第12話 【真実を知ると言う事…】
「ヒック…ヒック…」
悲しみにくれる皆の鳴き声が林の中に静かに消えて行く。亡くなった戦士達を入れた大きな穴に、次々と土が入れられていく。最後、族長の顔に、息子ゲイルがしっかりと土を被せた。
「これから、どうする?」
「…なんとか、皆を守らないと…それが、僕と父さんの約束だから…」
墓石を立てた後、少しの食事を取りながら、ヴァルとゲイルは並んで話していた。
「しかし、ここらは危険だな。また、いつ奴等が現れるか分からんぞ」
カーザの言葉に、皆の顔が、焦りと戸惑いでいっぱいになっている。
「ゲイル王、もし良かったらグリラン国に行ってみたらどうかな?」
「…グリラン国?」
「あぁ、世界が、本当の意味で落ち着くまででも良い。グリラン国に行って、王にココで有った事を全て話せば、置いてくれるよ」
ヴァルは、自信たっぷりに言う。
「おい、そんな事したら…」
「いいんだ」
少し焦ったカーザに対し、ヴァルは実に落ち着いている。
「エドルフ王は、俺以外には優しい」
苦笑気味にゲイルに言う。そして、こう続けた。
「そこで、エドルフ王にこう伝えてほしいんだ。無茶はしない。連絡を待っていてくれ。って」
「…」
ゲイルは黙って考えていた。
「あの、失礼ですが…あなた方は…」
「ヴァル。分け合って、素性は言えませんが、グリラン国に行けば分かりますよ」
老人の問いにそれだけ答えると、ゲイルの答えを待たずに、ヴァルは、馬に乗った。カーザは、呆れ顔でその背を見ている。そして、ゲイルに向き直り、そっとゲイルの手を包みこんだ。
「やれやれ…ゲイル王。これを持って行くと良い」
渡したのは、小さなペンダントだった。
「エドルフ王に、カーザからと伝えてくれ。じゃあな」
2人は、ゲイル達から離れていった。
「あれで、良かったんだよな?」
先の方で待っていたヴァルに、カーザは聞いた。
「あの族長…ライル族の盗賊王アリムだぞ。盗賊一家を国に入れる事になる」
「知っているよ。でも、ゲイルは、違う」
「…なんで、そう言える?」
「目を見れば分かる」
ヴァルは、にっこり笑って見せた。
(…昔の僕に似ている…とは、言えない)
ヴァルは、ゲイル達を残した林の奥を見て、少し苦笑すると、カーザを追いかけ馬を進めて行った。
ゲイルはしばらくの間、カーザに渡されたペンダントを見つめたまま動かなかった。『王』と呼ばれた少年は、自分の決断に自信が持てずにいる。
(信じて良いのだろうか…)
「さて、とりあえず小屋を作ろう。ほら、皆、働くんだ」
ゲイルの様子を無視し、それまで黙っていた一人の女性が立ち上がり、皆に指示を出し始めた。
「ゲイル、早くおし!」
女性の言葉に、ゲイルは心を決めたのかはっきりした声で言った。
「母さん…グリラン国へ行こう」
女性は、ゲイルの母親だった。
「何を寝言言ってんだい!今まで通り、山で暮らすんだよ」
「母さん!」
「お黙り!お前はあの小僧に騙されている!!そんな、安っぽいペンダントもさっさと捨てちまいな!」
母は、何かに怯えるようにゲイルを睨みつけ、ゲイルの手を掴んだが、ゲイルは手の物を放そうとはしなかった。
「僕らの命の恩人だよ!」
「グリラン国になんぞ行けば、私達家族は死ぬかもしれないのだよ!これは、罠なんだ!」
「盗賊なんて、悪い事って分かって、やっていたんだろ!」
「!」
母は、息子の言葉に顔を強張らせ、固まった。
「僕が知らないと思った?もう、辞めようよ。盗賊なんて」
「あの人がやってきた事を侮辱するつもりか!?何様のつもりだ!」
母は、息子に向かい手を高く上げたが、その手は、若者の手に止められた。
「新王にございます」
「!」
若者の言葉に、母は驚いている。周りを見渡すと、皆、同じ考えのようだ。
「最初から僕らを殺すつもりなら、ここで助けたりしないよ」
「…」
母は、下唇を噛み、息子を睨みつけている。
「僕は、父さんと約束したんだ。皆の命を守るって。だから…」
「私は、あの人がやってきた事を続けると約束したんだよ!」
母の怒りは収まらない。
「ヴァルが言ったよね。一時的でも良いからって。今は我慢して…」
「黙れ!捨て子だったお前を!我が子のように育てたアリムを裏切るつもりか!?」
ゲイルは、驚き、戸惑っている。
「そんなつもりは…」
「お前は、王ではない!王にはなれぬ!王は私だ!妻の私が夫の意思を継ぐ!誰か、この謀反者を縛れ!」
母は、悲しみのあまり、どうかなってしまったのかと、ゲイルは悲しみを顔に出した。そして、この命令に、年寄り達が立ちあがった。
「失礼致します」
「何をする!?」
意外にも、取り押さえられたのは母だった。
「先程のヴァルと言う若者。ずっと考え、やっと思い出しました」
老人が、静かに母親に語り始めた。
「あの者は、グリラン国の王子であります。その者が、ゲイル様を王と認め、呼ばれたのです。あの者、自分が死ぬかもしれない状況で、我々を救って下さった。従うべきであります」
「名乗っただけで、信じるのか!?」
母は、目の前にいる老人を睨みつけた。
「いえ。残されたペンダント。それは、グリラン国の兵士が与えられる物にございます。」
ゲイルは、驚き手の中のペンダントを見た。
「昔、一人のグリラン国の兵士を追い剥ぎした時、その者が裸になってもペンダントだけは放そうとしませんでした。その時は、結局殺して奪いましたが、ペンダントの裏に兵士の名前が彫ってあるハズです」
ゲイルが、ペンダントをひっくり返すと、彫りは浅くなっていたが、確かに『カーザ・R・ヘルクレス』と文字が刻まれている。一行は、荷物をまとめてその場を逃げるように動き出した。それを、静かに見ているカラスが一羽。
「この女…使えるな…」
魔女が笑ってみる目線の先には、鏡に映し出されたゲイルや若い男、縄をかけられた母親の姿。
グリラン国から遠く遠く離れた広大な森の中。深く暗い森の中心に、扉の付いたおかしな大木が立っている。扉を開けると、上下に向かう階段があり、そこを歩いて行くと地下へと繋がっている。そこには、大きな暖炉を囲んだ広い部屋があり、5つのテーブルと、25人分の椅子が設置されている。その中の1つの椅子に大柄な男が1人、テーブルに足を乗せてウトウトとしていた。
「いやぁ!!!」
突然、奥の部屋の方から聞こえてきた悲鳴で、男は目が覚めた。男は、パッと立つと、奥の部屋へと向かった。中では、少女が一人震えて泣いていた。
「キッカ様。いかがされましたか?」
男は、優しく声を掛けながら、ベッドに座ると、キッカと言う少女は、男に抱きついた。
「また…あの日を…夢で見たの…あの日…」
少女が見たのは、目の前で自分に牙を向いた大蛇が、自分を守ろうと盾になった男達に噛み付き、男達が死んでいくと言う物だった。
「もう…いや…あんな事…いや…」
「大丈夫。大丈夫ですよ。ココには、あんな大きな蛇入ってきませんから。それに、いつでも我々が居ますから」
「いやなの…皆が…死んでいくのは、もう嫌なの!!!」
少女は、ずっと泣き、男は、ずっと彼女の頭を撫でていた。
(コンダが居る時は、夢など見なかったのに…いつになったら、戻るのだ…)
クレ国では、ラーは公務に追われ、ジャスとコーラルはラーの母と縫い物をしたり本を読んだりお茶したりとのんびりしていた。
「2人とも、エドルフ様から手紙が来たよ」
「…もしかして…」
2人とも、青くなったが、ラーはニコニコ笑っている。
「うん。帰ってこいってさ」
更に、青くなった2人をラーはクスクス笑っている。
「大丈夫だよ。もう既にお見通しで、怒ってないって。むしろ、感謝するとまで書いてあるよ」
「感謝?」
意外な言葉に、ジャスもコーラルも目を合わせ、空耳かと疑っている。
「あぁ。戦になる可能性もあるから、その時は全力で助けてほしいってさ。あ、そうそう。君の鎧、ヴァルの部屋で見つけたって。なんで、君のだって分かったんだろうね?」
空耳では無さそうだ。
「鎧の背の部分に、名前が付いているんです。兵士の物は全て名前が彫られていますから」
「ふ~ん…(そんなことしてあるんだ)…帰るとき、これ、返事の手紙持っていってくれる?こちらも、戦の準備はしておくって書いといたから」
2人は、数人に護衛されクレ国を後にした。
「…いつになったら追いつくんだ…」
山が夕日に染まる中、リドーとコカは、ヴァル達の通ったと思われる道を辿り、焚き火の後を見つけたが、数日前のもののようだった。
「先日の者達も出会ったと言ってましたし、道に間違いは無いでしょうが…今日はここで休みませんか?…疲れました」
2人は、マントをお尻に敷いて、食事を取った。リドーの頭に、ゲイル達の顔が浮かび、その後ろから、自分を睨むゲイルの母が浮かぶ。
「あの女…気になるな」
ボソリと呟いたのを、コカは聞き逃さなかった。
「本当に惚れっぽいですね…」
コカの言葉に、リドーは少し驚いている。
「そうじゃなくて…」
「アローレン様と結婚出来なかったからですか?」
「だから、そうじゃない!惚れたのではなく…」
「あはは、分かりました。そうゆう事にしておきますよ」
コカは、聞く気は無いのかリドーの反応を面白がっただけで、暖かいスープを飲むと今度は少し悲しげな顔をした。
「…リドー殿はもともと女性がお好きですか?」
「…?なんだ、突然」
「貴方様の浮気性が私のせいだったらと思うと…あの時、私が余計な事を言わなければ…」
「なんの事だ?」
コカは、昔を思い出していた。
―――――――――――――――
「結婚だぁ!!?何を気の早い…」
「早くありませんよ。あなた様には、この国の為に継承者を作ってもらわないといけないのです。それに…」
コカは、何か不安そうな顔で言葉を止めた。戸惑うばかりのエドルフ王に、リドーが助け舟を出した。
「出来たばかりの国に嫁いでくれる姫君など、そう簡単に見付かるまい」
「…?アローレン様はダメなのですか?」
「…え?私?」
アローレンとリドーは、気難しそうに目が合ったが、リドーはすぐに反らした。
「私が思いますに、クレィズ4世様はアローレン様をお気に召しているご様子。クレ国では、一夫多妻制ですから側室にご所望されるのも時間の問題かと思われます」
コカの言葉に、エドルフ達は驚いた。
「側室…」
アローレンはショックを隠せないようだ。
「私も、命の恩人であるアローレン様をそのような立場にはしたくはありません」
「それと、僕との結婚とどう関係しているの?」
落ち着いてコカの考えを聞こうとエドルフが尋ねた。
「アローレン様が、新たな国の王妃となれば、あちらも側室に欲しいとは言えないでしょう」
「他の奥さん、例えばリドーの奥さんでは、『弱い』のか?」
コカは、黙って頷いた。
「そうだな。良いのではないか?迷う理由も無いだろう」
リドーの冷たい言葉にアローレンは少しムッとし少し悲しく感じた。
「そうですね。私も側室になりたくはないし…」
「あは、良かった!では皆に知らせてきます!」
アローレンの言葉に、コカは喜び、リドーは表情を変えず、エドルフは複雑な表情をしていた。
その夜。城の屋上にエドルフ達は立っていた。
「良いのか?リドー」
見張りに立っている者から少し離れた所で、エドルフがリドーに尋ねた。
「…ずっと好きだったろ」
「知ってたの?」
リドーは壁にもたれかかって、月を見上げた。
「あいつも良いと言ったんだ」
「それは!」
「もう、止めろ。俺もそれが良いと思うから」
「…」
―――――――――――――――
「十何年も前の話だ。今更気にする事でもない。それに、あの時はそれが一番良かったのだから」
「…でも…」
リドーは、苦笑した。
「お前の悪い癖だな。いつまで引きずるつもりだ?おかげで、俺は亡き妻フォーレに出会い、その後、自由になったんだ」
リドーの言葉に、コカは少し驚いている。
「…?自由?」
「あぁ…ジュリアに会いたいな…カノンに…キャサリン…ジャスミン…どうしているか…」
「ぷっ…まったく…呆れた」
やっと、コカの笑顔が見れて、リドーも笑った。
「私はリドー殿に申し訳ないと思っているのでは有りません。世の女性達に謝りたいのです」
「あっそ、じゃ謝っとけ」
2人とも苦笑しながら、スープを飲む。
「まったく…どれだけ彼女がいるのですか?」
「幸せだぞ~愛されるって…アローレンと結婚なんかしてみろ。あんなヤキモチ焼き、疲れる。こんな楽しみ出来なかった」
「ははっひどい人だ」
2人は夜空を見上げました。
「あの日も、こんな夜だったか」
「誰とのデートです?」
「…違う。お前が、カーザを連れて旅から戻った日だ」
―――――――――――――――
「コカさんの子!?」
帰国し、一番先に驚きの声を出したのは、エドルフだった。
「母親が亡くなってしまって、誰も育てる人がいなかったので、私の子として育てます。名前はカーザです」
コカ達は、詳しい話はしなかった。ただ驚く王夫妻に、そう嬉しそうにコカは赤ん坊を紹介した。
―――――――――――――――
「あの子達は…私の宝です」
コカはそう言うと眠りに入った。
「…良い父親だよ…」
そう言うと、リドーも横になった。
エドルフも夜空を見上げていた。
―――――――――――――――
「今更そんな事言わないでくれ!」
「…信じられない…」
昼間、民の前で、事の一部始終を説明した。皆の反応は、さまざまだった。
「ヴァル様を追いましょう!!」
「隠す為に!コカ様を閉じ込めたと言われるのですか!隠す為に、カーザまで追いやったと言うのですか!?」
驚く者・落胆する者・怒る者…その動揺は、エイツ達兵士達も一緒だった。
「…許せねぇ…」
「ヴァルも…コカも…」
「カーザも…どれだけ辛かったか…」
エイツ達の怒りは、大人に向けられた。
「ひどすぎる!」
「何も知らぬ若造どもが、非難だけは立派にするのか!陛下がどれだけ辛いご決断をされたかも分からぬくせに!!」
大人達は、ヴァルやカーザの事で心を痛める若者達を怒鳴った。
「あぁ!知らねぇよ!てめぇは、ヴァル様の事も、カーザの事も知らないじゃないか!!!」
「なんだと!このガキ!」
エイツ達は、ただただ悔しかった。
「俺達の親友を傷つけたのは、大人じゃねぇか!!」
「止めろ!ロジ!エイツ!テックス!!」
乱闘になりそうになった所を、エイツの兄が止めに入った。
「ゴツ!あんたなら分かるだろ!助けに行こう!」
「魔女を倒そう!!!」
「ヴァル様と一緒に!!」
ゴツも皆と同じ気持ちだ。ゴツだけではない。他の兵士達も悔しく、涙を流している者もいる。
「…」
エドルフは両手を上げ、皆を静めると頭を下げた。
「たったいま、過去の事実を聞かされた皆が納得できずに、怒っているのは、当然の事である。これは、ただの言い訳だが、あの時はその決断しか選択肢が無かったのだ。申し訳ない」
王に頭を下げられ、皆、静まり返った。
「その道を選んだ癖に、今は、息子達に運命を委ねようとしている自分が恥ずかしい。もう、逃げるのも隠れるのもこれまでとしたいのだ!だが、今は時期ではない。戦う準備も出来ていない」
民達は、黙って王の言葉を聞いている。
「また、皆の戸惑いもあろう。納得できずに、許されないかもしれない。私の事は許さなくて良い。ただ!息子だけは、信じてもらえんだろうか!」
王は、声を大きくして民に訴えた。
「あの子は、ただ純粋に母親を探しに行っただけなのだ!時期が来たら、息子達のもとに向かい、我々の苦心の源を退治する事となるだろう。頼む!力を貸してはくれないだろうか!!」
「聞き間違いじゃない…」
「息子…って言った…」
民は、王の言葉に驚いている。
「最後に…我が息子に、良き友人・仲間になってくれた若者達よ…ありがとう…本当にありがとう」
エドルフは、いつの間にか涙を流して礼を言っていた。
「…父さん…本当に有った事、後でもう一回聞かせて。ゆっくり考えたいんだ」
「私も聞きたい…」
若い兵士達は、親に真実を聞きたくなった。親は、黙って頷く。
「母さん…兄貴が死んだ理由って…その時なの?」
遠い記憶を呼び覚まし、民の中には、泣き出す者・何も考えられない者・勇ましく吼える者と騒然としていた。
――――――――――――
「全知全能の神よ…アローレンよ…ヴァルを守ってくれ…」
今のエドルフにはただただ祈る事しか出来なかった。