尋ね人
「お客様、このようなところで何をなさっておいでです?」
王都北西部にあるダリーン自治区には王都の中で最も栄えている花街があることで有名だ。
特に繚乱通りと呼ばれる本通りには高級娼館が立ち並び、女たちが艶やかさを競い合っている。
その中の一つ、繚乱通りの中ほどに位置する最も有名な店の裏側の路地で、アルトゥル・ブロムグヴィストは醜く腰のまがった男に咎めるような声色で問われた。
その男は足も悪いのか片方を引きずるように歩き、驚くことに顔を隠すように頭巾を頭から被っている。
男こそ、裏路地とはいえこの華やかな街に相応しくないと誰もが思うに違いない、そんな風体をしていた。
「人を探している」
「……誰をお探しかはわかりませんが、この街にはお客様の様に誰かを探されている方などごまんとおります。その方々も裏路地まではやってくることなどございません。ここは貴方様のようなご立派な御仁が不必要に足を向ける場所ではございません。どうぞそちらの道をお進みください。そうすればこのような薄汚れた場所から美しく煌びやかな、お客様に相応しい場所にでられることでしょう」
男の流暢で奇妙なほど丁寧な言葉遣いにアルトゥルはわずかに目を見開く。
清潔には保たれているものの何度も洗って質も落ちたのだろう服に顔を隠す黒い頭巾、麻紐で縛った髪はまがった背中に垂れることなく邪魔にならないように首に巻いている。
手は節くれだってごつごつとして、およそ貴族ではないと簡単に推測できる男。
だが、どこをどう見ても下男にしか見えない男は汚らしい頭巾の奥に知的な光を宿しているようだった。
まさか、と思う。
でもたしかに、とも思う。
アルトゥルはまじまじと男を見ると、なぜか頭巾男はいくぶん怯んで後ずさりをした。
先ほどの妙な威勢はどこへやら。
それとも逃げ口上のつもりだったのか。
男はアルトゥルが路地から出ていく姿を確認する前にくるりと背を向けて足を引きずりながら娼館の勝手口まで歩いていった。
男の節くれだった手が扉の取っ手にかかり、扉が開こうとしたまさにその時、アルトゥルはその男に声をかけた。
「少し訊ねたいことがあるのだが」
声をかけられるとは思っていなかったのだろう、男はまるで静電気でも触ったかのようにびくっと手を震わせ、取っ手に掛けていた手を引っ込めた。
ばたんと思いのほか大きな音を路地に響かせて扉が閉まる。
仕方がないと諦めたのか男はアルトゥルに顔を向けた。
「何をでございますか。私は見ていただくとお分かりのように何もできない下男でございます。お客様に訊ねられたとしてもお答えできることなどできませんでしょう」
丁寧な言葉の中に明らかな拒絶がある。
腹の内ではアルトゥルに声などかけなければよかったと悔やんでいるに違いない。
「難しいことではない。つい先日酒場で聞いたのだ。この辺りに面白い話をする男がいると」
アルトゥルにとって王都を訪れることはもう滅多にない。
久しぶりの王都は相変わらずの華やかで賑やかで騒々しいものだったが、以前は幾度も訪れていたのだ、懐かしい。
王都の夜を楽しもうと昔馴染みの酒場に入り、ここも変わらないなと感慨深くなりながらカウンターに腰を掛け、最近では滅多に取ることのできないゆったりとした時間を楽しみながら杯を傾けていたその時、やけに賑やかな一団がさらに盛り上がったのか酒場が揺らぐほどの笑い声をあげ、周りの視線を一気に集めた。
非難の視線を浴びれば普通は多少なりとも騒ぎは落ち着くものだが、その中心にいた御仁にはそれが逆効果だったようだった。
ようよう、聞いてくれよ。
そう言いながら他のテーブルに足を運んでは身振り手振りを交えながら先ほど皆を笑わせた話をして回り始めた。
次第にあちこちから笑い声があがるようになり、彼がまだ回っていないテーブルの客たちは彼がやってくるのを楽しみに待つようにもなった。
仕方がない、ここは酒場だ。
静かな夜を楽しみたかったアルトゥルは眉を潜めたが、それでも陽気な雰囲気を壊すほど無粋でもない。
室内に向けていた目をカウンターに戻して、指で杯の淵を持ちながら無関心を装うとした。
だがどうしても大声で話す男の声が耳につく。
聞きたくなくても何度も同じ話を面白げに誰かにしゃべっていれば、おぼろげながらその話の概要が見えてくる。
なんでもその男は花街に立ち寄った時に面白い話をする男と出会ったのだという。
「……面白い話をする男、ですか」
少しは興味が沸いたのだろう、頭巾男はほんの少しだけアルトゥルのほうに体を傾けた。
先ほどまでのあからさまな拒絶はどこへやら、その姿はまるで話の続きを催促しているようにアルトゥルには思えた。
よかった。
これで話が聞けるだろう。
アルトゥルは安堵に震えたが、それをおくびにも出さず頭巾男に軽く頷いた。
「そうだ。なんでもその男が言うには――――――――――」