第2話
「あなたの父親はもう、いないの…」
「そ…そうか…」
俺はとっさにこれしか思い浮かばなかった。
「そして…お母さんも…」
「え、じゃあ…」
「私はあなたの保護者よ。正確にはあなたの叔母にあたるわ」
それを知った途端、顔が少し青ざめる。
「その…すみません。知らなかったとはいえ…ついタメ口きいちゃって…」
「いいのよ。むしろ、それが良かったわ…」
「いや、そんなことはー」
「それが罪滅ぼしだと思ったからよ」
「え………」
俺の謙遜の言葉を遮り、意味深な言葉を口にした叔母に「どういうこと?」と慎重になって尋ねる。
「あなたのお母さんを殺したのは私も同然だからよ。だから私を恨んでもいいわ」
急にそんなこと言われても、すぐに恨めるわけがない。そんなことを見抜いたように叔母が口を開く。
「すぐには無理って顔してる。実はあなたの記憶がないって聞いた時、少しホッとしてしまったわ。もちろん、記憶があった頃のあなたも私を恨んだりはしなかったわ。むしろ、気遣われてしまった。あなたはとても繊細だったのね…人の小さな変化にさえ、すぐに気づく…そんな子だったわ」
と言って、急に叔母が立ち上がり、「あー、しんみりするのはおしまい!さぁ、目も覚めたことだし、良かったよ!」と、俺の背中を叩く。
「痛い。痛いですよ」というと、叔母は急に膨れつらになり、「もう、硬いわよ。私のことはお母さんだと思ってくれていいから、そんな硬いのはなしよ」と、付け加えて、「じゃないと家に住まわせないから…とまで言われた…」
いや、まずいでしょ…てか、キャラが変わりすぎだよ
だが、ちょっといたずら心に火がついて、「じゃあ、お母さん」というと、「え……」と急に妙な間があく。
耐えきれず吹き出してしまう。
「ちょ、ちょっとー大人をからかうもんじゃないのよ!」
吹き出したことで俺の策だと悟った叔母が怒っているのかいささか微妙な感じで言い放っている。
………………………
………………
………
結局、叔母のことは間をとって『千尋さん』と呼ぶことにした。
このことに叔母は「んも〜う、さんなんかいらないのに………」と言ったので、
「え、いやそれを消したらまるで俺が旦那さんみたいになっちゃいますから……」と消え入るように言うと、彼女もはっ!となって了承してくれた。ひとまず安心した。
それからは、めんどくさい検査ばかりだった。
ただ寝ているだけだったり、血を採られたり、喉に突っ込まれたし……思い出したら吐きそうになった。
だが、何よりも安心したのは、脳には問題はなかったということであろう。俺もしかりだが。
晴れて退院ということになった。
千尋さんに連れられてこの病院を出て行く。
ただそれだけなのに無性に恋しくなる…初めての感覚だが、できれば来ない方がいいところだろう。
いいことがない。
そう思いながら、入り口でこの大きな病院を見上げる。
ひとまず、心の中で感謝して病院に背を向ける。
千尋さんが車の横で手を振る。まだ、うまく歩けないのでゆっくり一歩ずつ車に向かい乗る。
車に乗っている間、たわいのない会話を千尋さんがしてくれるが、俺はこの景色を凝視してみていた。
その景色は人から見ればただの建物が列のように並んでいる、川の橋、電車の踏切…だったのだが…俺には不思議でならなかった。
なんでだ。そう思った。
「はい、着いたわよ」
千尋さんにそう言われて降りる。
ごく一般の家のように見える。
俺はしばらくこの家を眺める。
「ほら、どうしたの?」
「え、ええ」
玄関の方に向かう。千尋さんが鍵を開けて、ドアを引いてくれる。
「さぁ、入って」
「お、お邪魔します」
そう言っておずおずと家に入る。俺にとっては目に飛び込んでくるもの全てが新鮮だった。
「はい、よく言えました。でも…正解ではないわ」
「ご、ごめんなさい!何か粗相が…?」
怯えるように尋ねると千尋さんは首を振る。
「いいえ、そんなことないわ。ただ…ここはあなたの家でもあるのだから、そこで他人行儀なのは良くないわ」
千尋さんは「ね」と言って、俺を見上げる。
俺はやっと、千尋さんの言いたいことがわかった。
「そうですね。わかりました」
だが、俺の返事にお気に召さなかったようで、
「だ か ら………ね」と詰め寄られる。まるで、今ここで家と催促してるみたいだ…。実際、そのとうりなのだろう。
「う、え、えっと…た…だ…いま」
「ギリギリね。今度からはちゃんと言うように」
ビシッと指をさされる。
「は…はい」
この人はよくわからない。のほほんとしている人なのかと思ったら、実はスパルタだったりして、俺の思考はさっきからさっきから立ち上がりが遅い。
千尋さんから「よろしい!」と言われて、部屋にあがる。
「さて、じゃあ、部屋を紹介するね。前もここに住んでたんだけど…覚えてないと思うから」
正直に頷く。千尋さんはウンウンと頷いている。どこか上機嫌だ。
「あっ、他の方達は今、いますか?」
「ああああ!えっと、ちょっと気になっただけで…別に他意はないというか…」
「ん、何言ってんの?」
すると、誰かが上から降りてくる足音が聞こえる。それで安心した。
「ちょうど降りてきたみたいね。あなたのことは、知ってるから安心して構わないわ」
一歩ずつ足音の音が大きくなる。それだけなのになぜか無性に緊張してしまう。
最初に足だけが見えて、それから、だんだんと顔が…体全体,が………!!!
俺はそこに固まってしまう。俺を見た彼女も同じく固まっている。
やばい、これは殴られるパターンじゃ。
「!」
彼女の言葉ではないリアクションに恐れて目を瞑る。
「圭太なの…………圭太だ………圭太ぁ‼︎」
同い年くらいの綺麗な体の女の子が抱きついてくる。すごく女の子あるまじき乱れた格好で。
「え……」
てっきり殴られるかと思って…準備したのにいきなり抱きつかれて困惑してしまう。
「圭太…生きてて良かった…」
俺の肩で泣いている。だがー
俺にはわからない。なんせ、実感がない。
そう、あなたとどんなことをして、どんな関係で、あなたが俺のことをどのように思っているかなど、わからないんだ。
俺は嬉しがればいいのか、優しくすればいいのか、わからない。わからないんだ…。
君が泣いている理由はわかる。俺が死にそうになったからだ。
でも、この瞬間君を泣かせている。俺がだ。
とてつもない罪悪感がこみ上げてくる。
こんな自分が…悔しくてたまらない。
もう俺はあなたの知っている俺ではないのだから……。
これは、千尋さんとも話し合って決めたことだ。
「それでいいのね」
「はい。いろいろすみません…ご不便をかけて迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」
俺は頭を下げて言う。
「そんなことはいいのよ。私はむしろ、協力を惜しまないわ。問題はあなたよ…それで大丈夫なのかしら」
「わからないですが、全力を尽くします」
「そうよね…男の子だものね…」
不意に千尋さんが黄昏たように上を向く。そして小さく呟く…。
「ほんと、あなたたちにそっくりね…」と。
俺はよく聞き取れなかったので、「え、もう一度お願いします」というと、「なんでもないわ」と返されたので深く追求しなかった。
抱きついてきた子は大江川 琴美という子らしい。性格は…あまりわからないが、抱きつくことからして結構感情が表に出やすいタイプなのだろう。
俺がその子の名前を聞いた時……………。
「なんで、千尋さんと名字が違うんですか?」
「ああ、それは…まぁ、ちょっと訳ありなんだ」
としか言われなかった。もちろん、知りたくないといえば嘘になるが、そこまでの重要性は考えられないので追求はしないでおく。
「そうなんですか…でも、昔の俺は知ってましたか?」
「どうだろう…あんまり気にしてなかったかな」
「それは…知っていたということですか?」
「少なくとも私からはいってないよ。でも、普通疑問に思うよね?だけど、聞いてくるなんてことはなかったな〜」
「そうですか」
どうやら、昔の俺はシャイな方だったのかもしれない。今とあまり変わりはないと思って無視した。
そして、今目の前にいる彼女が大江川 琴美だと耳打ちで教えてくれる。
「ひ、久しぶりだな。いつ以来だろうな?」
「一週間ぶりよ…ばか………」
「そうだな…心配かけて悪かった…」
俺は彼女の方を向いて言う。これだけは大事だと思ったからだ。今の自分にとっても………。
読んでくださってくれてありがとうございます!
※ここからはネタバレを含みます。
今回のお話はちょっとシュールでしたね。少しちょっとという方は、すみませんでした。
一応、最後はハッピーエンドにしたいとは思っています。自分、バットエンドの話は好きではないので…。
まぁ、これまでにしましょう。あまり言っても面白くないでしょうから。
さぁ、これからは少なくとも1ヶ月に1回は出すことにしますね。これをあなた方との約束にします。
それでは 小椋鉄平