第13話 【海賊の村】
グリラン国を出て、既に2ヶ月。カーザの髭は、無造作に伸び、ヴァルの頭もドロだらけでぐしゃぐしゃになり、2人ともみすぼらしく、かつての綺麗な顔を思い出せないほど、疲れ果てていた。ヴァルとカーザは、度々、目立たぬよう途中で村に入り、食べ物を買い込むと、また山道を行き、カラスに見付かりそうになると岩穴に隠れ、また出発し、手下と遭遇しては戦い、走り、今度は木の上で寝たり、寝ずに走っては川の水で喉を潤していた。そして、また、違う村に入るという繰り返しで、道を進んでいるのだった。
「くそ…」
予想以上の手下との連戦で、2人とも疲れきっていた。ヴァルは、腹部を切られていたし、カーザは左肩に毒矢が刺さり、毒を抜いたが、左腕はしびれは日に日に酷くなっていた。
「ねぇ…さっきから皆の視線が気になるんだけど…」
薬を買おうと立ち寄った村で、ヴァルの言葉にカーザも黙って頷いた。
「おい、あの2人…」
「なんて、格好だい…」
「酷い臭いだ…」
「目を合わせちゃいけないよ。」
「口もきくなよ…」
「殺人犯め…」
カーザの左耳は、右耳の難聴をカバーするように、良く聞こえるようになっていた。人々の小さな声も簡単に拾う。
(殺人犯?どうゆう事だ?)
村人の言葉に疑問を持ちながら、カーザは長居は無用と考えた。
「さっさと村を出よう」
結局、ろくな買い物も出来なかった。店の者は、何度声を掛けても聞こえないフリをして、何も売ってくれなかったのだ。こんな事は、この村が初めてではなかった。今まで、何度も同じ扱いを受けていたので、その事には大して気にも留めなかった。村を出て、しばらく林の中に隠した馬達の所へ向かって歩いていると、後ろの方に気配を感じる。
「つけられているね」
「あぁ…振り向くなよ」
しばらくそのまま歩いていると、後ろから武装した何処かの国の兵士が、2人を呼び止めた。
「兵隊さんが何の用だ?」
カーザが、ふてぶてしく問う。
「君達に会いたいと王がお待ちだ。縄を掛けないのは、せめてもの礼儀。大人しく付いて来れば手荒い事はせん」
カーザはマントの下で剣に手を乗せたが、ヴァルが制止した。
「ここは、黙ってついていこう」
「言っておくが、少しでもおかしな行動を取れば、その場で殺されると思え」
「こっちのセリフだ」
兵士の言葉に、カーザは言い返した。2人は、散々歩かされて山の上にある小さな教会へと連れて行かれた。兵士達についていくと、教会の広間に案内された。広間は、半地下に作られ、天井が高く、土の湿気でジメジメした空気に包まれている。
「よくもまぁ、堂々と来られたものだな」
古城で待っていたのは、冠を被った若者だった。
「自分達が何をしたのか分かっているのかね」
「俺達に何の用だ?」
「口には気を付けたまえ、カーザ君」
若い王は、ただニヤニヤ笑って、カーザを見下ろしている。カーザがイライラする隣で、ヴァルは不思議と落ち着いて若い王を見つめていた。次第にゾロゾロと兵士が広間に集まり、2人を囲むと全ての扉を閉めた。
「何の疑いが掛けられているのでしょうか」
「殺人容疑だよ。ヴァル王子」
「私の名をご存知なのですか。失礼ながら、どこかでお会いしましたでしょうか」
「いや…会うてはおらん。また、わしの名も知らんで良い」
突然、若者の声はガラガラ声になり、カーザは剣を抜いた。周りにいた兵士達も、刃を2人に向ける。
「どうせ死ぬのだからな!!」
そう言うと、みるみるうちに、王は大きな蛇に姿を変え、兵士は手下の姿に変わり、一瞬にして矢が中心に降り注いだ。2人は転がるようにそれを避けると、応戦体勢に入る。さて、それを外から見ていた者達がいた。子供連れの猟師2人が、唾を飲み込んでいる。
「なんだあれは!?化け物に変わったぞ!」
「我々は、騙されていたのか!王が戻られたと喜んでいたのに!!」
この2人、先程の村の者で、ヴァル達の後を追ってきてたのだ。子供達は、そんな父を追ってきていた。
「お前たち、急ぎ村に戻ってこの事を皆に報せろ。助けを呼ぶんだ!」
「父ちゃん達は、あの人達を助ける!騙されて、罪無き人が目の前で死んだと有っては、悔やみに悔やみきれん!!」
子供達が、走り出そうとした時、背後に手下が1匹来ていた。
「見られちゃ困るなぁ」
ヴァル達が、生き物と戦っていると、外から一発の銃声が聞こえ、それに気付いた数匹が外へ飛び出していった。
「カーザ!」
「くそ!面倒掛けやがって!!」
2人は、焦った。が、なかなか敵の数が減らない。そして、また銃声が何発か聞こえてきた。
「ヴァル!」
壁際に隙間が出来た時、カーザは壁に手を着け馬になると、ヴァルを呼んだ。ヴァルは、勢い良く走り、カーザの馬の背を蹴り飛び、上の窓枠に飛びついた。
「うぁ!!!」
ヴァルの腹部が、悲鳴をあげる。
「急げ!」
カーザは下で応戦しながら、急かした。苦痛に耐え、窓をよじ登り、外を見ると、一人は地上で応戦し、一人は屋根の上にいた。ヴァルが地上の手下達に応戦するなか、地上の猟師は、屋根の猟師を助ける。そして、敵の少なくなった屋根の猟師が、地上の手下を打ち始めると、地上の猟師は、城内の手下を打ち始めた。ところが、手下は一向に減る様子が無く、カーザも、ヴァルも息切れし、屋根にいた猟師はついに、斬られて地上に転がり落ちた。地上の猟師の弾も切れ、短刀で応戦。そして、ついに皆、片膝を着いてしまった。
「どうした?」
「ついに命乞いか?」
手下はイヤらしくほくそ笑んだ。
(くそっ!!このままでは、我らの恥だ!!!)
息も絶々の猟師は、なんとかヴァルだけでも助けようとヴァルの前に出た。
(ダメだ…逃げるんだ…)
目が霞む中、ヴァルが、どんなに猟師を退けようと手を伸ばしても、彼は動こうとしない。
「よ~く見ておくんだな、王子様。お前を助けようとして死ぬヤツを!自分の非力さを呪うが良い!」
手下が、刃を降り下げた瞬間、ヴァルは最後の力を振り絞り猟師に上乗りになった。死を覚悟した。が、倒れたのは手下の方だった。手下の後ろの方から多くの人間達が駆けてくる。みんな、銃に弓、刀を持っている。中には、大砲を押してきた者も居た。彼らは、城内にも向かい、扉をぶつかり開けると、間一髪、気を失っていたカーザを助けた。さすがの手下も、恐れを知らない人間の群には舌を巻き、一目散に逃げ去っていった。
2人が村人達に助けられている頃。
「皆!聞いて!王様は僕らの事を許してくれたよ!誰も罰は受けなくて良いって!それどころか、慰めのお言葉を掛けてくださった。家も与えて下さった!医者の手配もしてくれて、すぐに怪我人を見てくれるって!」
ゲイルは、興奮して仲間達に報告すると、皆も泣いて喜んだ。正直、皆も不安だったのだ。
「それにね、僕らがここに居る間は、僕はこの国の兵士として仕える事になったんだ」
「私もです」
若い男がゲイルに続いて言うと、ゲイルと男はペンダントを仲間達に見せた。
「だから、皆は周りの人達に遠慮しなくても良いんだよ。僕らが働く事で、皆と暮らせるんだ。王様は、すごく優しい人だったよ」
皆が安心した中、母だけは面白くない顔をしていた。まだ、エドルフ王への疑念が消えないのだろう。そして、城内では、エドルフがカーザのペンダントを、強く握っていた。
「カーザ…息子を…頼む…」
エドルフは、ヴァルと一緒にいるのがカーザだと証明され安堵したが、今は、ただ祈るしか出来なかった。
「…陛下。魔女討伐の志願者が続々と増えております」
「ゴツか…分かった…皆に会いに行こう」
書斎に入ってきたゴツの顔は、浮かない顔をしている。
「それと、1つ嫌な報せです。少数ずつですが、国の周り各所に敵の兵が集まり始めています。また、別の魔女の部隊が、こちらの方角に向かって行進していると…住む所を追われたのはゲイル達だけではありません。他にも、多くの他国の者達が、我が国に逃げてきています」
王は、机から窓の外へと視線を移動させた。
「身元が確認出来た者達から保護せよ。城の地下なら、深くて広い。国中の民達の安全も確保するのだ。食料も地下の貯蔵庫へ、移動させておけ」
「しかし、受け入れるにも限界があります…」
確かに、ゴツの言う通りだ。王は、暫く考えた後、ゴツに手紙を渡した。
「…クレ国にも協力を求めよう。助けを求めている者達を助けるのだ」
「はっ!」
ゴツは、急ぎ他の兵に手紙を渡し、クレ国へと走らせた。
(覚悟はしていたが…いろいろと急いだ方が良さそうだな)
エドルフ王は、志願者達と会った後、残っている側近達を集め、戦議を開き、今後の対策を練った。
「逃げ帰るとは何事だ!!!」
魔女の城では、大蛇が大カラスに追い立てられていた。
「止めよ。今は、奴らがどこにいるか分かったのだ。それだけでも収穫だ…だが…次は無いと思え…」
魔女に睨まれ、大蛇はスゴスゴと去っていった。
「グリラン国に兵を出した。ほんの脅し程度のな」
「…脅し…ですか」
「目的は、奴らの食料を燃やし、武器となるものを壊す事。王子達が、国に応援を頼む頃には、今はある食料も底をつくだろう」
「国が王子を見捨てる事になりますな」
「お前は、追いかける2人の目を奪いな。途中で感づかれて戻られてはならん。目を奪うのだ」
「たかが、2人の人間です。それほど…」
「私に逆らうな!!!敵の大将を、侮るな…あやつは、強い。そして、あの学者も侮ってはならんぞ…」
「かしこまりました」
大カラスは、城を出て行った。魔女は、奥の壁に掛けられた鏡を覗き込み、薄気味悪く笑っている。
「さて…この女…そろそろ熟したかの…」
ゲイルの母親は、うなされていた。母は、火事の中、夫・アリムが、必死になってこちらに逃げてくる夢を見ていた。夫の手を引こうと、妻は必死に手を伸ばすのだが、もう一歩の所で夫の手がずり落ちた。驚き、夫の遺体へ走り寄ると、後ろには、血の付いた剣を持ち、口元に薄笑いを浮かべたヴァルが立っているのだった。
「っ!!!」
はっと、目が覚めた母は、息が荒く、汗をびっしょりかき、涙で頬を濡らしていた。
「また…あの夢…」
夢の中のヴァルを思い出しては、安心しきった息子や子供達の笑顔が脳裏に浮かび、母は頭を抱えて泣いた。こんな日々が、連日続いていたのだった。
こちらでも、悪夢にうなされては連日泣きつづけ、目の腫れたキッカが、大木の上階の窓から外を眺めていた。
「コンダの奴…いつになったら戻るのだ…」
「大蛇退治に出かけて、早半年も経つと言うのに…」
皆がそう話す目線の先のキッカは、窓の外に目を奪われていた。遠くの方だったが、フラフラとよろめく人影が、草原で倒れたのが見えた。
「ドッカ!あそこ!あれ!人でしょ!?」
ドッカと呼ばれたあの夜の男と、他の男は、キッカと一緒に、急いでその人影のもとへと向かった。
「コンダじゃないか!?」
「コンダ!しっかりしろ!」
「酷い傷…熱もある!急いで中へ!」
コンダと呼ばれた男は、傷だらけでほとんど意識が無い。
「大丈夫ですよ。あの程度では、死にません」
治療を受けるコンダを心配するキッカに、ドッカは安心させようと優しく微笑んだ。
「…」
カーザは目を覚ますと、見知らぬベッドにいる事に気が付いた。
「気がついたかい?」
カーザは知らない人物に驚き、飛び起きが、頭がグラリとし、バランスを崩した。
「ほらほら、寝てなきゃだめです。左肩はどうです?痛みますかい?」
肩を見ると、丁寧に治療されている。痺れも痛みも無い事に、気が付いた。
「いえ…貴方様はどなたです?」
「この村の村長をしておるワードって言う者。ご安心下さい。今はお休みになられた方が良い」
「…ヴァルは?」
隣のベッドはもぬけの殻だった。抱えられて1階へ行くと、ヴァルが皆と食事をしていた。
「カーザ…」
ヴァルの顔は引きつっている。
「ゆっくり食べなよ…」
元気そうなヴァルの姿に安心したカーザは、ヴァルの隣に座り、ガツガツと食べては飲んでいた。
「何日もろくな飯を食ってなかったんだ!ゴチャゴチャ言うな!ハグッハグッ…グッ!!!」
お皿を持ち上げて食べ、顔が隠れていたので、ヴァルがカーザのお皿を下げると、カーザの顔は食べ物でパンパンに膨らんでいた。そのひどい顔に目の前で食べていた子供達は吹き出してしまった。
「ふはうぇ~あ(きたねぇ~な)!」
「君もね」
カーザが食べ終わると、村人達が紅茶を淹れてくれた。
「我々の無礼をお許し頂きたい…」
「…何か訳有りと御見受け致しますが…」
ヴァルの言葉に村長は恥ずかしそうに苦笑いをしながら、話し始めた。
「我々のこの村は、もともとは海賊をやっていた男達が遠く離れていた妻と子を呼び、作った村なんです」
村は、海に接した岸壁すぐ近くに在った。
「我々は、村を作った時に1人の王を立てて、村の平和を目指しておりました。何せ、男達は皆、元海賊ですから、毎日のように喧嘩が絶えなかったんです。それを収めるための王でした」
ヴァルの隣で、カーザは2杯目の紅茶を飲んでいる。
「王は、皆から信頼されておりましたが、ある日突然、兵士と共に姿を消されました。我々は、王を探しました。でも、見つからず、それでもきっといつか御戻りになられると、信じておりました」
ヴァルは、黙って聞いている。
「1ヶ月前の事です。行方が分からなくなってから、5年の歳月が経っておりましたが、それでも我々は王が戻ったと喜びました」
魔女の手下達が、居なくなった王に化けているとも知らず…
「そして、王と兵士達が口々にこう言うのです。『1人は黒髪、1人は白髪。この2人とは何が何でも、口をきいてはならぬ。その2人は、殺人を犯し逃げていると情報が入った。見つけたら、刺激をせず、我々を呼ぶように』と」
(なるほど。それで、『殺人犯』だったわけだ…)
カーザは、何も気づかぬフリをして、クッキーを食べている。
「我々は、王を本物だと特に確認もせず、信じておりましたので、その言いつけに従いました。後は、お二人の知るところです」
「そうでしたか…」
「どうか、お許し下さい」
村長が2人に頭を下げると、そこに居た他の皆も頭を下げた。
「許すも何も、攻めるつもりなど、もともとありません。むしろ、助けて頂き感謝してます」
ヴァルの言葉に、皆が安心した顔を見せた。
「で…?俺達は、どれぐらい寝ていたんだ?」
やっと、カーザが口を開いた。
「2日です」
「休みすぎたな」
「うん」
カーザとヴァルの言葉に、村長は驚いた。
「まさか!もう出立されるおつもりですか?」
村長の驚きぶりに、今度はヴァルとカーザが驚き、目を見開いている。
「1日ぐらい休んでいってください!安静第一の体ですよ!それに、今、村の娘達が、パンやパイを焼いていますから、出発の時、持っていって下さい!」
「そうですよ!我々は、まだ、十分なお詫びが出来ていません!今日1日ぐらい良いでしょう?乗られていた馬達も、ずいぶん疲れていたようですし!」
他の村人達からも、すごい熱意で引き止められた。2人は、驚きすぎて、暫く何も言えなかったが…
「わ…分かりました」
2人は、村人の熱意に負け、正直、魔女に居場所がバレているのではと不安も有ったが、言葉に甘える事とした。2人は、この機会に鍛冶屋に剣を研ぎなおしてもらい、また、銃を見せてもらった。グリラン国でも、クレ国でも、銃という物を見た事も聞いた事もなかったので、2人は興味津々にじっくり見ていた。
「変なの」
ふいに、後ろから言われ、2人は振り向いた。そこには、同い年ぐらいの色黒く黒髪の背の高い勝気そうな女性が立っていた。
「何が、変なの?」
ヴァルは、この女性に興味を持った。今まで、会った事の無いタイプだ。
「銃を見た事がないなんて、変よ。どんな田舎から来たの?」
「エリトア!失礼だぞ!」
鍛冶屋に怒鳴られても、女は平然として、その場を去って行った。
「すまんな…あの子は、本当は優しい強い子なんだが。両親を最近亡くしていてな、泣きもせんのだ。心が壊れてしまったんだよ」
「ご病気で?」
「いや…殺されたのさ。獣のようなものにね…しかも…目の前で」