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俺と幼い彼女の日常

作者: 豹炎

お久しぶりの方はお久しぶり。二年とちょっとぶりの豹炎です。

前回の短編からは実に四年半と相当空いているので、文章が拙いかと思いますが、楽しんで頂ければ幸いです。



 冬の寒さが鳴りを潜め、控えめに光っていた太陽が調子を戻し、ぽかぽかとした春の陽気と共に暖かな日差しが訪れ始めた今日この頃。

 二学年度の授業過程を終業する今日。陽気につられて眠気が襲っていた。

 校長の長ーい話を終え、教室に戻ると、袖を肘まで捲ったワイシャツネクタイと黒のスラックスを履いた教師の見本のような担任の話が話が始まり、それを聞き終えると渡される数枚の配布物。換気の為に開け放たれた窓から直射日光を遮るカーテンを通りぬけて入り込んだ、少し冷たい昼間の風が手にした紙を小さく揺らした。

 部活動や振る舞いについて書かれた『春休み間の注意』を流し見しつつ、口頭でプリントの簡易説明をする担任の話に耳を傾ける。


「――学校からは以上だ。ぐちぐち話すのもこの辺にして、解散するか」


 担任の言葉と同時に数人から小さな喜びの声が漏れる。

 かく言う俺――秋島時雨も、表に出せば注意されるので口は開かないが、胸中に湧き上がる喜びは最後列の席から除くことのできるクラス、ひいては学校中で共有しているものだと思っている。

 そして案の定担任は口を開き、


「こらお前ら、小学生じゃないんだから春休み程度で騒ぐなー。けど俺も、休みは嬉しいから気持ちはわかるぞ。

 つうか、お前ら羨ましいから、一人で良いから俺と休みを変わってくれよ」


 担任の冗談にどっとクラスが笑い声で溢れ、担任に対して「お仕事ご苦労様です」などと野次を飛ばすクラスメイトもいた。


「本当にご苦労様だな、お前らの行動にいつも頭を抱えさせられてるから、少しは楽になる。春休み中は、大人しくしろとは言わんが他人の迷惑になる行動しないように。したらげんこつ食らわせに行くからな」

「うわー、先生からの信用なさすぎだろう」

「お前ら全員、大人しくないだろう。大人しいやつに心当たりあるなら言ってみろ」


 全員沈黙。この学校はクラスに留まらず、学校全体が問題児の塊である。進学校にも拘らず毎年一癖も二癖もある連中が入学するため、学校側は問題さえ起こさなければ学生らしい羽目の外し方を了承している。

 そして俺――秋島時雨も注意しなければならない立場である。流石に六人の女生徒と全員合意の上で了承し同時に交際したリアルエロゲ主人公や、顧問を仲間内に引き入れエロゲを作るやたらと技術力のあるゲーム研究会や、BLやら官能小説を書きまくっている文芸部、時折授業に不参加になる活動不明の生徒会役員よりはましだと思っている。

 いや、傍から見ればそれ並にぶっ飛んでいるように見えることは否定しなけど。


「特に持杉は気を付けるように。不純異性交遊の結果できちゃいましたとか言ったら、個人的な憎しみも込めて一発余計に殴るから覚悟しておけ」」

「先生その台詞、冬休みの時も夏休みの時も聞きました。それに僕は節度を持っているので、その――そういうことは僕が社会人になるまでしませんので、大丈夫ですよ」


 持杉の言葉にクラスの非モテ男子が絶叫する。


「義姉義妹幼馴染後輩先輩図書委員を総なめして清純ぶるんじゃねぇ!」

「子供と孫に囲まれて老衰して死んでしまえ!」

「足が納豆臭くなる呪いを受けろー!」

「文芸部のハーレムBLの主人公にでもなってろ!」

「既になってるわよ。持杉君の相手の男性は――」

「おいやめろ」

「はいはい、いつまでも騒いでるとホームルーム終わらないから、お前ら静かにしろ」


 騒めき始めた教室の生徒たちに、担任が教室中に響くように手を数回叩き静まるように促すと、部屋に静寂が満ちる。

 頃合いを見て、担任が委員長に号令するように言うと、起立と礼の号令が出され、俺達はそれに続く。


「んじゃ、解散。道中はしゃぎ過ぎて怪我するんじゃないぞ」


 教室中に小さな歓声が上がり担任が教室を出ていく中、俺は一息ついて机の中の筆記用具を取り出し机の横にあるフックに掛けてあった学生鞄を机上に置き、チャックで閉まっていた鞄口を開き机に置いた持ち物を入れて口を閉じる。

 帰宅の準備を済ませ、立ち上がる。耳慣れた椅子を引きずる複数の音を聞きながら、立ち上がった際に後ろに下がった椅子を机に押し込み、教室を出ようとして男の声に呼び止められる。


「おーい時雨、ちょっとカモン」


 声の方を向くと窓際の席に俺と同じ学校指定の男子ブレーザーを着た、見知っている茶髪のイケメンチャラ男が座っていた。背は俺より低く体も細身、だがそれでも平均男性身長よりも上だし、体育で運動着に着替えた際などに覗く意外にも引き締まった肉体。髪も染めず黙っていれば、もしくはしかるべき礼節を弁えればモテるだろう正統派イケメンだ。


 繁本大――入学してから知り合った大とは友人同士だ。入学時から仲は良好であったが、三ヵ月ほどしてから起こったとある出来事以来は本音を見せるようになり、傍から見れば親密な付き合いかもしれない。俺と大の同人誌が出回っていると言う噂を聞いたくらいだ。

 ――いや、引き合いに出す例えがおかしい気がするが。それに大は彼女持ちである。

 大は帰り支度をしたと思われる学生鞄を下敷きにして左肘を着き、空いている右手でちょいちょいと手招きしているので教室の出入り口を背にして、大の隣の席を立っているクラスメイトの椅子を借りて、机の上に鞄を置いた。


「なあ、今日新作の発売日だし一端帰ってから、一緒にショップ行かねえ?」


 本日の曜日は金曜日。学生服のままで行くわけには行かないところ――、まぁ、つまりあれである。『黙っていれば』と注釈が入るイケメンなだけはある。

 俺はため息をついて、同じ教室にいるがために確実に聞いているであろう彼女に配慮して、大自身に気付かせるように頑張って誘導する言葉を選ぶ。


「今日は午前で終了だし、午後はかなり暇なんじゃないか?」

「おいおい、だから午後一緒に遊びに行こうって言ってるんじゃねぇか」


 こいつは何を言っているんだ的に言ってくるが、むしろ俺の方がお前は何を言ってるだと叫びたい。


「いや、ほら新作の発売より優先することがあるだろう」

「おいおい――、友よそんなのあるわけないだろう。この時を俺たちは心待ちにしていたんだ」


 親指立てていい笑顔を浮かべるな。イケメン故に、その表情が様になっててぶん殴りたくなる。心待ちにしていたのは否定しないが。


「いや、ほら新作は別の日でも良いからさ――」

「んー? ……あぁ、まぁ確かにそうか」


 納得したように大は頷き、俺はホッとした。


「地雷かもしれないし、レビュー待ちするんだろう。おいおい、チャレンジ精神が足りねぇぞ。まぁなら久しぶりに男2人でゲーセンでも行くか。

 俺は帰りに買いに行けば良いし、俺はお前と遊びたいからさ」

「これはひどい」


 思わず漏れた俺の言葉に大は疑問符が浮いてそうな表情になり、数こそ少ないが教室の中から黄色い叫びが聞こえた。

 ネタにされそうだなー、とか頭の片隅で思いながら、思わず愚鈍な親友にため息を吐きたくなる。


「いや、彼女優先しろよ……」

「時雨くん、大に配慮を期待するのは間違いよ」


 大の視点が俺の後ろを向くのと一緒に、背後からため息交じりのソプラノ声。冷めた印象を与える声だったが、そこそこの付き合いがあるとわかるがこれは少し怒っている。個人的には彼女が本気で怒っていないことを意外に思う。一緒に放課後を過ごす云々とは別の事――おそらく、ナチュラルに自分の名前が出てこなかったことに怒っているのだろう。

 その怒りには俺も大いに同意しよう。恋人と一緒の時間ができたのに、過ごす選択肢が出てこないというのは悲しいものがある。


「いや、お前とはいつも一緒に居るんだから、たまに男友達と過ごしたってもいいじゃん」


 アカン。思わず関西弁内心ツッコミを入れてしまう。


「晩御飯作ってあげないわよ」

「自分で作れるから、別にいいですよー」


 俺の後ろでしていた声が俺の右斜め前、教卓を向くと大の席の正面に深窓の令嬢が現れた。大の恋人である深山美香――紺のセーラー服とスカートの先から覗く黒のニーソックスを纏う彼女が視界に入った瞬間、体感温度が二℃ほど下がったように錯覚する。もうすぐ二年になる付き合いだが未だになれない感覚だ。おそらく男女ともに第一印象は共通して彼女を氷のようだと例えるだろう。

 腰まで伸びた長い黒の艶髪に、病的とまではいかないものの一目でわかる色白の肌と、同年代の女子に比べるやや小柄な彼女は触れると折れてしまいそうに感じる。

 そんな彼女だが第一印象が柔らかいイメージのある雪ではなく、氷なのは徹底し変化のない表情のせいだろう。綺麗な顔立ちをしているが無表情で、声もそれに伴い冷淡に聞こえる。

 人によっては怒っているように感じるかもしれない。事実自宅の隣に住んでいる妹分は初見の深山にビビっていた。

 なまじ美人なだけに余計な迫力がある。大に振り回されているさまを見ると印象も変わって、結構面白い為人であることがわかるけど。


 ちなみに俺は彼女との初対面の感想は氷花。冷たい印象なのに美人な彼女が笑えば可愛いだろうなとか思っていたら、笑顔を見た時は雷が走りかけた。いや、二人の仲を取り持ちするために俺が併走し終えた時――詰まる所は恋人同士になる時だったので恋はしなかったが。

 但し、笑顔の練習をさせると目が笑ってないので、恐怖の感情が先走ってしまう。


「時雨くんは酷いと思わない?」

「え、何が?」


 昔を思い出して話を聞いていなかったので、深山の振った話についていけず聞き返す。

 深山はいつの間にか場所を借りて大の隣にある席についていた。


「大が私の料理よりお父さんが作った料理の方が美味しいとか言うの」

「いや、それは事実だろ。明らかにお前とお義父さんの飯どっちが美味いかって言ったら、お義父さんだし」


 こいつらナチュラルに同居している時の話してやがる……。嫉妬するぞ、嫉妬してやるぞこの野郎。

 内心悪態をつきながらも、俺が言っても周りからブーイングが飛んでくるので、これ以上愚痴に見せかけた惚気話を回避すべく、話を終結の方に持っていく。


「美味いのはどっちか分かったけど、大は深山と深山の親父さんの飯どっちが好きなんだ?」

「んなの、美香のに決まってんだろ。味は未熟だけど、俺が食べやすいように工夫してくれてるしな」

「だってさ」


 と言って深山の方を見ると、両手で隠すも耳まで顔を赤くして隠し切れずに俯いていた。周りからは口笛や野次が飛ぶ度に身体を震わして、どんどん顔を赤くしていく。

 「ゲンジ良いぞ、もっとやったれ」などと、何故か、話を持っていた俺の方にも野次が飛ぶ。と言うかゲンジは止めろ。

 不名誉すぎるその渾名はマジでやめて頂きたい。あと周りの連中は野次馬してないでさっさと帰れよ。


「馬に蹴られたくないから、俺は早々に退散させて貰うぞ。春休みだし、ゲーセンは別の日にな」


 野次馬こそ居たが、大と深山の二人の間に良いムードが漂っていたので、早々に退散することにした。

 恋人のいない俺にとっては毒にもなるので、二人の間の雰囲気を壊す可能性があるよりも早くこの場から脱出しよう。それに退散するには良い口実だ。

 鞄の肩ひもを持って椅子から立ち上がり廊下へ向かうべく教室を歩き始めた。大が何か言おうとするが、開け放たれた窓から入ってきた風に、大きく飛ばされたカーテンが大の口を塞ぐ様に顔を覆っている。


 彼女が居るのに付き合いが良いのは嬉しいが、あまり友人関係にばかり構って、彼女との仲が悪くなるのは個人的に複雑なのだ。二人が付き合うの奮闘した身としてはその気持ちも一際の物である。

 鞄を右肩に掛けて、俺が見えてないであろう大と未だに赤い顔をしている深山に背中越しで左手を振り教室を出ようとし、


「あ、瑞樹ちゃん校門の前で待ってるぞ」

「え?」


 大の言葉に出口へ向かっていた俺は足を止めた。慌てて窓に駆け寄り、窓際の床に放り投げるように鞄を置いて窓を遮るカーテンに頭を突っ込んだ。 


「ほれ、あそこ」


 横にいる大が指で校門の右手を指すと、確かにそれらしい人影が見えた。遠い上に付近に植えられている桜の木が邪魔ではっきりと視認はできなかったが、間違いないだろう。背中に背負っている特徴的なものと、朝方に見た瑞樹の服装に似た格好をした人影が辛うじて見えた。

 今日は朝方に午前授業と告げたので、下校時間が合致したのでうちの学校に来たのだろう。瑞樹の学校は俺の学校から歩いて二十分ほどの位置にある。距離があるが来れないほどではない。

 何しろ下校時間だけで言えば瑞樹の方が早いのは明らかである。普段から登下校を一緒にしたがるあいつの事だから来ない道理はないのだろう。


「朝に午前授業って言ったからなぁ……」

「あぁ、それで来たんだ。まぁ、普段は下校は噛み合わないもんな」

「登校は一緒だけどな。長く待たせるわけにもいかんしさっさと行くか」


 カーテンの中に突っ込んでいた頭を引き抜いて、床にある自分の鞄を肩に持ち今度こそ俺は教室を出る。

 瑞樹を長い間校門に待たせたくないのですこし駆け足で校舎を出て行った。教室を出てから一分強、校門にたどり着くまでにそれくらいだ。




 校庭を渡り車が通れるように来客用玄関と体育館に続く整備された道には、沿うように植えらている小さな蕾を蓄えた桜達。

 おそらく入学式には満開なるであろう桜の木を見ながら俺の入学式の時のことを思い出していると、校門まで五メートルの所にまでいることに気が付く。

 やはり彼女は教室から見えた儘で校門を背にそこに居た。


「悪いな瑞樹、待っただろう?」

「さっき来たばかりだからそんなに待ってないよ」


 俺が声を掛けると校門に寄り掛かっていた瑞樹が振り返り、胸の位置まで伸びたロングストレートの黒髪と右手に持っていたコットンの袋がそれに追従して揺れた。

 キャラクターの絵がプリントされた黒の長袖Tシャツに灰色の半袖パーカー、デニム生地の膝上スカートから覗く黒タイツ。背丈は成人女性の平均身長より高く、普段は大人びている整った顔には年相応に可愛らしい喜びの表情を浮かべている。

 紛うことのない美少女である。瑞樹が生まれた時から知っており、誇張でもなんでもなく瑞樹との付き合いは彼女の両親と同密度の俺が言う。間違いなく彼女は美少女である。


 お互いに知らない仲でもなく、彼女はなぜか俺に男としての好意を寄せていた。一部のニブチン男ではないので瑞樹の言動や態度で気付いている。俺だって思春期の健全な男子故、異性として美人な彼女に好意を寄せられるのは素直に嬉しく思っている。

 だが、だからと言って俺らは付き合っているわけではなかった。それは瑞樹が告白して来ないから――と言うわけではなく、


「そうだ、時雨。私ね、算数の成績が上がったんだ」

「おう、そうか。見せてくれるのか?」

「うん」


 頷いた瑞樹は背負っていたものを下して、中から成績表を取り出し毎回の恒例行事として俺に渡した。俺が受け取ったそれの表紙にでかでかと描かれた『風間第二小学校』の文字。

 橘瑞樹――十歳。俺と同年代の外見を持つ彼女はランドセルを背負う小学生なのだ。年齢差は実に七歳。

 どう考えても、彼女と付き合ったら警察のお世話になることが目に見えてる。

 深山を見て涙目になった妹分とは瑞樹の事だ。文字通り赤子の頃からの知り合いであり、おむつを替えさせて貰ったこともある昔馴染みである。


 まぁそんな経由があるので、一年の時に学園祭に来た瑞樹を見た同級生共はゲンジと呼ぶ始末である。まだその頃は三年生にしては発育が良かったが外見と実年齢の差異は小さく、俺につけられた渾名も半ば冗談交じりのからかいを含めたモノだった。

 だがしかし、瑞樹はちょうど一年程前から急成長し始めたのだ。一年ちょっとで十五cm伸び、瑞樹の両親も病気じゃないか心配になり病院に瑞樹を連れていく程の急成長である。

 去年の学園祭に瑞樹が来た際には、誰だその美人はとクラスメイトに言われ、学園祭前に会う機会のあった大と深山は、一人はギャップロリとほざきもう一人は自分と胸囲を見比べて凹んでいた。


 成績表は『よくできました』の列に大量の丸判子が押されており、『ちゃんとできました』の列にはそこそこの丸判子、そして『がんばりましょう』列には丸判子が一つもなかった。優等生の成績表だ。担任教師のコメント欄にも瑞樹の事を褒めている。

 視線を落としていた成績表から顔を上げると、子犬のようなきらきらした目で期待するように俺を見る瑞樹と目が合う。


「頑張ったな瑞樹」


 そう言って頭を撫でると瑞樹は嬉しそうに目を細めた。そして背中からは遠くの方から口笛や「さすがゲンジだ」などと大声のヤジが飛んでくる。

 瑞樹を撫でていた手を頭から離し、振り返ると校庭の二十メートル先にそびえ立つ白い校舎の二階、ちょうど俺の教室に位置するところで遠いため顔までははっきり見えないが案の定クラスメイトの何人かがこちらを見ていた。


「いつまでも教室に残ってねぇでさっさと帰れ、この馬鹿野郎ども!」


 大声で教室に向かって叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように窓から一斉に離れるクラスメイト。校門の近くにいた何人かの生徒はビクッと反応し、驚いたのか背中に居る瑞樹も小さく悲鳴を上げた。


「脅かせて悪いな。家に帰ろうか」

「うん……、時雨ってクラスの人達と仲良いよね」

「仲が良いというか、ネタにして騒いでいるだけというか、連中お袋みたいに大体がノリと勢いで生きてる奴らばかりだからなぁ……。

 瑞樹は参考にしないでくれよ、お前までお袋みたいになられたらいろんな意味で困る」


 仲は良いと言えばいいだろうが、普通の友情ではなく、お互い楽しく相手をネタにして楽しみましょう的な雰囲気が学校全体に満ちている。

 故に、進学校なのに癖の強い変人みたいな連中がわんさかおり、まともな人間も学校生活を過ごしているうちに学校の雰囲気に感染してしまうのだろう。

 担任がなんでこの学校進学校なんだろうと呟いていたことを思い出す。俺みたいな常識人もいるんだから、失礼なことをぼやかないでほしい。大と深山はうん、まぁあれだ、一見まともだがあいつらも大概にぶっ飛んでる。


「おばさんは面白い人だと思うよ?」

「マジで頼むから、その面白い人にならないで」


 我が母はぶっ飛んでいるという言葉が俺の知る誰よりも当てはまる人物であると認識している。間違いなくお袋は人生を楽しんでいる人物であろう。高一の頃に干支が一回り上の親父を捕まえて俺を身篭った人だ。親父は父方の爺ちゃんには殴られ、母方の祖父母には土下座されと間違いなく苦労人である。


 お袋は俺に対する瑞樹の好意を知り、七歳差なんか問題ないじゃないとか言い、親父には仕事をするまで手を出すなと言われた。いや、言ってることは正しいが仕事し始めても年齢的に手を出したらアカンやろ……。大学卒業後に付き合い始めたとしても社会人と高校生、間違いなくお巡りさんに通報される。

 親父とはそこら辺でケンカになり、「好きなら好きってはっきり告白しろ! 年齢差は俺と母さんよりマシだろうが!」などとほざく中年相手に、「親父みたいに気づいたら捕食されてたくないんだよ! つか捕食されたにしても社会人と高校生は外聞が悪すぎるわ!」とぶん殴り会ったのは記憶に新しい。


 そこら辺の事情がよく分からず首を傾げている瑞樹の頭を撫でる。お願いだから、そのままの君で居てくれ。

 それに瑞樹の両親も家の両親と同じような経緯で結婚と言うか、おばさんがお袋の学友だったのでお察しくださいな人なので、外堀が完全に埋められている。自分の経験を思い出したのか瑞樹のオヤジさんが俺を複雑な感情を込めた目で見ていたのを忘れない。

 いくらなんでも高校生で外堀が埋まるのは早すぎだろ……。


「時雨……大丈夫?」

「大丈夫だから、心配するな」


 思考に耽って家族とのやり取りなどを思い出していると、顔に出てしまっていたようだ。瑞樹は心配そうな顔で覗き込む様に俺を見つめていた。

 当然ながらそれは、俺と瑞樹の顔が接近する事を意味し、瑞樹の息を感じられほどに体が密着する。そこそこ成長している胸が体に当たっていることに気が付いて俺の顔に急激に熱を帯びてく行くのを自覚した。

 年齢こそ下だが肉体は同い年と言っても納得されるような発育具合だ。当然ながら性に対して興味津々な男子である俺が反応するなと言うのは無理なわけで……。

 血色が良くほんのりとしたピンクに染まっている整った顔立ちや、俺より少しばかり高い子供の体温は背徳を感じ俺の心臓が早鐘を打ち始める。


「その、なんだ……。瑞樹近いから離れてくれ」

「え……、あ、うん」


 瑞樹もいろいろ当たったり当たりそうになっているのに気付いたのか、顔を赤くして恥ずかしそうに離れる。

 そういう反応されると兄貴分的に困る。気まずいという意味で。


「じゃあ帰るか」

「うん」


 気まずかったので場を濁す意味を込めて帰ることを提案すると了承の返答。安心し、一息ついて歩き出そうとすると、瑞樹が俺に右手を差し出しているの気が付く。

 これはアレか手を繋いで帰ろうということなのだろうか。と言うか普段は手を繋ぐぐらい当たり前にやっているが、意識した状態で手を握るのはなかなか気恥ずかしいものがある。俺が戸惑っていると瑞樹が悲しそうな顔しだしたので少し照れながら左手で瑞樹の手を握る。やはりと言うか握った手から伝わる体温は少しばかり熱かった。

 それに思わず苦笑が漏れてしまう。先程は別の感想を持った瑞樹の体温に今度は純粋な子供らしさを感じた。


「どうかしたの?」

「いや別に。帰ろう」


 歩き出そうとした時、ふとした勘で俺は振り返る。校門の近くに生えている桜の陰に隠れるようにして、携帯電話を無線機のように口元に何やら呟いている同じクラスの男子。

 そしてその更に後方、校舎の二階。それは当然のように俺の教室で、先程蜘蛛の子を散らすように逃げたのに、こちらを覗いているクラスメイトども。

 桜の陰で携帯を持っておそらく実況しているであろう野郎と目が合う。互いに沈黙すること二秒、


「じゃあ!」

「待てや、ゴラ!」


 俺の言葉を静止の言葉を聞くつもりの無いかの様に背を向けて全力逃走。

 瑞樹の手を握っていたので振り払ってまで追いかける気は湧かず、俺は教室で見物しているクラスメイト達にあらん限りの叫びを上げた。


「いつまでも残ってないでさっさと帰れよ!!」

「ひうっ!?」


 最初と同じような台詞をクラスメイト達を吐き、それと同じく再現するように上がる瑞樹の悲鳴。 

 うん、さっさと収集を付けて帰ろう……。とりあえず瑞樹を宥めなきゃな。







 ――人が人を好きになる理由とは何なのか。


 家に帰ると俺は真っ先に二階の自分の部屋に戻り、鞄を置き制服から黒のTシャツとジーンズに着替える。

 それからお袋が仕事に行く前に用意した昼飯を温めて食べ終えた俺は、敷かれたカーペット上に胡坐を掻き、折り畳み式の机に手を置いて自室のテレビに映し出すゲーム画面を見ながらぼんやりとそんなことを考えた。

 画面に映っているのは俺の操作すると大男とランダムで選ばれたCOMの美少女キャラの二人のみ。手の中に握ったコントローラを操作するとそれに追従してコマンド入力に対応した技名を叫びながら大男が技を繰り出し、美少女キャラはダーメジを食らい堪える様な呻き声をあげる。


 俺がプレイしているのは格闘ゲーム。瑞樹とはこれをはじめとした対人ゲームでよく遊んでおり、一部のゲームは俺が教えた身でありながら負け越していた。

 その最たる例を挙げるなら、今俺がプレイしている格闘ゲームもそうだ。最初は手加減しつつ相手にしていたのに、今では本気を出してもよく負けてしまう。ただそれでも瑞樹とやり始める前よりは上達したと言えるのだから笑ってしまう。

 おかげで瑞樹は同級生とゲームをやると高確率でワンサイドゲームになるそうな。


 話を戻そう。俺が先の理由を考え始めた訳、それは特に何かがあったとかではない。

 ただ漠然として瑞樹が俺に好意を持っている理由がわからないからである。瑞樹が俺に向けている好意の種類を思い違っているのかと問われれば、なるほど否定はできないだろう。


 瑞樹が俺に言ってきたことは、自分を妹扱いしないで欲しいという事と、お兄ちゃんとは呼ばないという二点。

 直接瑞樹から俺を男して意識していると聞いたわけではない。言動や行動の端々から感じるもので俺は“そう”なんだろうと当たりを付けているに過ぎないので、瑞樹の口から否定をされれば納得する。その場合俺は自意識過剰と言われても、甘んじてその言葉を受け入れるしかない。

 それに、瑞樹も妹扱いするなと言う割には、頭を撫でるように要求して来たり、未だに俺の膝の上でテレビゲームをしたりするので、結構やることは半端である。

 正直そこら辺は年齢が二桁に入ったばかりだから仕方ないのだろう。俺としては、そこら辺が瑞樹を可愛いと思うところだ。


 不名誉な称号が嫌だからと言って、女が好いてくれているかもしれない可能性があるのに、真剣に考えないのはもはや男として罵りを受けてもおかしくない。それこそ恥を拒み、真剣に女に対して向き合うことから逃げた腰抜けである。

 そこに年齢差など存在しないし、そんなものを理由にしても瑞樹の思いに対しての逃げ口上にしかならないと思っていた。


 瑞樹の心に当たりを付けることしかできない俺だが、それでも自信を持って断言できることがあるのだ。

 俺に対する瑞樹の好意の種類が、以前のモノとは明確に違うのである。俺や瑞樹の母に聞けば同じ女だ、そこら辺の事を完全とは言えないが、おおよその見当はついているだろう。

 俺は男で幼いといえ瑞樹は女。立場も違えば価値観も違う。俺も理解できなくともなんとなくそんな風に思っている。


 男と女は同じ価値観を持っているわけではない。差こそなければ同じと言うこともないだろう。価値観の差こそ挙げられないが、立場の差は俺でも分かる例がある。

 主婦と主夫。主婦は別におかしくない、元々そこは女性の立ち位置であり、その役職に女性が就くことに何らおかしいことはないだろう。だが男はどうだろう?

 最近は主夫が増えてきているらしいが、主夫をどう思うかと人に問えばどう返ってくるだろう。それも新しい男の在り方、社会に出て頑張る妻を支える夫きっとそんな意見が出るだろう。だが男のくせに情けない、甲斐性なしなどのの意見が出ないとは言えないだろう。

 断言しよう。主夫を非難する考えは必ず出る。

 それは男だけじゃなく、女性にも当て嵌まるもので、例えば女性が給料を稼いでくる場合。女が仕事にでしゃばるな、家の事をせずに子供の世話もしないとは母親として失格だ。こちらも絶対に出ると言える意見だ。


 男がそう思っている、女がそう思っているではなく二つとも男女双方から出る意見だ。主夫は男から見ようが女から見ようが必ず否定的な意見は出るし、女性の方もまた同じ。直接本人を非難しないものでも、逆に男は女に稼ぎを任せるとは何事だ、女は男に家を任せるとは何事だと、伴侶に対しての否定意見を言われる可能性すらある。

 数こそ少ないだろうが否定的な意見は出て、否定がなくとも俺は私はこんな風になろうとは思わないと言う考えならそれこそ更に増えるだろう。


 要はそれこそ立場の違い。男女双方に男はこうゆうもの、女はこうゆうものと言う無意識の認識があるという話だ。

 俺も無意識の内でそういう認識していると思う。主夫になるつもりはないのか聞かれれば、男ならそれよりも社会に出て働くべきだからなる気はないと返答する。

 別に主夫を非難しようというわけではないが、俺はそうするのが男としての当たり前なのだと理由なく納得している。


 何が言いたいかと言うと、男が女に求める者と女が男に求める者、要するに価値観。男は女のなにを伴侶にする価値があると思うのか、女は男のなにを伴侶にする価値があると判断するのか、と言う話をするための前提だ。

 全ての人間に当て嵌まることではないだろうが、前提条件は男は外に出て働くもので女は家の中で家庭を守るもの。こう当て嵌めると大枠で求める者は分かるだろう。男は家庭を守ってくれる女性で、女は家族を養える稼ぎを持つ男性。


 ……何かが違う気がする。こう当たってはいるが、的外れと言う矛盾した感想。おそらく合ってはいるが答えではない、答えが出ると思った計算式が途中の式だったのに似たモノを感じる。

 こうゆう時は自分の好きなタイプを考えて見ると良いんじゃないだろうか。思ったら即行動と言わんばかりに思考を高速で巡らせる。


 年齢は年上、背は俺より低くて、胸は巨乳、髪は黒髪ロング、性格はお淑やか、料理はできるに限る。男が趣味を持つのに寛容で、結婚後の束縛は緩く――思考を展開している最中に気が付いたがこれはなかなかに酷い。

 好きなタイプと言うよりも“俺の考えた理想の嫁”でしかない。童貞乙とか言われたりしても否定できないし、指を指されてアレがキモい童貞の参考ですとか言われそうだ。何よりも、俺が考えたのは男にとって都合のいい女でしかない。


「我ながら引くわ……」

『KO!』


 思考に耽り過ぎていたせいで操作が適当になっていたらしく、俺が操作していた大男はCOMの美少女キャラにぼこぼこにされて勝敗が決していた。


『女と思って嘗めるんじゃないわよ!』

「はい、ごめんなさい」


 全く違う意味の美少女キャラの勝利台詞であったが、俺の事を言ったように思えてテレビ画面に向けて頭を下げる。

 意味がないことだと分かってはいるが、いたたまれない気持ちになり頭を下げなければ俺の中で渦巻いている気分が晴れそうになかった。


「好きだ嫌いだのって難しいよな……」


 ため息を吐いてゲームとテレビの電源を切る。暗くなった液晶画面に映る俺の顔は少しばかり硬い表情だった。

 することもなく机に肘を着いてあれこれ考えているとチャイムが鳴る。扉を開けて廊下に出て階段を下り、リビングのインターホンを出る


「はい、どちら様ですか」

『あの瑞樹です。時雨、今時間良い?』


 声を聴けばわかるのに律儀に名乗る。俺はそれに対して鍵は開いてるから入るように促した。もともと瑞樹がいつでも来れるように鍵を締めてなかった。

 今日はいつも遊んでいる同級生と遊ぶ予定が無い旨を帰りの道で聞いていたので、気が向いたらいつでも来れるように出向の準備は済ませていた。

 だが玄関に出ると俺は驚きで瑞樹を見つめたまま固まることになる。


 先程とは違い、白マキシワンピースの上から長袖のジーンズジャケットにブーツ、手には紐付きポーチを持っている。そして何よりも、注視しなければ気が付けないほどに僅かだが彩るように付けられた薄い化粧。おそらくおばさんが施したのだろうと考える。つうか、小学生に化粧はできまい。

 どう考えても気合を入れてきた格好だ。化粧がなかったらそこまで気に留めるつもりもなかったが何でこんな格好をしているか予想はついた。


「時雨、これから一緒に出掛けない?」







 おそらく、用意したおばさんとしては、俺と瑞樹をデートさせる意図を含んだものだったのだろう。

 かと言ってそこは瑞樹だ。見た目はともかく、伊達に現役小学生をしているわけではなく、デート場所と言って思いつかなかったのだろう。何処へ行くのか聞いたら、該当場所の知識がないらしく言いよどんでいた。

 俺も空気が読めない訳ではないので、駅近くのデパートに行かないかと提案したのだ。もしかしたらおばさんは瑞樹が場所を提示できない場合は俺が適当な場所を言うことを計算していたのかもしれない。あの人ならやりかねん。


 と言うわけで、俺と瑞樹は現在デパートに居た。暖冷房が逃げないように二重構造になっている自動ドアを抜けると、すぐ傍には婦人服売り場があり、少し離れた正面の位置には巨大な吹き抜けになっている広場とエレベーターがある。少し目線を上げれば、三階層になっており奥行もそこそこ広くすべての店を見て回るのはかなり時間が掛かりそうだ。それだけではなく、広場の右手には親会社が同じショッピングモールへの連絡通路に続く道沿いに、雑多な店が見えていた。

 平日だからか人は少なく、友達と寄り道している制服姿の学生がそこそこと婦人服で楽しそうに服を見ているおばちゃんと子供を連れて買い物袋をぶら下げている主婦が数人。

 広場につくとキャンペーンの最中なのか、レシートと引き換えに福引をしている主婦や、母親に抱かれて抽選機を回わすが回転させ過ぎて怒られる幼児が目に入る。


「さて、どこか行きたいところはあるか?」


 俺の後ろを歩いていた瑞樹に振り返り、声を掛けると顔を赤くした瑞樹が居た。


「あのね、今日はその……、私はデートのつもりで来たんだ!」


 そう言われた瞬間、俺の頭の中ではたくさんの疑問符が浮かび上がる。


「いや、知ってるけど?」

「ふぇ!? え、あれ? 時雨って鈍いから気づいてないのかなって」

「お前の中での俺はどうなってるんだよ……」

「その、何やっても妹扱いされるし、デパートも結構一緒に来るから、今日も買い物付き合ってくらいの意味にしか取られてないのかなって思って」


 瑞樹の言葉を聞いて、確かに勘違いされるような選択肢だったとは思っている。だがしかし、俺には俺でデパートをデートの選択肢にした理由はある。

 そしてやはりと言うか、素直に受け取るならば、瑞樹の言葉には女としての自分を意識してくれと言っているように聞こえた。


「瑞樹、俺には恋人が居ない」

「知ってるよ」


 何故そんなことを急に言い出すのだろうと、子供らしく小首を傾げるが、外見年齢は俺の年と同じ故に若干あざとい系女子に見える。まぁ普段の行動はあざとく見えるが、その実十歳児なのでこの場合は年相応だろう。

 ときどき朝起きたら瑞樹が乗っかっていたり、俺の膝を座布団代わりにしたり、試作弁当を食っていると雛鳥みたいにあーんを要求して口を開けるが本人には特に思うところがあってしている訳ではないのだ。と言うか後者二つに関しては、昔に俺からやっていたことだ。

 そこら辺でやはり妹分としての瑞樹は抜けなくて俺も踏ん切りがつかないでいる。それに少しまでは瑞樹がべったりとお兄ちゃんと呼んで着きまわっていたので、俺としては瑞樹が可愛くて恋人なんか二の次だった。つまり、


「デートしたことない」

「……」

「女の子とデートするのは初めてだから、デートプランなんか建てられない」

「ごめんね……」


 申し訳なさそうに謝らないで欲しい。うん、俺にそこら辺の事でまともな選択をするのは無理だ。

 微妙になってしまった空気を断ち切るために、少し強引だが話題転換し、先程の質問を再び聞いてみる。


「改め聞くけど、瑞樹はどこか行きたいところはあるか?」

「二人で楽しめそうな所が良いかな」


 二人で楽しめそうなところと言われてすぐに思いつけず、しばらく考えてからふと思いつく。


「じゃあ映画館に行くか」

「うん、そうしよっか」


 そんな大した場所でもないのに、嬉しそうに瑞樹が笑っているのがやたらと印象的に思う。

 そこまで悩み抜いた末の答えだって訳でもないのに、そう喜んでもらえると、俺としても内心で嬉しそうでよかったと安堵できた。


 このデパートとは連絡通路で繋がっているショッピングモールの三階に映画館が存在した。夏休みを除いた平日は千円で映画が観れる上に、駅前と言う立地条件から、たまに制服姿の学生を見ることができたりする。更に恋人や夫婦で来ると二人合わせて千七百円とお値打ち価格。

 そういう理由から、学生のカップルが行くデートスポットとしては、そこそこ人気の場所だ。ならば向かうはショッピングモール三階の映画フロア。


「んじゃま、行くか」




「時雨。私だって、怒るんだよ……」


 そして今現在、映画フロアの入り口で、俺は瑞樹に涙目になられながら怒られていた。と言うのも、カップルと言うことにしてチケットを買うのは特に問題なかった。

 映画の内容も、恋愛描写がおまけ程度にある、ファミリー向けの映画と言うことで、内容に問題があったわけでもない。

 瑞樹が楽しめる内容だっただろう。何しろ見たそうにしていたので、俺が勧めると迷いながら、なかなか決めきれずに居たのでそそくさとチケットを買って、俺も見たかったから買ってきたと言って納得させて。

 ただ、問題があるとしたら映画の内容が俺には楽しめなかった。その為、映画を見ている最中にウトウトして、眠気に勝てずつい眠ってしまったのだ。


 これに対して瑞樹は怒っている。俺としては、眠ったのに対して怒ったのかと思ったが、違った。それなら涙を溜めて怒ることにはならない。

 眠ったことを契機になったのは違いないだろう。だが間違いなく別の事に瑞樹は怒っている。

 頬を脹らませるか、ジト目で睨んでくるか、顔を見ようとはしないとか、瑞樹が怒るならそんな怒り方が常だった。間違っても半泣きにはならないし、そんな状態で怒るとするなら、間違いなく瑞樹の自尊心を傷つけたのだ。


 だから、謝罪の言葉を出すのすら憚られた。何しろ、なぜ怒っているのかすら分からないのに、誠意すら見せずに謝罪するなど心の傷に塩を塗りたくるようなものである。

 そして、俺が理解できないこと自体が、何よりも傷つけているのだろう。俺の無言に対して、瑞樹の表情から段々と怒りが消え代わりに不安が支配し始める。

 だから、これだけは言わないといけなかった。


「瑞樹、そう泣くな。お前は間違ってない。

 理由は知らない、だけど少なくとも俺が理解できないからって、瑞樹が間違っているなんて理屈にはならないんだぞ」


 言葉と共に反射的に俺は瑞樹の頭を撫でていた。褒める時や慰める時、俺の膝枕で寝る時に安心させるためにしたりと、半ば癖のようなもの。

 俺は瑞樹が好きだ。兄弟が居ないから俺を慕って来る瑞樹が可愛くて、とにかく甘えてくるのなら甘やかさないでくれと言われる位に構っていた。だからなのだろう、瑞樹も俺の好意に応えて懐いてくれのだと思う。

 昔の瑞樹にとって俺は兄であり、先立ちの存在であったのだと思っている。だから俺が理解できなければ、それは自分の間違いだと思ってしまいこうして不安に駆られる。

 何しろ、昔は馬鹿な男遊びで立ち入りの禁止の山に単身突っ込んで怒られる俺を庇ったくらいだ。そういう意味で俺は『見習うべきお兄さん』落第だったろう。


 俺とて、一介の学生であり、人生が何たるかを百分の一も理解していない、人として未熟者でしかない。山に突撃した時に比べれば確かに成長はしているだろうが、未だに綻びだらけなのだ。だから、瑞樹が何に対して怒ったのかも分からないし、自身の中で瑞樹に対する折り合いすら着かない始末。

 だからこそ、瑞樹の怒りを間違いとは思わないし、自身の感情すら否定する原因である、自身の半端が憎かった。何しろ、この期に及んで瑞樹に対して何を言えばいいか思い浮かばない。


「私は、時雨にとって枷にしかなれないの?」


 絞り出したす様に言葉にした瑞樹の想いに、俺は絶句した。


「そんなに私を優先しなきゃいけないの? 遠慮して、我慢して、気遣って、私はお兄ちゃんにとって隣に立つには不十分な足手まとい!?

 私はお兄ちゃんと一緒に楽しみたかった……。私だけが楽しむんじゃなくて、お兄ちゃんと一緒に共有したかった。

 一緒になに見るか考えて、楽しめなくてもつまらなかった映画に愚痴言ったり、そんな風に……っ――」


 瑞樹は堪え切れず、涙を流し言葉を切る。表情を見ると涙と共に何故か困惑が同居している。そんな瑞樹を前にどうすればいいか俺には分からず、できることはただ見ているだけ。

 ただ思う、それは瑞樹の飾ることのない本音だと。俺を時雨と呼んでいたのに、昔のようにお兄ちゃんと呼んだのだ。

 どうすればいいか分からず、戸惑い、そして同時に瑞樹が何を求めているのか理解した。


 “対等で居たい”、それが俺に対して瑞樹が願って止まない事であり、憤怒した理由なのだろう。

 気付いて同時に、納得した。確かにそれは怒るだろう。俺は瑞樹を対等に見ていない。映画だって、瑞樹が見たがっていたものだから俺が見たいかどうかを度外視して、つまらなくて俺は上映中に眠り、瑞樹はそれに怒った。

 俺にとって瑞樹は後ろを歩いている存在で、白状すれば外見だけでも俺と同い年にならなければ俺は瑞樹の“女”を認識すら出来なかっただろう。

 今でだってそうだ。俺は外見が俺と同年代の瑞樹に好意を寄せられ、瑞樹の好意を男女のモノと認識しているが、同時に妹分である瑞樹はどこにも消えていない。

 男だ、女だ、向き合わなければ腰抜けだの思っていても瑞樹が後ろを歩く存在から変わったわけではないのだ。


 俺は先進で、瑞樹は後進、その事実がどう変化しているというのか。

 そしてとあることに気が付き、それを口にしてしまう。それを言葉にすればどうなるか分かりきったことなのに。それだけ俺も余裕がなかったんだと思う。

 必死に向き合えば向き合うほど、妹分としての瑞樹は大きく、そして女としての瑞樹もまた大きい。女に好意を寄せられて、嬉しくないはずがないのだ。


 だからこそ、妹分の瑞樹と女としての瑞樹を天秤に掛けるのを拒絶する。どちらも失いたくないから、一方に傾けたくないから、何よりも俺が割り切れない、それは俺自身が半端者である証明。

 瑞樹に向き合わなければならないと知って、拒絶している子供に他ならない。


 ああ、たった今自覚した。だから告白しよう。俺は橘瑞樹を女としても好きだ。子供なのに必死に背伸びして、俺の横に居ようとしてくれるその在り様を認識した時、彼女が愛おしい。

 だから思う。兄貴分の俺としては、そのままの妹分で居て欲しいと。そして、男としての俺は俺自身に嫉妬していた。


 二律相反する意志を、未熟な俺は両方の感情を統合できずにいる。瑞樹に対して停滞を望み、変化を望む。

 矛盾した感情にどうすればいいか分からず、戸惑い、泣く瑞樹に動揺し余裕がなくなった。

 そして、瑞樹も俺と同じなんだという事実に気が付き、俺の感情が決壊する。


「お前だってそうじゃないか」


 その言葉を瑞樹はどう思っただろうか。ただ目の前で、俺の言葉を呆然として聞く瑞樹に、俺の冷静な部分が止めろ叫ぶ。

 だがそれすら、感情に流されて言葉は紡がれていく。


「妹分じゃなくて、女としてだけ見ろ?

 よくそんなこと言えるよな。瑞樹自身が俺を男だけじゃなく、兄貴分としても見てるだろ」


 そこら辺を考えると、俺たちは似た者同士なのだろう。男として見る、女として意識する。それは関係を一つ踏み込むものだが、同時にそれは関係の変化に他ならない。

 そして、今の関係が心地いいから思う。この関係が変わらないで欲しい。

 女としての自分を訴えながらも、妹として俺に甘えてくる瑞樹がそれを思っていない筈がない。それがなくならなければ、俺が瑞樹を女としてだけ見ることなどないと理解していない筈がないのだ。

 いや、理解していても気が付かなかったという事は考えられるか。

 違いがあるとしたら、俺は今の兄弟分の関係を重視し、瑞樹は男女としての関係に重きを置いている。

 別の言い方をすれば、俺は停滞を望み、瑞樹は変化を望む。と言うものだ。どちらが答えとして相応しいかなど誰にもわからないし、決められないものだろう。


「それは……」


 言われて自覚したのか、瑞樹は俺の言葉を聞くと徐々に顔を曇らせていく。否定しないところを見ると、俺の考えは的外れではなかったのだろう。


「けど、私は、おにい、時雨と……」


 途中まで言葉にした想いを飲み込んだ瑞樹は、顔を伏せて駆け足で通り過ぎていく。

 追いかけようと思い反射的に振り返るも、瑞樹を探し出せても、どうすれば良いか思いつかない。走り出そうとした足も止まり、ひたすらに遠ざかって行く瑞樹の背を見つめて、何かをしようとする気力すらなかった。


「どうすりゃ良かったんだよ」


 溜め息を着き、立ちすくむと周囲の光景が視界に入る。少なくはない人が俺を見ており、瑞樹とのやり取りを見ていたのか気まずそうな顔をしていた。

 注目を浴びているといたたまれない気持ちになり、取り敢えず映画館から離れてから、これからの事を考えることにする。

 なので映画館から離れようと出口へ足を伸ばそうとした時、


「早く追いかけろ、馬鹿!」


 聞き覚えのある男の声がして、振り返ろうとしたがそれと同時に後頭部に平手打ちが入り前のめりに倒れそうになる。

 転倒しそうになった体のバランスを取り、平手を食らわせてきた野郎を確認すると、片手に某ショップの袋を持ったロングTシャツとスラックスの茶髪イケメンチャラ男が居た。


「大? お前、なんでこんなところにその袋を持ってるんだ。深山とデートじゃなかったのか?」

「んなこと、どうでもいいからさっさと瑞樹ちゃんを追いかけてやれ」


 俺の問いを受け流し、真剣な顔をしながら瑞樹の心配をしているが、大がゲームの入っている袋を持ちながらもこんな場所に居る理由も気になるし、瑞樹を追ってもどうすれば良いかも分からない。

 今の俺の顔は非常に困惑した顔をして大を見ているのだろうと思う。

 俺の戸惑いった表情に焦れたのか、何かを俺に言おうとしたが、大の口が動く前に挟まれた女の声に妨げられて言葉にすることはなかった。


「時雨くんがだけが悪い訳じゃないんだから責めるのは止めなさい」


 深山だ。こちらも当然私服だが、風貌に似あわず普通の少し袖の余ったTシャツにジーンズでラフな格好をしている。とは言うものの、深山は散歩が好きなので動いて出た汗を吸っても気にならない服を好んでいた。

 なので二人の時間があれば大と深山は散歩をする。二人のデートは時間が許す限りにあっちこっちを放浪することで、休日に隣町の爺ちゃんの家に行ったら遭遇したこともあった。

 なので深山とのデートでデパートに来ていた大に驚いたのだ。二人がそういうデートをするなら商店街の方を散歩しながら、店を転々とするほうがらしいからだ。


「だけど、悪くないわけじゃないし、明らかに対応を不味ってただろう。それに――」

「それ以上、口にしなくていいわ。男だからとか、年上なんだからとかそこら辺の馬鹿な事を言おうと思ったんでしょ?」

「そうだけど、やっぱり――」

「大がそれを言う必要がないし、大が話をしなきゃいけないのは時雨くんではない。

 さっさと瑞樹ちゃんを追いかけて話して上げてきて」


 そこで深山は正面で相対していた大から顔を逸らして、俺の方へ視線を寄越し呆れの混じった溜め息を吐いた。

 溜め息を吐かれた側としては、なぜそんなどうしようもねえ野郎だ見たいな顔をされなければならないのか分からないので、応答できず困り顔で返事を出すと、再び溜め息を吐いて大の方へ向き直る。


「とにかく、大は瑞樹ちゃんを追いかけて話してきなさい。何を言うべきかは理解しているんでしょ?

 男の子なんだから時雨くんの心情が分からないわけでもない。だからこそ、時雨くんに言おうと思っただろうし」

「はぁ……、分かったよ行って来る。時雨、お前の瑞樹ちゃんへの対応分からない訳じゃない。責めて悪かったな」


 ばつの悪そうな顔で俺に謝ってくるが、正直俺は微塵も気にしていなかった。俺が傍からさっきの出来事を見たら大と同じことをしていただろう。

 男が女を――それも年下の子を泣かすなんてしてはならないことだ。


「気にすんな、お前が深山を泣かしたら同じことをしただろうしな」

「美香が泣くよりも俺の方が泣かされる可能性は高いと思うけど、そこら辺どうよ」

「その時は女に泣かされて情けないと言ってやる」

「馬鹿話してないでさっさと行きなさい!」


 深山に怒鳴られた大は駆け足で映画館から退場する。その背中を見ていると、尻に敷かれている将来の大の姿がありありと想像できた。

 深山は俺の方を見ると嘆息を吐き、


「男って切り替え早いわよね。女同士だったらさっきの大みたいなこと言ったら、しばらくの間は気まずくなるのに」

「尾を引きやすかったり、発言に至るまでの経緯が違ったりするからじゃないか。しかし悪かったな、デート中だったんだろ」

「そうだけど、時雨くんには借りがあるし気にしなくて良いわ。それに正直、瑞樹ちゃんと面と向かっても何を話せば良いか分からず余計なこと言いそうだったでしょ?」

「女ってそういうところ鋭いよな」


 深山は苦笑すると、注目集めている状況に気が付いたらしく、俺の腕を引っ張り早足で映画館の出口へと向かって行く。


「取り敢えず、フードコートで話しましょう。ここじゃ人目が多すぎる」


 俺も大方同意だったので、深山に了承の意を伝えて二人して早足で映画館を後にした。




 平日の夕方間近になったフードコートは人が少なかった。これが休日ならば、この時間帯でも間食を食べるためにやってきた人が半分以上の席を埋め、百人近くの人間の声で雑音が聞こえてくる。

 広い場所なだけに、普段は聞こえている騒がしい音が聞こえない分、物足りなく感じた。だが今この時に関しては普段の謙遜が聞こえないことがありがたくも思えてくる。


 フードコートに辿り着いた俺たちは何かを注文するわけでもなく、空いていたテーブルの椅子に座りセルフの水すら取りに行かず相対した。混雑している時ならば迷惑な客だろうが、これだけ空いているならば誰も気にすることはない。

 しばらく、互いに沈黙する。俺は深山が話し始めるのを待ち、深山はおそらく俺への言葉を纏めているのだろう。時間にして一分程経ち、最初に口火を切ったのは深山だった。


「私が時雨くんに言いたいのは、そうね、男の子は馬鹿だって話」


 嘆息の混じった声で呟くようにそう言った深山。だが呆れこそ混じってはいたが、決して悪い身を含んだものでない事を深山の声の優しさで悟る。


「まぁ、こればかりは男の子である限り仕方がないと私は思ってる。

 単刀直入に言うけど、時雨くんは瑞樹ちゃんに格好つけたかったんでしょ?」


 深山の言葉に、思考が固まり次に心の中でそれを否定し、同時に口に出していた。


「別に恰好を付けたかったとか思ってた訳じゃないぞ」

「自覚無自覚はあると思うけど……。

 そうね、年上だから俺の方が瑞樹に配慮しなきゃいけないとか思ったことはない?」


 それはある。と言うか俺の中では当たり前すぎて、自然とすることだし年上としてやるべきことで見せるべき姿だと思う。

 ……あぁ、だから格好付けと深山は言ったのだろう。と言うよりも、年下には年上の人間が大抵はやるのが遠慮であり、確かにそう言う姿に子供の頃は格好良いと思うし、大人の余裕を感じられて今でも尊敬できるもので「俺もこうなりたい」と時々思うことがある。

 だが――、


「それって悪い事か? 年下に対する配慮とか普通するものだろう」

「時雨くん、私は常識とかそういう話をしてるんじゃなくて、瑞樹ちゃんの話をしているの。

 だから格好付けることを私は悪いとは思ってないし、それに私だって瑞樹ちゃんと接するときは同年代の人とは対応変える。

 私はそれを時雨くんがした場合、瑞樹ちゃんに対して致命的になる対応だったことを言いたいのよ」


 一度にそこまで言い切った深山は一息吸い、


「時雨くんも瑞樹ちゃんが怒った理由は分かっているんでしょ?」


 それは分かっている。先程の映画館での瑞樹が吐露した言葉で分かって居たことだ。瑞樹は俺と対等になりたがっていたのだから、当たり前と言えば当たり前の話。

 だが疑問があった。


「それがなんで男は馬鹿だなんて結論になるんだ」


 深山自身も先ほど深山自身も瑞樹には年上として配慮すると言葉にしている。ならば年上のとしての気遣いが男が馬鹿であるという理由には繋がらない。

 まぁ、過程に男が馬鹿だと結論付けする理由があるのかもしれないが。そう思いながら尋ねると案の定、その通りだった。


「瑞樹ちゃんが自分に恋心を抱いているのは知っている、なのに自分の中では折り合いが付けられない。だのに周りの人間が相談に乗る姿勢でいるのに気が付かず誰かに相談もしないで、結論出せずに挙句は自爆する。

 馬鹿以外に何て言えばいいのよ」


 耳に痛い話だ……。と言うか相談に乗るつもりで居た人間って誰だよ。


「学校のみんなとか、時雨くんと瑞樹ちゃんのご両親とか」


 前者は相談したら間違いなくネタにされるだろう。真性ロリコン扱いは確実で、後者に関しては話すには難易度が高すぎる。

 と言うかどいつもこいつも、結構ネタにしていたし、後者は火付け役である。


「相談に乗る姿勢でも、相談できないじゃないか」

「ネタにされたり冷やかしはあっても、ここまで悪い事態にはならなかったわよ。

 と言うか私の時も通った道なんだから、それくらいは覚悟して相談してしなさい。

 持杉くんの告白時にクラスが誰ルートになるかとか、本人達が修羅場っている時に呑気にハーレムルートに賭けてた人間の言う事ではないと思うわ。

 ……まぁアレではあるけど、当人たちが真剣な時にまで目の前で茶化す人たちじゃないんだから」


 確かに俺以外は結構アレな連中だが、当人たちが真剣に対峙をしている最中に空気を壊すことはない。そこら辺は弁えて外道なことをしてくる。

 精々問題が解決した次の日に、俺の場合ならロリコンだと話が学校中にばら撒かれている程度で、被害としてはマシな方であろう。下手をするとホモとロリコンの変態野郎になっているだけだ。

 社会的には致命傷過ぎて、軽微な被害ではないけど。


「熱湯が喉を通っている間は大人しくしてるが、喉元を通り過ぎた後に毒づきを食らわせて来るような連中だしな」

「時雨くんも同じ穴の貉なんだから言えたものじゃないと思うけど」


 鏡を見てから言うべき台詞だろうがと言い返したかったが、話が脱線しすぎるので言葉を飲み込む。

 それに確かに深山の言い分はもっともだと俺も思う。そしてその言葉の裏にある意味も半ば悟り、自虐的に笑う。

 深山としては自分だけで考えずにもっと周りを頼れと言いたいのだろう。俺としては好きだの好かないだのは当人たち以外に関係ないものと思っていたが、よくよく考えれば、俺は大と深山を見かねて勝手に介入した前科がある。

 他人から見れば、親しい人間の恋愛事は当人たちが思うよりも他人事にはなっていないのかもしれない。


「話を戻すけど、まずは事実確認のために話を整理しましょう。

 今回の一件瑞樹ちゃん側の過失は好意を持っていながらも、時雨くんへの想いを曖昧にしたことね。

 これは貴方が実際に体験しているから把握しているわよね?」

「あぁ、そこは大丈夫だ」


 幼いという仕方ない理由があったが、それ故に俺はどうすれば良いか分からなくなった。真剣に向き合っても妹としても女として大事な存在だから答えが出せない。

 妹分としての付き合いも、女としての付き合いも瑞樹が望んでいたことは、瑞樹が漏らした言葉の端々で感じたものだ。


「そして、本題の時雨くんが瑞樹ちゃんに犯した過失」

「さっき言ってた格好付けだろ」


 先程指摘されたばかりの言葉を忘れる筈がない。瑞樹を泣かせた理由は既に分かって居ることだ。


「さっき言ったことだし、覚えているわね。

 正解――と言いたいところだけど、満点ではないわ」

「他に過失があるのか?」


 俺が問いを投げかけると深山は頷き、二本の指を立ち上げる。それの意味することは他にも二つの過失があると言いたのだろう。


「一つは補足が必要なだけだから、付け足すのは一つだけよ。

 一つ目の過失は格好付けたことで自分自身と瑞樹ちゃんを追い詰めたこと、二つ目はこれも格好つけて自分の気持ちに素直にならないこと。

 ねぇ時雨くん、何時まで貴方は格好付けているつもりなの?」


 深山が何を言っているのかすぐに理解できずに思考が凍った。格好付けていると言われてもそんなつもりは毛頭ない。況してや俺が自身を追い詰め、気持ちに素直にならないなどと何を言ってるんだ?

 俺は少なくとも瑞樹が好きなことは自覚している。それで何が至っていないと深山は言っているのだろう。


「深山の言っている過失は訳が分からんぞ。少なくとも瑞樹の事が好きなのは俺は自覚しているし、そのことから目を背けてない。

 それに格好つけているって――」

「言いたいことはいろいろあるだろうけど、整理して話すから落ち着いて。私が言った言葉の意味も納得するだろうから」


 その言葉に俺は押し黙る。深山は理屈は並べていくタイプの人間だ。何がどうなって、どのようにしてと根拠を述べて語る。

 なので、少なくとも俺が理解できないならば、理解できるように解説してくれる筈だ。


「格好付けるって、理由があって言ってるんだよな?」

「そうよ。それにさっきも言ったように、私は格好付けることを悪いなんて思わない。

 嫌いだけど、男の子たちのそういう姿は確かにカッコいいし好きだから」

「矛盾したこと言ってくれるな。複雑な女心ってか?」

「ええ、そうよ」


 理不尽ながらも若干腹が立ったので嫌味と純粋な疑問二つを混ぜ込んだ問いをぶつけると、深山は優しく笑って肯定する。その顔を見て本心からの言葉であることを悟り、俺は深山が口の開くの待つことにする。

 相談に乗って貰っておきながら嫌味な質問をするとは、器の小さいことだと内心で溜め息を吐いた。


「ねぇ、時雨くん。貴方、年上だから瑞樹ちゃんの手本にならなきゃいけないとか思ってない?」


 図星だったので俺は沈黙で返事を出す。


「肯定と受け取るわよ。

 それって瑞樹ちゃんからすれば辛い応対になるし、瑞樹ちゃんが妹分として貴方に接触することで、時雨くん自身も自分でそう振る舞うければならないと思っているんじゃない?」

「……っ――」


 それはこの問題の核心だった。俺がそれを自覚したことはない。だが兄貴分として慕う瑞樹の望まれる俺で居たいとは思っていた。

 そしてそう振る舞うことが少し前の俺の当たり前。男だ女だとその時に考えたことなど、欠片もなかった。それは当然、瑞樹を女だと意識したことなどなかったから。

 それが最近になって瑞樹を女だと意識し始め、好意を向けられることも悪く感じていなかった。


「俺たちは互いに傷付け合っていた訳か……。俺は瑞樹の兄貴分として瑞樹への感情を禁忌として押し込め、瑞樹は俺への好意を募らせ対等でありたいと必死に背伸びをしていた……」

「悪循環ね。時雨くんが兄として瑞樹ちゃんへの気持ちを押し殺せば、瑞樹ちゃんはその分だけ背伸びをする。瑞樹ちゃんが背伸びをすれば、時雨くんは兄としての振る舞いを行う」


 その悪循環に加えて矛盾も付け足される。互いに互いが大事だから傷付け合う結果となってしまうのは、喜劇と言えるかもしれない。


「俺はどうすれば良いんだろう」


 どうすれば俺と瑞樹が互いに納得できる答えを出せるのかわからない。互いに納得できる境界が何処にあるとも思えなかった。


「在りのままを伝えれば良いんじゃない」

「在りのままって、情けない話だが俺は瑞樹に対しての答えを出せないんだぞ」

「だから、それで良いじゃない」

「は?」

「答えは出せなくて良いと私は思ってる。何も今すぐ女としてとか、妹してとか答えなくていいんじゃないかしら。

 それこそ、瑞樹ちゃんは幼い。どう取り繕うと時雨くんとの年齢差は埋めようのないもので、瑞樹ちゃんは況してや小学生なのよ。

 今後一生の伴侶を自分の意志で決めるには早すぎる。時雨くんもそこが引っかかっている部分があるのよね?」


 即座に深山の言葉に頷いた。正直、瑞樹の年齢的な幼さは俺が兄貴分として抜けられない一因だ。

 だがそれだけが理由と言うわけでもなく、やはり今の関係に未練があるのだろう。そこが一番大きくて俺としては困りどころなのだが。


「だったら、待って貰ったら良いじゃない。時雨くんの在りのままの気持ちを全てを伝えて」

「それは問題の先延ばしにしかならないじゃないか」

「先延ばしにして良いのよ。時雨くん、ご両親のどちらかに瑞樹ちゃんへ告白しろって言われなかった?」


 深山に指摘され思い出したのは、親父が俺に言った「好きなら好きって告白しろ」と言う言葉だ。言われた時は焚き付けているだけしか思わず、頭の片隅にすら止めなかった言葉だ。


「……言われた。なんで深山がそのこと知ってんだ。察するにしても俺自身は気にも止めなかった言葉だぞ」

「ぶっちゃけ、時雨くんのお母様に聞いた」


 今明かされる衝撃の真実に、俺は相当変な顔をしているだろう。と言うかお袋とどうやって知り合ったのだ。


「ほら時雨くんのお母様って喫茶店で看板娘やってるじゃない? だから時雨くんから聞いていた人物像に合致していたから、聞いていみたらビンゴだった」

「なんで、職業と人物像だけ家の母親は特定されるんだろうなぁ……」

「ぶっちゃけ、時雨くんのお母様って面白い人よね。看板娘やっている三十路過ぎは珍しいと思うわ」

「知ってた」


 お袋は本当に何て言ったらいいか、看板娘を名乗るとかいい加減年を考えろよ……三十路ババァ。いや、俺ぐらいの子供を持つにはぶっちゃけ若すぎるけどさ。

 帰ったらそこら辺は文句言わなければと俺は静かに心の中で誓った。


「まぁ、そんな訳で時々喫茶店に寄っては、大との付き合い方とかいろいろ相談している内に時雨くんの事も聞いたりしてた。

 それで時雨くんのお母様が言ってたんだけど、旦那は後悔しているのかもしれないって」

「……俺のことだろうな」


 親父の後悔について心当たりがなかったかと言えばない訳ではない。お袋は俺を妊娠してすぐ高校を自主退学して、俺を生んだ後に通信教育を行いながら俺の世話をして、小学校に入ってからは調理師の専門学校に通いながら俺の学校行事に参加したりとそれらを家事と並行しながら結構大変だったと思う。

 お袋本人はそれこそノリと勢いで行動した結果なので当たり前のように受け入れていたが、俺を結婚の口実にしたことは罪悪感があったらしく、まだ若い上に結構仲のいい二人の間に俺以外の子供が居なかった。恐らく俺にだけ愛情を注ごうと思っているのだろう。

 俺自身は対して口実にされたことは何とも思っていない。むしろそうされなければ生まれてすらいないのだ。ただ、親父がそのお袋の姿を見てどう思っていたかと思うと、後悔はあったと思う。

 何しろ迫られたからと言っても一回り下のお袋を孕ませた訳で、更に人生でも盛りとも言える十代後半から二十代前半を自由に遊ぶことも出来ず過ごしているのを見ているのだ。それを見て何も思わない筈がないだろう。


「いや、時雨くんが思っているほど重たい事じゃないわよ」

「は?」

「ぶっちゃけ、時雨くんに関してのあれやこれやの前提の部分での後悔よ。と言うか時雨くん込の家族間の話を他人に話をする人ではないわよ」

「あっはい」


 なんか真面目になったのが馬鹿みたいな反応をされたでござる。


「時雨くんのお父様の後悔は素直にならなかったこと。時雨くんのご両親って結構仲いいでしょ?」

「お袋が襲って既成事実を作って、半ば強引に結婚まで漕ぎ着けた割には仲良いな。年の差はあるけど互いに好き合っているとは思う」

「それよ」


 何がだと反射的に問おうとして、少し考えると深山が俺に何か言いたいのかを理解した。

 同時に親父が俺に言った告白の意味を悟る。


「……お袋が半ば強引な形で繋げた結婚だったけど、親父自身も悪く思っていた訳じゃない」

「そうね。言っちゃ悪いけど、時雨くんのご両親みたいな結婚だと、された側は男でも女でも堪ったものじゃない。特に男性がされたならその怒りは尋常じゃないでしょうね。

 何しろ結婚って相手と人生を共有するものだから、男性なら仕事でお金を稼いで家族を守らなきゃいけない」


 少し考えれば分かることだったろうが、生まれた時から親父とお袋は仲が良かったし今まで疑問に思ったことはなかった。お袋の行動は傍から見るとかなりぶっ飛んでいるが、それを受け入れた親父もまたすごいだろう。

 それこそ互いに好きでなければ成立する事ができない行いだ。


「親父の奴、普段から食われた食われた言うくせに、最初からお袋のこと好きだったのか」

「でなければ結婚なんて無理よ。と言うか、時雨くんのお母様はお父様の気持ち察していた行動したんじゃないかしら」


 もうここまで来れば、親父が抱いた後悔は何なのか分かった。


「自分の気持ちに素直にならなかったことか」


 年齢差やら世間体を気にして、自分が年下の少女に恋をした気持ちを禁忌としたこと。それ故に、好いている女に無茶な行動させて自分の気持ちを受け止めさせた。

 だから親父は言ったのだろう告白しろと。世間体は大事だが、一人一人が抱いている個々の感情もまた大事だ。


「男の理屈なのかね。男の悩みを理由に好きな女へのしわ寄せが来るなんて、有ってはならないって思うのは」

「えぇ、男の理屈よ。好きな人が悩んでいたら助けたいと思うのは当たり前の事じゃない。その苦しみを少しだって負担してあげたいと思ってる。格好付けて俺は大丈夫だ一人でどうにかできるなんて、無理して立ち上がられても痛々しいだけ」

「けど好きな女の前では格好良い男で居たいんだよな。男ってめんどくさいな」

「えぇ、そうね。そんなめんどくさい男に付き合わせる身にもなってほしいわ。けど嫌いでもやっぱり、そうやって頑張る男の子を見ると格好良いと思って惚れちゃう女も負けず劣らずめんどくさいわよね」


 深山の言葉に苦笑する。確かに格好付けることができなければ女を射止めることはできないだろう。例えばデートの時は男が奢って甲斐性を見せるとか、普段とは違う服装をして髪型を整えて少しでもいい男に見えるようにしたりとか、他にもいろいろある。

 そう考えると男は格好付けるのが生きがいの生物に見えてきて、今度は噴き出して笑ってしまった。


「けど、格好付けてばかりいないで偶には弱みを見せてあげて」


 あぁ、もう分かっている。これから恥も外聞もなく醜態をさらす気で瑞樹に俺の気持ちを告白するつもりだ。

 格好悪いところを見せるのに、男としての覚悟をしなければならないというのも不思議なものである。本当に格好付けたい生き物なんだろうな。







 話を終えた数分後に大からの電話が掛かってきた。瑞樹を見つけていろいろ話したらしく、瑞樹も会話が終わる頃には落ち着いたらしい。

 それからデパートの入り口で待ち合わせをした俺たちは合流後に二組に分かれて解散。俺と瑞樹、大と深山に分かれてそれぞれの帰路に着き現在に至る。


 場所は我が家がある住宅街への道中。家のコンクリート塀や植木の壁に囲まれた、塗装された一本道を俺たちは無言で歩いていた。大と深山が居た時は僅かだが会話出来たが、やはり互いに話しかけにくい雰囲気に会話はすることができなかった。

 俺が話したいように瑞樹も話したいのかもしれないが、やはり気まずさは多少なりとも残っているものだ。俺としては話の内容が内容なので、タイミングを見計らって話したいので話すタイミングを窺っている。


「あの、時雨……」


 俺が話しかけるのを躊躇っている内に、瑞樹は覚悟を決めたのか声を掛けてきた。


「どうした」


 少しぶっきらぼうな返事だったかもしれないと、反射的に返した言葉に後悔する。言うと決めたのに、心の中では俺の本心を恥だと思っている俺が居て、それが未だに俺の言うべき言葉を躊躇わせていた。


「その、ごめんね。大さんから、男の子は全員馬鹿で格好付けたい生き物だから、私の前で無理するのを分かって欲しいって言われた。

 だからごめんね……。自分勝手なこと言って、時雨の男の子としてのプライドを傷付けて……」


 横を歩く瑞樹の顔を見ると、何かを堪える様な顔で必死に声を絞り出している。

 負担を分かち合いたいと思っている相手に対して、相手はなんでもかんでも背負いたがる人間だから肯定する。それは本心としてはとても辛い事だろう。お前は関係ないと突っぱねているようなものだ。

 だが、何もそんな顔をしなくても良いだろう、見てて俺の方が辛くなってくる。瑞樹に何かがあるわけではなく、勝手に背負いたがって格好付けているのは俺なのだから、お前が堪える必要はないじゃないか・


 瑞樹にそんな顔させている原因は俺で、俺が本心を晒す覚悟を決めれば良いだけの話だ。


「大がした話はそれだけじゃないだろ?」

「え?」

「男は馬鹿で格好付けたがる生き物だから、格好付けるのを分かって欲しい。そのあとに、どうせなら我が儘言って、沢山負担を掛けてやれって言われただろ。

 男は女に求められれば舞い上がって喜ぶからってな」


 あぁ、あいつなら絶対に言うという確信がある。そして、敢えて但し好きな女だけと言う注釈も省いているだろう。男は格好付けたい生き物なのだ、深山に求めれて喜んでいることは野郎相手以外に言う気がないだろう。

 特定の誰かより、女全体とか言った方が野郎の感性としては格好が付く。全員平等です精神と言うやつだが、女性的には受けはよろしくないかもしれない。


「時雨もそうなの?」

「俺だって男だからな、女から……、瑞樹から頼られればすごい嬉しい。そりゃいつでも舞い上がって、彼女も作ろうとは思わずお前にかまけるってわけだ」


 そうなんだと、何気なく頷く瑞樹だが、結構いろんな意味を込めて言った俺の言葉だ。俺の気持ちを暈しながらも伝えることは出来た。

 ならば、今度は暈しなど入れずに直接本心を伝えなければならない。ただ、歩きながら言うには相応しくない言葉なので、話すには絶好となる場所を通るのを待つ。数分するとその場所が来た。


「瑞樹、二人きりで話したいことがある。そこの公園まで付き合ってくれないか」

「え、うん」


 時間を置いて少しはマシにはなったものの瑞樹の顔は、本心を隠しきれておらず暗い。だからなのか、緊張から心臓バクバクになり声も上ずってしまっている俺の様子に気が付く余裕はないようだ。

 気が付かれていたら顔に出るかもしないほどに、俺は物凄く緊張していた。


 公園に辿り着けば、都合の良いことに誰もいない。日もいい感じ傾いて風景を赤く染めており、滑り台の下の砂場には作りかけの砂の山があった。少し冷たくなってきた風に吹かれブランコも揺れている。

 そしてそれらをすべて視界に収められ位置にベンチがあった。俺と瑞樹はそこに向かい互いに無言で歩き、ベンチへと向き合うように座る。

 座って落ち着くどころか俺の鼓動は少し早鐘を打ち、体内で鳴り響く心音が瑞樹に聞かれはしないだろうかと思うと、更に胸の音は加速を続けた。


 自身を落ち着かせるために、一呼吸すると少しだけ鼓動は落ち着く。このまま無言タイムで居るのも嫌だったのだ気持ちを告げる覚悟を決めた。すると再び心音が早まるが、今度はそれを勢いにして俺は言葉にする。


「瑞樹、俺はお前が好きだ」


 言った。言ってしまった。外見年齢的には問題ない。だが実年齢差的にはやばい告白である。お巡りさんを呼ばれても言い訳のしようのない告白だ。

 だがそれを含めて覚悟を決めたのだ。事情聴取されようが、好きになって悪いかと開き直って全力で連呼しまくる勢いでいる。何処の誰かに俺の気持ちを間違いだと言われようが、省みる気などこれっぽちも存在しない。

 この感情が間違いなどもう誰にも言わせないし、言われようが知ったこっちゃない。


 瑞樹の反応を見ると、意外なことに戸惑っていた。驚きの類となる反応が返ってくるとばかり思っていたばかりに、その反応に俺はどう言葉を紡げばいいか悩み、すぐに付け足す言葉を見つけ出す。


「曖昧な言い方だったな、瑞樹のことが女として好きだ」


 これで意味は正しく理解できるだろう。瑞樹は俺の言葉を聞くと戸惑いから、驚き数秒経って顔を赤くさせ始めた。


「え?え? あのその、好きってその、恋人にしたいってこと?」

「そうだ。女として好きだ。瑞樹の言う通り恋人にしたいという意味で、likeではなくlove、好きと言うより愛おし。愛していると囁きたいくらいには好きだ」


 ノリと勢いに任せてとんでもないこと口走っているが、気にせず俺は畳み続けた。取り敢えず湧き上がってくる言葉を片っ端から、口説き文句と言わんばかりに並べ続ける。なんかもうやけくそで小学生に話すことではない言葉を放った気がするが気にしない。

 瑞樹がどんどん赤くなろうが知ったこっちゃないとばかりに、口走ってく内にとうとう瑞樹からストップが掛かる。


「時雨、もういいよ! それ以上言わなくて良いから!」


 言われたので黙ったが、冷静になるとやばい告白をしたことに気が付き、内心で血の気が引いていた。表面上では極めて普段通りの顔をしているが、何しろ口走った言葉の中にはセクハラで訴えられそうな言葉も混じっていたのだ。

 顔を真っ赤にしている瑞樹に通報する気はないだろうが、本心をぶちまけている内に隠しておかなければならないことまで言っている。なので内心では気まずく、瑞樹に沈黙を願われたことは半ば幸運だったかもしれない。


「私ね、時雨と幼馴染だったら良かったなって思ってた」


 黙りこくっていると、瑞樹が言葉を繰り出してきた。俺の告白に対して、自分の告白をしているのかもしれない。


「それだったら、時雨は気兼ねしなくて良いし、もっと自然体で付き合っていけるんじゃないかって思ってた。

 だけど現実は私は時雨の後ろを歩くしかなくて、いつも背中しか見せてくれない時雨にやきもきしてたんだ」

「それは悪かったと思ってるさ。けど先進としては後進に格好付けたいんだよ。なにしろ、俺は男だからな、やっぱ周りからは頼りになるとか思われたいわけだ」

「うん、分かってる。大さんから教えて貰ったよ、女の子の前では格好付けたいんだよね?」

「あぁ、そうだな」


 だがそれは男の独りよがりでしかない。


「深山に言われたよ。格好つけてばかりいないで、偶には弱みを見せてやれってな。強がって格好付けてても周りから見れば痛々しいだけっても言われた」


 だから本音を言おうと思う。俺が瑞樹に思っているすべての気持ちを、俺が悩み続けている気持ちを。


「瑞樹、俺は女としてお前が好きだ。けど今までの妹分としての関係も同じくらい大事なんだよ。

 矛盾しているけどさ、どっちも大事でどっちかを片方選べなんて、とてもじゃないけど今の俺にはできない」


 情けない話である。単に踏ん切りがつかない、それだけでしかないのに選択することは難しかった。

 今の瑞樹との関係を失いたくないと思うことは、未熟な俺には切り捨てられない。いや、切り捨てはならないものだと俺は思っている。

 瑞樹はどういう反応したかと顔を窺うと、呆れるでもなく、失望するでもなく俺の顔をまっすぐ見据えていた。


「がっかりしないのか? 今、結構情けないこと言っていると俺的には思うんだが」

「私だって時雨と同じだよ。男の子として時雨の事が好きだけど、お兄ちゃんとしても大好きだもん。

 簡単に今までの積み重ねを失って良いほど、私たちの関係は軽いモノじゃないって思ってるから、踏ん切りが付けられないんでしょ?」

「そりゃそうだ」


 その気持ちは俺たちが共有しているものだろう。俺は大人にならなければと気持ちに追い詰められ、瑞樹は幼さゆえに気持ちに振り回されていた。

 割り切ってはいそうですかと、簡単に失くせていいモノでは断じてない。だけど答えは出さなくちゃいけなくて、故に俺は悩まされた。


「だからさ、瑞樹に待ってて貰いたい」


 今の俺には捨てきれない。失くしていいモノとは思えない。けれど前に進みたいと思った時に今のままではなく、瑞樹との関係を変えたいと思う時がいずれ来る。

 その時にまた改めて思いを告げるために。その時までに少しでも前に進むためにも。

 いずれ何て言葉を使ったが、期限を決めないなんて気はない。けじめはちゃんとつけなければ、それこそ男の沽券に係わる。


「瑞樹が高校を卒業した時、改めて告白させてほしい。俺はまだ未熟人生の何たるかなんて知らない若造なんだ。

 だからお前の人生を丸ごと背負い込めるようになった時に、瑞樹がまだ俺の事を好きだと思ってくれているならば、俺にお前への告白をさせてくれ」


 つまりはプロポーズ。数年後にプロポーズするという宣言なので、実質この場で恋人段階を飛び越して結婚しようぜと言っているようなものだ。

 そしてそれまでは今まで通りで居ようと、大変都合の良い事を言っている訳で、大変に情けない台詞であると言う自覚もある。だがこれが俺の心底から思っていることなので情けなくても仕方がないだろう。

 しかも恋人になろうという告白を通り越して、結婚宣言なのでかなり俺の思考は極端なのだろう。もう少し間を取ればいいのだろうが、そこはおいおいに調整すればいい事だ。


 瑞樹の方を見ると、今にも煙で出るのではないかという勢いで顔を赤くさせ、呆けた表情を固まらせて、口をパクパクさせている。

 俺の爆弾発言に脳内処理が追いついてないのかもしれない。本心を明かせて言われたので、明かした結果がこれだよ。在りのままを伝えるにしろ、もう少しオブラートに包むべきだったと軽く後悔した。

 だが、今更引くに引けないので、俺は畳みかけるように瑞樹の返答を求める。


「瑞樹、返事を聞かせてくれ」

「え!? 私、夢見てるとかじゃないよね!?」

「夢と思いたいくらいに、超展開を繰り広げた自覚はあるが、夢じゃないんだなコレが」


 瑞樹の頬を右の人差し指で軽くぐりぐりすると、現実だと認識したのか再び口をパクパクさせ始めた。


「現実ってこんな突拍子のないこと起こるの!?」

「事実は小説より奇なり、と言う諺もあるしな。意外と突拍子はないと思うぞ」


 テンパっている瑞樹を見ると、先程の重苦しさは何だったのかと思うくらいに、俺の心の重荷が少し楽になった。

 やはり俺と瑞樹の日常はこうでなくてはならいなと思い、少しばかり笑う。


「時雨はずるいよ……。私もいろいろ考えてたのに、全部吹き飛ばすようなこと言うんだもん」

「まぁ、伊達にお前に先輩風吹かしている訳じゃないしな。お前の通った道は七年前に通り過ぎているんだぜ。

 男としては情けないが、格好付けてばかりいて好きな女逃すとか、男としてはもっとないからな。だから全部言わせて貰ったよ」


 ようやく落ち着いたのか、呼吸を整えた瑞樹が俺の右手を握りしめた。俺もその手を握り返す。

 どういう意図で握ったのかは分らないが、単純に瑞樹を感じたかった俺はそれに応える形で、手に小さな力を籠めていた。


「私は時雨に並んで立ちたい。だから遅いかもしれないけど、今は時雨の後ろを歩いてく。どんなにゆっくりでも時雨の隣にいるために。

 だから時雨は待っててくれる? 私が時雨に追いついて同じ道を歩くまで」

「待つさ、十年だろうが、二十年だろうが、――三十年は流石に俺もおっさんだから無理だろうけど。

 惚れた女に待たされるのも、男にとって光栄だしな」


 全力で小学生に告白する高校生。言葉で聞くとすさまじく酷い絵面だと思って、自嘲しそうになった時、――俺は瑞樹に引き寄せられ、唇に柔らかいモノが当たる感触がした。

 それが瑞樹の唇だと認識した時、俺の顔は急激に熱を帯びていくのを感じる。


「私を驚かせたお返しだよ。吃驚した?」


 そりゃ、いきなりキスをされたら誰でも驚くだろうと思いつつ、悪い気はしなかったで押し黙っておく。

 俺も結構、突拍子もないことをやったと自覚しているが、何もこんなお返しまでしなくても良かった筈だ。と言うか、こんな形でキスをして、瑞樹はよかったのだろうか。


「今、キスして良かったのかとか思ったでしょ」

「なぜ分かった」


 可愛らしく、頬を脹らませて瑞樹は不機嫌をあらわにした。やっぱりそういうところ見ると、外見年齢が同じでも、瑞樹が小学生だと確認させられた気分になる。


「時雨が心配そうに私を見たから。大丈夫だよ。私は時雨の事が好きだから」


 そう言うと瑞樹は俺を抱き寄せた。対面する形で座って居たものだから、俺は頭から瑞樹の胸に突っ込み、そのまま瑞樹は抱えるように俺の頭を両手で包み込む。

 傍から見ると、交渉の目を気にせずに恋人へ甘える野郎みたいな絵面だ。と言うかそうとしか見えない場面である。


「瑞樹、恥ずかしいんだが」

「私たち以外誰もいないよ」

「瑞樹、胸が顔に当たって苦しいんだが」

「呼吸できるんだから、我慢してね」


 あぁ、糞なんだこれ。誰も見てないとはいえ恥ずかしすぎる。俺の顔はキスした時より、遥かに紅潮している思う。

 羞恥で死ねたなら、死ねる勢いで身悶えしそうな恥ずかしさに包まれていた。


「なんで抱きしめてるんだよ」

「時雨が私の事ばかり優先するから。偶には甘えさせてよ」


 その言葉に瑞樹から脱出するのを諦めて、身を委ねる。それと同時に、俺は一生瑞樹には勝てないであろうことを悟った。

 しばらくすると満足したのか、瑞樹は俺を解放して満足げな顔を俺に晒す。互いにベンチから立ち上がり、公園を立ち去る用意をする。


「偉い充実した顔をしてるな」

「私の長年の悲願一つである、時雨に胸を貸すを達成したからね」


 一つという事は、悲願は他にもあると予想し溜め息を吐く。これからいろいろとされるのだろうなと思うと、嘆息を吐くのは仕方がないだろう。

 だがやられたからには、こちらもお返しせねばならない。俺は瑞樹の右腕を掴む、瑞樹がいきなりの事で戸惑っている内に、右腕を俺の右肩に掛けて時計回りで背中を見せて腰を低くする。そして両腕で瑞樹の両太ももを寄せて、バランスを崩れせて俺の背にもたれさせ体全体で瑞樹を持ちあげる。

 つまりは負んぶだ。


「ちょっと時雨、負んぶは恥ずかしいよ!」

「うるせぇ! 俺も胸に抱き寄せれて、息苦しい上に恥ずかしかったんだから、お返しだ。家にたどり着くまでこのままだからな」


 そのまま公園の出入り口に辿り着くまで、瑞樹はかなり嫌がって抵抗したが、俺が離す気がないと分かったからなの、背中で抵抗するのをやめた。


「もう……、結局子ども扱いするんだから」

「悪くないと思ってるくせに」

「そうだけど、すごい複雑」


 結局プロポーズモドキまでやらかしたのに、俺と瑞樹は普段通りに収まりそうだ。それは互いに望んで、互いに変えたいと思ったものだが、もうしばらくはこの日常に変わり映えはしないだろう。

 あの大ゲンカは何だったのかと言うくらいに、俺と幼い彼女の日常は変わる気配を見せない。だが、


「時雨、大好きだよ」

「――俺も瑞樹が大好きだ」


 少しばかり互いに本音を見せたことで僅かばかりだが、確かに変わったものもあったと思っている。




知っている人は超お久しぶりの豹炎です。

知らない方は初めまして、豹炎と申します。なんというか、オリジナル連載物を描くつもりでいます(キリッ

とか活動報告に書いて居たにも拘らず、二年間音沙汰なしとはなかなか酷い事をしたとは思っています。


一応連載の構想はちゃんと最初からラストまで考えていたりしますので、楽しみにしてくれている人が居るのならば、申し訳ありませんが更にお待ちください。


今作、俺と幼い彼女の日常は、最初期はラブコメディーのつもりで設定を作っていたもので、中盤からの終盤に掛けてのシリアス展開はなしで、ゆっくりと主人公がヒロインへの好意を自覚して行く感じの話でした。

学校の変人連中はその時の名残です。主人公の友人二人だけではなく、ヒロインの幼馴染二人も居たりで、自身の前作である平々凡々のノリとなっていたと思います。


大事な本編補足が一つ。学校の連中はみんながみんな、自分以外の連中は変人しかいないよなとか思っています。


今回の自己反省点は、文字数が増えすぎて瑞樹と大の会話場面をカットしてしまい、時雨視点でしか物語が語られず、瑞樹視点での心情があまり語られず、瑞樹に割を食わせたかなと思っています。


あと今作の恋愛観は、恋愛をしたことがない彼女いない歴=年齢の野郎が書いたので、人によっては辺と思うかもしれませんが、ご容赦いただければと思います。

けど感想ご意見は、今後の参考ややる気になるので、いただければものすごく嬉しいです。


あまり、あとがきで長く語るのもアレなのでこの辺で。

それでは皆さん、またいつか機会があればお会いしましょう。

それではm(__)m

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