第14話 【休息】
「いや…殺されたのさ。獣のようなものにね…しかも…目の前で」
2人は、鍛冶屋の言葉を思い出しながら、川原に座っていた。きっと、先ほどの女の両親は、手下に殺されたのだ。2人とも、特にヴァルは心を痛めている様子で、何も言わなかった。川上の方では、子供達が水遊びをしている。
「魔女は…どれだけの人を苦しませれば、気が済むんだろうね…」
「お前が、そんな顔したって意味ないだろ…」
カーザの言葉は、確かに正しい。正しいのだが、深い悲しみがヴァルの心を掴んで離さなかった。
「大体、なんでこんな事に…」
ヴァルの呟いた言葉に、カーザは、あのコカが書いた本をヴァルに手渡した。
「…親父の本を読んで、分かった事なんだがな。なんで、ワティスがアローレン様を連れ去ったのか。なぜ、そうなったのか…知りたいか?」
ヴァルは黙って頷いた。
「魔王を殺したのが、エドルフ様とリドーのおっさんなのは、知っているだろ。魔王を目の前で殺された魔女は、ただ自分の夫の遺体を抱きしめて泣いていたんだそうだ」
魔女も、魔力が有る事を除けば、ヴァルと同じ一人の人間だったのだ。と、カーザは言った。
「エドルフ様もリドーのおっさんも、同罪として、魔女を殺そうとしたけど、それを止めたのが、アローレン様だ」
ヴァルは、一瞬自分の耳を疑った。
「母上が…?」
「魔女は、アローレン様の父方の伯母だったのさ。アローレン様は、伯母の命だけは助けようと、2人に懇願した。それでも、2人は生かしておく事を許さなかった」
当然だ。多くの人を殺した者を生かしておく程、人は甘くない。
「2人は、短刀を魔女に渡すと、自害するように言って、抵抗するアローレン様をつれて部屋を出た。暫くして、部屋に戻って見ると、部屋にあった遺体は魔王の1体だけ。しかも、その首が切り落とされていたんだ」
「ん…?ちょっと待って…」
ヴァルは、また驚いた顔をしている。それは、子供の頃に聞かされた話と少し違うからだ。
「俺達は、エドルフ様達が魔王の首を切り落として、地獄の時代が終わったと聞かされていたな」
カーザは、ヴァルの疑問に気付いていた。ヴァルは、黙って頷く。
「それも嘘だったんだ。魔女の存在を、幻のような伝説になったのは、それが原因だ」
ヴァルは、納得出来たのか再び黙ってカーザの話を聞いている。
「壁には、血文字で『この恨み、忘れる事なかれ』と書かれていた。そこから、魔女の復讐が始まったのさ」
「じゃぁ、悪いのは父上達なのか?」
ヴァルの心は、晴れるどころでは無く、暗い雲がどんどん厚くなっている気がした。
「いや、魔王は国中の人間を奴隷として連れ去って、意味もなく殺していたわけだし、皆が魔王を恐れ嫌っていた。殺されて当然さ。そうじゃなきゃ、奴隷になっていた親父も死んでいたからな。エドルフ様は、悪を退治しただけだ。魔女の逆恨みさ」
「…」
果たして、そうだ。と言い切れるだろうか。最愛の人を亡くした一人の女の悲しみを、止める事は出来なかったのだろうか…と、ヴァルは考え込んだ。
「俺達は、ただアローレン様を助けに行くんじゃない。この恨みの連鎖を止めにいくんだ。俺は、そうゆう旅だと思っている。これ以上、誰かが苦しまなくて良いようにな」
(連鎖を止める…それは、どうゆう意味なのだろう。魔女を殺せば、連鎖は止まるのか?)
ヴァルは、頭を抱えた。正直、分からないのだ。
「…母上は…生きているって、信じられる?」
唯一、聞けた疑問。
「伯母と姪だ。自分の為に命乞いしてくれた姪を殺したりしないだろう。もっとも、人間としての感情が少しでも残っていてくれたらの希望に過ぎないけどね…」
「セドル!!」
カーザの言葉が、終わる頃、川上の方が騒がしくなった。
「セドルが流された!!」
「誰か!セドルが!!!」
子供達の声で、驚いて2人が川を見ると、男の子が川に流されていく。ヴァルもカーザも慌てて、川に飛び込んだ。男の子が流されていくところだけ、川の流れが早くなっていて、ヴァルが男の子を後ろから抱きかかえるように捕まえると、下流側に先回りしていたカーザが橋の柱に掴まり、ヴァルの腕を引っ張った。男の子を何とか落ち着かせ柱にしがみつかせると、川原に来た村人が投げてくれたロープを腰に巻き、3人で引っ張り上げてもらった。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
大人達が礼を言う中、男の子は、ただただ泣きじゃくっていた。
「男が泣くな!」
こちらも、飛び込んでいたのだろう。あのエリトアが、全身濡れた姿でセドルに怒鳴った。
「こんな小さな子だ。貴女のように強くはない。怖いものは怖いのだから、泣かせてあげれば良い…」
ヴァルは、子供をかばい、エリトアを宥めようとした。
「私達は、元は海賊!海賊の子が、水を怖がるなど恥だ!!!」
なんだろう…エリトアの怒号は、ヴァルの何かを破壊した。
「いい加減にしてくれないかな?」
ヴァルは、明らかに怒っている。
「何!?」
「君の言い方は、いかにもご先祖様を敬っているような感じだけど、僕にはただの八つ当たりにしか聞こえないよ!かっこ悪いから、止めたらどうだ!」
「なっ!!!」
エリトアは、顔を真っ赤にして黙ってしまった。
「ヴァル。言いすぎだ」
正直、ヴァルのこんな感情を表に出した姿は珍しく、カーザは驚いたが、それだけ言うと、男の子を抱え、他の大人達と川原を離れていった。
(…だからって…置いていくこと無いだろう…)
感情を表に出した後、その対処の仕方が分からないヴァルは、気まずいままエリトアと2人だけで、川原に残されてしまった。
「…悪かったよ…怒鳴ったりなんかして…」
「…」
目をなかなか合わせられず、ヴァルは恐る恐るエリトアを見た。
「ご、ごめん!」
見ると、エリトアは泣いていた。
「…」
エリトアは、顔を隠したまま首を横に振る。
「いや…違う…悪いのは、私だ…ごめん…」
両親を失った悲しみを、怒りの矛先をどこに向ければ良いのか、分からなかった。『泣いてはいけない。元は海賊なのだから』必死に、自分に言い聞かせていた言葉だった。
「…私は…強くなんかない…」
小さく呟いた言葉は、抱えた膝へと消えて行く。
「…」
ヴァルは、そのまま暫くエリトアの隣で黙っていた。
「…あんた達は、なんであの変なのに狙われたんだ?」
暫くして、落ち着いたエリトアは膝を抱えたまま、疑問を投げた。
「魔女伝説って、知ってる?」
「あぁ…おとぎ話の?」
エリトアは、地面を歩いていた蟻を指に乗せながら話を聞いている。
「あいつらは、魔女の手下なんだ…」
「え…?おとぎ話だろ?」
エリトアの戸惑った顔に、ヴァルは苦笑する。まるで、過去の自分を見ているような気がした。
「実在する人物だったんだ」
ヴァルの答えに、エリトアは目線を外し、手の上を歩かせていた蟻を地へと戻す。
「それで?なんで、狙われる?」
「…僕の母親が、魔女に連れ去られたんだ」
エリトアは、パッとヴァルの方に顔を向けた。その顔は、驚いている。
「昔の話だから、本当に生きているかどうか怪しいけど、助けたい」
ヴァルの言葉に、エリトアはまた黙ってしまった。当然だ。信じられない話で、もしかしたら、自分は変な奴だと思われたのではないだろうか。そう、ヴァルは少し不安を心に持ったが、表情は変えず、エリトア同様黙っていた。すると、エリトアはスクッと立ちあがった。
「頼みが有るんだけど…」
立ち上がったエリトアの顔は、真剣な顔をしている。
「一緒に連れて行ってくれないかな。旅に」
「へ?」
聞き返したヴァルの顔を、今度は満面の笑顔を見せたエリトアが覗いてきた。
「連れてってくれ」
「駄目だよ。連れてけない」
「なんで?」
期待していない返事に、エリトアは悲しい顔を見せた。ヴァルは、視線を合わせていられず、顔を横に向けた。
「遊びじゃないんだ。現に僕やカーザの傷を見ただろ!連れてけないよ!」
エリトアは、ヴァルの顔側に勢いよく屈みこみ、懇願した。
「遊びだなんて思ってない!どうせ、私はここに居たって意味がないんだ!私に、親の敵を討たせて!!」
「・・・・・・」
ヴァルは、何も言わず、ただ悲しげにエリトアを見つめた。
「…な…なんで、そんな悲しそうな顔するんだよ…」
予想外のヴァルの顔に戸惑う。
「君の口から、仇討なんて聞きたくなかったよ」
それだけ言うと、戸惑うエリトアを残し、ヴァルは宿へと戻っていった。
その夜。ベッドで寝ていたヴァルは、首に違和感を感じた。体が重たく、息が苦しい。うなされる中、何とか目を開けると、ヴァルは驚いて目を見開いた。エリトアが自分の上に馬乗りになり首を絞めているのだ。その力は、とても彼女のものとは思えない。何とか抵抗しようとするが、彼女の足の下に両腕を抑えつけられ、首を絞める手をどかしたくても出来ない。どんどん首を絞められ、意識が朦朧としてきた時。
『覚えておれ…許さぬ…許さぬからな!!!』
昼間、聞いた彼女の声ではない。意識が完全に遠のきそうになった時、フッと力が抜け、パタリと彼女が自分の上に倒れてきた。
「ッ!!!ハァ…ハァ…ハァ…」
目を覚ましたのは、遠く離れたゲイルの母だった。
(何…今の…?・・・随分と現実感が…)
夢から覚めた母は、まじまじと自分の手を見た。
(やだ…まだ、感触が残ってる…何コレ…やだ…私…どうしちゃったのよ・・・)
母は、手の残った感触を消そうと、毛布でずっと手を擦り続けた。
「お邪魔だった?」
ヴァルが息を整えているベッドの脇には、カーザが立っていた。彼の手刀で、エリトアは気を失ったのだ。あれだけ動けなかったのが、不思議なぐらい、今は彼女の体重も軽く感じた。
「何赤くなってんだよ。さっさと動けば?」
「うるさいな…」
こんな時にまで茶化すのはカーザの優しさだろうか。ヴァルは、何とか彼女の下から出ると、イスに腰掛けた。
「今の何だったんだろ…魔女かな?」
「いや。別の何かだ。邪気が違った」
カーザは、ヴァルに一杯の水を渡した。
「そんな事も分かるの?」
「なんとなくだ。とりあえず、邪気は消えた。あの子どうする?」
「このまま寝かしてあげよう…」
ヴァルが、水を飲むと、そのコップをカーザは受け取る。
「言っておくが、俺は添い寝しないぞ」
カーザの部屋には、入れてくれないと言う事だろう。
「分かってるよ。もう、良いから。助けてくれて、ありがとう」
ヴァルは、酷い疲れを感じて、カーザにそっけなくしてしまう。そんなヴァルをカーザは、黙って見つめている。
「…」
「…何?」
「胸デカかった?」
思わず赤面したヴァルを見ると、楽しそうにカーザは笑い、部屋を出て行った。
「アイツ!…人の事からかって…くそぅ…」
赤くなった顔を自分でパシパシ叩くと、ベッドに眠るエリトアに毛布を掛けた。
(…はぁ~・・・ジャスに会いてぇな…)
カーザは、自分の部屋から星を眺めながら、そんな事を思い、そして、久々の平和な環境に苦笑していた。
翌朝、エリトアは見慣れない部屋で寝ている事に気がついた。起き上がり周りを見ると、ヴァルは自分に背を向けて、イスに座ったまま寝ていた。
「おはよ。よく寝れた?」
寝ていると思ったヴァルの背中に、エリトアはビクッとした。
「あの…私…なんで…」
「君が寝ぼけて、この部屋に来たんだよ…まったく、おかげで寝れなかったじゃん」
「ご、ごめんなさい」
ヴァルが振り向くと、ベッドの上にはあの勝気なエリトアではなく、恥ずかしげに顔を赤らめた初めて見る女の子のエリトアが居た。エリトアが俯いていると、ヴァルが、ベッドに倒れこんだ。そして、ちょうどエリトアの膝枕状態になった。コレには、エリトアがドキドキした。
「え…ちょ…」
「このまま。ちょっと寝かせて…」
エリトアに背を向けたまま、安心したようにヴァルの寝息が聞こえ、暖かい優しい空気が部屋いっぱいになっていった。