第1話 【石部屋の子供】
魔王に捕らえられた人々の中に、珍しい種族の人間達がいた。生き残ったのは、ただ1人。リドー達に出会い、友人が出来、彼にはすべてが新鮮な日々。ただ、どうしてもコンプレックスだけは解消出来なくて…
第2章スタートです。
あの部屋から見えたのは、小さく切り取られた空だけだった。他に僕の目に入る景色は、いつもと変わらない。冷たい石の壁で四方を囲まれた部屋。
僕は、この石の部屋の中で生まれた。だから、外の世界に何が有るのか、どんな幸せが有るかも…よく分からずに育った。生みの親は…僕を産んで、すぐに角の生えた兵士に連れて行かれたらしい。赤子の僕を、周りの大人達は、自分達の子として僕を育ててくれた。守ってくれた。親達は色々な事を僕に教えてくれた。数学に科学に生物学…皆が、自分達のそれぞれ持っている知識を全て僕に教え込もうとしていたんだ。それも、急ぎ足で。なんで、そんなに色々教えられなきゃいけないんだろう。なんの為に僕は教えられているんだろう。正直、親達を理解できず、全然頭に入らないことなど当たり前だった。その度に怒られ、反発し、親達を嫌った。そして、一人、また一人とその親の数が減っている事に僕は、気付きもしなかったんだ。
「あれ?サンおじさんは、どこに行ったの?」
「…おじさんはね、もう戻ってこないんだよ」
幼い僕には、それがどういう意味なのかまだ理解できずにいた。
「サンおじさんは、もっとコカに教えたい事いっぱい有ったのにな…」
「…いいよ。おじさん怖いもん」
「本当にそう思う?サンおじさんも優しい時有っただろ?」
「…」
僕は言葉に詰まってしまった。
「よく思い出して」
戻ってこなくて良いなんて言わないでと、大人達が泣いた時、なんで泣くのか意味が分からなかったのに、僕の心はナイフで切られたかのように痛くなって苦しくなったんだ。
*****
魔王の支配する世界。地獄絵図の広がった、最も恐ろしく、最も悲しい時代。魔王に捕まりし者達は、毎夜月に向かって祈るのだった。
『いっそのこと死んでしまいたい』
と…。
――<石の部屋>――
サンおじさんがいなくなって、月日はあっという間に流れていった。いつしか私も親達と同じ背格好となったが、私がいったい何歳なのか、誰も分からなかった。もし、親1人がいなくなるのが4回目の満月の夜に1度なら、サンおじさんがいなくなってから、他にいなくなった親達は50人近くになる。サンおじさんがいなくなった時の私の年が5歳ぐらいと仮定すると、今は20歳ぐらいか。あの日から、私は親を嫌う事を止めた。腹は立つし、理解出来ない事だっていっぱいあった。それでも、あの時の親の涙は、二度と見たくなかった。そう決めて、親達が教える事を一つも洩らさないよう頭に叩き込んでいった。
「次は、私が行く番だ…」
親はついに、一人となった。彼は、最後に私達の種族が、外で生活していた頃に使っていた種族文字を教えてくれた。何十年と前の文字だ。
「これで…我々の知っている全ての知識は全部、コカ。君に教えた。よく覚えたね。ありがとう」
そう言って私の頭を優しく撫でた彼が、この世から消えたのは、全て学び終えた2日後の事だった。何十人といたはずの石の部屋は、ただただ冷たく、ただただ広く、ただただ…暗く寂しく…涙が溢れて止まらなかった。
『戻ってこなくていいなんて言わないで』
今更だが、幼い私が言った言葉を、撤回出来るならどんなに良いだろう。戻ってきて。戻ってきて、顔を見せて…。そう嘆く私の脳裏に「自殺」という言葉が浮かんだ。
「みんなの所に行きたい…」
このまま、次に自分が死ぬ日を待ち続けるより、今、ここで自ら…そう何度も考え、何度も思い止まった。
『生きて。私達が確かにここで生きていた事を後世に伝えて。君なら出来る。きっと、もうすぐこんな世界終わるから、私達の分まで生きて』
空耳だったのか、親達がそう言っているような気がして、私はそれから何日かボーと部屋の隅に座り込んでいた。
そして、ある朝。
日差しが、小さな窓から冷たい部屋に注ぎ込んだ。珍しい程に澄んだ太陽の光が、私のくるくると伸びた髪の毛や尖った耳を照らし出す。今まで、こんなに強い太陽の光を感じた事が無い。私は外が騒がしい事に気が付いた。
「?」
少し高い所にある鉄格子の付いた小さな窓の枠に、細い手をフラフラと伸ばし掴んだ。力を出して背伸びすると、やっと外が見えた。そこには、私と同じようにやせこけた人達が、手を上げて泣いて喜んでいる姿が、何十人と見えた。
「自由だぁー!!」
「魔王が死んだー!!」
「バンザーイ!!バンザーイ!!!」
(魔王が死んだ…?手下は?…いない…?)
鉄格子の外には、魔王の手下達の姿が見えない。本当にいないのだろうか。私は、あまりの事にまだ信じられなかった。
(…生き残れた…?…それとも、これは夢?)
思いっきり自分の頬を叩いた。
(生き残れた!!!)
あまりに思いっきり叩いたものだから、頬が痛い。でも…
『きっと、もうすぐこんな世界終わるから』
あの空耳は、親達からの本当の声だったんだ!
「おーい!おーい!」
喜ぶ皆に向かって、私は必死になって小さな窓から大きな声で呼びかけた。が、誰も気付いてくれない。
『私達の分まで生きて』
「おーい!おーい!誰かー!!誰かー!!」
次第に、皆は遠くの方へと歩きだした。
「まっ、待って!!私はまだココです!誰か!!誰か私を出して!!!わっ!!」
私は、誤って窓の鉄格子から手を離してしまい後ろに倒れてしまった。
「なんで…なんで…誰も気付いてくれない…?誰か…誰か助けて…っっっ!!!ココから出して―――!!!」
「そんなに泣かなくても、聞こえてるぞ」
窓とは逆側の鉄格子の部屋の扉が、ギィィと重たい音を立てて開く。背の高いガッシリした体格の今まで見た事のない立派な男性と、その人より少し背の低い黒髪の男性が優しい笑顔で立っていた。これが、私と後の将軍リドー殿と国王陛下エドルフ様との初めての出会いだった。