第10話 【伝説の女】
「…よぉ、元気?」
ラーが分からなかったのも無理もない。火傷の部分は、鉄の仮面で隠され、さらに長い前髪がそれを隠し、真っ黒だった綺麗な髪は、今は真っ白。カーザの苦労はそれだけで十分に分かり、それでも優しく笑うカーザに、2人は思わず抱きついて泣いた。
「連絡が遅くなって悪かったな」
「どこで何が有ったの?」
2人は、カーザにこの3年間の事を聞きたがった。
「それは、僕が後日教えてあげるよ」
「ラーの言う通りだ。今は、あまり時間が無い」
カーザは、そう言うと動物の皮で作られた袋の中から本を取り出した。
「それは?」
ヴァルは、この時初めて見る本に疑問を持った。あの誰も読めない文字の書かれた本だ。
「俺が国を出たあの日。親父の書斎に隠されていた本だ」
「お父さんが書いた…って言ってたわね」
ジャスは、あの日の事を思い出す。
「解読出来たの?」
「あぁ、なんとかね」
ラーも興味が有る顔で、カーザの近くに座る。
「分かった。2人の言う通り、何が有ったかは、今度聞くよ」
ヴァルもカーザの近くに座る。カーザは、木箱の上に腰を掛けると話し始めた。
「今は絶滅した民族の古い文字だ。親父はその一人残った末裔だったんだ」
カーザは、本をパラパラと開いた。
「この本には親父が物心ついた頃からグリラン国が出来るまでの事が書かれている」
カーザは、少し言葉を詰まらせた。
「俺の出生の秘密も書かれてた」
「えっ!」
予想外の言葉に皆驚いた。
「だが、問題はそこじゃない。このページが一番問題だ」
カーザは、開いたページを見せ、文字をなぞりながら読んだ。
「『主の雫は、民の胸より血を流す』」
皆、顔をしかめた。
「?どういう意味?」
ジャスが、皆の気持ちを代弁する。
「『主』は王の事。『雫』は涙。『血』は痛み。とかの意味だ」
「つまり、簡単に訳すと…」
「『王の涙は、民の心を酷く痛めた』」
カーザの答えに、皆、特にヴァルは信じられないという顔をした。
「エドルフ王が泣いたと?」
怖い顔しか印象がない。あの王が、涙を流すとは想像できない。
「そうだ。信じられないだろうがな」
戸惑うヴァルに、カーザは優しく説明を始めた。
「この本には、流行り病で王妃が亡くなったとは書かれていない」
(え…?)
皆が驚いた顔をしているのをカーザは気にせず、話し続けた。
「アル者に、連れ去れた。生きているかもしれない」
まだ、皆黙って聞いている。
「王様は、何度も助ける為に出兵したそうだ。でも、助けに向かわせた兵士は戻らず、それに心を痛めた王は、救出を打ち切った」
ヴァルは、頭をうな垂れた。
「民を守るために、国全体で王妃は死んだと嘘をつき、それを永遠に隠し通せという命令があったと書いてある」
皆、頭を抱えた。当時の王や、皆の気持ちはどんなものだったのか。
「民を守る為…か」
ヴァルは、大きく息を吐きながら頭を掻き毟った。
(考えは理解出来る。でも…家族を捨てた。そんな冷たい考え、どうしたら出来るんだ…)
視線を感じ顔を上げると、カーザが何か意味深な笑みを向けていた。そして、カーザは、ヴァルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「亡くなっていないなら、どれだけ墓を探しても無いわけね」
ジャスが、溜息混じりに納得したようだ。
「それで…何者なんだ?そのアル者って…」
ラーの問いに、カーザは深刻な顔をした。
「魔女伝説のワティスを知っているか?」
この言葉に、ジャスは目を白黒させている。
「え…伝説でしょ?実在するの?」
「我が国では、実在する危険人物となっている」
ラーが口を挟んだ。
「今回の内乱も、力を貸したのは彼女じゃないかって話だ」
ラーは、カーザに目線を移す。
「実在するのは、確かだ。アディールは、力を借りようとしていたがな」
「相手にされなかったのか…」
「あぁ。変わりにアディールの部下の首が帰ってきたよ」
相当手強そうな人物に、カーザもラーも口を閉じた。
(なんで、そんな事知っているんだろう…)
ジャスは、疑問を持ったが、ここでは聞くのを止めた。
「もし、本当に王妃を連れ去ったのが、その女なら、かなり厄介だな」
やっと、ヴァルが声を発した。
「あぁ、で、俺が出来るのはここまでだ。後は、お前次第だ。ヴァル」
「俺次第?」
カーザの言葉に、ヴァルは急に不安な顔を見せた。
「どうする?」
(王妃救出…)
ヴァルは、暫く考え、考えが決まるとスクッと立った。
「行く。王が出来ないなら、俺がやる」
「…」
どうゆう意味で言ったのか…民を守る王が居るなら、自分は自由に動くと言う意味だろうか。それとも、王に出来ない事をして、見返すという意味だろうか。ジャスもラーも、カーザも、その心意は分からなかった。
ガタガタンッ!
その時、外で物音がした。慌てて外へ出ると、一人の人影が腰を抜かした状態で必死に逃げている所だった。ラーは、小屋に有った弓を取り、6本の矢を放つと、その矢は、人影をぐるりと囲んで地に刺さった。影は、へなへなと座り込んだ。ラーとカーザは、急ぎその影の所へ駆け足で向かった。
「…何を聞いた?」
ラーの目は、落ち着いていたが非常に怖いモノを感じた。
「何も見ていません。何も聞いていません。どうか…どうかお許しを…」
男はガタガタ震え、許しを請う。
「君は、グリラン国の兵士だね」
後ろから来たヴァルが、今度は優しく尋ねた。
「すみません。ヴァル様が何処へ行かれたのか気になって…」
「追けてきてたのか」
ラーは、気が付かなかった事を悔しがった。
「…さて…困ったな…」
「一人に知られれば、あっという間に100人に知れるのは時間の問題だぞ。急いだほうが良さそうだ」
「言いません!誰にも!!信じてください!」
まったく信用されていない。このままでは、国に帰っても職を失うかも。と、男は、焦った。
「それは、君次第だな。それに、急がないといけない事に変わりは無い」
ラーは、冷たく男に言うと、カーザと頷きあっている。
「急ぐって、まさか今夜じゃないわよね?」
「あぁ、今夜だ」
「でも、即位式は明日よ」
カーザの冷静な答えに驚き、ジャスは戸惑った。
「明日、ヴァルが居ないのは問題よ」
「そうだね。でも、一刻を争う事態だ」
今度は、ヴァルが冷静に答え、ヴァルはそのまま男を見た。
「君の鎧は、何処にある?」
「はっ、私のは部屋にあります」
「よし、じゃ、今すぐココに持って来い」
まだ、ラーは冷たい目線を男に降り注いでいる。
「言っておくが、少しでも遅れたらその首を跳ねると思え。ココは、我が国クレ国で、死体が1つ増えたって誰も気付かないぞ。この間まで、内乱が有ったんだからな」
男は蒼くなり、飛ぶように居なくなると、すぐに、鎧をもって直ぐに現れた。その鎧はカーザにぴったりだった。
「この姿なら、祖国でもカーザだとは見抜かれまい」
「あぁ」
ヴァルとカーザで急ぎグリラン国に戻り、そのまま行動を開始する事となった。
「それでも、リドーは、見抜くだろうな…」
「なんとかしよう」
ヴァルの不安に、カーザには何か考えが有るようだ。
「明日の式典のアリバイは、どうするの?」
「こちらで、なんとかしよう」
「頼む」
ジャスの疑問に対し、こちらもラーに何か考えが有るようだ。
「腐らない食料だけは、クローゼットの中に一つにまとめてあるからね」
ジャスは、ヴァルにそれだけ伝えると、カーザに駆け寄る。
「エイツ達も来ているのよ。行く前に少しでも会えない?」
「…ごめん…」
ヴァルとカーザは、エイツ達には会わず、最後に男の名前だけ聞いて、そのままクレ城の隠し通路から門の外へ出ていった。男の名は、コーラルと言った。ラーは、ジャスとコーラルを連れ、自室へと入っていった。そして、何やらコソコソと話すと、皆が寝静まった宴会場へと何事も無かったかのように戻って行った。
翌朝、エドルフはヴァルの姿を見ない事に気付いた。ところが、兵士に聞くと見たと言う。それも見たのは数人居て、エイツ達も見たと言った。
「少し様子がおかしかったように思います。お呼びすると、走って逃げられるのです」
「私の時も同じです。朝のご挨拶を申し上げたのですが、お返事頂けませんでした」
「それは、君の声が小さかったのでは?」
「俺達も無視されたよな…」
これを聞いて、ラーはクスクス笑い、ジャスはいつバレるのかとヒヤヒヤしながら、笑顔で朝食を取った。この『逃げるヴァルの姿』は、昨日のあのコーラルが変装して、城内をうろちょろした結果だ。
『式までやるんだ。もし、捕まったらヴァルとのトランプ遊びで負けたバツゲームをさせられていると答えろ。余計な事は一切言うな。言えば、分かっているな』
ラーの言葉が脳裏に浮かび、蒼くなりながらも、式の直前まで、彼は城内を走り回った。。なんとか、時をやり過ごし、庭にいるとジャスがやってきた。
「ありがとう。助かったわ」
別の部屋では…
「大変申し訳ない。せっかくの貴公の即位式なのに参列しないとは…」
参列者の中に、ヴァルの姿を見付けられず、今も姿を出さない息子に怒りを覚えたエドルフは、ラーに謝罪していた。
「え?ヴァルなら、あの中に居るのを見ましたよ」
ラーがキョトンと嘘ついている中、ヴァル達はやっと城についた。
「どうなさいました!?」
門兵から戻ったと聞き、リドーがびっくりして、ヴァルの部屋に駆け足でやってきた。
「実は、忘れ物をしてね…即位式に必要なんだ。僕とラーの約束の物なんだけど…」
ヴァルは、必死に何か探している様子だ。
「物はなんです?早く見つけて、早くお戻りにならねば…」
リドーが手伝おうと屈んだ時、リドーの後頭部に重たい物が落ちてきた。霞んでいく意識の中、リドーは白髪の男が後ろに居た事が分かった。2人は、気を失ったリドーをベッドに運び、ヴァルもカーザも動きやすい服に着替えると、武器とジャスが隠しておいてくれた荷物を持ち、城を飛び出していった。
日が暮れかかったクレ国では、ヴァルの行方がいよいよ話題になっていた。
「国へ帰ると言っていたのですか?」
「ええ、先ほど、何か慌てた様子で、私のところには挨拶に来てくれました」
「大人になったかと思えば!私も急ぎ帰らせて頂きます」
「もう時刻も遅い。明日にされては如何ですか?」
確かに。この時刻にクレ国を出ても、隣国と言っても夜までには国に戻れない。
「グリラン城には、リドー将軍がいらっしゃるわけですし…あぁ、帰るなら一つお願いがあります。ジャスとコーラルを、もうしばらくお貸し頂けませんか?もう少し、いろいろ話したいことがありますので、お返しする時は、我が兵も護衛に付けさせて頂きますから」
エドルフは、ラーの言葉に納得したが、一部引っ掛かった。
「ジャスと…コーラル…?」
「新米兵士です」
一緒に来ていたゴツが、そっと耳打ちした。
「昨日、遊んでいて楽しかったのです。よろしいですか?」
即位したとは言え、まだ少年。騙されているとは考えもせず、エドルフは、頷いた。
「分かりました。では、もう一晩お世話になってから、早朝失礼致します」
「お気を付けて」
翌朝、エドルフは、2人をクレ国に残しグリラン国に戻っていった。
グリラン城を出たヴァルとカーザは、林の中で休んでいた。フドウ村まで、後半日。
「もう、フドウ村に寄らなくても良いんじゃない?」
「いや、フドウ村で休んだ方が良い。馬達は、昨日から走りっぱなしだし、フドウ村が一番城から離れていて、今すぐ捕まる可能性が低い」
二人は、休憩もそこそこにまた走り始めた。たまに、林から抜け、太陽の下に出ると、カラス達が何羽も追いかけ突っついてきた。慌てて次の林に入ると、カラスは去っていく。
「…?…変なカラスだ…まるで、僕らを嫌っているみたいに…」
無事、フドウ村に着いた2人は宿を見つけると、2頭を預けて、自分達も酒場で遅くなった夕食を取り始めた。
「ひぃ~なんだ!ありゃ!」
2人の食事が済んだ頃、酒場に小太りの男が入ってきた。
「どうした、ダンナ」
「カラスさ。外のカラスを見たか?屋根と言う屋根にいっぱい居るぞ」
この店の常連なのだろう。顔見知りのように話す他の客との会話が、店中に聞こえる。
「そんなにかい?」
「俺もさっき見たが、尋常じゃねぇ。悪い事の前触れでなきゃええが」
小太りの男にビールを出しながら、店主は眉をひそめた。
「いやなもんだな。不吉だ。」
「王妃様が『亡くなる』前日にも似たような事が有ったな」
「おい!滅多なこと口にするな!」
「そうだ。魔女が聞いているかもしれないぞ」
耳を疑うような単語に、店中が静まり返った。
「カラスは、魔女の目かもしれん」
再び出た。あの単語。『魔女』。カーザとヴァルは、ただ耳を澄ましている。
「今日は、みんな早くに店閉まいしたみたいだぞ」
確かに。2人が窓から外を見上げると、カラスの群が集まっている。他の店は、閉められ、外に漏れる光は、この店だけとなったようだ。
「既に見付かったかな…」
ヴァルは、表情は変えなかったが、少し不安を覚えていた。
「いずれ、目を付けられるさ…これなら、分かりやすい…覚悟だって早めに出来る…」
カーザは何か考えると、男達が話をしていたカウンターへ行った。
「ビールをくれ」
「あいよ」
店主がビールを出すと、カーザは小さな弓矢を取り出し、店主に差し出した。
「これ、覚えていますか?」
「…あぁ!これは、3年前に…」
店主は、その弓矢を懐かしそうに受け取った。
「そうです。3年前に、私にお守り代わりにくれた弓矢です」
「あの時の!?ダンナ、ずいぶん老けたな」
店主は、カーザの白髪を笑った。カーザも、笑っている。
「でも、このお守りのお陰で、今もこうして酒が飲めています」
「あははっ、そりゃ良かった」
カーザは、ビールをジョッキの半分まで一気に飲むと。
「頼みが有ります。厚手のマントか毛布を2枚貸してください」
「良いですよ」
マスターは、部屋から毛布を2枚持ってきた。カーザは受け取ると、その毛布を広げたと思うと、2枚を丁寧に重ねた。そして、それを入り口のドアにカーテンのようにかけた。
「何が始まるんだ?」
「さぁ…?」
店内の他の客達は、不思議そうに見つめている。
「すみませんが、店の窓の戸板を全て閉めて下さい」
「へい。でもダンナ、何するんで?」
カーザは戸板を閉めながら話し始めた。
「実は、そろそろ宿に戻って寝たいんですけど、ご存知のように、外にはカラスがいるでしょう。居なくなるのを待つつもりだったのですが、一向に居なくならないし。あんなに多くのカラスに見られながら帰るのは、気味が悪い」
うんうん。と、他の客達も頷いている。
「カラスは鳥です。こうやって窓からの光を閉めたら、外は…」
「そうか!鳥目!」
ヴァルは、やっとカーザが何を考えているのか分かり、大きな声を出した。
「暗ければ見えない!」
「そうゆう事」
カーザは、苦笑しながら窓側にいたヴァルに頷いた。
「だけど、いきなりこの明るい店から外に出たら、私達でも目が見えませんし、扉を開けた時の光でカラスに見付かる可能性もあります」
カーザは、入り口の方へと歩いて行った。
「でも、この毛布をこうしておけば、光は漏れないし、私達が外に出る前に、この扉と毛布の間で暗闇に目を慣れさせてから、外に出れば、カラスに気付かれずに帰れるってわけです」
「お、俺試しても良いか?実は、早く帰りたくて仕方ねぇんだ」
一人の客が立ち上がった。試すと、なるほど。上手く行った。皆、これに大変喜んだ。カーザがヴァルを連れ勘定を済ませると、店主は先ほどの弓矢をカーザに渡した。
「まだ、これからも使ってやってくれ。お礼だ」
「良いのですか?」
「3年前より使い込まれている。こいつは、ダンナのもんだ」
店主は、顔いっぱいに歯を見せて笑顔になっている。
「俺も礼をさせてくれ!矢はどうだ?明日、持ってくるぜ」
「わしも!!」
「オレもだ!」
予想していなかった感謝の形に、カーザは苦笑しながら答えた。
「ありがとうございます。でも、私達は先を急いでいますので…」
「そう言うなよ、ダンナ」
「では、皆様のお気持ちありがたく頂きます。ただ、本当に早くに出ますので、店主に預けておいてください。また、来た時に頂きにきますから」
そう言うと、カーザとヴァルは、無事に酒場を出て、宿に着くとさっさと寝てしま眠りについた。そして、暗いうちに起きると、また2頭の馬に乗ってフドウ村を後にした。
同じ頃、大草原の上を大きなカラスが1羽飛んでいた。しばらく飛んでいると、大きな森の上空へと差し掛かり、カラスの進行方向に、鷹が見計らったように5羽飛び出してきた。鷹は警戒の声を上げると、カラスに向かっていく。カラスは構わず、その群れに突っ込み、そのまま通り過ぎ、飛び去っていった。カラスが飛び去った後、森の中には2羽の鷹が落ちていった。その様子を1頭のライオンが見ていた。ライオンは、カラスが見えなくなると、鷹の落ちた場所へ向かい、鷹の姿を確認した。そこには、首の無くなった鷹が2体横たわっていたのだった。カラスは、森を通り過ぎると、更に草原を越え、更に、森を越え、剥げた山の上にある黒く大きな城の中へと窓から飛び込んでいった。城内の床に降り立つと、その大きなカラスの姿は、大柄な男の姿へと変わった。黒い鎧を着て、目はカラスのようにギラギラ光り、黒い大きな羽が背中にたたまれている。
「陛下、グリラン国に関してご報告に参りました」
「…なんだ…」
返事は、暗闇から聞こえてきた。その声は、酷くしわがれている。
「先日、グリラン国から2人の人間が馬にて国外に出ました」
「…ふん。…やっと見切りをつけた民が現れたか…」
「それが…ただの人間ではないように見えます」
カラスの報告に、声の主は耳を澄ましている。
「次の王位継承者ではないかと…」
「継承者?」
「はい」
カラスは、静かに頷いた。
「どうゆう事だ!子供はいないハズだろう!」
「それが、人間達は、その者を敬っている様子で…」
「いつからだ!?なぜ、報告が遅いのだ!!!そういう情報なら、もっと早くに報告すべきであったのではないか!!!?」
声は、ものすごい剣幕で怒鳴ったが、カラスは平然としている。
「それが、王子とは、誰も呼ばないのです」
「2人の名は?」
「カーザとヴァルと言う者です」
声は、冷静を取り戻したのか、城内は静かになっている。
「カーザは…確か…学者の息子…」
声の主は、名前から記憶を探っているようだ。
「…ヴァル…ヴァルは…聞いたことの無い名だ…」
声は、なおも考えているようだ。
(何者だ…なぜ、我の目で見えなかったのだ!)
「いかが致しましょう?」
カラスの声に、声の主は冷静を取り戻す。
「目的は何だ?」
「…方角的に、こちらに向かっているのではないかと…」
「…ほう…」
黒い城の上に、雷雲が立ち込め、雷が光り、声の主を照らし出した。声の主は、痩せこけた釣り目の顔で、それでもどこか気品溢れる女性の姿をしていた。これが、魔女ワティスだ。
「王妃を取り戻しにでもくるつもりか…たった2人で」
ワティスは、薄っすらと口元で笑った。