二人目の目覚め
「どこだここは」
俺が目覚めたのは全く知らない場所だった。
周りの壁には白い壁紙、俺がさっきまで寝ていたのは布団だ。
俺の住んでいたのはこんな所じゃない、しかもマンションではベッドだ。
決して布団ではない。
「これ、俺か?」
近くの鏡に写っていたのは俺だ。しかし、俺はこんなにも筋肉があった訳ではない。しかも、俺は身長は高くない。
鏡に写っていた俺は、筋肉が付いた長身の男だった。
「いや、こりゃあ…………… そりゃ無いだろう」
こいつは、ソードマジックでの俺だ。
プレイヤー名は「ザンジ」。俺の友達が付けてくれた名前だ。
俺が大学生の時にこのゲームを始めたが、まさかこの世界に来るとはな。
「有りがちな展開だな…………… まあ、良いだろう」
俺はこの手の小説を読んだ事が多いので簡単に理解できた。
ようするに、俺はザンジの姿でゲーム世界に来ちまったんだと。
「まあ、マッチョになっただけで良かったか」
マッチョになっただけで良かった。あまりにも体に違和感があると動けなくなる。
この知識は小説の物ではあったが、今はその知識に頼るしか無かった。
「武器は……………」
俺のロッカーの中には鎧や、斧が入っていた。
ゲーム時代、ザンジの纏っていた重装備。
俺はタンクとしてギルドの一翼を担っていた。
俺の所属していたギルドである「月影」。皆で仲良くワイワイやっていて、楽しいギルドだった。
「流石にこれは着れねえな」
俺は無意識に鎧を戻していた。どうしても、これを着るのは恥ずかしい。
俺は替わりとして、ナイフと拳銃を取り出した。
ナイフは魔法金属製のナイフだし、拳銃はコルトガバメントのカスタムモデルだ。
取り敢えず俺は二つをポケットに入れ、部屋を出た。
俺がこうしてこの世界に居るのであれば、あいつらもこっちに来ている筈だ。
俺の高校生時代の友人だ。
プレイヤー名はレン、そしてイリアだ。
俺の隣の部屋が二人の部屋だ。実の所、彼らは双子らしい。同じ部屋に居るのもそれが理由らしい。
俺がレン達の部屋に向かおうとすると、後ろから呼び止められた。
振り向くと、二人の少年少女が居た。
両方とも金髪で、年齢的には14歳位になっているだろうか。彼らは社会人だが、若い姿でプレイしていたらしい。
「よお、レンにイリア」
「ザンジ、やっぱ体大きいな」
「そうか? じゃあ、そっちはどうなんだ。子供の体は」
「子供じゃないわよ、ザンジ」
俺達は夢中になって話した。
そう、いつものように。
俺はふと通路の外を見た。
メーラの町南区のビル。それが、月影のギルドホームだ。
ビルの上から見た景色は、正しくファンタジーのそれだった。
レンガで構成された町並み、そこに歩く人々。
俺は前からこんな世界に来たいと思っていた。まあ、命の危険があるこのゲームは別だ。
「で、なんか用か?」
俺は彼達に聞いた。
わざわざ後ろから話し掛けてきたのだ、何か理由がある筈だ。
「いやあ、ギルマスが呼んでてよ」
「ルウェイスさんが? 良し、行こう」
俺はまっすぐギルドマスターであるルウェイスさんの部屋へ向かった。
ルウェイスさんは俺の恩人だ。まだ初心者だった頃に、戦い方を教えてくれたのはあの人だった。
「この下だよな」
俺は記憶を辿ってギルドマスターの部屋へ辿り着いた。
ドアの前に、「ギルドマスターの部屋」と書かれている。
ここはギルドマスターの部屋であると同時にギルドの指令部でもある。
俺はノックをしてドアを開けた。
「ザンジです」
俺が名乗りながら部屋に入ると、声が聞こえてきた。
老人のような、暖かみのある声だった。
「来てくれたか」
「ええ、ご用件は?」
俺の堅苦しいしゃべり方を見て、彼は言った。
「ザンジ、無理しなくてもいい」
「そうです………… いや、そうか」
「ああ、それでいい。君は楽にしてくれたまえ」
俺はルウェイスさんの前の椅子に座ると、向かい合った。
暖かい日差しが差し込んでいる。
ルウェイスさんは壮年のアバターだった。しかし、しゃべり方から無駄に似合っている。
「で、用件は?」
「ああ、それだが」
そう言って彼は一枚の紙を取り出した。
そこには、俺のすべき事が書いてあった。
彼は俺に紙を渡すと、話し始めた。
「そこにも書いてあるように、今回は探索も兼ねて買い出しをしてほしい。こんな所だから、みんな探索に出掛けているよ。残りは君達だけだ」
「まあ、危険は少ないだろう。観光も兼ねて見に行ってくれ」
要するに、彼は俺にこの世界を探ってこいと言っているのだ。
彼は俺よりも先に来たようだし、色々知っているのだろう。
まあ、俺のやることは買い出しだ。
買うものはパンと、水。そして、カイロだった。
どうやら今は冬のようで、カイロが必要らしい。
現実では夏だったのにこっちでは冬になっているのか、不思議なものだ。
「分かった、行ってくる」
俺はそう言うと、椅子を立った。
「ああ、君にはレン君とイリア君も一緒に行って貰うよ」
俺は頷き、部屋を後にした。
ルウェイスさんが言うには、レンとイリアも一緒らしいので、二人を迎えにいく。
彼らの部屋まで行くために階段を上がる。
すると、途中でレン達に鉢合わせになった。
「ねえ聞いたよね、私たちも行くのよ」
「ああ、分かってる。準備が整ったらロビーで待ち合わせよう」
俺の言葉に頷き、レンとイリアは階段を下っていった。
彼らはもう準備を済ませていたのだった。
「さて、俺も準備するか」
俺は自分の部屋に戻り、ロッカーを開いた。
しかし、ナイフと拳銃はもう持っている。
なら、斧でも、と思ったがやっぱりやめた。
周りに威圧感が出ると思ったからである。
日本の銃刀法に慣れているせいか、巨大な装備に少し抵抗を覚えてしまうのだ。
銃への抵抗は無かったが、これも日本で持ち歩いたら即逮捕だろう。
こうして、俺が抵抗なしに装備できるのはナイフと拳銃だけになったのだ。
「そういえば、マシンガンも有った筈だがな」
俺はロッカーを覗いた。確か俺は、マシンガンを持っていた筈なのだ。
「これか?」
俺は一挺のマシンガンを取り出した。
しかし、マシンガンの給弾機構は破損していた。これでは、撃つことも出来ない。かろうじて打撲武器として使用できる程度だ。
俺はマシンガンを仕舞い、服装を整えた。
これまでワイシャツ姿だったが、取り敢えず有ったセーターを着る。
ルウェイスさん曰く今は冬らしいので、セーターを着た。
ポケットの中のナイフと拳銃をセーターで隠す。
出来れば、ナイフと拳銃を持っていることは知られたくない。もし危険だと判断されると、他のプレイヤーから攻撃を受ける可能性がある。
ゲーム時代、自衛行為としてプレイヤーがプレイヤーに攻撃することは多かった。意図的にプレイヤーを殺す、言わばPK、プレイヤーキルをするプレイヤーも居たぐらいだ。
「おっと、待たせたらいけないな。早く行くか」
俺は急いで服装と武器を整えると、部屋を出て鍵を掛けた。
そして、階段を下っていく。
一階のロビーはこの通路を右に出たところの筈だ。
記憶は合っていたようで、明るいロビーに俺は辿り着いた。
そこにはもうレンとイリアが居る。
二人は俺を見付けるなり、駆け足で向かってきた。
「遅いぞ、ザンジ」
「悪い、遅れた」
「そういえば、鎧と斧はどうしたの?」
「あれを着るのは少し恥ずかしくてな」
「そう」
一連の会話を交わしてから俺達は外に出た。
外に出ると、明るい太陽が目を眩ませる。
一応冬のようだが、今は昼頃で太陽も出ている。俺は右腕に付けてあった腕時計を見た。
「十二時か。ゆっくり行こうぜ」
俺は二人にそう伝えると、歩き出した。
俺はルウェイスさんに貰った紙を見る。
最初は、パンを買い行くのが手っ取り早い。水は、その道中の店に売っている。カイロもその店だ。
俺は大通りに出て、真っ直ぐ進んだ。
そのまま通りを右に曲がり、パン屋へと入った。
「いらっしゃい」
店員の声を聞きながら、俺達はパンを集めた。
フランスパンや食パン等を集めて、そのまま店員の元へと持っていく。
「180000ルアです」
予想以上に高い金だったが、俺はルウェイスさんに金を貰っている。
簡単にこれぐらい払えてしまう。
俺は金を手渡し、パンをレン達に渡した。
イリアが魔法鞄にパンを入れている。
この鞄は、見た目よりも多く入る魔法の鞄だ。これさえあれば、銃を何十挺も持ち歩ける。
まあ、俺はそんなに銃を持っているわけではないが。
この鞄はイリアの持ち物だ。ルウェイスさんが貸してくれると言ってくれたのだが、イリアが持っていたので断ったのだ。
「よし、次だ」
俺は店から出て近くの雑貨屋に向かった。
俺が頼まれているのは水が50リットル。そして、カイロ十個だ。
俺は雑貨屋に入って水を取りに行った。
レン達とも一緒に水をかき集め、買った。
「うわ高っ」
レンが呟いた。
水とカイロ、パンを全て合わせて20万ルアを越えた。
恐らく現実でも20万円を越えていただろう。
こんな大金を使ったのは久し振りだ。
俺は店から出てギルドホームへと戻ろうとする。
「ザンジ、待ってくれ」
「どうした?」
「いや、何か物が焦げるような臭いがする」
「そうね、火災でも起こったのかしら」
俺は駆け出した。
火災を見に行くためだった。
実は、臭いのする方向はギルドの方向だったのだ。
いずれにしろ、あちら側に向かわなくてはならない。
「行くぞ、レン、イリア」
「分かった!」
「分かったわ」
二人が声を合わせて言った。