を意識しているような気がする。

言ってしまえば練習不足だろう。


「紅の舞を知ってると……ね?」

「私の方が上手?」

「そりゃあ、勿論」

「そう、良かった」


紅は安堵して胸を撫で下ろしていた。

心配しなくてもいいのに。

強い風が吹いて、鮮やかな色の葉が舞い落ちてくる。

この季節は風が強い。

舞っている巫女の周りに紅葉が落ちる。

その光景は幻想的と言えなくは無かった。

これはこれで綺麗かな。

紅が言っていた舞の技術が低い、と言うのは紛れもない事実だったが……分からなければこれで良いのだろう。

舞が終わり、一度お辞儀をした巫女は扇子を閉じ、それを両手で持ってゆっくりとその場を去って行く。

シャン、と鈴の音を響かせながら。


「あれじゃあ山神様は満足しないよ」


俺はまあまあ満足したが、紅がご立腹の様だ。

眉を寄せ、唇を尖らせる。

そんな紅を可愛いなあと思いつつ、


「白山は何か言っているの?」


そう聞くと、紅は一瞬だけ白山を見て、俺と目を合わせる。


「……もっとちゃんとしたのが見たいって」

「そっか……」

「………」

「……じゃあ、さ」


白山の事を考えて落ち込んでしまった紅に提案をする。


「神社に帰ったら紅が代わりに舞えばいいよ。そうしたら満足するかも」

「夜の神社に帰ったら?」

「うん、観客は俺一人」

「ぅ、ん……なんかちょっと恥ずかしいかも」


誰にも見せる予定はないから。

紅をずっと見ていていいのは俺だけ……

白い山は別だけど。

舞が終わった事で人が減った。

舞が見たくてあんなに人が集まっていたのか……まあ滅多に見られるものではないからな。

アナウンスが入る。

次の舞は三時間後の様だ。

今日は祭りだから時間時間に舞があるのだろう。


「ねえ、夜……」


紅が控えめに腕を引っ張る。

何も聞かずに人を掻き分け、付いて行ってみる。

横顔をちらりと見ると、少し微笑んでいる気がした。


「これ書きたい」

「絵馬?」

「うん、書いた事無くて……」


そう言えば俺も……書いた記憶は無い。

お願いなどしたところで自分が何か行動しなければ叶わないと、子供の頃から分かっていたからだ。

でもまあ、折角だし……


「一緒に書くか」

「うんっ、ありがとう……夜」

「いいよ、俺も……書いてみたかったし」


早速絵馬を買って置いてあってペンで書き始める。

……何を書こう?

すぐに手が止まる。

今、俺はとても満たされていて、不満はあまりない。

腕を組み、考える。

何も書かれていないまっさらな絵馬を睨みつける。

紅は何を書いたのだろうか。

ふと気になって横目で盗み見る。

……小さく鼻歌を歌いながら楽しそうに書いていた。


「何て書いたの?」

「えっ、駄目!」


見ようとしたらさっと隠されてしまった。

不満げな顔の赤い顔の紅と目が合う。

ほんとに、何書いたのだろう?


「夜は……?」

「俺?」

「うん……何て書いたの?」

「うーん……ぱっと思いつかなくて……」


未だ、買ったばかりの状態の絵馬を見せる。


「そう……」


紅は少しがっかりしていた。

え? 何で?

よく分からなくて、戸惑う。

この場合、紅の機嫌を取り戻すためには……

ペンを握りなおす。

よし、決めた!

決めてしまったら後は書くだけ、さらさらと書いて行く。


「夜……?」


俺は絵馬にこう書いた。


紅とずっと一緒にいられますように


最後に名前として、夜、と書いた。

我ながら筆の扱いに長けているから見事な達筆だ。

俺の一番の願いと言えばそうかもしれない。


「どう? これが俺の……」


願いだけど、と続けられなかった。

耳まで真っ赤になった紅が俺の絵馬を見つめていたからだ。


「紅?」


紅と目が合うと、さらに赤くなる。

紅は隠していた自分の絵馬を恥ずかしそうにしながらも見せてくれた。


夜とずっといっしょにいられますように。


最後に、紅、と名前が書いてあった。

紅の絵馬を見て、紅の目を見た。


「……」

「………」


沈黙に耐え切れず、ニッ、とだらしなく笑うと、紅が吹き出した。


「何その笑い方……っ」

「いやあ……」

「ふふっ、あははっ……」


俺達って似た者同士なのかな。

紅の軽やかな笑い声につられて、俺も声を出して笑う。

ひとしきり笑いあった後、絵馬を隣同士に奉納した。

紅が俺の手を握って来る。


「夜……好き」

「……俺もだよ」

「ずっと一緒に居られたらいいのに……」


紅が何処か寂しそうにそう呟く。


「紅……家に帰ったら話したい事があるんだ」

「……話したい事?」

「うん……」


紅がじっと俺を見つめる。


「分かった……」


紅は特に何も聞かず、頷いた。

気恥ずかしくなって俺は次におみくじを引く事を提案した。

紅は何時もの笑顔で、


「うん、いいよ」


そう言い、了承してくれた。

それに少し安心して、歩を進めた。


「よーし」


百円を入れて、木箱からおみくじを一枚取り出す。


「紅、どうだった?」


先に引いた紅に声をかける。


「大吉だった」

「へえ、それは良かった」

「内容は……」


願望・多くを望まなければ叶う

待人・来ない自ら向かうが吉

失物・近い所にあり。出る

恋愛・この人より他になし


「気になるのはこの位かな?」


紅は少し興奮しているようで頬が紅潮していた。

恋愛の項目が直球過ぎて内心焦る。

俺のおみくじが駄目だったらどうしよう……

引いた紙をぺろりと広げる。


「ぐはっ」

「夜? どうしたの?」


紅と一緒におみくじを覗き込む。


運勢・大凶


願望・叶いにくい

待人・来ない。待たない方がよい

失物・時がたたないと出ない

恋愛・思い通りにならない


「ええ……これ……えー……?」

「大凶とか初めて見たかも……」


感心するように紅が言うので肩を落とす。

恋愛・思い通りにならない、って何だよ……すごく上手く行っているだろ、俺と紅は……


「夜、結ぼうっ」

「え……?」

「ほら、結んだら少しは良くなるって……言うでしょう?」


紅に促されて木に結び付ける。

何だかひどい目にあった……

やっぱり本家は苦手だ。

気分がすっかり落ちてしまった俺を気遣ってか、紅が焦ったように提案する。


「お昼ご飯食べに行こう」

「あ……ああ……」


もうそんな時間か。

秋と言っても日が高くなってくると少し汗ばむ。


「この辺りに美味しいお蕎麦屋さんがあって……」

「うん……そこにしようか」


紅が何時になく饒舌だ。

おみくじの結果を引きずっているのは俺だけでは無いと言う事か……

きゅっと紅の手を少し強く握る。


「夜……?」

「ありがとう……紅」


微笑むと紅も嬉しそうに微笑み返してくれた。

俺達は元来た道を引き返していく。

振り向いて、息を飲んだ。

白い山が参道から見て真っ直ぐの位置にあったからだ。

俺が居る町よりも白山が近い。

それが、初代様と山神が此処に居を立てた理由なのだろう。


「………」


紅が白山を見つめる。

横顔をばれない様に見る。

何故か、不安に駆られた。


「行こう、お蕎麦屋さんだよね?」

「……うん」


紅の手を引いて、参道を引き返す。

紅が白山に消えて行ってしまうような、そんな気がして……

しっかり手を掴んで、紅によそ見をさせないように神社を出る。


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