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王様はお嘆きに

 ある日。荒々しい一団が城に押し入るようにやって来たのを、使用人のお台所で噂として聞きました。

私の職場は姫様の傍なので、こうやって別の場所に出向かなければ噂も耳に入りません。


「ああ、怖いわ。大丈夫かしら私達」

「大きな手に鉤爪が付いていたんだって?」

「俺らはいつも通り下ごしらえしてる他ないだろうが」


口ぐちに不安を漏らしエプロンをギュッと握りしめる年若い娘と女中。一応平静を装うコック。



 ネッビアは獣人の国入りを許可していないので、噂だけが国内に入ります。立ち姿は人の様。しかしその身は獣毛に包まれ、牙を持つ獣人。ただの獣だったモノが人語を解し歩き、知恵をつけた。ネッビアでは獣人は野蛮で冷血と言われています。

 もしかして私達は皆殺されてしまうのではないかと城内の空気が重くピリピリし始めていました。


 私は、姫様の朝餉の皿を所定の位置に戻すと簡単な朝食をいただいてその場を後にします。

 今日の朝食は茶筒に淹れたての温かいほんのり苦味を感じるお茶。包んでいるのは半分は昼食にする詰め物をしたパン。挟んでいるのは野菜と薄い焼いた肉。今日は牛肉でしょうか?そういえば、獣人には牛っぽい人もいるのでしょうか?

 妙な事を考えながら歩いて・・そう、普段通り歩いてしまったのが敗因でしょう。


 目の前に人影が突然現れて、抱えていたモノと近づいたモノが触れ合って。


「無礼者!!」


その人は当たり前の事をしただけなのだろう。


思い切り払われた手は、私に当たって身体ごと弾き飛ばした。

身を庇う間もなく床に叩きつけられる。茶筒は転がり中身をぶちまけ、手の中で朝食はぐしゃりとひしゃげた。びっくりして声も出ない。

弾き飛ばした人の足だけが見える。

ああ、大変。騎士だ。

ネッビアの近衛騎士団の長靴。

顔を上げずとも怒りの視線を感じる。慌てて痛む身体を起こして頭を下げる。殴られる程度で済めば良いのだけど。

「申し訳・・・」

「団長、急ぎませんと!」

どうも他にも人が居たようだった。焦りを感じる。

「解った、・・・娘、命拾いしたな。許してやる」

尊大な言葉を吐くと男と、数名の足音が過ぎ去った。


ほっとして、騎士の去った方向をボンヤリ見つめる。今日は人通りが少ない。そういえば、今日は獣人の使者が来ていたのだった。

さっきの人、団長って言った?王を側で守る近衛騎士が、使用人通路なんかにいていいのかしら?

今から王の元に向うのなら何て遅いのでしょう。と、思いつつも手の中の物を見てため息が出る。

「折角今日はごちそうだったのに」

床も拭いて、パンは汚れを取って食べましょう。形は悪くとも美味しいもの。


極端に人が表を歩いていないのをいい事に、私は庭園に腰を下ろした。

姫様の部屋の控室には同僚も居て食事がし辛い。

眺めのいい姫様のお気に入りの薔薇園の木陰に陣取って口を開く。

「薔薇は綺麗だけど、食事には向かない匂いね」

もぐもぐ咀嚼しながらはしたなく独り言。

今日は日も温かいし、お使者のおかげで見つからずに済みそうだ。

お茶もこっそり補充して来た。一つしかない茶筒が壊れていなくて良かった。買ってもいいけど、庶民の出の私には高いのだ。

「味はいいから」

甘辛いタレを少し拝借した。お台所はいつも通りを装って、緊張した空気のまま明るい会話で騒がしくしていた。


私がそうやって呑気に朝食をいただいている間に、使者と王との会談は始まっていた。


和やかに行われる筈も無い一方的な和平交渉。


途中。近衛騎士が使者を葬ろうと王の御前を血で穢したらしいのだけど、私はその噂を聞く事は無かった。皆、口を噤んだのだ。だって、ね。国王の近衛騎士ともあろう方々が、数名の獣人の使者殿を相手に皆倒されてしまうなんて、恥ずかしくって言えないでしょう?王様だって、隠したいって思うでしょうとも。






 三の姫様は大層国王に可愛がられていましたのに、その所為で獣王に望まれたのです。大切な宝だからこそ、平和協定の拘束力に相応しいと。


軍部が押し切った形での開戦ではありましたが、王も貴族もそれを諌める事なく今を享受していました。

ネッビアは限界だったのかもしれません。

戦火に駆り出された兵士は帰って来ず。田舎町は荒らされる。孤児は増え、家を失い家族を失い身体の一部を失う者。物流は停滞し餓える人々。被害は甚大でした。



 国民の現状を見ることなくお育ちになっていた姫様。

 愛され、愛情深くお育ちになった姫様は『両国の和平の礎として嫁ぐ』と言う王の言葉に感銘を受け、笑顔で了承されたそうです。



私は身寄りも無い平民で、畏れ多くも姫様の傍付きの侍女の一人として供を仰せつかりました。

王国では、姫様のお靴を磨くお仕事で今度はお衣裳も御髪も整える事が条件です。

先輩方に厳しく躾けられ、私は姫様に付き従う栄誉を得ました。


木漏れ日のような金の髪と煌めく青の瞳の愛らしい顔立ちのお姫様。

優しくて明るい微笑みを絶やさないお姫様は、暴君と言われる獣王に嫁がれます。


僅かな従者を伴い


恐ろしい獣の国へ


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