犬と彼女の静かなお茶会
あと少しです。宜しくお願いします。
何をしていると自分を叱責して、次にやっぱり彼女に贈る食べ物のことなど考える。
彼女が何故あんなことをしたのか、未だ答えは見つからない。
いや、祖国からの差し金だというのは大体調べがついている。彼女の立場なら断れない事も。
調べは簡単についた。あちらの国はそれぞれが自分の利益の為に動き、利己的で欲望に忠実な家臣がそろっていると見えて、実に穴だらけで、機密も簡単に漏れてしまう有様だった。
毒の入手先は解った。狙った人物の特定も進んでいる。
後は駒をどう使うか。上の方々が勝手に考えてくれるだろう。
モン先生は言う。
ラフィアは朝早くから起き出して、手伝いが出来ないかと問うて来るのだそうだ。
仕方なく、手慰みに創薬の分類等をさせていると、ふと、思い出したように口を開く。
「姫様のお靴を磨いているのはどなたなのでしょう。お衣裳の場所を全て教えたわけではないので大丈夫でしょうか」
「姫様はダンスの練習も文句なくなさるので、練習の後はおみ足が疲れない様、柔らかい革で、ヒールの低いお靴を履かれるのですが」
「姫様がお勉強をする時は少しお衣裳を緩められる物を、襟は詰まっていないと宝石を付けないとおかしくなるのでレースの華やかなお襟の方が・・・」
彼女の細やかな気遣い。とても優しい。
姫君が傍に置き連れて来たのも納得がいく。だから・・モン医師はとても胸が痛むと呟く。
どうしてその仕事を続けるための努力をしなかったのか、せめて誰かに相談をしなかったのかと、ラフィア穏やかな人となりを知るたび思うのだ。
俺も、何故、と毎回問いたい思いにかられる。
彼女は答えを聞かせてはくれない。
俺たちを信用していないのかもしれない。
誰も、彼女を助けなかったのだから。
あの日まで誰も。
彼女を見舞って持ち込んだ茶と菓子を広げて、尋問と言う名目のタダの小さな茶会をする。
「あの」
まるで重大事の様に声を掛けられ、とうとう何か話す気になったのかと期待を込めて目を覗き込んだ。
濁りなく澄んだその目に見つめられるのが好きだ。たとえその表情が僅かに困惑を滲ませていたとしても。
「ロッド様はどうして私にお優しくして下さるのですか?」
にやける。初めて、名を呼ばれた。
呼んで良いと言ったその名を、しかし、期待した言葉では無かった。
「・・・弱き者を助けるのは、俺達の仕事でもある・・・。」
王はラフィアを殺さぬと決めた。
ラフィアに重労働や拷問は行われず、怪我が完治すれば生涯幽閉が待っている。
姫がラフィアの為に動いたのだろうと思う。表向き王の婚儀に傷を付けない為と、姫の故国への牽制を兼ての助命となっているから。
うん。姫様、何かいい人だ。
産まれも育ちも違うのに、姫はラフィアを信頼していた。ラフィアを見ていればそうなるよなって解る。
とても苦労しただろうに、ラフィアは良い子だ。
今は幽閉場所の選定に悩んでいる。
「よわきもの?ですか?」
ラフィアはさっきから俺の言った事をずっと考えていたようだ。納得していないのか首をかしげている。
「そうだ。今まで、その、色々と・・・つ、辛かっただろう?」
だから思い切った行動に出てしまったのかもしれないと。
「辛い、ですか?」
ラフィアはどこか遠くを見る様に視線を逸らす。
「・・・・姫様のお靴はとても素晴らしいんです」
「え?」
「お衣裳を触れるようになって・・・その肌触りの良さに感激いたしました」
ラフィアは淡く微笑む。
「身体がぎしぎし痛む時も、姫様のご用意をする時、とても幸せな気持ちになります。・・・私の選んだ物で姫様がお綺麗になって・・・嬉しそうに笑って。・・・・それを見るのが好きでした」
だったら何故?
ぱちりと瞬いたラフィアの瞳が潤んでいる気がして手を伸ばしそうになる。
「お国でも姫様は可愛がられておられました。・・・突然の政略結婚でこの国に来て、お可哀想な姫様は獣王様に愛されてとても幸せそうでした。幸せな姫様を見ると心が暖かくなるんです」
「ラ、」
名を呼ぼうとして、彼女の笑みが消えている事に気付く。ぽつぽつと呟く言葉は涙の代わりに零れ落ちているようだった。
「愛されて幸せなお姫様」
「物語の様に、お姫様は末永く幸せになりました」
「毒を盛られても、少しも不幸にはならない。やっぱり誰かに助けて貰って幸せなまま・・・」
「姫様の笑顔が大好きで、大嫌いでした。世の中の幸せの分量が決まっていて、姫様が幸せな分私が不幸せ。そう思えたらよほど救われたでしょうか・・・・」
彼女が俺を見る。
歳の割に大人びて疲れ切った笑みが浮かぶ。
「幻滅しましたか?私。醜い考えの女なのです。弱き者には程遠い」
俺がよっぽど頼りない顔をしていたのか、彼女はぺこりと頭を下げた。
「申し訳ありません。貴方様がお優しいからつい、埒もない事を言ってしまいました。この国の方のお蔭で私は綺麗になった体で死ねますのに」
国では罪人の死体はとても汚いのですよ。とまるで風景を語る様に言う彼女に声を失くす。
父母は罪人ではなかったけれど、王国の騎士の盾にされましたので、墓には入れず燃やされました。
何でもない事の様に語るラフィアは俺を安心させようとでもするように、にこりと笑った。
「・・・フィア」
「はい?」
私事になると考えなしの所があると注意されたのを思い出したが、だからどうしたと頭から追いやった。
「ラフィア」
「・・・・・は、い」
腕の中から戸惑いしかない返事が聞こえた。弱弱しい声だった。
「もう、大丈夫だから、誰もラフィアを傷つけないから。・・・無理して笑うな」