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不器用な太陽達  作者: てんみつ(天龍光照)
第2章~囚われの学者~
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第10話 【幸せと不安】


救出されたコカは3日間、目を覚まさなかった。病室として宛がわれた一室で、リドーは静かに読書をしながら、コカが目を覚ますのを待っていた。


「ねぇ、おじさん」


コカの様子を見に来ていた村の子供に、リドーは話し掛けられた。


「おじさんじゃない。お兄さん」


少しムッとしながら言う。


「コカさんは、いつ起きるの?」


リドーお兄さんの言葉など気にも掛けていない子供達は、心配そうにコカを覗き込んでいる。


「…さぁな」


リドーは、ため息混じりに答えた。早く起きて、優しい笑顔を見たいと皆が待っているのだ。村の子供達が、じぃぃぃとコカのベッドを囲んでいる。


「…」


リドーは、子供達があまりに静かにコカを見つめ続けているので不思議に思った。


「どうした?」


「う~ん」


子供達は、答えて良いものなのか悩んでいるようだ。そして、少し間を置いて一人の子供がリドーの顔を仰ぎ見た。


「…角…無いのかな?」


あぁ、なるほど。と、リドーは心の中で頷いた。


「この耳は本物?」


「なんだ、疑ってるのか?触ってみろ。」


子供達の興味津々の目が、リドーの頬を緩ませた。子供達は、良いのかな?と、恐る恐る眠り続けるコカの頭に手を伸ばし、ちょんと触ってみた。


「そうじゃない。…こうするんだ!」


大人のする事だろうか。リドーは、寝ている患者の頭をグシャグシャッわさわさっと掻き乱し、耳を思いっきり引っ張った。


「あははっ」


「すごい頭!」


コカの頭は、鳥の巣状態だ。子供達は大喜び。


「やってみろ」


「うん!」


「あ、ぼくも!」


「やる!」


リドーが、やれやれと子供達をコカのベッドの上に乗せた。


「…やめてください…痛いです…」


「あ、起きた」


散々目を覚まさなかったのに、意識が戻ったようだ。なのに、子供達は少し残念そうだ。


「コカ」


「…はい」


「も少し寝てろ」


リドーがどうしたいのかは、今目が覚めたばかりのコカでも理解は出来る。が、激痛は体を走るのだ。


「…アホですか?」


「ちっ、ダメか」


リドーは、大人しくなった子供達をベッドから降ろす。


「よしチビ共、メテ呼びに行くぞ」


「はぁい」


リドーは、残念がる子供達を連れて病室を出て行った。コカは、やっと落ち着けたと息を吐いた。


「まったく…人をおもちゃにして…」


「あぁ、そうだ。忘れ物」


何故か戻ってきたリドー。コカは不思議に思いリドーを見ていると、リドーは、コカの寝ているベッドを隠している間仕切りのカーテンをシャッと開けた。


「無理だと思うが、二人とも起き上がるなよ」


「…」


コカは驚いて目を白黒させている。コカのベッド右横のカーテンの向こうには、同じようにベッドに横になっているエリザだった。エリザは、微笑んでいる。


「…」


コカの目には、病室を出ていくリドーの姿は見えていない。ただ、言葉を失い、愛しい人の顔を見つめていた。


「…おかえりなさい…」


「…た…ただいま」


何も言わないコカに、エリザが口を開いた。でも、その言葉からまた暫く沈黙が続いた。まるで、目の前の光景が蜃気楼のように感じていた。


「…ふふっ」


沈黙の中、エリザが静かに笑い声を出した。


「え?何?」


「素敵な髪型ね」


笑われて気が付いた。リドーのせいで、コカの頭は、酷くぐしゃぐしゃなのだ。慌てて右手で頭を直した。直すと、またエリザの方に目を移す。


「…どうしたの?」


「…」


目の前に、会いたかった人が居るのに、何故か言葉が出てこない。じっと、エリザの顔を見ているだけ。そんなコカの様子を、エリザは不思議がった。


「コカ?」


「…あ、あぁ…」


「痛むの?」


コカの目からは、涙がぽろぽろ流れ枕を濡らし始めた。


「…会いたかった…」


あの死にそうな時、一番会いたいと思った人が目の前に居る。それが嬉しくて、切なくて、涙が止まらなかった。エリザは、そんなコカの姿に嬉しそうに微笑むと「私も」と答えた。しばらくして、メテが現れ、コカの診察をした。左腕の骨と右脇の肋骨にヒビが入っているそうだ。完全に折れたわけじゃないから、繋がってしまえば動けるらしいが、それまでは、絶対動くなと言われた。カルテを立って書くメテを、コカは見ている。


「…メテ殿」


「何?」


メテは、カルテを書きながら返事をする。


「何故、ここに?」


「何故って…」


笑いながらメテは、コカを見た。


「君が、谷の村に医術が必要だって、将軍に報せたんだろう?」


確かに、逃げ道の工事に着工した頃、時間が必要で約束の3ヶ月を守れない事と、谷の村の現況を手紙に書いて伝えていた。


「約束が守れないなら、引きずり戻すって、将軍が。その前に、私を連れて、谷の村へ来たんですよ」


「…そうだったんだ」


だから、リドーが近くの村に来ていたのだ。


「心配しているんですよ。国王様も将軍も」


「…すみません…」


心配させるつもりは無かったが…少し反省した。


「まぁ、その心配性のおかげで君を助け出せたんだ。あとで、ちゃんと、お礼を言うんだよ」


「うん。…って、私は子供ですかっ!」


「あははっ」


仲の良さは、変わっていない。それが嬉しく、2人して笑った。まぁ、コカは肋骨に響いて顔を歪めたのだが。


「メテ、もう良いか?」


「はい。」


笑っていると、リドーが数人の男達を連れて病室にやって来た。そして、男達はコカのベッドを囲むと、ベッドの下に手を入れた。


「良いか?イッセイのセイッ!」


何事が起きるのかとコカがドキドキしていると、リドーと男達は、コカを乗せたままのベッドを持ち上げて、エリザのベッドに近づけた。


「よし。これで良いだろう」


驚いてコカは目をパチクリさせている。


「え…あ、あのリドー殿?」


「リドーさん?」


エリザも驚いたようだ。


「あ?なんだ?」


「…い…いえ…」


何も言わせないつもりのリドーに、コカもエリザも黙ってしまった。メテはクスクス笑っている。


「親父さん。良いよな?これで」


「えぇ」


リドーが、病室に入ってきたマスターに確認をする。マスターが満足そうにニコニコ笑っているので、リドーは男達を連れてさっさと病室を出ていった。メテも続いて出て行く。


「まったく、素直に言葉で表してあげれば良いのに」


メテはリドーと廊下を歩きながら、リドーをからかった。リドーは少し無愛想にメテを見ると、恥ずかしそうに外へ出て行った。


「…マスター…」


「…お義父さん…」


「何かな?二人とも」


病室では、変わらずにこやかなマスターに、2人は何も言えなくなってしまう。気まずい顔の二人の心情が分からないはずがなかった。マスターは優しく話始めた。


「エリザ。わしはな、君の事を、『息子の嫁』と言うより、『本当の娘』と思っているんだよ。わしや息子に遠慮する事は無い。君は君の幸せを手にして良いんだ。わしは、それを願っているし、息子もそう願っていると思うよ」


「お義父さん…」


マスターは、優しくエリザの頭を撫でた。


「コカさん」


「はい。マスター」


「娘を頼んでも良いかね?」


コカに笑顔を向けるマスターに、エリザは嬉しくて涙が溢れた。


「ありがとうございます」


コカは、横になったままだったが、動かせる頭だけマスターに下げた。2人の喜ぶ顔を見て、マスターは幸せそうに笑顔を向けて病室を出て行った。


「早く元気にならなきゃね」


「うん」


夜の病室。二人は、手を繋いで寝た。








それから、あっと言う間に1ヶ月が過ぎた。


「お~い、板をくれ」


「お~い、釘が足りないぞ」


「みんなぁ、お昼ご飯の時間ですよぉ~」


2つの村を繋げた逃げ道だった地下道は、繋がった当初は人が屈んで2列で通れる程度の大きさだったが、今は、村人達総出で人が立って3列で入れる大きさに拡大されている途中だ。人々は、少しずつ拡げながら地下道が崩れないように、中で足下から横の壁、頭の上の四方に柱を組み、板を打ち付け、より安全性を高めようと双方の出入口から作業をしていた。


「ってか…よく繋がったよな」


「コカさんの正確な設計図のおかげだよ」


コカは、出口となっていた谷の村の村長に、詳しい設計図を手紙と共に送っていた為、村長はそれを見て、穴を掘っていたんだそうだ。この地下道は、谷の村にとっても、非常時用の逃げ場として必要な物だったのだ。防空壕やパニックルーム的な意味合いが、双方に有った。作業していた村人達は、昼ご飯を食べ終わった。


「さ、飯も食ったし」


「休憩終わり!」


次々と腰を上げ、作業場へ戻って行く。


「おい、作業の続きをするぞ!」


「えぇ~俺、眠くなってきた」


「サボる気か?」


「違うさ。お腹いっぱいになると眠くなるんだ」


「なら食うな!」


「あははっ!」


久々の平和に、皆が笑顔になっていた。





「やぁ、気分はどう?」


コカは、松葉杖を使用していたが、だいぶ良くなり、リハビリがてら動くようになった。地下道の指示をし、昼間に2回、エリザを見舞っていた。そして、今も松葉杖をつきながら、エリザの病室にコカが来たのだ。エリザは、嬉しそうにコカに笑顔を向けている。





「先生…」


一方、何故か珍しく優しい笑顔でなく不安顔のマスターは、メテを訪ねていた。エリザは、なかなか良くならなかったのだ。食欲が無く、本人もお腹の子の為に食べようと頑張るのだが、吐き出してしまうのだった。固形の食べ物が駄目ならと、野菜を磨り潰してスープやサラダにしたり、果物も絞ったりしていた。が、効果は少し有ったぐらいで、大差無かった。これには、メテもコカも頭を悩ませていた。


「すみません…今は、本人の食べようとする意思に頼るしかありません…」


食べる意思が無いのでは無い。体が受け付けないのだ。手下に怯えた事と逃げ道からの過度のストレスが原因だろう。時間が掛かる事を覚悟するよう、メテはマスターに伝えた。


「申し訳ありません…困らせるつもりは無いのですが…」


マスターは、落ち込んでいた。


「分かってます。私にも子が居ます。心配する親心は、痛い程分かっているつもりです。能力不足で謝らなくてはいけないのは、私の方です」


メテは医者として、無力感でいっぱいだった。




「…ごめんなさい…」


「何も謝らなくて良いよ」


マスターやコカ、メテの不安は、エリザも抱えていた。そんな自分の頭を優しく撫でてくれるコカの優しさが余計に辛い。いっその事、怒鳴ってでも「食べろ!」と怒られた方が、楽かもしれない。と、エリザは思ってしまう。


「さぁ、今日は何の話をしようか?」


コカは、エリザの希望とは別に笑顔を向けた。そして、毎日の日課として、お腹の子に童話を聞かせていた。その話は、実に楽しく、冒険的で道徳的な話ばかりだった。


「その話も、コカが作ったの?」


話し終わると、エリザが微笑んで聞いてきた。照れたように、はにかむコカ。


「変だった?」


「ううん。面白かった」


「良かった」


コカは、愛おしそうにエリザのお腹を撫でている。


「元気に産まれてくるんだよ。そうしたら、もっと楽しいお話をしてあげる。一緒に遊ぼうね」


いつも、そうお腹の子に話しかけていた。


「ねぇ…コカ…」


「何?」


「…」


「どうしたの?」


エリザは少し悲しそうな顔をしている。お腹の子は、コカの子じゃない。今は居ない夫の子だ。そう考えると、コカに申し訳なくなってくる。


「エリザ?」


涙が頬を伝っていた。コカが優しく拭ってくれる。


「…コカ…」


「何?」


優しいコカの目を見ると、更に涙が溢れてくる。


「この子が産まれたら…あなたが名前をつけて」


「え?」


コカは、何を聞いたのかと驚いてしまう。


「…父親になって」


布団で泣き顔を隠し、やっと言えたエリザの言葉に、コカはしばらく無言のままだった。困っているのだろうか?エリザは、少し不安になって、布団から目だけ覗かせた。


「ありがとう」


コカは、嬉しそうに泣きながら満面の笑顔をエリザに見せて、キスをしてくれた。


「私に…家族が出来るんですね…」


耳が原因で、結婚も家族も出来ないと諦めていたコカだ。嬉しくてたまらなかった。


「真剣に考えなきゃね」


「うん。お願いね。パパ」


『パパ』と言う言葉に、顔が緩んでしまうコカを見ていると、辛さを忘れてしまう。


「ママはちゃんと食べれるようになって、早く元気にならないとね」


「…うん…ごめんね」


「え、いや…あの、攻めてるんじゃないからね」


慌てるコカが、なんとも愛しい。


「うん。頑張る」


やっと見せてくれたエリザの笑顔に安心すると、みんなの作業を見てくる。と、コカは部屋を後にした。コカと入れ替わりで、エリザの看病をしている女性・フォーレが病室へ入った。


「頑張ろうね」


エリザは、お腹の子を撫でて囁いた。





廊下に出たコカは泣いていた。嬉し泣きではない。辛く悲しい…必死で口を押さえて、部屋から離れ、泣き声がエリザに聞こえないようにした。エリザは臨月だった。今の体力の無い状態で、子を産むなど自殺行為に等しい事をメテに言われていた。コカもそう思ったが、メテに言われると、真実味が一層増す。もし、お腹の子が、コカの子だったら、コカは嫌われる覚悟で子供を諦めるように言っただろう…。例え、罵倒されようが、殺されようが、エリザを死なせたくはなかった。…が、言えなかった。お腹の子は、マスターにとって孫であり、最後の肉親だ。メテもコカも、マスターにも言えず、ただただエリザと子供の生命力に賭けるしかなかった。ふいに、ドタバタと後ろから誰かが駆けてきた音がして、慌てて涙を拭い消した。


「コカさん!!!」


それは、フォーレだった。


「陣痛よ!先生呼んで来て!」


フォーレは、それだけ言うと、また部屋に戻ろうとしたが、振り返った。


「何してるの!早く!!!」


「は…はいっ!!!」


茫然としていたコカは、フォーレの声で慌ててメテを呼びに走っていった。







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