幸せな花嫁 2
ゆったりとした服に覆われていても雄々しいさのある体躯。編み込んだ金茶色の髪を背にたらし、獣とは言えない容姿は精悍で雄々しい。彫も深く目つきも鋭い。不思議に思ったのは、手足も人で尻尾は見当たらない所だろうか。
姫様にお聞きした時は、もっと、獣の特徴をした方だった筈なのに。
「グレン様!」
弾んだ声で姫が駆け寄る。
先ほどまで纏っていた鋭い空気が霧散する。
ぽかんと口を開けている同僚に侍女長。あからさまに怯えている侍従達は不敬じゃないだろうか・・・騎士殿二人は数歩下がってしまっていて、威圧され過ぎじゃないだろうか・・・。
衣裳部屋から出たばかりの私達は壁に控えてそっと窺うのみ。
王の後に続く護衛は二人。
一人は前にも見た事のある爬虫類の様な硬い身体が覗く甲冑姿で、もう一人は細身の狐・・・?
茶色のふさふさの頭部の下は空色の騎士服。ゆるりと周りを見回すと、ふとこちらに目をやり口の端を上げた。
(え?笑った?)
控えて盗み見ていたのが解ったのかと思った時、腕に何かがふわりと当たって気付く。
カナン。
ああ、あの人はこの子を見たのだ。同僚であるカナンを見ただけ。びっくりした。
気付けば姫様は王にお礼を述べていて王自らネックレスなどを付けて貰っています。恥ずかしげな所が初々しくて愛らしい。皆もそう思ったのでしょう、部屋の空気のぎこちなさがまた減りました。
花嫁衣装。新しいイブリース風の衣装。宝飾品。
「フレーゼがこちら風の衣装が来てみたいと言っていたから用意した」
ともすれば、きつく無愛想に聞こえる王の声に、姫様が微笑みます。お二人とも名で呼び合う仲になったようで一安心です。
イブリースに馴染みたいと言っていた姫様。人質の様な境遇なのに王はそんな素直な姫様をとても大切にして下さっているようです。
仲睦まじい様子にほっとして息を吐き、私もこちらの国の事をカナンに良く聞いて置かないとな、などと思いました。
それで聞いたのですが、こちらの国の人は力の強い人ほど、魔法のように人型と獣形を使い分ける事が出来るそうです。
人型になるのは率先してやりたくない事だとも言っていました。
お式を控えて皆も浮足立つこの頃ですが、私は相変わらず一人で食堂を訪れます。人だからか、食堂では遠巻きに見られています。
近くに座り話しかけて来るのはカナンかミランダさん。
最初に案内してくれた黒犬(?)のリュウさん。
名前はミランダさんが呼んだので知っているだけです。だから呼んだりはしません。
今日も美味しいリゾットをすくっていると近くに人の影。
真横にトスッと座られびっくりして見ると、時々食堂や廊下で見かける白黒ぶちの(やっぱり犬に見えるんですが失礼でしょうか?)リュウさんと同じ兵士の格好の人でした。
皆さん人の横はいやなようなので、もしかしたら気づかなかったのかも。
退こうかどうしようか迷っていると横から声がかかりました。
「それ、美味い?」
楽しげな声に釣られて見上げれば、青い眼。真横に居る所為で物凄く近く感じる。
「・・・・はい」
声を掛けられたのに間抜けな短い返答しか出来ない。
「う~ん、こっちにすれば良かったかな?なあ」
なあ、と言った相手は彼の向こう側。彼の顔が向こうを向いて真っ白な後頭部が見える。王城に仕えている方は毛並にも気を付けているのか、皆、さらさら、ふわふわ艶々。自分の髪が少しパサついているので羨ましい限りで、つい我が髪を見入ってしまう。
「知るか」
不愛想に返る返事は知らない人のモノ。同じ兵士だろう簡易鎧がチラっと見える。
「今日は肉の気分だったんだよ」
彼のトレーの皿の上には肉が乗っている。むしろ肉しか乗っていない。
「うるせぇ」
「見たら食いたくなるんだよな。旨そうで」
「ほんと、うるせぇ!勝手にしろ」
相手の方はいつもの私の周りと同じ、席四つ分くらい開けて座っている。
彼が無意識にか、テーブルに肘を置いたので、長い毛が手の甲をかすめた。少しくすぐったかったのと、私の皿の中のタレが付いてしまいそうだったので、皿を動かして避ける。
「なあ」
くるっとこっちを向いた彼は、多分にっと笑ったのだと思う。捕食されるぐらいの口になってますけど。
「ちょっとだけ味見してもいい?」
味見。誰をっと一瞬過ぎった。
「参考までに」
向こうから「おい」と咎める声。
私、食べられます?そんな訳ないけれど。
「一口でいいし」
目を逸らせずにいると、彼の目が私と皿を往復。
ああ、こちらでしたか。当然ながら。
「止め・・・」
「一口でよろしければ」
止めようとする同僚の声が届く前に返事してしまいました。
私でも解るくらい驚いたように目を丸くした兵士さん。
不味いと気付きました。はしたない事です。
もう、平民ではなく姫様の侍女なのだから。
田舎の娘ではないのだから。
仲の良い家族とでも居るような、こう言う事はしてはいけないのだと。
焦って言葉も出ない。
謝って済むのだろうか。
お叱りを・・・。
視界が揺れたのと同時に彼が声を発した。
「あの、さ、・・・冗談だから」
こてんと首を傾けて、言われた言葉を飲み込むのに数秒。
目を笑みの様に細めた彼は、またくるりと向こうを向いて同僚と話し始めた。
「やっぱりリゾットも追加してくる」
トレーごと持って行った彼は帰って来たときには同僚の横で、それから決してこちらを見ようとしなかった。




