第4話 【変化と成長】
リドーは光に包まれた中、不思議な夢を見ていた。キラキラと光っている物が、二つ。目の前をキラキラと左右に揺れ、何か…懐かしい気持ちだった。
「……」
「気分はどう?」
大地にマントを敷いて横になっていたので、空高く上った太陽に目をくらませたが、声の主がイサクである事は認識出来た。
「今日は此処に留まるから、ゆっくり体を休ませなさい」
リドーは、自分の腹部を恐る恐る触ってみた。触っても押しても痛みが無い。不思議に思い、顔を触ってもみた。痛みは無いが、在るはずの無い凹凸が、鼻や頬を横切っているのを指先が報せた。
「残念だけど、あばらを治すのに、殆どの力を使ったんだ。顔の傷は、諦めなさい」
「…」
横を見ると、同じように大地に横になり深い眠りについたクロムロフがいた。
「父さんの力…?」
無意識なのか、初めてクロムロフを父と呼んだ。イサクは、何も言わず笑顔で頷いた。父の向こう側では、エドルフとアローが仲良く馬にエサを与えている。あれだけの不仲が嘘のようだ。
「かっこ良かったぞ」
無事だった2人の様子を見ながら、イサクはリドーを褒めた。
「…どこが?…全然ダメだったじゃないか…結局、また二人に助けられた…10年前と変わってない…」
「そんな事無い。お前はよくやった」
悔しそうに言うリドーに対し、尚も褒めたが、イサクの言葉が聞こえているのかどうか…しばらく、リドーは黙っていたが、決意したように起き上がるとイサクの目を真っ直ぐ見て言った。
「……兄さん。俺、強くなりたい!本気で強くなりたい!!」
イサクは、笑顔で頷いてみせた。
翌朝、一行は、クロムロフが目を覚ますと、食事をとり再出発した。エドルフもアローも、おとなしく大人の傍でじっとしていた。それもそのはず。途中立ち寄った国々は、ほとんどが人の姿が無くなった寂しい物で、この時初めてリドーの心を絞めていた恐怖を二人は知ったのだった。が、中には楽しい思い出も出来た。クロムロフの国のように青々とした森に囲まれ、動物達が平和に暮らす国。蔓のように手足が長い人や、しゃべる木にも出会った。どの国も物も出来事もすべて初めての子供達3人を楽しませてくれ、数日後、無事に帰国した。
「リドー!?」
「何が有ったんだ!!?」
帰ると誰もがリドーを見て驚いた。母はショックを受けているようだが、ビュール達3人やパシャは目をキラキラさせている。色白の優しい顔立ちの少年は、健康的に焼け、顔に傷が出来た事で、印象が全く正反対の物になっていた。早速、そのキズをハドルはからかった。
「魔王の手下に斬られるなんて、まだまだだな~」
「ハドルがいけないんだろ。俺に手加減して相手になるから。おかげで、危うく死ぬところだったんだぞ。」
リドーは口をとがらせて、ハドルに抗議した。
「年下相手に、本気で打ち合い出来るわけないだろ~」
「とか言って、本当はリドーがハドルに手加減してるんじゃないか?」
ビュールが、笑顔でハドルをからかいに来た。
「…って事は、ハドルだったら死ぬな」
ボソリとラックが呟いた。
「あはは、じゃぁ、2人とももっと強くならなきゃな!」
ラックの言葉に、ビュールは大笑いして言った。ハドルは、ラックに何か反論したいのだろうか。何も言葉に出来ず、ただ悔しそうにラックを突いている。
「なぁ、ビュール。本当に手加減無しで、鍛えてくれないか?兄さんに頼んだけど、すぐに仕事に呼ばれるから」
「そりゃそうだろ。平和な国だけど、一応、軍を任されているんだから。まぁ、俺で良ければ、相手になってやるが、ホントに手加減しねぇぞ」
「うん!やった!」
リドーは実にうれしそうだ。
「じゃ、俺達が所属している部隊の練習時に来い。その方が、相手も増えて良いだろう」
「分かった!ありがと!!」
「…変わった…」
楽しげにビュールと話すリドーの様子を見ていたラックが、ポツリと呟いた。
「何が?」
ハドルが不思議そうに問う。
「…リドー、楽しそう…言葉も変わった…」
「そういや…『俺』って言ったり、『兄さん』って言ったり…」
言われるまで気付かなかったが、大きな変化だ。
「お前、そんなに明るかったか?」
楽しそうにビュール達と話すリドーを、ペリーナは複雑な気分で見つめていた。
「どうしたの?」
「いえ…別に…」
夫の問いにも答えず、ペリーナは部屋へと入っていってしまった。
それからというもの、リドーはエドルフを城に残して兵の練習場に行くことが多くなった。体中の生傷は、後を絶たなかったが、それでも毎朝友達と遊びに行くように楽しげに出かけていく。今日も、ハドル達が迎えに来た。
「おい、リドー」
「何?」
「お前に変なあだ名が付いているの、知っているか?」
面白そうにハドルが言ってきた。
「俺に?何だって?」
「人妻キラー」
「…」
元々の顔立ちも良く、色濃く逞しくなり、表情もコロコロ変わり、リドーの人気は日に日に上がっていた。顔に出来た傷が、周りの者達には、まるで勇者や英雄のように見えたのだ。
「へぇ~」
「変なのに目付けられんなよ」
ビュールが、一応忠告してみる。
「良いじゃん!今度、何人落ちるか試してみようぜ!」
「あほか!お前は!!」
面白い事大好きなハドルの言葉にすかさずビュールが突っ込む。リドーは大笑いし、ラックも声は出していないが笑っているようだ。
「おぉ、ラックが笑ってるの初めて見た…」
「怖いだろ?」
リドーの驚きの声に、ビュールが入ってくる。
「声無しだもんな…」
「…ほっとけ…」
ハドルの付け足しにラックはいつものように無表情で答えた。リドーの姿は、ビュール達と一緒にいると実に子供らしかった。
「ペリーナ様、お呼びでございますか?」
そんなある日、王妃は、城の一室にある者を呼んだ。
「絵師よ、先日そなたが描いた子供達の肖像画ですけど、すぐに直しなさい」
「え?あれは、私はかなり良く描けたと気に入っているのですが…」
静かな王妃の言葉に、絵師は不思議そうに答えた。
「私の注文を聞いていなかったのですか?リドーの傷は描くなと言っておいたはず。描き直してちょうだい」
「あ、でも、その傷が今のリドー様…」
「気に入らないと言っているのが、分からないのですか?」
ヘラヘラ笑う絵師の言葉を遮って、王妃は怒りの様子を見せた。
「すぐに直しなさい!」
ペリーナは、本気で怒っていた。その証拠に、ペリーナの怒りで部屋に突風が吹き、閉まっていた窓がバタンッと開いたのだ。
「はっ!申し訳ございません!!」
恐ろしくなった絵師は、逃げるように部屋を出て行ったが、風はしばらく室内を走っていた。絵師が廊下を逃げて行く姿を見送り、クロムロフがペリーナの部屋へ入ってきた。
「可哀想に…真っ青になって帰ってしまったよ。怒りで力を暴走させてはいけないよ。」
「…」
ペリーナにも、不思議な力が有り、自由に風を作り出す物だった。ただ、たまに感情が高ぶるとコントロール出来なくなるのが欠点だ。
「そんなに嫌わなくても」
「…」
「キズ一つで、息子を嫌うんですか?」
いつものように優しく静かにクロムロフが尋ねた。
「違います!リドーの事は、本当の自分の子のように愛しています!ただ…」
「…」
長年夫婦をやっていて、妻の本音を知らないはずが無い。静かにペリーナの言葉を待っていると、ペリーナは涙を隠すように夫に背を向けた。
「ただ…怖い…」
「君のお父上のようにはならないよ」
ペリーナの父は、武術の稽古中に出来た斬りキズに細菌が入り、闘病空しく若くして亡くなっていた。
「私を信じなさい。やっと、子供らしくなったリドーの成長を喜びなさい。私達の事を、父、母と呼んでくれるようになったのです」
妻は夫の胸に抱きしめられながら泣いた。
ペリーナは、リドーの前では普通にした。普通に笑い、普通に話していた。つもりだったが、目だけは合わせなくなった。それでも、リドーは母の心の変化に気付かなかった。気付く余裕が無かったのだ。リドーは、元々の日課だった父の朝の散歩も、夜アローと遊ぶ事も当たり前のように変わらず続けていた。ただ少し変わったのは、朝はエドルフとパシャ、夜はエドルフが一緒だった。普段遊べなくなった分を、そこで補うような感じだが、やんちゃで勝気なアローと遊ぶ事は、エドルフの楽しみの一つになっていた。アローの双子の兄パシャは、相変わらずおとなしく花や生き物の面倒を見ている子だったので、好きだがエドルフには退屈な相手だったのだ。夜の武術の指導は、弟子が2人に増え、アローも練習相手が出来たので楽しく稽古に励んだ。
そんな日々が続き、更に7年が経った。リドーは22歳、エドルフは17歳になった。この頃、リドーは、両親の許しを得て、よく国外へ遠出するようになっていた。今、人が居る場所、生き物が居る場所、どこに川が流れ、どこまで緑が続いているか、どこに魔王の手下が多く居るかなど、各所の情報を事細かく記しては、父に報告していた。この間、エドルフはいつも一人で何か考えていることが多くなり、アローとの武術の稽古もしなくなった。誰が話しかけても、上の空だったり、ボ~として食事をテーブルにこぼすほどだった。母が心配し、医師に見せたが特に異常は見られない。リドーになら何か打ち明けるのではと、両親はリドーにエドルフと話すよう城下町の市場に行くよう仕向けたのだが…リドーとエドルフだ。リドーは、今やイサクと変わらない程に身長も伸び、毎日の訓練のおかげでがっしりした体格になっていた。さらに、あの顔の三本の傷だ。目立たないはずが無い。目線が集まるのを嫌がり、エドルフは少し後ろを歩いていた。エドルフは、自分は目立たない存在だと思っているようだが、エドルフの艶々な黒髪は肩まで伸び、それを紐で結んである。体格は、170センチと目立って大きいわけでは無いが、鍛えられた肉体はリドーと同じだ。そんな男2人で歩くと、目立ちたくなくても目立ってしまうのだ。
「お、うまそうですね!」
果物屋の前で、リドーは立ち止った。
「これはこれはリドー様。うまいですよ。今年の商品は上物です!」
満面の笑顔で、コロコロした体格の店の主人が商売を始める。
「それ、去年も言ってませんでした?」
「去年は去年。今年は今年です。」
「適当だなぁ」
あははっと、この頃のリドーは実に社交的になっていた。店の主人と実に楽しげに話す横で、エドルフは無表情で立っていた。
「まぁまぁ、うちの旦那だって嘘をついているわけじゃありませんよ。ほら、ぜひ食べてみてください。」
主人と同じ体格したそっくりな奥さんが、果物を2人に差し出した。
「嘘だったら、お代は払いませんよ。」
「やぁだ!こんな二枚目からお代もらったら、町の女達から恨まれますよ。」
「恨まれたら、俺が守ってあげますよ。」
笑顔でそう答えると「キャー」なんて、おばさんは太った体をあっちへクネクネ、こっちへクネクネと嬉しそうだ。
「リドー様!うちにも寄って!」
「リドー様、おいしい珈琲豆が手に入ったの。飲んでって!」
「リドー様!」
「リドー様!」
リドーは声を掛けてくる女性達に手を振りながら、各店に顔を出す。エドルフは、何を考えているのか、そんな楽しげなリドーの姿をじっと見ていた。
「なぁ、リドー」
「ん?」
夕方。道に自分達の影が長く伸びるのを見ながら、手土産をいっぱい抱えて城へ帰る為歩いていた。途中、会話の無かったエドルフがやっと声を発した。
「今日、なんで市場に誘ったの?」
「なんでって、まぁたまにはどうかな?と。つまらなかったか?」
まさか両親に言われたからとは答えにくい。それだけ言うと、買ってきたクロワッサンを一つエドルフに投げてよこした。エドルフは、黙ってそれを食べる。リドーも同じようにクロワッサンを食べながら、歩いた。
「僕の母さんって、どんな人だった?」
突然、エドルフからそんな問いかけが来る。
「そうだな…」
エドルフを拾った時、近くに倒れていた女性を思い出す。
「…綺麗な人だったと思うけど」
「そぅ…」
「?」
なんともしっくりこない。元気の無い様子のエドルフが心配になってくる。
「誰かに何か言われたか?」
エドルフは、首を横に振った。
「なら、なぜ気にする?」
「…リドーは、自分の母親を覚えてるんだろ?」
「…ん~なんとなくな。5歳とか6歳だったし」
「僕は覚えてない」
エドルフは、【母親の存在】を考えていたのだ。
「赤ん坊だったし、それに母さんがいるじゃないか」
「…」
そんな事言われなくたって分かってはいるのだ。だが、気にしてしまう。
「どうした?」
「なんでもない。もういい。」
それだけ言うと、エドルフはリドーから離れ、さっさと先に帰ってしまった。