帰路
「さて、どうするか」
店も出たので僕にはやることが無くなってしまった。
友達が来ていないか探すのも良いが、もう真夜中だ。友達を探そうにも見つけられないだろう。
そろそろ帰ろうと僕の体は門を目指した。メーラの町の巨大な門が正面に見える。
門に着き、僕は門を出て森に入った。
懐中電灯を点け、銃を構えた。正確には懐中電灯ではなくヘッドライトではあるが、さほど変わらないものではある。
銃を構えているのはモンスターを警戒するためだ。今は夜で、光が無い。この状態では、いつ不意打ちされるかも分からない。しかも、こんなところで死んでしまっては話にならない。
町を出るにつれて光が届かなくなる。
もうライトの光と月の光しか届かない。幸い、今日は雲が少ないようで、月は当分隠れないだろう。
僕の家がある丘の麓に着いた時はライトなしでももう良くなっていた。森の中ではないので月の光が十分に届くのだ。幸い、森の中ではモンスターは出なかった。いつもなら十匹以上遭遇しているのだ、とても幸運な事である。
空を見上げてみれば満点の星空。試しに手頃な恒星をを線で結んで見るがどれも知らないものばかりだ。僕は星座には詳しいが、あり得ないような位置に星がある。
星座が違うとなれば、もうここは地球でもない。真の異世界、それがここなのだろう。
それにしても、綺麗だ。日本ではこんなものは見えない。ビルに囲まれた市街地は勿論、住宅街でも見えないだろう。
見えるとすれば、山奥の自然に溢れているような場所だ。
家がすぐ近くに見えた。坂を登ればすぐに家だ。
この坂は急勾配であり、登ることは難しい。しかし、頂上からの景色には目を見張る物がある。
「疲れたな……………」
やっと坂を登り終えた。
疲れがどっと溜まっている。肉体的では無く、精神的な。肉体は強く、疲労はあまり溜まらないが、無意識に疲れたと思ってしまっている。
こんな世界に放り出されたのだ、仕方がない。しかも、モンスターとも戦ったのだ。モンスターと命を掛けて戦うのは初めてだった。
「……………あれは?」
丘の上にあるものが転がっていた。
それは、バイクであった。
エンジンを見ると、破損している。煙も上がっているし、ガソリンも漏れ出していた。
ハンドルも片方が折れているし、サドルも損傷が酷い。
流石にこれでは運転できない。
それよりも、何故こんなところにバイクが有るのだろうか。ファンタジー世界にはまるで似合わない物が、そこにある。
一応、バイクも製作可能だが、その材料である鉄鉱石はここから離れた鉱山が産出する。
となれば、これはオークションで売られていた物に違いない。カスタマイズもされていたようだが、今はこの有り様だ。
「人!?」
もしかしてと思っていたが、僕の家の前に男が倒れていた。
手を伸ばした姿勢から推測するに、僕の家に助けを呼ぼうとでもしていたのであろうか。しかし、その家はこれまで無人だった。
男の体はボロボロだった。
右腕の骨は露出しているし、右足は欠損状態だ。
全身血塗れで、更に怪我も多い。火傷を中心に、切り傷もある。どうやら、その傷から血が出ていたようだった。血は止まっているが、見てもいられないような酷い傷である。
火傷となると、火災でも起こったのだろうか。しかし、騒がしくもならなかった。一つの可能性があるとすれば、それはメーラの別地区で火災が発生した可能性だ。
メーラの町は四つの地区に分かれており、さっきまで居たところは北区だった。南区で発生したと仮定すれば、僕達が気付かなくてもおかしくはない。
「どうする?」
ゲーム時代だったら見捨てていただろう。
しかし、僕の良心がそれを防いだ。
僕の腕は男を持ち上げ、背負って家の中に運び込んだ。驚くほど軽かった。ここまで自分の力が強いとなると、少し怖くなってくる。
幸い、血は固まっていたので僕に血が付く事は無かった。血が付いていたら少し危なかった。念のために服は脱いで洗っておく事にした。ついでに手も念入りに洗う。もし血液感染する病気にでも掛かったら大変だ。
リビングのソファーに男を寝かせた。
男のHPは三割を切っていた。急いでポーションを持ってきて飲ませる。
少しずつではあるが回復を始めた。
僕はほっと一息ついて注射を取り出した。
生命回復の効果を持つ注射だ。
これを射っておけば、体力は回復を始める。
同時に自動回復効果も持っている。回復力を高めると同時に、生命力そのものも回復をしていく。生命力と体力は別だ。ゲームでは隠しステータスである生命力。発見された時は大騒ぎになったと記憶している。
データの解析をしたプレイヤーが見つけたらしい。規約違反の行為ではあるが、こちらにとっては好都合であった。
生命力は体力回復の速さに関わり、体力はHPに相当する。この世界でもその仕組みが有るのか不安だったが、注射をしておいた。
一応、傷口の縫合もしておいた。縫合は初めてだったが、何故か自然に手が動くような感触で出来たのだ。
そして、包帯を巻いた。これで流血の心配はない。
「武器は………… ナイフと、拳銃か」
男のポケットにナイフが入っていた。
そして、拳銃も。
しかし、それ以外の物は無かった。
彼が身に付ける物は、血塗れの衣服とナイフ、拳銃のみだった。
拳銃のホルスターは革製だったが、少し焦げている。火災で焼けたのだろうか。
彼のランキングは千万台、僕とさほど変わらない。つまり、僕と同じくらいの強さだと言うことだ。
さっきのバイクは彼の持ち物だろう。
火災から逃げるためにバイクを使用したが、何らかの原因で傷を負った。そして、バイクも破損し操縦不能になった。助けを呼ぶために僕の家に近寄ったが、そのまま気絶した。こう考えれば辻褄が合う。
怪我の理由は分からない、知りようがない。今の彼は意識不明の重体だ。
注射で体力は回復しているが、目覚めるまでは何も聞き出せない。
もし、この怪我を負わせた犯人が現れれば、僕もただではすまない。特に、殺人者が現れた場合。殺人者は強い。人を殺すことを躊躇わないし、レベルも高い。人殺しをするためにレベルを上げるような連中も居る。もちろん、それはゲームの中での殺人で、現実には行われない。しかし、ここは現実とさほど変わらない世界だ。
この世界には恐らく日本の法律は適用されない。つまり、殺人を禁止するものは無くなるのだ。
人殺しが現れてもそれは不思議な事ではない。
「拳銃………… 弾詰まりを起こしている」
拳銃が弾詰まりを起こしていた。
発砲しなくてはならなくなったのだろうか。
それとも、別の理由か。
この銃はかなり強いものだ。攻撃力が高い拳銃で、使いやすい物の筈だ。モンスターに襲われても容易に撃退出来るはず。
となると、やはりプレイヤーか。プレイヤーの中でも、自分よりレベルが高ければ普通にやられてもおかしくはない。
一端外に出て様子を見に行く。もしかしたら、人殺しがいるかもしれない。彼を襲ったプレイヤーが、まだこの周辺にいてもおかしくはないのだ。
双眼鏡、そして念のためにSFIを持って玄関を出る。
「あれは?」
丘の麓に、誰か居る。
双眼鏡を覗き、ズーム倍率を上げる。
「誰だ……………?」
性別は分からないし、種族も分からない。フードを被っていて、顔も分からない。更にズーム倍率を上げる。しかし、全く顔が分からないようになっている。迷彩の類いかと一瞬思った程だ。
ゲームには多種多様な種族があった。種族が解れば、対抗も簡単に出来る。種族によってパラメータの成長がある程度決まっているのだ。
エルフ、ドワーフ等あるがまずドワーフは無いだろう。
高身長なドワーフはいない筈だ。いても155cm位、しかし双眼鏡の先の人物は170cmは普通に越えているだろう。
着る服には黒い染みが付いている。
血は時間が経過すると黒くなると言う。恐らく、血が固まったものだ。
そして、刀にはベッタリと血が付いている。
体力ゲージは見えない。しかし、少し動いている所から生きていることは判る。
「何だ?」
僕の目は謎の人物に近寄る三人の女を見た。
その三人は人間のようだが、どうにも仕草がおかしい。
まるで、男のような動きだった。
いや、もしかしたら中身は本当に男かもしれない。
アバターの見た目に姿が変わるのなら、実際の性別と違っていても不思議はない。
僕が見ていると、三人はフードの人物と話し始めた。
どうやら、言い合いになっているようだ。何を話しているかは全く分からないが、今にも飛びかかりそうだ。
「マジかよ」
僕は見た。
一瞬にしてフードが刀を三人の女に向けて振るったのを。
速かった。僕にもかろうじて動きは読み取れたが、いつ抜いたのかは分からないほど速かった。
しかも、三人は上半身と下半身で分かれ、絶命していた。
あれほど動いていたのに、今はもう物言わぬ死体と化していた。
「ひっ、人殺し…………」
僕の体は震えていた。
怯えていた。奴に、素性も知れぬようなプレイヤーに。
簡単に人殺しをした奴が、怖かった。
これまで死とは無関係に生きてきた。人が死んだ所は見たこともないし、人が死んだと聞いた時も無かった。
僕は思わず家のなかに逃げ込んでいた。少しでも奴から離れていたかった。
家の中に入っても、震えは収まらなかった。
暫くの間震え、震えが収まったあと僕は椅子に座った。
そして、思い返す。
奴はこちらには向かっていなかった。
明らかに町に向かっていた。
大丈夫な筈だ。こちらには来ない。そう自分に言い聞かせた。
「…………今日は、眠らずに見ておくか」
ソファーに横たわる男を見ながら呟く。
彼が起きるまでここで見ておくことにした。
彼は順調にHPが回復している。
もう八割弱回復している。
完全回復まで後少しだ。
欠損している足は治療キットを使うことにした。欠損した足すらも治療できるとは驚きだが、ゲームが元なので仕方がない。
取り敢えず、そう言うものだと割りきって治療器具を用意する。
だが、ここで僕はある事に思い至った。
足の治療は本人の意識が回復していないと不可能だ。それも、欠損した足の治療ともなると。神経を繋ぐ操作が難しくなるらしい。
「………………明日にしよう」
僕はそう呟き、もう一つのソファーで仮眠を取ることにした。
そしてそのまま疲れに身を任せ僕の意識は沈んでいった。