第6話 【コカの決心】
ヴァルとラーが泣き疲れて眠ってしまうと、カーザは2人を抱え上げベッドに寝かせた。
「ありがとう」
聞こえた声に振り向くと、入り口にスナルが居た。
「ラー様の様子を見に来たんだが」
「泣き疲れて、寝ちゃったよ」
「寝れただけ良かった」
スナルは、少し安心した笑顔を見せた。スナルは、そのままソファへと座る。カーザも隣に腰を下ろした。
「なぁ…聞いても良いか?」
カーザは、少し言葉を詰まらせながら聞いた。
「なんだ?」
スナルは、優しい笑顔を隣で見せる。
「…犯人は、分かってるの?」
スナルの顔から笑顔は消え、大きく息を吐いた。
「あぁ…まだ憶測の範囲だが…」
「誰?」
スナルは、下唇を噛んで何か考えると、静かに扉から外に出るようにカーザに合図する。
(中では話せないか…)
カーザは黙って、その指示に従い、部屋から廊下へと出た。
「これは、本当に憶測だ。証拠を掴むまでは、軽はずみに大勢に知られるわけには…」
「分かってる。口はカタいんだ。岩のようにね」
「岩?」
「あぁ、岩だ」
2人の顔から、笑みがこぼれる。スナルは、カーザに話す気になってくれたようだ。小さな声でカーザの耳に伝えた。
「犯人だと睨んでいるのは…キーナ姫だ」
「キーナ姫?ラーの3つ上の?」
カーザも小さな声で確認する。スナルは、黙って頷く。
「なんで…?あんなに仲良しだっただろ?」
「あぁ…」
2人は、キーナ姫を思い出していた。大人しく可憐なイメージで、そして賢い。7人の男兄弟の中で唯一の一人の姫で、それはそれは大事に育てられ、どの兄弟とも仲良く暮らしていた。
(どうゆう事だ………っ!)
カーザは、考えていた頭を突然上げ、スナルを見た。スナルは、もう少し前からカーザを見ていたようだ。目が合い、スナルは小さく首を縦に振った。
「男?」
「それしか考えられない」
大事に育てられ、良い人間としか接してこなかった。少しでも悪い心を持った人を知らずに育った。
「相手は?いつ会ったんだ?」
「王様が亡くなってから、城に来た商人だ。たぶんね。警備は、完璧だった。あいつの顔の皮は…分厚すぎた」
スナル一人の責任ではない。なのに、スナルは自分を責めている。
「どんな男?」
「名前は、アディール。頭も顔も良い。悔しいほどにね」
スナルは、苦笑しながら話し続けた。
「奴は、姫に言い寄って、国を乗っ取ろうとしているんだ」
「商人って言ったよね。って事は、毒を手に入れたのもソイツか」
「たぶんね」
スナルは、頷いた。
「他にそれを知っている人は?」
「…極わずかだが、メーラ様とその近辺の人間には、忠告しておいた。あと、私が信用できる部下数人だ。今は何もせず、ただ様子を見させている」
スナルの言葉に、カーザは納得したようだ。
「そう…俺に出来る事は?」
「ラー様の支えになってくれ」
スナルはそう言うと、カーザの肩を叩き、再び部屋へと戻って行った。
(ラーを守る…か…)
部屋に戻ると、スナルはソファで寝ていた。ベッドには、ぐっすり眠るヴァルとラーがいる。
(とりあえず…探すか…)
カーザは、その後地図を広げ、ヴァルの部屋に有った本を開き、アローレンの墓の在り処の手掛かりを探し始めた。ベッドの横の本棚には、カーザがヴァルからこっそり受け取り持って帰っていた3冊の本が入っていた。
(何か見落としているかと思ったけど…)
やはり、何も無かった。何十回と繰り返し見たのだ。見落とすはずが無い。ただ、カーザには気になる事が一つ。
(あの文字の本…どこに消えたんだ…?)
カーザが見つけて隠し持っていた読めない文字の本。気が付いた時には、本の在り処が分からなくなっていた。
(解読してみたかったな…)
カーザは、眠気に襲われヴァル達の寝るベッドに倒れ込み、深い夢の中へと沈んでいった。
「エイツ?寝たのか?」
エイツの家では、兄のゴツがエイツの部屋の扉を開ける。ベッドで熟睡しているエイツの体は、痣だらけ。疲れてそのまま倒れ込んだのだろう。兄は、弟の靴を脱がせると、蹴飛ばされた布団を掛け直し部屋を出て行った。
「テックス!そんな所で寝ないで」
メテの家では、母が階段で寝ている息子を揺り動かしている。
「あぁ~あ、酷い傷ね。自主訓練は良いけど…怪我には気をつけてもらいたいわ」
ロジも、ソファで眠っていた。母が毛布を掛けてくれる。3人とも同じ夢を見ていた。それぞれの武器を持ち、立ちはだかる男に向き合っている。何度、攻撃を仕掛けてもその男には当たらない。悔しさのあまり、夢の中で叫んでいた。
『カーザ!絶対倒してやる!!』
言われた夢の中のカーザは、少し驚き笑顔を見せた。
『あぁ、待ってるよ』
「話したい事ってのは?」
若者が各々の時間を過ごす中、コカはリドーの家に来ていた。そのコカの顔は、悩み疲れたようにゲッソリしている。
「どうした?昼間の対応で疲れたか?」
「いえ、カーザが居ない時でないと話せない事だったので…」
深夜に物音で起きたジャスは、父の部屋に紅茶を持って行こうとお湯を沸かしていた。棚から、クッキーを取りお皿に並べる。
「なんだ?」
リドーは、コカに顔を近づけ小声で尋ねた。
「これ以上、秘密を守れる自信が無くなってきました」
「…秘密って」
「我々が隠したあの秘密です」
深刻な告白にリドーは溜息をついて、椅子に深く座り直した。
「どうゆう事だ」
コカは、肩を落としながら大きく息を吐き、言葉を続けた。
「ヴァル様が色々調べているのはご存知ですか?」
「ヴァル様が?何を?」
「アローレン様の墓です」
リドーは、黙って聞いている。
「今思えば3年前ぐらい前から。それに…最近は息子も一緒に探しているようです」
「そうか…」
「いい加減、いろいろな疑問を持っている頃でしょう…」
リドーは、あの約束を交わした日の一つの言葉を思い出していた。
『いつか疑問を抱く者が現れるかもしれません』
あの言葉が現実化しそうだと言う事に、リドーは頭を抱えた。
「…バレそうな物は今まで処分したり隠したりしましたが、あの子達を見ていると辛いのです」
「それでも、隠さなければならない」
「自信が無いんです!聞かれたら、全て話してしまいそうで、自分が怖い!」
リドーに対し、コカは泣き出しそうな声で不安を露わにした。つい、声量が大きくなってしまう。リドーは、必死にコカの声の音量を下げるよう促す。
「…弱気になってどうする…今までの皆の苦労が水の泡となるぞ。王が率先して決められた事でもあり、辛いのは皆も同じだ…」
静かに話すリドーに真似て、コカも小さな声で話し始めた。
「だからです。王を、皆を、誰よりも先に裏切る事になりそうで怖いのです。リドー殿、お願いです…私をどこかに閉じこめて下さい…」
コカは、追い詰められていた。
「お願いです。私は、私が怖い…どうか、助けると思って。お願いです」
「そんな事…どうやって…」
そこへコンコンッと扉をノックする音がした。リドーとコカは、慌てて平静を装い返事をすると、ジャスが、紅茶とクッキーを運んできた。
「では、私はこれで。お休みなさい」
「あぁ、気を遣わせて悪かったな。お休み」
「おやすみなさい」
ジャスは、何も気づかぬ様子で2人に笑顔を向けると部屋を出て行った。数秒後、リドーはこっそり扉を開け、周りを見てみた。
(ジャスは、居ないな)
蝋燭の消された廊下は暗く、ジャスの部屋の火も消えていた。リドーは、再び静かに扉を閉めた。
「どうしろと言うのだ?」
リドーは、また小声でコカに尋ねた。
「盗みでも何でも、罪を着せてください」
「無実の罪を着せろと言うのか?」
「私は、普通の人間ではありませんから、誰も気に止めないません。息子も血が繋がっていない事は知っていますし…」
「バカな事を…絶滅した民族の末裔である事に誇りを持て。自分を卑下する事は、許さん」
リドーがどう対処するか考えている時、ジャスは扉に耳をくっつけていた。部屋に戻ったふりをして、廊下の物陰に隠れていたのだ。
「…仕方が無い…では、明日、君を石の館に閉じ込める…」
「はい」
「先ほど、『隠した』と言ったが…何を隠した?」
コカはこれには答えず、俯いていた。
「情報になる物は全て処分する約束だったはずだ」
「お許しを…」
リドーの言葉に、コカはただただ頭を下げるばかりで答えなかった。
「では、君の家を探すが良いな?」
「はい」
ここまで聞くと、ジャスは足音を立てないように自室へと戻った。
翌朝、日が昇り始めた頃、ジャスは朝食を準備しテーブルに並べると、急いで城へ向かった。顔見知りの門兵達に怪しまれないよう、朝食を作ってみたから食べてほしいと、サンドウィッチを渡し、お礼を言われながら城の裏手へと回った。裏口から中へ入ると、スナルが庭で素振りをしているのが見えた。誰にも会わぬよう気を付けながら、ヴァルの部屋に飛び込んだ。
「カーザ!起きて!急いで家に帰って!」
カーザを叩き起こすと、ヴァルとラーも目を覚ました。ジャスが昨夜の事を全て話すと、カーザは、窓から外に飛び降りた。塀の近くにあった木を登り、門兵に気付かれぬよう外へ出ると、急いで家へと向かった。
「ねぇ、どうゆう事なの!?」
ヴァルは、理解出来ず動揺していた。
「…落ち着いて…今は、おとなしく何も知らないフリをした方が良い…」
戸惑うヴァルをラーは落ち着かせている。
「とりあえず、私も一度家に戻るわ。早朝から居ないなんてバレたら意味が無いもの」
ジャスは、先ほどの逆の道順で家に戻って行った。
リドーが起きた頃、ジャスは一度作っておいた朝食をフライパンで温め直していた。リドーは、それが温め直しの行為とは気付かず、泊まっていたコカを起こし、3人で普通の会話をしながら食事を済ませ、そして今、リドーとコカは、王の書斎に来ていた。
「どんな罪を被せよと言うのだ…」
突然の事に、エドルフは苦悩を隠せない。
「なんでも構いません。私を子供達から隔離して頂ければ…」
なんとか、誰にも見つからず家に戻ったカーザは、父の部屋をひっくり返し始めた。タンスや机の引き出しを出し、父が隠した物を探す。が、何も出てこない。リドー達が、捜索しに家に来る前に何としても見つけ出さねば…カーザは、焦る気持ちを抑えようと、手を止めた。
「何を隠したんだ…秘密って何だ?」
父の今までの行動を思い出し、ヒントを得ようとしていた時、引き出しの抜かれた空っぽのタンスでハッとした。
『親父、こんな所にタンス置いたら、床の箱開けられなくなるぞ?』
2年前の記憶だ。父と2人で、タンスを移動させた事が有る。その記憶が、カーザをタンスに近づけた。軽くなったタンスをズラしてみると、タンスの裏には、鍵が引っかかっていた。
『良いんだ。封印するんだよ』
隠し金庫として床に隠されていた箱。他の床板と区別が付きにくく、カーザは爪を立て、床を引っ掻いた。
「有った!ここから…」
爪が引っ掛かった場所。そこが、蓋の位置となり、なぞると四角い蓋が見えた。カーザがそこに短剣を刺し、蓋をこじ開けると、中に鍵付の箱が目に入った。鍵穴には、タンスの裏に付いていた鍵がピタリとハマり、カチャっと小さな開錠音がした。
「これは…」
中には、一枚の紙切れ・幾らかのお金、そして、あの読めない文字の本が一冊入っていた。
「この本が…隠した物なのか?」
カーザは、不思議に思いながら紙切れを開いた。
『カーザ。お前がこれを読む時には、私はこの世にいないのだろう。君には、いろいろ苦労かけてしまった。ダメな父を許してほしい。ジャスとは、幸せな家庭を築いているのだろうか。勝手に許嫁にしたのを、昔、お前は怒ったな。でも、幸せだろ?孫は出来たのかな?私は、その子を抱けたのかな?お前には、母親のいない寂しい思いも苦しい思いもさせてしまった。すまない。こんな父親で。一緒に入っている本の事だが、どこで見つけてきたんだ?読めなかっただろう。処分したと思っていた物が、椅子の上に置いてあったのを見つけた時は驚いたよ。その文字はね、私の民族文字なんだよ。今は誰も読めないだろうな。書いたのは私だよ。秘密を書いた本さ。私がこの世にいないって事は、もう時効だとは思うが、読める人間が現れない事を願うよ。嬉しかった。たとえ、血が繋がっていなくても、君がこの文字を気にしてくれていたなら。私の子供になってくれてありがとう。
本当にありがとう。こんな手紙初めて書いたから、照れ臭いし、下手な文だね…。幸せな家族を作ってくれ。それと、王家を守って国を守ってくれ。お前なら出来るさ。あっちの世界で見守っているからね。
今までありがとう。愛しているよ。
父、コカより』
カーザは、暫くその手紙を見つめていた。
「なんだよコレ…遺書のつもりかよ…」
カーザの左目から、一粒の水滴が紙に落ちた。
「下手くそ…バカ親父…」