第八章 パンくずの精 - こぼれ落ちて
追い出されてから十分、中からはなんの音もしなくなった。
「・・・・どうしたんだ?」
能力を使って完璧に消音しながら扉を開ける。
「・・・・いない。」
部屋を見渡しても、仔猫の亡骸もフィアもいない。
「もしかして・・・・。」
ああ、やっぱり・・・・。地下への入り口が開いている・・・・。
「・・・・行ってみよう。」
怖いが、フィアが一体なにをしているのか確かめなくてはいけない・・・・そんな気がした。
私は懐中電灯の電池を新しいものに素早く取り換え、それを持って地下へと下りて行った。
* * * *
「・・・・相変わらず真っ暗だな・・・・。」
いや、短期間の間に電球がつけられてたりしたらそれはそれで驚きだけど。
というか、私の能力が役に立ったのってこれが初めてかもしれない・・・。おかげで独り言バンバン言えるし。足音とか気にしなくていいし。まぁ、こんなことに役にたっても微妙な気分だけど・・・。
カツ カツ カツ
フィアのヒールの音を頼りに進んでるけど・・・迷子にならないといいなぁ・・・。というか、本当に合ってるのだろうか・・・。本当にこちら側にフィアは進んでる?ウーン、ショウジキジシンナイナー・・・。このまんま閉じ込められたら・・・どうしよう・・・。
* * * *
「~♪」
ざくっざくっという土を掘る音ともにフィアの歌声が聞こえる。一瞬能力を警戒したが、恐らくこれは大丈夫だ。あの独特な雰囲気がない。
「~♪」
歌声の近くに行くと様々な花の香りが混ざったような香りが襲ってきて、驚いて前方を一瞬照らしてしまった。そこには土を掘るフィアと仔猫の遺体、花が供えられた大量のお墓があった。フィアは夢中になっているのか、がっつり照らしてしまったにもかかわらず、気づいた素振りを一切見せなかった。
「~♪」
・・・・相変わらず綺麗な声だ。多分、これは讃美歌だろう。イエスとかいってるし。うーん・・・これは、いつくしみ深きとかかな?
・・・・などと考えているうちに、土を掘る音が止まった。
ドサッ
・・・・なにかが穴に落ちたかのような音がした。仔猫を、墓穴に入れたのだろうか?
パサッパサッ
・・・・土を穴に入れるみたいな音だ。・・・仔猫の亡骸を土で埋めているのだろうか?
パサッパサッ
いくらか時間が過ぎたころ、音が止まった。お祈りでもしているのだろうか、しばらく沈黙が墓場をつつむ。
「・・・ふふふ、僕はね、貴女に感謝しているのですよ。貴女のおかげで証をもらえた。生きているときは憎らしかったですが、死んでしまえばなんともない。僕ったら、全てを許して感謝すら感じてしまうなんて・・・ふふふ。」
一瞬私に向かって言っているのかと思って焦ったが、どうやら違うようだ。たぶん・・・・お墓に向かって話してる。フィアは時々やる。
「そんな貴女には・・・梔子の花を捧げましょう。死人に口なしならぬ、死猫にクチナシ・・・なんてね。自分を殺した相手が目の前で自分を殺していないなどと嘯いているにも関わらず、死んでしまったがゆえになにも言えない貴女はカワイソウ。ここに眠る誰よりもね。いえ、逆でしょうか?死んだことすら知られていないものたちに比べて、死んだことを知られて憐れんでもらえた貴女は幸せ?」
やっぱりフィアが殺したのか・・・?
「でも、もう安心してください。貴女には今に息も出来ぬ深い眠りを授けて差し上げましょう。きっとそれで、僕のご先祖様みたいに無理やり目覚めさせられる、なんてことはありえなくなりますよ。きっと。」
そういうと、なにかを取り出すような音がした。
ふうっ、と空気を吸い込む音がした後、空気がキンと張り詰めた。
「レクイエムよりイン・パラディスム」
マズい。これはマズい。恐らくフィアは能力を発動する。わざわざ死んでいる相手に。だが、それはこの距離だと私も確実に巻き込まれる。だからといって、フィアに近寄って音を消すわけにもいかない。私が居ることが確実にバレる。こんなとき、私にできることは・・・
「逃げる。」
うん。逃げるは恥だが役にたつね。ここ大事、テストに出るよ!!じゃなくて、早く逃げなきゃ。眠っちゃうよ!!永遠にね・・・・。
「・・・・安らかに、眠ってね。」
さようなら、と心の中で呟いて、冷たくて美しい孤高の死の香りで満ちたこの場から立ち去った。背後には死を呼ぶヴァイオリンの音色が鳴り響いていた。
ちなみにルタの能力は、発動時半径五十センチ以内の音を消しますが、発動してもルタの声だけはルタ本人にのみ聞こえます。あくまで声、なので、拍手してもなにも聞こえません。