第9話 【即位式前夜】
翌朝、アディールは兵士を連れ、クレ国に大砲を打ち込み、戦争が火ぶたを切った。
「作戦は、カルーザに任せる」
「分かりました。では、こうしましょう」
カルーザは、作戦を伝えた。まず、大砲を打ち込み、クレ国の兵士達が飛び出してきた所で、騎馬隊が城内に入り、歩兵隊がそれに続く。
「私は、裏の入り口を塞ぎます」
アディールは、この作戦に乗った。なんの疑いも無く。大砲をどんどん打ち込んでいく。しかし、クレ国の兵は、まだ飛び出しては来ない。それどころか、塀の上から、こちらに大砲を打ってきて、騎馬隊や歩兵隊がどんどん減らされていった。
「アディール様!このままでは、全滅してしまいます!」
「耐えろっ!大砲を打ち続けろ!」
アディールは、不安に襲われながらカルーザの言葉を信じていた。
『どんな状況になっても、作戦を変えてはいけません。これしか、絶対に勝つ方法は無いのです。粘ってください。最悪、私が中から門を開けます』
「カルーザを信じろっ!必ず門は開く!」
アディールは、尚も大砲を打ち続けさせた。中には、逃げ出す兵達が出てきた。
「逃げるな!まだ、これからだぞ!」
その時だった。門が開いた。
「開いたっ!っっっ!!!」
開いた門を見て、アディールは絶句した。カルーザが、先頭に立ち、こちらを睨んでたのだ。背後には、クレ国の兵士達が居る。
「ど…どうゆう事だ…」
「アディール様!挟まれました!」
側近の言葉に驚き、周りを見ると、クレ国の兵士達がぐるりと自分達を囲んでいる。裏口から、分からぬようクレ国の兵士達が出てきていたのだ。
「かかれ――――――っ!!!」
カルーザの号令と共に、クレ国の兵士達がドッと押し寄せてきた。
「うらぎりもの――――――!!!」
それが、アディールの最期の言葉になり、アディール軍は1人残らず全滅した。
翌日。カルーザは、城の一室にいた。
「カーザ…久しぶりだね」
ラーは、カーザの手を取った。カーザは、思わず苦笑した。
「どうしたの?」
「いや、久々に本当の名前で呼ばれたから」
ラーもカーザも、そしてスナルも笑ってしまう。
「しかし、驚いたよ。1年間、君が潜入しているとは思わなかった」
「あいつを騙すのには苦労したよ」
ラーは椅子に座ると、カーザにも座るように椅子を勧めた。
「昨日、裏口で君が一人で立っていた時は驚いたな」
スナルも、そう言いながら椅子に座った。
「俺が連れていたのは、たった20人だ」
「それを一人で全員倒したの?すごいね」
裏口から出るよう言われたのは、昨日だった。完全なカーザの作戦勝ちだった。
「しかし、なぜ急に襲ってきたんだ」
「さらし首だ。あれで、国中にアディールが敵だって知らせたって分かったんだ」
「なるほど」
ラーは納得し、運ばれてきた紅茶を飲む。
「それで…母国には?連絡したら、まずいよね」
「あぁ…まだだ」
カーザは、首を横に振った。スナルは、黙って溜息を吐いた。
「しばらく、隠してもらえないかな」
「あぁ、それは構わないけど。スナル、君も黙っててくれるよね」
「王命とあれば」
スナルの言葉に、ラーもカーザもピタッと止まった。
「そっか…」
「王様か…」
2人とも考えていなかったようだ。
「でも、その前に国を建てなおしてからだ」
ラーの言葉を聞き、スナルは黙って頷いた。それから、カーザは、ラーの城の一室に隠され暫く時を過ごす事となる。
カーザが、グリラン国を去って、3年が経った頃。
ヴァルはカーザの言った通り、大人しく過ごした。いや…それ以上とも言うべきかもしれない。カーザが居なくなってからのヴァルは、人が変わったように振舞った。コカの代わりに別の教育者が付き、ヴァルが変な質問をしないように王の側近が部屋で監視していたのだが、ヴァルは、コカの時と違い優秀だった。余計な事を言わず、教えられた事をすぐに覚えていったので、先生は王への報告の度に悔しいと漏らすほど。城から抜け出す事も無くなり、表情も豊かに、物腰柔らかく優しいヴァルは国民の人気を集めた。そんな様子のヴァルに、王は安堵しきっていた。
「よ!名俳優!」
裏庭のベンチに座り空を見上げていると、仕事途中のジャスがからかいに来た。
「勘弁してよ…クタクタなんだから」
ヴァルとジャスはよく庭で話していた。城内では、恋人では?と噂される程、仲良く一緒に居る時間が多くなっていた。もちろん、2人は絶対に違うと否定していた。でも、その仲の良さはエイツ達でも呆れる程で、
「庭でいちゃつくなよ。カーザに言いつけるぞ」
と言われていた。
「君たちがそんな事を言うから、変な噂が立つんだ」
苦笑しながらヴァルは、現れたエイツ達を迎える。
「で?ラーから手紙が来たんだろ?」
集まってきたエイツ達は、ヴァルを囲んだ。
「何だって?何て書いてあった?」
「カーザは現れたかな?」
「クレ国に現れるとは限らないだろ」
「立ち寄るかもしれないよ」
ラーからの手紙が、知りたい事の唯一の情報源だった。あのコカ逮捕事件の日、エイツ達は、カーザが居なくなった後で、ヴァルから全てを聞かされていた。エイツ達は、最初は怒り悔しがったが、「大人しく待て」はヴァルだけでなく自分達に向けられた言葉とも受け取り、待っていた。ジャスも同じだ。待っていれば必ず再び会えると信じ、待っていた。
「うん、書いてあったよ。やっと待ち人が現れたって」
ヴァルは、小声で嬉しそうに答えた。その答えに、皆、安心した表情を見せた。
「良かった…全然連絡無いんだもの。生きていてくれたのね…無事だったのね」
ジャスは、今にも泣きそうな顔で喜んでいる。
「ラーの手紙だと、一瞬、誰だか分からなかったって。イメージが、かなり変わったみたいだよ」
これには、皆が首を傾げた。
「どんな風にだろう…?」
「僕達だって、はたから見れば変わってるんじゃない?」
お前は変わっていない。と相変らず背の低い太っちょのロジは、皆に突っ込まれた。
「ラーも変わったかな?」
あれ以来、会っていないラー。ロジと同じようにコロコロしていたラーを皆、思い出していた。エイツが、ヴァルの顔を見た。
「クレ国の内乱は、治まったんだよな?」
「あぁ。国を建てなおすのに半年かかったらしい」
「そんなにっ!?」
ヴァルの答えに、ロジは驚く。
「うん。だから、この半年、グリラン国も色々、クレ国に物資を送ったり、協力出来る事をしてたよ」
「知らなかったのか?」
キョトンとするエイツとロジに、テックスは驚いている。
「自国の事ぐらい耳に入れとけよ」
テックスの言葉に、ジャスはクスクス笑っている。
「ラーは来月、即位式をするってさ。皆でお祝いに行けるように王様に話してみるよ。うまく行けば、カーザに会えるかもしれない」
「…王様とはうまくいっているの?」
ジャスは心配そうに聞いたが、ヴァルは、それに苦笑いしているだけだった。
数日後の昼。中庭では、木が打たれる音が響いている。
「クッ!!」
リドーが睨みを利かせる中、ヴァル達は武術の稽古を60人の兵士達と一緒にやっていた。しかし、最後まで残ったのは、いつもヴァル・エイツ・ロジ・テックスだ。カーザがいなくなってから、4人は兵士以上に稽古に汗を流し、力をより強くしていた。太っているロジですら、強くなっていた。その結果、エイツは自分の隊を持つまで認められた。兵士達は、この4人に負けるのが悔しく、また、リドーの稽古が更に激しくなるのを嫌がっていた。それでも稽古に混ぜるのは、何か得られるのではと期待してもいた。兵士達の眼差しの中、激しく打ち合ったところでエイツが倒れた。前には、ヴァルが木の棒を構えて立っていた。続いて、テックスとロジが、不意打ちを狙ってヴァルに打ち掛かったが、ヴァルの動きはすばやく、前に現れたテックスの頭を、後ろにいたロジの脇腹を、続けざまに棒で叩いた。
「いってぇ~!!!」
「ゲホッゲホッ」
その様子を、見ていた他の兵士達は唖然としている。
「20人は、1人で倒したぞ…」
「エイツなんて、5番隊の隊長だぞ!」
「テックスもロジも、相当強いはずなのに…」
どよめく中、一人だけジッとヴァルを見ている兵士がいた。男の名はゴツと言い、エイツの兄だ。ゴツは、体格がよく武術も長けている。そして、情に厚く根気が有り、他の兵士達から頼りにされていた。彼は、稽古には混ざっていなかった。リドーの右腕として、稽古の指導者として立っていたのだ。
「ハァ…ハァ…ッ、ハァ…」
さすがのヴァルも息が上がっていた。
「お強くなられましたな」
リドーは、タオルを差出しながらヴァルに歩み寄った。
「エイツ達には手古摺ったけどね。手加減した?」
息を上げながら、ヴァルはエイツ達に笑顔を向けた。
「まさか…ハァ…全力ですよ…」
「癖も知っているはずなのにな…」
「完敗…ハァ…きちぃ~」
リドーもゴツも、4人の様子に笑みを浮かべている。が、直ぐにリドーは、ヴァルに向き直った。
「しかし、まだ、ゴツが残っていますぞ」
「分かってるよ…来い」
ヴァルは、足元がフラフラなのにも関わらず、木刀を構えた。ゴツは、敬意を表するように棒を握った拳を胸に当てると、一礼し構えた。
「ヴァル様。陛下がお呼びでございます」
「え?…あ、そう」
王の側近が現れ、後ろから声を掛けられた。ヴァルが、ゴツを見ると、ゴツは構えをやめ、笑顔を向けている。
「…今、行くよ」
ヴァルは、そう答えると自分の腰に手を回した。ベルトのようなバックルを外し、地面にそれを落とした。ドスッと重たい音がした。
(なんだアレは?)
ゴツは、それに目を向けたがヴァルはそれを持ち上げ、エイツに渡した。
「悪いけど…」
「あぁ、後で部屋に持って行く」
「ありがとう」
ヴァルはまだフラフラとしながら、側近に連れられ、城へ戻って行った。
「……ちょっと強すぎませんか…?」
「お前達がまだまだって事だ。今から、国の境を1周走って来い!」
「げぇ…」
負けた兵士達は、しぶしぶ走り出した。
「エイツ、それは何だ?」
「ん?」
エイツの手に渡った例の物。ゴツは、ジッと覗き込みながら尋ねたが、エイツ達は顔を見合わせただけ。
「何って…コレ?」
「あぁ」
「…直接、本人に聞けば?」
エイツ達は、疲れのせいか兄に冷たく接した。
「知らないのか。お前達も」
気にもせず訊ねたが、弟達は何も答えてくれない。
「ちょっと、貸してくれないか?」
「ダメだよ」
「見るだけだから」
「だから、本人に直接言えって」
エイツ達は、逃げるように城へと向かって行った。
「ゴツ、お前も走ってこい」
「はッ!」
リドーは、ゴツを見送ると、城の窓から少し見えたヴァルを心配気に見つめていた。
「失礼いたします」
父は相変わらず、息子の顔は見なかった。机に向かったまま、父は話す。
「祝いの件だが、あちらからもご希望だ。お前から、皆に話してやりなさい」
「ありがとうございます」
「それだけだ。退がれ」
黙ってヴァルは一礼して部屋を出ていった。冷たい空気だけが残り、エドルフは息子の出ていった扉を見つめていた。
その日の夜、ヴァルの部屋では。
「え?重たいベルト?」
「はい。今日、着けられていた物です」
ゴツは、エイツ達に言われたように直接、ヴァルに聞きに来ていた。
「嬉しいな。あれは、手作りなんだよ」
ヴァルは、少し照れ臭そうに答えた。
「手…手作り!?」
「そうだよ。ちょっと待ってて…」
ヴァルは、机の中をゴゾゴゾすると、数枚の紙を広げた。
「っ!…コレは!?」
「僕が、考えた武器だよ。面白いだろ?」
ゴツが息を飲んで見つめている紙には、槍や剣、投石器など色々な武器の設計図が描かれていた。
「コレだよ。重石の着いたベルトの作り方。ここに布で袋を作って、砂を入れるんだ」
ヴァルは、一枚の紙を引っ張り出すと、ゴツに渡した。
「あ…あの…お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なに?」
ゴツが神妙な面持ちで訊いてくるので、ヴァルは不思議そうだ。
「何の為に、このような…」
ゴツの問いに、ヴァルはまた苦笑して見せた。
「強くなりたくて。体力を作るために何をしたら良いか考えたら、こんな物しか浮かばなかったんだけどね」
ゴツは、素直にすごいと思った。ただ走ったりするだけの体力作りでは無い。
(これが本当の『努力』と言う物だろうか…)
ゴツは、まじまじと設計図の何枚かに目を通して行った。
「あとは、只の趣味…かな。考えていると無心になれるから…ごめん。変な趣味で…」
「い、いえ!すごい!と思いまして…」
ちょっと気まずそうにしたヴァルに対し、ゴツは慌ててフォローを入れた。それを聞くと、ヴァルは嬉しそうな笑顔を見せた。
「良かった。重石の紙はあげるよ」
「よ、よろしいのですか?」
ヴァルは、嬉しそうに笑顔を向けた。
「有り難く頂戴いたします」
ゴツは、まだ何が訊きたそうだったが、なぜか聞いてはいけない気がした。そのまま、大人しくヴァルの部屋から出た。
「すみません。将軍…強さを求められる理由…聞き出せませんでした…」
ゴツが、外に出るとリドーが立っていた。
「そっか。気にするな。変な事頼んですまなかったな」
リドーは、ゴツの肩を叩き二人並んで帰宅していった。
また、数日が過ぎ、ラー即位式の前日が来た。グリラン国にはリドーを残し、エドルフ・ヴァル・ジャス・エイツ・ロジ・テックスと他の兵も連れてクレ国へ入った。クレ国は、周りを砂漠で囲まれているにも関わらず豊かで非常に大きな国だった。とりわけエイツ達の目を奪ったのは、クレ城の大きさで、つい先日まで内乱があった国とは思えないほど立派な物だった。グリラン国から、初めてクレ国に来た者は誰でもはしゃぎ回った。エイツ達もその例に倣いはしゃいでいると、ラーが城の外まで出迎えに出てきた。
「ようこそ。我が国、クレ国へ」
皆、ラーの姿に驚き、言葉を失った。カーザは、遠くからでも時々見ていたから気が付かなかったのか。覚えている姿とまったく違うのだ。コロコロとしていたはずの体格が、筋肉質のしっかりした骨格になり、顔は、凛々しく美男子になり、更に一国の王としての気品をまとっている。久々に会った者は、同一人物とは認識出来なかった。
「…あの方は?」
面影はあるものの、思わずヴァルは近くにいたクレ国の兵に訪ねてしまった。
「僕だよ。ラーだよ。ようこそ、我が友!」
声高らかに、ラーが答えた。
「…嘘だろう」
エイツが、疑いの眼差しを向けている。
「え…なんで?」
旧友から疑った目で見られ、ラーは逆に戸惑ってしまう。
「だって…ラーは、もっと…こうコロコロとしていて可愛い顔をしていて…」
続けて、ジャスが疑いの言葉を並べた。ラーは、困ったように苦笑いをしている。
「ほらね、皆もびっくりしているじゃない?でも、これがラーなのよ。声も性格も昔と変わらないわ」
驚く皆の会話に、ラーの母・メオラが混ざってきた。メオラは、椅子に滑車を付け、車椅子にして出迎えてくれた。車椅子を押しているのは、キーナ姫だ。
「いけないわ…お母様も騙されているわ!」
と、ジャス。
「きっと、本物のラーは今頃どこかに閉じ込められているんだ!!」
「ひどい!何者だ!?」
悪のりヴァルとエイツ。テックスとロジ、キーナは、クスクス笑っている。
「まぁ、私は騙されていても良いわよ」
母は、けろりと言った。
「なぜです!?」
「だって…良い男になってるでしょ?」
「そうゆう問題!?」
メオラとヴァルが、お馬鹿な掛け合いをする中、エドルフがヴァルの頭を殴った。
「やめないか…恥ずかしい」
エドルフは、本当に恥ずかしいのだろう。顔を赤くしている。
「…やっぱバカだ…」
兵士達が呆れ顔で苦笑している。しかし、そんな事は気にもせず、ヴァルやラー、メオラ、エイツ達は、大笑いした。
「さぁさぁ、どうぞ中へお入りください」
ラー達は、エドルフ達を中へと案内していった。
「さぁさぁ、良くいらっしゃいました!今宵は、皆さん羽目を外して、お楽しみ下さい!」
その夜は、豪華な食事が振る舞われた。歌って踊り、時間が経つうちにエイツ達も兵士達も酔いつぶれてしまった。酔ったエドルフがメオラと何か楽しげに話している間に、ラーはヴァルとジャスをこっそり連れ出した。少し離れた馬小屋へと案内する。その馬達の部屋から更に奥の物陰となった暗い所に、隠れるように男が座っていた。
「…よぉ、元気?」
ヴァルとジャスは、一瞬、息が止まった。