第4話 【友として】
火事から3日後。カーザは、メテが病院として使っている平屋に居た。15年前に共同住宅として作られた家だったが、共同の台所・御手洗い・お風呂以外は、全て寝室になっていて、それを利用している。その一室で、カーザは本を読んでいた。
「よ!来たぜ」
カーザが入り口に目をやると、扉にもたれたエイツがニヤニヤ笑いながら立っていた。続いて、テックス・ロジ・ヴァルと顔を出した。ベッドにいるカーザは、火事のせいで短髪になり、左顔だけ出した状態で、右顔と頭をぐるぐると包帯で巻かれた状態だ。
「…ゲェ」
「嫌そうな顔すんな!!!」
カーザの遠慮の無い嫌な表情に、ヴァル以外の3人は間髪突っ込む。
「冗談だよ。有難う」
カーザは、顔半分を隠しながらも明るい笑顔を見せた。
「さっぱりした頭だなぁ」
エイツは、カーザの頭をワシャワシャ触る。
「髪の毛、焦げてたんだよ」
カーザは、包帯がほどけるからと嫌がってエイツの手から頭を逃がした。
「でも、なんか似合うね」
ロジは、ニコニコしてベッドの上に乗る。
「顔が良い奴は、なんでも似合うんだよ。ずるいよな」
テックスは、そう言いながら、カーザを小突いた。
「なんだよ。それ」
カーザは苦笑してしまう。あれ以来、仲が悪かった事が嘘のようだ。
『いつの間にそんなに仲良しになったんだ?』
医者のメテが、驚いてそう言っていた事を思い出す。喧嘩ばかりだった過去の事を真っ先に謝ったのは、エイツだった。
「ホント、ごめん。悪かった」
昨日、ベッドの上で、熱から覚めた気だるさが残った状態で横になっていると、その言葉が降ってきた。斜め上を見上げると、あのエイツが頭を下げている。
「俺も謝るよ。ごめんな」
続いて、その隣にいたテックスも頭を下げてきた。
「…」
何をどう言ったら良いのか分からない。カーザは、黙って不思議そうな顔で2人の事を見ていた。
「喧嘩の事を謝っているんだよ」
いつも、ただ見ていただけのロジが、笑顔を向けてくる。
「…いったい、何が有ったの?」
カーザと同じように理解が出来ていないジャスが、喧嘩の原因を訊く。いや。喧嘩の原因は、カーザは分かっている。父の事を悪く言ったエイツが、許せなかったから…。
「いや、もう良いよ。聞かなくて」
「いや、聞いてほしい」
これ以上聞くのを止めようとしたカーザに、テックスはそう言った。
「エイツが、なんでいつもカーザを怒らせる事を言っていたのか。ちゃんと聞いてほしいんだ」
(父親の悪口を言うのに、どんな理由があるんだ)
言いかけたが、止めた。エイツは、テックスに促され、幼い頃の事を話し出した。
「5年前の事だ。俺は、いつものように家の手伝いをサボって、ウロウロしてたんだ」
この頃、エイツはよく親に『カーザを見習いなさい!』『カーザのように良い子になりなさい!』と怒られていた。
「俺が、良い子?」
カーザは、少し驚いた様子だ。
「あの頃のお前は、家だけじゃなく、他の家の手伝いまでしてただろ」
「…そうだっけ?」
記憶が有る。有るが、とぼけて見せた。あの頃のカーザは、必死だった。家の事、当時7歳だったジャスの面倒、そして、他の家のおつかい等をしていた。理由は一つ。自分が良い子なら、父の事も悪く言われない。そう思っていた。
「それが、どうかしたの?」
言葉を詰まらせているエイツに、ジャスはまた問いかけた。
「…許せなかったんだ。大人達が…」
住宅地をウロウロしている時、ちょうどカーザがおつかいから戻ってきて、他の家の人と別れた所を目撃した。そして、聞いてしまったのだ。大人達の汚い心を。
『ホント、楽だわ。あの子が手伝ってくれて』
『父親は化け物よ。あの子だって、どこの子か分からない』
『およしよ。あんたのとこだって、あの子に手伝わせてるんだろ?』
『構わないわ。使える物は使わないと』
『反抗したら?』
『化け物の子は、やっぱり化け物ね。って事でしょ?』
汚く高らかに笑う大人達の声が、エイツの心を傷つけた。
「…このまま、カーザに良い子をさせたくなかった」
特に交流は無かったが、カーザが、根から優しく人に親切なのは、この頃のエイツも知っていた。だから、余計に許せなかった。
「だから、喧嘩を売ってきてたのか?」
カーザは、納得し、まだ怠い体を起こした。
「え?意味が分からないんだけど」
ジャスは、まだ理解できていない。
「カーザに喧嘩させて、他の家の手伝いを止めさせる。それが、幼いエイツの考えた策だんだ」
テックスが、答えた。
「カーザが、毎日のように喧嘩してれば、大人達に良いように利用されなくなるだろ」
テックスの言葉に、まだジャスは首を傾げている。
「テックスは、なんで?」
「え?」
ジャスの問いに、テックスは一瞬驚き、苦笑してみせた。
「テックスにも他の方法が思い浮かばなかったんだ。僕もだけど」
ロジが、同じように苦笑しながら答えた。これは、子供達3人が考えた行動で、親や兄弟にも話していない事らしい。だから、テックスの父で、コカの親友でもあるメテも知らなかったのだ。
「なぁ、エイツ・テックス・ロジ。頼みが有るんだけど…」
カーザは、3人を近くに呼び、何か話している。
「何?何?僕も混ぜてよ」
仲間外れの気分になり、ヴァルがごねる。暫くして、年上達が笑顔をヴァルに向けた。
「…?」
そんな病室とは別に、コカは、別室でメテに診断内容を聞いていた。メテは、この13年間で、苦労から髪の毛が全て抜けてしまっていた。
「…嘘でしょ…」
コカの震える声に、メテは、ただ黙って首を横に振った。
「…そんな…まだ、子供なのに…」
コカは、真っ青になりガタガタと震えている。
「…カーザは、覚悟していたみたいだよ」
「え?」
メテの言葉に、コカは耳を疑った。メテは、コカと同じように辛そうな顔をしながら、ゆっくり話しだした。
「カーザが、言ったんだ」
メテは、カーザの包帯を交換していた時の事を思い出す。
「包帯を巻く私に、『そんな顔しないで』って、笑って言うんだ。カーザの背後に立っていたのに、気持ちを読み取られてしまったみたいだね…」
カーザは、重度の火傷のせいで右目の視力と右耳の聴力を失った。一時的に、高熱にも魘され命も危なかったのだが、乗り越えた。大人が同じ立場なら、「命が有っただけでも良い」と言われてしまえば、悔しいが黙ってしまうだろう。それが、まだ13の子供だ。本当なら悔しくて堪らないはずなのに。メテは、カーザの屈託の無い笑顔を思い出すと、居た堪れない気持ちになった。
「カーザがね、こう言ったんだよ…」
メテは、包帯を変えていた時のカーザとの会話をコカに話して聞かせた。
「俺、生きてるよ」
「…うん」
カーザの言葉に、メテは包帯を巻きながら複雑な気持ちで頷いた。
「両手両足有る」
「…うん」
カーザが、どんな気持ちで自分にそう言うのか。メテは、考えるだけで辛くて堪らない。
「髪の毛だって有る」
「うん…ん?」
包帯を巻き終えたメテのツルツル頭を見て、カーザは笑った。
「んな顔しないでよ。メテおじさん。テックスに言い付けるぞ」
今度は、意地悪な笑顔をむけたカーザに、メテは笑顔を見せた。
「言ったなぁ~カーザ!」
「痛ぇ!いてぇって!」
メテは、背後からカーザにへッドロックをかける。痛がるカーザに、笑顔を向けながら、(我が子でなくて良かった)と一瞬考えてしまい、メテの心は罪悪感で埋め尽くされた。
(私が落ち込んでいてはダメだ…)
メテの話を聞き、コカは、気をまぎらわそうと城近くの広場へとやって来た。大きくなった木々が立ち並び、憩いの場となっている。
「ん?」
見ると、木の影から何かを見ているリドーがいる。
「何してらっしゃるのです?」
「おぉ、コカ。火傷は大丈夫か?」
背後から声を掛けたが、大して驚きもせずリドーは振り向いた。
「えぇ。私は大した事有りませんでした」
コカは、火事の中、呼吸困難になり倒れていた所をリドーに助けられていた。
「倒れた事で頭が低い位置に有ったので、喉も軽度の火傷で済みました」
「そうか」
「で、何を?」
コカは、再度確認した。
「アレ。見てみろ」
リドーの示す方に目をやると、木々の間から差し込まれた日差しの中、カーザとエイツとロジとテックスが居た。
「あれは?」
「訓練だそうだ」
「え?」
カーザ達は、大きな木の高い所にある枝に紐を結び、その紐の先に落ちていた細い小枝を繋げている。そして、その小枝を振り子のように勢い良く振ると、小枝はピシッと言う音と共にカーザの顔に当たった。
「残った目の視力低下を防止する訓練だそうだ。あの小枝を避ける事が大事なんだが…」
リドーの説明に、コカは首を傾げた。
「わざと、顔にぶつけてませんか?」
そう。カーザは、先ほどから何度も何度も小枝を顔にぶつけている。しかも、右顔を中心的に。
「あぁ。訓練ってのは、表向きだ」
コカは、更に首を傾げる。
「一応、止めたんだがな。カーザは、ヴァル様が、『自分のせいでカーザの右目が見えなくなった』と思ってほしくないらしい」
コカは、黙ったままリドーの話を聞いているが、もう疑問は消えていた。
「治る前に、無茶な事をしたからって理由にしたいんだと」
カーザの顔は、小枝のお陰でみみず腫状態になっている。
「エイツ達は、そんなカーザに協力してるんだ。喧嘩相手が、今じゃ理解有る友人ってわけだ」
「…そう…ですか…」
コカは、カーザの気持ちを理解したが、少し残念な気もした。
(これで…本当に視力が戻る可能性も無くなる…)
落ち込む様子のコカを見て、リドーは肩をポンッと叩くと、笑顔で首を横に振った。
「お前の気持ちも分かる。でも、お前が一番の理解者にならないと。親なんだから」
「えぇ。そうですね」
コカは、辛そうな笑顔を向けるのが精一杯だった。
「で…ヴァル様は?」
子供達の周りには、肝心のヴァルの姿が見えなかった。
「さっきまで一緒にいたんだが、何かを取りに城に戻られた」
「…そう…」
静かに子供達を見守っている大人達の後ろの方に、ヴァルは戻ってきていた。リドーとコカに隠れ、二人の話を聞いてしまったのだ。
「…カーザの馬鹿…」
別の木の影に隠れたヴァルは、カーザの優しさに涙が溢れてきた。手には、城内に飾られていた鎧のフルフェイス型の兜が抱かれていた。ヴァルは、急いで自分の顔と、兜に落ちてしまった涙を拭うと、カーザ達の所へ走った。
「はい。これ!」
ヴァルは、カーザに笑顔でその兜を差し出した。
「ん?誰が、着けるんだよ」
出された兜をカーザは、キョトンと見ている。
「カーザだよ!」
「やだね。そんな重そうな物。お前被っとけ」
そう言うと、カーザはパッと兜を取り上げ、ヴァルに被せた。
「えぇ~!」
思った以上に、頭が重くなり、ヴァルはヨタヨタした。
「あははっ、しっかりしろ」
「転ぶなよ~」
ふざけ会う子供達を見て、リドーはコカに微笑んだ。
「昔と変わらず、優しい子だな。カーザは」
「はい」
「さすが、コカの子だ」
「はい…はい」
リドーの言葉は嬉しい。嬉しいのだが、そう思えば思うほど、コカは悔しくて涙を流した。