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不器用な太陽達  作者: てんみつ(天龍光照)
第3章~魔女の復讐~
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第1話 【国の約束】

時は、はるか昔、魔法使いが支配する国が在った頃にさかのぼる。

自らを魔王と称した魔法使いは、山を怒らせ、木々を殺し、大地を奴隷に掘らせては、その石を砕き、気味の悪い生き物や、武器を作っていた。奴隷となっていた人間達には、満足いくような食事は与えず、働かせられるだけ働かせ、刃向かう者は容赦なく殺した。中には、自殺する者もいたが、その死肉を手下となった気味の悪い生き物達に食べさせ、また違う土地から、人間を捕まえてきては働かせていた。そんな世界が100年以上続き、いつしか人々は何も考えなくなり、生きる喜びも希望も無くした…。




…そんなある夜の事。




森のはずれに3つのマントを羽織った影が現れた。3つの影の正体は、どこからか現れた3人の若者だった。その中の女性が、歌を歌い出すと、その美しく優しい歌声に、見張り番のフクロウや猫・犬、手下達、そして奴隷達も深い眠りへと誘われた。魔王の冷え切った城内にもその歌は聞こえてきた。誰一人、目を開けている事は出来ず、ついに魔王も眠りについた。やがて国中が寝静まると、耳を塞いでいた3人の若者達は城内に入り、魔王の胸を一突きで殺した。隣で寝ていた魔王の妻ワティスは、突然の事に驚き泣き叫んだ。


「あ…あなた…?…あなたっ!あなたっ!!!」


ワティスの泣き叫ぶ声は、城内に響いたが他に起き出す者はいなかった。若者達は、横暴な夫を止めなかった事を罪とし、ワティスに自害を薦めた。


「せめてもの情けです。ご自害ください。」


そう言い短剣を渡し、若者達は部屋から廊下に出た。しばらくして、部屋が静かになったところで、若者達は再び部屋へと入った。が、ワティスの姿は霧のように消えていた。


「しまったっっっ!!!」


残ったのは、壁いっぱいに吹き飛んだ真っ赤な血飛沫ちしぶきと、首の無くなった魔王の遺体だけだった。3人は、城外を探したが、妻ワティスだけでなく、手下達も姿を消していた。


「…逃げたか…」


「明日以降、復讐に来るかもしれない…」


翌朝、日が昇るまで警戒を解かなかったが、恐れている事態にはなりそうにない。3人は人間達を牢から解放し、魔王を倒した事を報せた。悪夢の時代が終わったのだ。この報せは、皆を、各国を、喜びへと導き、やがて、この若者の一人を新たな王とし新たな国の誕生とした。この王の名はエドルフと言い、その妻には歌声の美しいアローレンがなり、もう一人の若者・リドーは将軍として、国の再生に力を尽くす事となった。国の名はグリランと名付けられた。この国の言葉で、『平和』の意味を表した。






そして、5年の月日が経ち、茶色く枯れていた大地が緑色に色を変え、若い木々が青々と色づいた、そんな春の昼下がり。城のある一角の廊下で、王と将軍、それに外交学者のコカが不安な顔をして落ち着き無く歩き回っていた。


「あぁ、アロー様!おめでとうございます!元気な男の子ですよ!王子様ですよ!!」


助産婦の両手には、小さな小さな男の子が乗っていた。


「あぁ…良かった…早く、あの人に見せてあげて…」


まるで自分の子のように喜んだ助産婦は、王妃アローレンの言葉通り、元気な王子を連れて部屋を飛び出した。廊下では、赤子を見て男達が泣いて喜んでいる。それもそのはず。この5年、アローは、3度身籠ったが、2度流産していたのだ。願って願って、やっと生まれた命。3度目にしての初の赤子の誕生は、一際嬉しいものだった。


「お疲れ様でした」


従女のフォーレが、アローの汗と涙を拭きとってくれる。アローは廊下からの嬉しい声に笑みをこぼした。しかし、喜びも束の間だった。男達が嬉し泣きをしていると、突然、部屋からフォーレの悲鳴が聞こえてきた。驚いたエドルフが慌てて部屋に入ると、床にはフォーレが倒れ、その近くには、気絶したアローを片腕に抱えた、あのワティスが立っていた。


「久しぶりだな…エドルフ」


ワティスは、不気味な程冷淡な笑みを浮かべエドルフの目を見つめた。


「この5年間、楽しかったか…?」


なんとも言えぬ不気味さだった。エドルフは剣を抜いた。


「今回も流れただろう…」


ワティスの出現に、リドーは、廊下に居たコカと助産婦に王子を隠すよう手のひらだけで指示をした。


「…どうゆう意味だ…」


エドルフは静かに睨みながら、問う。


「ふふふ…ただ、苦労したから流産したなんて思っているのかい?」


「何っ!?」


「私の呪いに決まっているだろう…バカめ」


ワティスの言葉に、エドルフは愕然とした。何度も何度も、望んだ命。辛い生活の中だから、仕方ないとお互いを励まし、立ち直れた日々。それが…この女の仕業だったとは…。エドルフの手は怒りで、構えた剣をカタカタ鳴らした。


(…そうゆう事だったのか…)


リドーは、エドルフの後ろに立ち、全てを冷静に判断しようと必死だった。


(でも…変だな…今、生まれた王子の事も、ワティスは流れたと思っている…)


ワティスが、嘘を言っているようにも思えなかった。


(それに…)


リドーは、もう一つ不思議に感じていた。それは、隣の部屋で声をひそめているコカと助産婦も同じだった。


(なぜ…声が聞こえないのだ…?)


不思議な事に王子の鳴き声がしない。赤子は大泣きしていたのだが、その泣き声は抱いている助産婦の耳にすら聞こえなかった。


「どっから入ったか知らんが、王妃をお返し願おう…」


リドーは、とりあえず王妃奪還が優先と考えた。


「くくく…私が、返すと思うかね?」


(この女…本当にあの時のワティスなのか!?)


リドーは、ワティスの力が5年前と比べ物にならない程強いものに思えた。外見は、5年で変わるほどの老け方ではない。全体的にやせ細り、老婆と化している。


(若さか…寿命を悪魔に売ったか…)


「アローを放せ!!!!」


魔女の片腕の中で気絶しているのアローを早く取り戻そうと、エドルフは、気が焦った。


「待てっ!エドルフ!!」


リドーの制止を振り切り、魔女に討ってかかった。魔術だろうか。とても女性とは思えない力で跳ね返され、反対側の壁へと打ち付けられた。しかも、ワティスはすがすがしい程の笑顔だ。


「ガハッ!!」


エドルフが魔術で投げられぶつかった壁には、くぼんでヒビが走った。どれだけの魔力を持っているのか…エドルフは、頭を強く打ち、頭から血を流しながら、気を失った。


「…」


リドーは魔女と睨み合っている。正確には、猛獣に睨まれた小動物のように動けなかった。リドー自身、恐怖で押し潰されそうな心境の中、立っているのが精一杯だった。ただ、立っているだけなのに、息が切れ始め、足はガクガクと揺れた。これほど怯えた覚えの無いリドーは、理性を保つのに必死で、汗がとめどなく溢れ出して来た。


「ふっ…苦しむといい…愛する者を失う気持ちを!!…この苦しみを思い知るがいい!」


そう吐き捨てると、魔女とアローは消えた。5年前と同じように、音も無く消えたのだった。


「…どう…なって…る…?」


リドーは、糸の切れたマリオネットのように床に倒れ気絶した。魔女は消え、しばらくすると、城内に王子の泣き声が大きく木霊こだました。駆けつけたメテに治療され気が付いたエドルフは、ただ呆然ぼうぜんとし、王子を抱くと涙が止まらず、震えながら泣き続けた。


「お前は、守る…何が有っても…」


この日、王は息子を『王子』と呼ぶ事を禁じた。






それから、1ヶ月が経った頃、民家に騒々しく駆け込んでいくコカの姿が有った。


バタバタバタバタバタバタバタンッ!!!


「リドー殿!!」


「…コカ…」


リドーの妻・フォーレが死んだ。王妃を守れなかった事で心の病気になってしまった。そして、ある朝、布団の上で冷たくなっているのをリドーに発見された。


「コカ…」


リドーが、これほど生気を失った姿を今まで誰も見た事が無い。生き別れになった母の遺体を見付けた時より、リドーの悲しみは深く闇に包まれていた。リドーは、気が狂ったように泣き続けた。物を投げたり、壁に頭をぶつけたり。その悲しみようと言ったら、なかった。


「リドー殿!おやめください!リドー殿!!」


「うわぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!!」


コカは、リドーが悲しむ間、ずっと傍にいた。そして、リドーが泣き疲れて寝てしまうと、コカは台所に立った。


(何か食べさせないと…子供達にも…)


包丁を持ち、慣れた手付きで野菜を切って行く。


「ねぇ、とうさん」


一緒に連れて歩いているカーザが、話しかけてきた。


「ん?なんだい?」


コカは、なるべくいつもと変わらぬ笑顔を見せようとした。


「おばちゃん、まだ、おねんねしてるの?」


カーザは、あと1ヶ月で3歳になる。リドーが、暴れている音は部屋に入らなくても聞こえているだろうに、それについては何も聞いてこない。リドーの2歳になる娘ジャスと仲良くオママゴトをして、年上らしく平然とした顔をしているのだった。小さな子供に出来るはずのない大人びた心遣いが、コカの胸を縄で強く縛ったように痛ませた。


「そうだよ」


「いつ起きるの?」


「さぁ…」


「…」


子供には見せないようにしていたつもりだが、悲しい顔をしてしまったのか。カーザは恐ろしい物音に耐えているだろうに。そう思うと、急に静かになったカーザに、コカは少し焦った。


「どうしたの?」


「…ん〜とね…あのね…」


心配するコカに対し、カーザはなんだかモジモジしている。


「これね、おばちゃんの絵…」


見せられた紙には、似顔絵らしき物が描かれている。


「…」


本当に何も知らない幼い我が子。仕事が忙しい間は、フォーレが、カーザの子守りをしてくれていた。カーザは、フォーレを本当の母親のように慕っていた。似顔絵を持つコカの手は、小刻みに震える。その手の向こう側では、少しドキドキしているカーザの顔が見えた。


「きっと、喜ぶよ」


「本当!?」


「うん。だから、今は静かにね」


「はぁい」


カーザの前で必死に笑顔を作ったコカは、体を鍋側に向き直した。


「ご飯が出来たから、ジャスを呼んできて」


そう言いながら、コカの頬には涙がボロボロと流れていく。


「はぁい。ジャスーーー!!」


「…静かに…」


コカは涙で声に出来なかった。リドーが立ち直るまで、コカは身の周りの世話をし、悲しみに必死に耐えた。






それから…また2年の月日が経った。


「また新たな犠牲者が出たか…」


王は、悲しい情報に頭を抱えた。


「それでも、まだ志願者は大勢おります」


「皆、悔しいのです。アロー様は民に愛されていましたから、皆が助けたくて次々と志願者がきております」


「次は私が数人連れて行きましょう」


「いえ、私が行きます!!」


魔女討伐・王妃救出に何度も出兵したが、志願してくれた者達は、2度と帰国しなかった。出陣命令を望むリドーや側近らを目の前に、エドルフは、目を瞑って黙って考え込んでいた。


「いや…もう止めよう」


「陛下!!?」


王の言葉に驚き、皆が疑問の声を出す。


「何故です!?」


エドルフは、静かに皆を見ると、ゆっくりと話しだした。


「…我々は何人の若者を失った…この国はまだまだ未完成であるのに…若い力が必要な時であるのに…」


「それでも、我々はアロー様をお助けしたいのです!」


側近の一人の言葉に、皆が頷いたが、王だけは違った。


「その為に、いったい幾つの家庭が泣いているのだ!…もういい…こんな気持ち、私だけで良かったのだ…」


王の悲しそうな顔は、側近たちを黙らせた。


「…民には何と…」


「アローは病死した事にしよう…幼い子供ならまだ記憶も残るまい…国中の皆に嘘を付いて隠してもらうしかあるまい…国を…滅ぼすわけにはいかんのだから…」


王の心を思うと、皆が悲痛な気持ちになる。


「しかし、いつか疑問を抱く者が現れるかもしれません」


側近の一人の言葉に、王は力強い目線を注いだ。


「それでもだ。隠すのだ。息子の存在も、奴に知られてはならない。今後、拾い子で、養子と言うことにするのだ。いいな!!」




王の言葉をリドー達が民に伝えると、国中の者達が泣いて悔やんだ。


「アロー様を…お助けできないないなんて…」


「…息子の死は…無意味ではないか…」


「我々を地獄からお救い下さったのに…我々は何も出来ないのか…」


誰もが後悔と悲痛な面持ちで顔を覆った。


「そう言うな…陛下がご自身に一番辛い決断を下されたのだ…全ては我々の為…」


嘆く民達を、側近達は優しく言って聞かせた。


「そうだ、無意味では無い。もしこのまま、同じ事を繰り返していれば…我々は自衛の術を無くし、魔女の配下になっていただろう…それだけは、避けねばならん。7年前に戻るわけにはいかないのだ!」


このリドーの言葉に、民達は、悪夢の日々を思い出し青くなった。


「皆、耐えてくれ。この国を守る為に。残った皆を守る為に。耐えてくれ!」


「分かりました…陛下の為に…」


「隠しましょう…王家を守る為に…」


「陛下万歳!!」


「グリラン国万歳!!」


「エドルフ王万歳!!!」






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