親切な人
姫の宮は王宮の奥にあり、人質の如く嫁がれた妃殿下の為の場所としては、最大のもてなしでないかと思われます。着いた当初にきちんと使用人の処遇の説明もありました。
同じ宮で過ごせばいいそうです。ただ、食事は宮でなく皆食堂で取るそうで、侍女長他の皆さまは、顔を顰めていらっしゃいました。
宮の奥より表に向って歩き、使用人用の戸をくぐれば、戸の横に立つ兵士と目が合いました。
しばし、互いに無言。
目を合わせていても咎められ無いのをいいことに初めて間近でみる獣人を観察してしまいます。
二足歩行で、騎士様より頭一つ分は大きな体。黒い甲冑にから艶光りする金の瞳が見下ろしています。兜の形が変わっていて口の所が尖っていますね。
そういえば、獣の国の方でした。それに、鎧の腰のあたりが広げた昆虫の羽の様に膨らんでいて・・・。
「あら」
ふわりと揺れるのは甲冑でなく黒い毛皮の塊(尻尾ともいう)でした。我が国の兵士には決して付いていない物ですね。ふわふわですね。
「何用だ、勝手に動き回るな」
不機嫌そうな声が頭上からしましたが、私の眼はぴしりと揺れた毛皮に釘付けです。それがぶわりと大きくなった気がしてはっと上を向きます。
そうでした。
ええと。
「夕食を頂ければと思いまして」
無言ですね。時間帯はあっていると思うのです。食堂は朝二刻、昼と夕に三刻の間自由に訪れていいとのこと。でしたよね?
「場所は教わりましたので、一人でもどうにか行けるかと・・・難しいでしょうか?」
もしかして迷路並みに複雑なのでしょうか?
無言の兵士が口を開いてくれました。
「行くのか?」
「はい?・・・はい」
金の眼がシュッと細まって、ピリッとした空気になります。
怒らせたでしょうか?
ただの輿入れならばお互いの要望などを擦り合わせる時間などあって、全て整った上での到着でしょうがこれは違います。今まで国交が険悪だった国同士の婚姻。私たちはただの付属品とばかりに同じ場所に詰め込まれただけです。
侍女長様や騎士殿は獣と話すのも汚らわしいとおっしゃいますし・・・。
彼らも同じように思っている事でしょう。
「・・・ちょっと待ってろ」
と、不機嫌に顔を逸らした後、彼はぼそりと呟きました。
「交代要員が来たら連れて行ってやる」
姫様の「優しい方」という言葉が頭をかすめました。
本当に。
「ありがとうございます」
何故か大きく間が空いて、「そうか」と返事が返ってきました。