第8話
朝飯の後、一旦部屋に戻る。
ベッドに仰向けになって考える。
琴美、美咲、美凪は学校へ行ってしまった。今日は入学式らしかったのだが、どうせならついでに俺も戻れば良かったんじゃ無いかなと思ってしまった。
しかし、こればっかりは悩んでも仕方がない。
身体を起こして押入れを漁ることにする。
……………。
いつ見ても、やる気を削がれる風景ではあるが、いつまでも先延ばしでは何も始まらないと腹をくくり、一つ一つ調べていく。
いるものと要らないものを選別していく。いるものとしてはすぐに使いそうなものを集め、要らないものは捨てるまではいかないが、その場に戻しておいた
「あら、上が騒がしいと思ったら。 言ってくれれば私も手伝ったのに……」
誰かと思い後ろを振り向くとニコッと笑った千尋さんが顔を覗かせていた。
「いえ、自分の物……らしいですから自分でやらないと。……それに千尋さんはせっかくのお休みなのですからしっかり休んでほしいですし……」
千尋さんは今日は久々のお休みを貰っているらしく、お手伝いは頼めなかった。最も、そうでなくとも頼むかなどさらさらなかったが……。
そんな圭太の思惑とは裏腹に千尋さんは「あらあら……」と、勝手に手伝い始めてしまう。
「ちょっ⁉︎ 千尋さん? 聞いてました⁉︎ 俺の話」
「んー? 聞いてたわよー」
生返事が帰ってくるだけだった。
「こっちはホント大丈夫ですからゆっくりお休みしてくださ、お、あ、あー!」
何かに足を引っ掛けてしまい、倒れ込んでしまう。
倒れる俺が着地したそこは………千尋さんの膝だった。
千尋さんは、正座していて二つの柔らかい太腿と俺の頬が触れてしまっている。
「ご、ごめんなさ……え? ち、ひろ……さん?」
千尋さんが俺の頬を包み込むように両の手で触れてくれる。もちろん俺にそれを拒む権利は毛頭なかったし、むしろ良かったくらいであるが、なぜという疑問をぶつける。
「私は、貴方がいてくれるかな今がとても幸せだわ……。たとえ、記憶が無いにしても過去は過去。貴方との思い出はこれからも作ることが出来る。こんな些細なことが幸せだと気づいたわ。貴方がいないここはとても暗くなってしまって、さっきの朝食もみんな口を開くことすら無かったわ……それが今日は見違える様で……私、泣きそうだったわ」
俺にはまだ、そんなことは分からない。ただ、分かったのは俺が歓迎されているという事。それは俺にとって救いだった。
「それは何より……です」
正直、反応に困ってしまった。別にそれは俺がでは無いからだ。身体は確かに俺、かもしれないけども中身が俺でいられたかどうかは自分自身よく分からない。
「さぁ、やってしまいましょうか!」
今度はその申し出を断れなかった。
押入れにあったものを自分の部屋に持っていった。昨日までは殺風景だった自分の部屋が明るくなった。
俺は千尋さんにお礼を言うと、千尋さんは
「そろそろ帰ってくる頃だから、迎えに来てくれる?」
と問われた。
「ええ、構いませんよ」
俺に断る理由はなかった。
千尋さんと外へ出て、学校へ向かうそうらしい。と言うのも、記憶が無い俺では、今歩いている道自体が全て新鮮なものだった。
「この道だけじゃなくて、学校に通じる道は他にもあるのよ」
そう言って、愉快に歩く千尋さん。
こんなことを普通、母親ポジションに近い千尋さんがやることなのではないんじゃないか。
そう、分からないなりにも考えていた。
そうこう考えたりしていたら見慣れない、他とは明らかに高く、そして浮いている様な建物が見えた。
そこから人が外へ出ていくのが見えていた。
皆、同じ様な服を着ている。男女の差はあるものの、その統一されている服装を見ても自分とは違うという疎外感を感じた。
「あっ、にぃだ!」
最初に現れたのは、美凪の様だ。美凪も他の人と同じ制服を着ている。
「あっ、美凪ちゃん。お帰りなさい。 どうだった? 初のご登校は」
「ええ、とてもワクワクしました! なんか、新鮮な感じがあったので。それに……また、にぃと学校に行ける日が来るんだと想像するとそれだけで嬉しく……」
急にマゴマゴしだして、挙動不審になりだす美凪。 身体を擦り合わせて右手を口に近づけているせいでよく聞こえない。
「それは良かったわ!」
「(嘘だろ! 千尋さんは聞こえたっていうのか⁉︎)」
普通に会話を続けた千尋さんに衝撃を覚える。一瞬、自分の耳がおかしいんじゃないかと手をそこに当ててしまう。
「にぃ、ただいま!」
満面の笑みで言ってくれる。 なんだか、その言葉を聞くと胸が暖かい気持ちになった。これも、退院初日のことがあったせいだろうか。
「あぁ、お帰り、美凪」
「えへへ〜」
美凪は少し照れた様に後ろ髪に手を当てる。そんな美凪をみて、俺もすこし、顔が熱くなった。
暫くすると、美咲と琴美が一緒になって出てくる。
「美咲ちゃん、琴美、お帰りなさい」
「もーう、遅いよ二人とも!」
千尋さんと美凪が揃って彼女達に声をかける。
その二人の後ろに隠れる様な形になる。
「⁉︎」「‼︎」
二人は後ろにいた俺を見かけると、揃って驚いた顔をした。
「ふ、二人とも、お、おかえり……」
少し、ぎこちなかった。それは自分でも分かってる。さっきの美凪とは雰囲気があったから良かったけども、なんか、さっきから他の人たちから見られている気がしてどもってしまった。
「見て、会長と会計に話しかけている男子がいるわよー」
「誰だ誰だあいつは?」
「もしかしてどっちかの彼氏さーん?」
周りから、様々な憶測が飛び交う。
なんだ、このギャラリーの数、しかも、会長と会計だとかなんとか……?
「行きましょう」
琴美がそう言い切って、ツカツカと行ってしまう。その後に続く事にする。
俺と美凪の頭にはクエスチョンマークが出ていたが、残りの二人は「あはは……」といった感じで無理に触れないほうがいい的な感じだった。
千尋さんがこっそり耳打ちしてくる。
「言い忘れてたけど、この二人は生徒会に所属しているの」
俺はそれを聞いて目を見開いた。最も、それだけに留められたのが幸いといった感じではあったが。
「そうなの。 琴美が会長。会計が美咲ちゃんね」
琴美は考えようによっちゃあ、アリだと思ったけども、美咲は性格的に絶対に断りそうなタチだ。
誰かに弱みでも握られているんじゃないだろうか。とすぐに想像する。
「そして、副会長が圭ちゃんよ。 ふふふ」
さすがにその発言には表情を崩さずにはいられなかった。
一体俺は……なんで、生徒会なぞに⁉︎ いや、多分それこそ………。
と考えて、前の方を向く。 顔的に恥ずかしそうにしている琴美とそれをなだめる美咲が見える。
いや、そうだな。彼女達に頼まれればしょうがないかな。
自己完結した。
家に戻ると、千尋さんは直ぐに夕飯の支度をするとバタバタした。学校組三人は着替えを済ませるためにそれぞれ部屋に戻った。
俺も部屋に戻って、持ってきたものを漁り始める。
ん?これか?
俺は携帯を覗いていた。そこだけなぜか不用心なのか、ロックはかかっておらずすぐに見ることができた。
保存のフォルダーを見ると、意味不明な英数字の羅列を見つけて、直ぐさまそれをパソコンに打ち込んでみる。
ようこそという文字が浮かんで俺は小さくガッツポーズをとる。
やっと見つけられた。
中を見る。うん、男の子だな。
口には出さないものの、まぁ、男の子がよくやることがパソコンに保存されていた。
それは今回は置いておく事にして、別を漁る。
「あ、これはもしや……」
ワードのファイルがあったのでそれを立ち上げる。
「ええと、なになに………え?」
その衝撃の事実に俺は言葉を失った。
これからが始まりです。
そのワードの中には何が書かれていたのか?
お楽しみに!
小椋鉄平