第一章 第三話 「ヴェレクタ〜共意思会談へ」
第一章 第三話 「ヴェレクタ〜共意思会談へ」
翌日、三人は管理局に向かった。その間ローキは一言も喋らなかった。派手な二日酔いが続いているらしい。
ロビーで五分もすると手続きも終わり、三人とも一時間後には許可書を手にした。
「さて、これから視察に行くんだが、リブはどうする?」
「僕はいいよ。歩き回るのは疲れるし、難しい話聞いてもわかんないし。」
「だな。・・・ロキ、無事か?」
ローキーはトイレからふらふらとやってきた。
「ああ、だいぶ良くなった。」
顔が真っ青だ。良くなってはいるようだけど。
「・・・出発前に飯でもどうだ?今なら食えるだろ。」
「ああ、何とかなるだろう。どこにいくんだ?」
「ホテルのラウンジにでも行こう。あそこなら軽食でもまともなもんが食えるだろう。昨日の夜、食ってきたが結構美味かったぞ」
「そうしよう。荷物取りに戻るついでもある。」
ラウンジでサンドイッチとかコーヒーとかを食べた。食べ終わるころにはローキーの顔色もだいぶ良くなっていた。
「ああ、コーヒーがこんなに美味いと思ったことは無いよ。」
「ははは。昨日は大変だったぞ。リブにも感謝しとけ。」
リブは力なく軽く笑った。結局最後のほうなんか半分引きずって帰って来たようなもんだからだ。
「わるかったなぁ、リブ。何でも言うこと聞いてやるよ。」
「あはは。そんなんでいいのか?リブ?せっかくの機会だ、吹っかけるだけ吹っかけろ。」
ベアがカップを置いて言った。
「じゃあなんか面白いものあったら買ってきて。」
「ああ、分かった。」
「いいのかよ、そんなので。」
「で、そろそろいくか。リブはどうするんだ?」
リブの頭の中には昨日の白髭オヤジのことがあった。
「・・・街をうろうろしてるよ。お土産とかみてきたいし。」
ベアはそうかと言うと立ち上がり、バックを背負った。
「それじゃあ俺たちは行って来るぞ、知らないおじさんについて行くなよ?」
「あ、あはは。」
リブは街に出てきた。町中の街灯が輝き、昨晩とはまったく違った趣の町並みが続いていた。模様を描く石畳、赤や青、緑の家々の屋根、そしてレンガの町並み。街道を彩るちょっとしたオブジェの数々。これほどに綺麗な街だっただなんて。リブは目に入るもの、手に触れるもの。そして異国の空気を吸い込み。心の底から湧き出るようなどきどきとした感情の高揚を感じていた。
と、リブはポケットの中の地図を広げた。
「ごめんなさい、知らないおじさんについていこうとしてます。」
なんとなく小声で二人に謝った。足は髭オヤジの地図の示す方向へと向かって行った。
「さぁて、今の状況っつーもんを解説してくれるか?」
ベアの声。入国管理事務局。その二階の一室でロキとベア、そして管理局のエノアがソファーに座っていた。
「ええ、それと、私が今回水門の街の専従外交官と担当させていただきます。改めてよろしく。」
「ああ、よろしく。」
ベアはタバコを取り出した。そしてちらっとそれをエノアに見せた。
「ええ、かまいませんよ。どうぞ。」
ベアはちょっとにっと笑った。ロキは紐でまとめられた資料を手に取った。
「ガロンはなんて?」
少しの沈黙が流れた。ベアの吐いた煙だけが生々しくうねり、天井のダクトに吸い込まれていった。
「険悪です。非常に危険な状態と言えるでしょう。」
少しうつむいたエノアの暗いめがねの奥から鋭い眼光が見て取れる。
「現状では脱退だけが焦点になっていますが、今現在、ガロンは国内において空軍戦力の再配置を行うなど、表向き行動と言う行動はありませんが着実に相応な行動に出る準備を進めています。」
ベアはソファーにもたれかかり、くびを真上に向けて煙を吐いた。ロキはエノアの目から状況の深刻さを汲み取った。
「これは決して公式なものではありませんが、ガロン高官の間ではすでに戦争と言う選択肢は決定事項という情報もあります。」
ベアは身体を起こし、タバコを消した。
「で、それが確かなものって言う証拠はあるのか?」
エノアはまた少しうつむいた。依然としてその眼光は二人に注がれていた。
「・・・。私もこの国で外交官をやってずいぶんになります。開戦をあおるようなことを言って何の得がありますか?」
「ベア、エノアさんはうそは言っていない。ガロン高官の話はともかく、あなたの経歴からして、それは間違いない。あなたの研究室時代の論文も拝見しましたし、外交官としてのコネクションもさすがと言えます。おそらく私の知りえたパイプ以外にも相当量がまだあると思いますよ。」
エノアが少し驚いたような顔をした。
「・・・そんな、いつのまに・・・。」
「・・・まぁ、こりゃ下手にカマかける必要ないな。」
ベアが薄ら笑いを浮かべ、エノアを見た。彼はまた少しうつむいた。
「・・・今まであった方々の中で、あなたたちは最も頭が切れるようですね・・・。」
「ま、命どころか水門っつー国がかかってるからな。信頼置くべきかは徹底的に調べることにしてるんだよ。・・・あんたもなかなかのやり手だ。だから余計な気遣い無しで話を出来ると思ったんだよ。」
「そうですか・・・。なら、回りくどいこと一切無しで話を進めたいと思います。」
エノアの目にまた眼光が戻った。
「今回の会談でガロンは脱退、数日中には我が国に対し宣戦布告をするでしょう。」
「おう、昨日の小僧だな。迷ってるのか?」
工業地帯の真ん中で立ち往生していたリブのそばに大型のトラックが止まった。運転席から昨日の髭の親父が顔を見せていた。
「あ・・・。」
「まぁ・・・乗れ。」
トラックにリブが乗り込む。親父はリブの顔を見ていた。リブは心底ほっとしていた。知らない街で、知らないところにきていたのだから当然である。かれこれ一時間ほど工業地帯をさ迷っていた。
トラックはまだ動いていなかった。
「さて、わしはガーンだ。小僧、お前の名前は?」
「リ、リブ・クロアノート。」
「おう、よろしくな。で、うちに来る前にお前の船とやらを見ておきたいんだが、案内してくれ。」
ガーンはキーをまわし、エンジンをかけた。
「と言うと、西区の飛行船舶港か。近いな。すぐ付くぞ。」
道なんか分からなくなっていたから港を教えるのにずいぶん時間が必要だった。が、ガーンはそこから港の場所を割り出した。
トラックはずいぶんと工業地帯を走り、今は大通りを走っていた、
「ところで、お前さんどこから来たんだ?」
「水門。」
ガーンはしばらく黙っていた。
「水門?何でまた。観光ってわけじゃなさそうだが?」
リブはちょっと考えた。昨晩のメガネの男が言った隠密性っていうのがちょっと気にかかった。
「ちょ、ちょっとね。知り合いが船直すのに行かなきゃ行けないからって言ってたから、ついでに連れてきてもらったんだ。」
「ふう〜ん。」
トラックが止まった。
「さてと、付いたぞ。」
昨日付いた港とは印象が違うほどそこは広く、たくさんのいろんな形の飛行船舶が停泊していた。ガーンはトラックから降りてまっすぐ事務局に向かって歩き出した。
「あ、あれ!船はこっちだよ!?」
「勝手に持って言ったらただの泥棒じゃろうが。おまいさんの船って言う確認もいるじゃろうしの。」
「あ、そうか。」
リブはあわててずいぶん離れてしまったガーンを追った。
「すでに交渉のチャンスはないか・・・。」
灰皿はタバコでいっぱいになっていた。
「実際のところ、各国の諜報機関はガロンの動きを把握しているはずです。ですが、一国として現実的な動きを見せないのはやむをえないと言えばそれまでです。・・・50年前、世界の崩壊が始まって以来、各国はいまだに自国を守り、生きていくのに必死なのですよ。」
ローキーは資料を一枚取って眺め、言った。
「だが、それはガロンも同じだろう?」
エノアは手を前で組み、前かがみの姿勢で続けて言った。
「そうなんです。私の調査でもこれほどにガロンが強気な姿勢をしていることの理由が分かりません。依然として嵐は脅威であり続けています。強くはなれど、弱まったためしはありません。五年前の嵐を覚えていますか?」
五年前。世界中を襲った嵐の群れ。リブの父親の死んだ年だ。
「ああ。」
「・・・この街は例外ですが、ガロンにも多大なる被害が出たと聞いています。無論、私自身が足を伸ばし、状況を見てきました。確かに酷い被害でした。それから立ち直り、なおかつ軍事行動を展開し始めるにはあまりに早すぎます。」
ベアが空になったタバコをぐしゃりと握りつぶした。
「・・・ガロンは世界の維持に、あきらめたか・・・。」
エノアの眼は一種の確信を得ていた。部屋に長い沈黙が流れた。
第一章 第三話 「ヴェレクタ〜共意思会談へ」終わり
連続した更新は一旦ストップいたします。
これからはゆっくりと更新していきますので、応援メッセージなど送ると勢いがつきます。よろしくね。