メーラ北区へ
「クオッ!」
「な、何だ!?」
僕が少し目を離していると、いきなり声が聞こえたのでビックリした。
急いで駆け付けると、男が吐血していた。
「大丈夫か!?」
僕がそう呼び掛けると、男は頷いて返してきた。
「あんたは………… そうか、助けてくれたんだな」
男の言葉に同じように頷いて返す。
「ありがとよ、死ぬかと思ったぜ」
「……………どうしたんだ? そんな怪我を負うなんて」
僕が聞くと、男はハッとしたように叫んだ。
「そ、そうだ………… あのイカレ人殺し………グハッ!」
男が叫んだ直後、勢い良く吐血した。
僕は男を急いで支える。
「おい、大丈夫か? 叫ぶのはやめた方がいい」
「あ、ああ。大丈夫だ」
男は一端言葉を切り、続けた。
「メーラ南区に人殺し集団だ…………… 放火女に人斬り侍の二人」
僕はそれを聞いた瞬間机を叩いていた。
「しまった………… あのフード、そういうことか」
僕は後悔していた。
あの時、あのフードを狙撃出来ていたのではないか。
怯えて逃げ出さなければ、あそこで倒せていたのではないか。
「それと、南区は放火女のお陰で殆ど燃えた。今頃南区は灰になってるだろうよ」
僕はこの男の怪我の理由を悟った。
やはり、逃げてくる途中で襲われたのだ。
「ありがとよ。俺は南区のギルドを見てこようと思う」
「いや、待て」
出ていこうとする男を僕は捕まえて止めた。
「南区に人殺しが居るんだろ? 危険だ」
「いや、そう言ってもな……… 俺は自分のギルドを確認したい」
僕は怒鳴った。
「折角助かった命を無駄にする気か!?」
「くっ……………」
僕が言うのを聞いて男が黙り混む。
「…………少しずつ、南区に進む。二人で」
僕が言うのを聞いて、男も頷く。
「どうする? 今から出発するか?」
「そうだな、今から十分後だ」
僕が時計を指差しながら言うのに対して、男はステータスを見始めた。
「…………俺、斧も何も無いんだ。今あるのはナイフと拳銃だけだ」
「いや、ナイフも拳銃も使い物にはならない」
僕は抜き取っていたナイフと拳銃を持って言った。
「拳銃が弾詰まりだと……………!」
僕は驚く男に言う。
「武器は後だ」
「…………名前は?」
僕が聞くのに対して、男も答える。
「ああ、俺か。俺はザンジ」
「リクだ」
「…………リク?」
「ああ、そうだが」
聞き返してくる男、ザンジに向かって頷く。
「もしかして、称号持ちの?」
「気付かれてたか…………」
僕は一瞬頭を抱えた。
こんなプレイヤーにまで僕の噂が広がっていた。僕としては余り名が広まっては欲しくないのだが。
「まあ、いい」
僕は話題を変えるべく話し始めた。
「武器を用意しよう。メインアームは?」
僕の質問に対して、ザンジの答えはシンプルだった。
「斧だ」
僕はそれを聞くなり倉庫へ駆け出す。
「斧は………… これか」
僕が取り出したのは一本の両手斧。
僕が斧を見せると、ザンジは手を出して受け取った。
「ありがとよ」
「出来れば、拳銃の一丁位欲しいんだが、あるか?」
僕はそれを聞いて、拳銃を探す。
見つけたのはリボルバーだった。名前は忘れてしまったが、威力は保証できる筈だ。
「すまない、リボルバーしかなかった。大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
ザンジはこれも受けとると、服のズボンにしまった。
「銃の威力は強いからな。あるだけでも安心できる」
銃が強いのは二つの理由がある。
一つ、弾の速さ。
弾の速さが速ければ、相手に当たりやすい。
二つ目は、威力の強さだ。
これは銃としての威力の話ではなく、ゲーム的なステータスの話だ。
ソードマジックのダメージ計算は単純である。
「攻撃者の攻撃力」「武器の攻撃力」を足して、「スキル補整」や「ステータス補整」を加える。
その数値を、「受ける側の防御力」「装備防御力」「スキル補整」「ステータス補整」で引く。
そこに「部位のダメージ倍率」を掛ける。
たったそれだけだ。
他のゲームに比べれば、単純な計算式ではある。
そして、銃の計算式には、攻撃者の攻撃力は足されない。ここで言う攻撃力とは、筋力等のパラメーターから計算される数値だ。
銃は攻撃力が足されない代わりに、武器の攻撃力自体がとても高い。
そして、要求するスキルも少ない。それが銃の強さの理由だ。
初心者が一丁でも銃を手に入れれば、一瞬で強くなる。
武器の攻撃力だけで戦って行けるようになるのだから当然だ。
今では銃も簡単に手に入るし、初心者でも凄まじい速さでレベルが上がっていく。
もう昔の話だが、部位のダメージ倍率が高かった時は、頭や心臓へのダメージが凄まじかったらしい。
倍率は100倍ほどにもなり、まともに食らえば大変なことになっていたらしい。
今はその倍率は修正されたが、まだ十倍位であり、とても高い。
ゲームが現実となった今では、尚更急所への攻撃を警戒しなければならない。
「あと少しで行動開始だ。いいな?」
「ああ。俺の私情だが付き合ってくれてありがとな」
「僕もあっちの様子が見たかった。都合が良い」
僕たちは準備を終わらせていた。
そして、慎重に扉から出る。
今ある装備をフルに用意したが、これでもザンジの言う人殺し達には叶わないだろう。
出来るだけ、静かに行動してザンジのギルドまで帰る。
「よし、移動30秒前」
軍隊のようなハンドサインで返してきた。
僕もそれに乗って軍隊の真似をしてみる。
「3,2,1………… ゴー!」
二人で家を飛び出し町へ向かう。
僕の家はオートロック式の玄関だ。放置しても鍵は自動的に閉まる。
僕はザンジの手を引き寄せ、町とは反対側…………… 崖へ向かった。
「どうした、リク。こっちはただの崖だぞ」
ザンジに静かに呟き、進む。
「町の様子を探るのであればこっちの道の方がいい。この崖を通っていくのは崖の形状に詳しいプレイヤー以外不可能だ」
ザンジは静かに頷き、僕の後を進んでくる。
僕達は二人でハンドサインを出し合いながら前後を確認して進んだ。
この崖は非常に複雑な形状をしている。
メーラの町への最短ルートもこの崖だ。
しかし、その複雑さ故に形状を把握しているプレイヤーは少ない。
特に、この崖の内部に基地がある事を知るプレイヤーは少ないだろう。
この崖の中の基地は、以前のpvp大会で使用された物だが、この崖の内部にあることを知らないプレイヤーも多い。
この崖の洞窟は迷路のようになっており、迂闊に踏み込めば二度と帰ってこられないと言われている。
もし迷ってしまえば、帰還用ポータルを使うか、テレポートをする他にない。
どちらも持っていなければ______
この洞窟の中を延々と彷徨い続ける事になる。
「こっちだ」
僕の声を聞いてザンジが付いてくる。
僕はこの洞窟の内部形状を把握している。しかも、今の手元にはレーダーさえあるのだ。迷うことは決してない。
「本当に合っているのか、ここはよ」
「合っている。もうすぐで町の外周辺りだ」
僕が指差す先には薄明かりが見えていた。
メーラの町外周、草原エリアだ。
「門だ。行くぞ」
僕達は駆け出した。
メーラの町への門へ向かって、走り出す。
丁度北区の門だ。
「くそ、何てこった!」
ザンジが怒った。
「門が開いてねえ!」
そう、門の開門時間を過ぎていたのだ。それか、意図的に閉じられたか。
僕はザンジを落ち着かせると、言った。
「あの穴から入る。手伝ってくれ」
「穴?」
僕が見付けたのは小さな穴だった。
人が一人入れる位の、小さな穴。しかし、ザンジぐらいなら入れそうではある。
「こりゃあ、匍匐しねえと入れんな」
「ああ、匍匐するぞ」
その穴はどちらかと言えば溝に近かった。何らかの原因で溝が広がったのだろう。
「うわ、カビくせえ」
「我慢しろ、もう少しの辛抱だ」
「リク、ちゃっかりガスマスクを付けるな」
「ああ、忘れてたな」
僕はザンジにガスマスクを渡すべく手を伸ばした。
しかし、それは無意味だった。
もう溝を潜り抜けてしまったからである。
「……………一応貰っておくぜ」
そう言ってザンジはガスマスクを手に取った。
僕達は北区の情景を見回した。本来美しい筈のメーラ北区は、見るも無惨な姿になっていた。
「うわ、ひでえな」
「…………予想外だな、これは」
町の殆どが灰になっていた。火災は中心部だけだと予想していたが、外周部まで広がっていたようだ。
「くそ、あいつら……………」
ザンジが地面を踏み締めた。
相当これをやった奴等に怒りが有るようだ。
「おい、落ち着け。ここからが本番だ」
僕はしゃがみながら歩き始めた。
建物の殆どが崩れ落ちているお陰で視界が広くなっている。
出来るだけ、気付かれないようにしなければ。
「ザンジ、ギルドの場所は?」
「ああ、そうだな………… こっちだ」
ザンジが向かい始めたのは、北区のビル密集地だった。
恐らく、そのビルの中にザンジの言うギルドのホームが有るのだろう。
もう少しの辛抱だ。
「よしザンジ、行こう」
「分かった。周囲の警戒も忘れないように」