犬の仕事
今までの誰もが言ったように、腕に囚われてもじっと耐えて拘束が解けるのを待つのだ。
柔らかく回された腕の中。
時間が過ぎるのを待つ。
痛みは一瞬。
心を凍らせれば、痛みを逃がせば。
頭を撫でる大きな手。
「声を上げて泣いてもいいんだ」
耳を塞いで、痛む言葉を追い出せ・・ば・・・・?
「ラフィア」
この国で、やっと呼ばれるようになった私の名前。
どうして?
景色が歪む。
頬を流れるモノが止まらない。
「ラフィアは優しい良い子だ」
罪人ですよ。
「起こった不運はラフィアの所為じゃない」
いいえ、きっと生きている事こそ罪。
愚かで罪人の癖に、ぎゅっと彼の袖を握りしめた。
囲う腕に力が籠って温かさが増す。
ああ、私は死の間際の幸せな夢を見ているのだな。と思った。
「こらエロ兵士!」
失礼極まりない掛け声と共にロッドの頭がドつかれた。
ロッドはラフィアから離れて頭を抱えて唸った。
モン先生がラフィアに「大丈夫か、消毒しとこう」などと言いつつハンカチを出しパタパタ彼女の身体を払う。
ちらっと抱えた腕の隙間からロッドはラフィアを伺う。モン先生とロッドを見比べ心配そうな顔だ。
ロッドの白い毛並の内側は熱を持って熱い。仲間には気づかれても彼女には解らないだろう事で、ほっと息をついた。
ドコで聞き入れてきたのか、食堂でウィーヴィに絡まれる。
「手が早いねェ。相変わらず、ロッドは儚げ~で庇護欲をそそる可愛い~いタイプ、の子が好きだね」
咽た。気管に飯が入った。
「・・な、んでっ?!」
何でそう思ったんだよ!
「や、今までのロッドの恋人。来る者拒まずだけど去ってくの追いかけた事ないじゃん?ぐいぐい来る子苦手でしょ。お前って実は守って構いたいんだよね。彼女まんま好みのタイプ。俺と被らなくていいけど」
ちょっと待て、今までの恋人?お前が知ってるのかおかしくないか?
色々言いたい事はあるが頭はウィーヴィの言った事を考えている。
この国の女は自立していてハッキリ物を言うのが美徳みたいになってるから、それが当たり前で。
歴代彼女も向こうから言い寄って来てそのまま付き合って・・その内「思った人と違った」なんて離れていって。まあ。
か弱くは無いな。
「でも。俺は気の強いのが良いな~。ツンツンしてんのを口説き落として、それから組み敷いて泣かせるぅ」
ウィーヴィがどうでもいい屑情報をくれた。心底いらない。
「なあ、お前。自分で解って無かった?」
覗き込まれて、むっと顔を逸らす。
「何の事?俺は真面目に監視してるだけだぞ。大体お前だってよく行ってるだろ」
「俺は監視じゃないも~ん。暇つぶしだからァ」
「性質が悪いな!」
ウィーヴィがにんまり口を開けてシューっと音を出す。馬鹿にされてる気がする。
そうなんだ。彼女に果物を持っていくのも、それだったら目の前で食べさせるという行為が正当化出来て、小動物みたいに可愛く咀嚼する姿を間近で見ると言う喜びがっ・・・・ああ~!俺は何を考えてたんだ!!
「でも彼女。そろそろ居場所を変えるんじゃない?」
はっとした。
そうだ。いつまでも今のままの訳はない。
ラフィアの所持品から首謀者を割るのも、そう遠くない。
王族を害そうとして、今彼女が生きているのは証人である事と、姫の意志が働いているから。
良くて生涯幽閉、一生を何処か辺境の地で過ごす。
王は妃の傍に彼女を置かない。
しかし、捨て置けない。だから、どこかの有力貴族の領地に留め置かれる。
ずっと、たった一人で。
今までだって一人だった筈なのに。助けてやれない。
「君。お~い。ロッドく~ん!」
煩いな。ウィーヴィ。からかい過ぎるからお前は振られるんだよ!
「ローッド!君また彼女の事考えてる?」
「うるさい!」
「あーあ、ロッド自分が『王国の兵士』だって自覚ある?」
ウィーヴィの言ったセリフに俺の中の何かが納得した。
「そうか!!」
「そうなんだよ。思い出した?」
「ウィーお前たまにはいい事言うな!」
は??と言うウィーヴィを置いて食堂を飛び出した。