少しの遠出
食事は朝晩のみ。質素ですが栄養の行き渡った食事に舌鼓を打ちます。
朝、寝ている間に用意され、夜。空のトレーと引き換えに、暗闇から差し出されるので配膳の方の顔は解りません。
朝食を終え、いつも通り軽く拭った食器を所定の場所に置くと、その日は何故か足音がしました。
・・・いつもはほぼ無音なココに。
「・・・おい!」
格子の外に立ったのは、騎士とは衣装が違うので、兵士の方でしょうか?苛々した所作に少し怖くなって足元だけを見つめます。黒い長靴。それにたくし込まれた薄茶色のズボン。どこかで見たと考え、毎日食堂で色々な人を見ていたからそう言う事もあるかと。
がちゃがちゃと沢山の鍵の中から一つを選んだ彼は迷いなく重そうな鍵を外すと大きく扉を開けました。
「出ろ!」
正面から見上げたのは、ぶっきらぼうな言葉使いの、そのお顔は、白黒ぶちの犬。冷めた青の瞳。
前の様な柔らかな眼差しが貰える筈も無い。明るかったその眼が眇められ睨まれる。お互いの息しか響かない沈黙の後、耐えかねてか、また彼が声を荒げた。
「・・・おい!」
鼻に皺を寄せ、不機嫌になられたので「申し訳ありません」と頭を下げました。母国では私の顔を見ると不機嫌になる方が多かったので、醜い私の顔は不敬なのでしょう。あの時の気安さはもう彼にはありません。
「・・・行くぞ!」
ぐいと手を引かれ彼の前を歩かされる。
小突かれて、ああ、進めばいいのかと、歩く。
塔の階段は螺旋でやはり塔のようなので、この牢は独房というモノなのだろう。
私のいる牢以外に、螺旋の中腹に幾つか部屋はあるようだが格子も存在しないタダの空間で、見張り台とかそういう用途なんだろうかと考える。
階段を歩く足が冷たいな、と思ったら裸足だった。すっかり失念していた。
小石に躓いて転げ落ちかけたのを、襟首を掴まれて逃れる。
「ありがとうございます」
顔を見せない様振り返り礼を言う。
「・・・急げ」
沈黙の後、声が頭上にかかる。そうだ、罪人と話すのはあまり推奨されないのだろう。
痛いな、と思ったら足に傷が出来た模様だ。
このまま地上の土の上を歩けば膿んで病気になるかも知れないなあ。などと暢気に思って笑う。
「おい!」
「申し訳ありません」
口元を引き締めた。
「おい!ドコか怪我をしたのか?」
「え?」
気遣うような声色に驚いて見上げてしまう。
ついでに痛みが沁みた足が階段を踏み外す。
「危ない!!」
腰に腕が回って引き上げられた。
「申し訳・・!」
「もう、抱えていく!大人しくしてろっ、とろい!」
ひょいと荷の様に肩に担がれた。牢に入った時と同じ。
お腹に圧迫がかかって謝れなかった。
背に回った腕を支えに横を見ると、柔らかそうな長い毛並みと大きな耳。
ぴくぴくと動く耳は私に警戒しているのだろう。
ため息を頻繁につきながら、彼は階段を下りた。
人けのない庭先を担がれ進み、ここは塀に囲まれた隔離された場所なのだと改めて知る。
彼の歩みが止まり目的地に着いたらしい。
下ろそうとした彼は、ふと、思いとどまったように動きを止め、戸を叩く。
私には見えないけれど、どこかに着いたようだ。
「来たか・・・って、ロッドなんで担いでる?」
彼はロッドというのか。
再度のため息、一拍の後。「怪我してる。血の匂いだ」と言う。
そうか、彼らは鼻が利いた。自分の事だからあまり気にしていなかった。
「怪我?」
足に何か触れ、びくっと反応してしまう。
ロッドさんが一歩下がる
「このくらい、洗ってほっときゃ治るだろ」
「・・・人なのにか?」
「・・・そうか、人だったか。直ぐ死ぬもんな」
二人の中では人は相当脆弱な生き物らしい。
一応重要な罪人を早々に亡くしたくはないのだ。
結果、そのまま部屋に入って椅子に座らされた。狭い個室。テーブルに向かい合った椅子二脚。緩い明かり。ひやりと暗く他に何もない空間は、尋問や拷問に相応しい苔色だ。
そっと足を床に着けようとしたら、ぐいと持たれた。怯えがそのまま震えに替わる。
「水」
「おう」
ロッドさんの声に素直に出ていく人型にしか見えない後姿。
怪我した方の足を入念に見た彼は付着した小石や汚れを尖った爪先で器用に払う。しっかり掴まれているのでなすがまま。大きな手に掴まれた足は棒切れの様に見えた。色だって姫様みたいに白くない。丁寧な扱いは相応しくない。
「水だよ~」
緩い言い方に顔を上げて、悲鳴を飲み込む。
人の姿そのままに顔面だけがつるりとした蛇を思わせる男がそこに居た。
「あ、やっぱなぁ~、傷つくわ~。顔見て怖がられるとか。お前いいよな、ワンちゃんで」
「しょうがないだろ人だし。後。お前こっちの子供にも怖がられてるから今更だろ?」
「うっせぇわ、飯食ってっ時に見るからだろあの子ウサギ共」
ぽかんと言い合いを見てたら足をやわやわと撫でる手。
「・・・ぇ?」
いつの間にか足元に桶。綺麗な水を張ったそれで丁寧に足が洗われていた。小さな傷が幾つもあったので、ぴりぴりした小さな痛みはあったが優しい手つきは最後まで変わらなかった。
ロッドさんが自分の手ぬぐいと裂いて足に巻くとそっと足が下される。
とても不思議な光景だった。
死ぬのに傷を癒す必要があるのだろうか?
粗ばかりですがよろしくお願いいたします。