第9話 【強き友】
(…死ぬ…の…かな…?)
リドー達の必死の捜索を知らず、うつろな頭でそんな風に考えてしまう。コカはまだ頑張るつもりだった。が、どう頑張れば良いのだろうか。何日経ったのか、今が昼なのか夜なのかも分からなかった。コカは、体力的にも精神的にも限界を迎えていた。1週間、水分すら与えられず拷問され、体のあちこちが痛い。どこがどう痛いのかも分からない程、頭はボ~としている。コカの目は霞み、耳も頭も使い物にならない。気力が出てこない。何やら、自分の前で手下達がもめているようだけど、何を言っているのかまったく聞こえない。
(皆…無事に逃げきれたのかな?……エリザは…無事かな?)
マスターや村人達の顔を思い出すと、最後にエリザの顔が浮かんできた。
(……エリザ………………エリザに…会いたい…………)
最後に見たのは、必死で行くのを止める泣いた顔。せめて、最後に笑顔を見たい。そう思った。口だけが「会いたい」と小さく動いた。
「いつになったら戻るつもりだ、あいつらっ!」
怒り任せにガンッと、お頭が木の椅子を蹴り飛ばした。
「まさか、あいつらだけで楽しく食事しているんじゃ…」
「なんだと!?」
手下の一人が、ぼそりと呟いた言葉にお頭が反応した。
「有り得ねぇ話じゃないぜ、お頭!」
手下達は、唯一地上を逃げ出した2人の若者を追った5人の仲間の帰りが遅いと騒いでいるのだ。
「俺は何て命令した!?」
「生け捕りにしろと」
「そうだ!」
手下達は、2人の若者を捕まえて、村人達の逃げた場所を吐かせるつもりだったのだ。
「お前らが騒いでいるのは、こいつらが原因か?」
手下達がざわつく中、洞窟の入り口に10程の人影が現れた。お頭は、振り向くと顔いっぱいに機嫌な色を顔に出した。
「ナンバー5…」
人影の正体は、別の手下グループだった。ナンバー5と呼ばれた別のグループのお頭は、一緒に居た手下のうち5人の手下を前に押し出した。その5人は、洞窟側が帰りを待っていた仲間達だった。
「へ…へへ、お頭…」
前のめりに倒れ込んだ仲間の一人が愛想笑いを浮かべたが、お頭は見下すように睨み付け、そして次の瞬間…その一人の首が飛んだ。
「ひぃっ!お許しを!」
同じように前のめりに倒れていた4人は、恐れひれ伏した。
「なぜ、お前らがこいつらと居る?」
お頭は、5人を連れてきた別グループの手下達を睨み付けた。
「ナンバー3…お前ら餌に逃げられたからって、俺達の縄張りを荒らしても良いのか?」
「何!?」
ナンバー3と呼ばれた洞窟側のお頭は、まだ足元に倒れている仲間を睨みつけた。
「お頭、どうか…お許しを…」
許しをこう手下の首が飛んだ。
「よりによって、ナンバー5なんかの所へ…」
怒りで残りも殺そうとしたが、それを見ていた別の仲間が腕を押さえて止めた。
「お前達は、人間を追っていたはず。説明しろ」
ナンバー3の右腕らしき冷静な手下が、尋ねた。
「あ…あいつらの馬が…足速くって…休まねぇし、スピード落ちねえし…」
言い訳する仲間の目線に、自分の目線を合わせた右腕らしき手下は優しい笑顔を見せた。
「それで、完全に巻かれたのか?」
優しい笑顔だが、その目を見た瞬間、聞かれた仲間は真っ青になった。
「す…すいやせん!っ!」
遅かった。また、首が飛び、大量の血が洞窟を染めていく。その横で、ナンバー5とナンバー3が睨み合っている。
「謝れよ。勝手に荒らしてすいませんでしたってな!」
ナンバー5の言葉と共に、また、飛んだ。
「ふざけんなっ!」
ナンバー3の怒りと共に、最後の1人の首も飛んだ。
「てめぇに謝る言葉なんか、存在しね~よ!」
両者が睨み合い、殴り合いが始まるかとお互いのグループが構えた瞬間、パンパンパンっと、手を叩く音がした。
「御取り込み中、失礼する。」
音と声は、洞窟の入り口から聞こえた。手下達がそちらを見ると、太陽が上がっているのか、眩しい光が差し込み、その光の中に一人の人影が浮き上がっていた。逆光で顔が見えない。声は、男だ。
「誰だ、貴様」
眩しい光に我慢するように目を細め、ナンバー5が人影に尋ねた。
「ナンバー5殿。礼を言わせてくれ。君らが、ぞろぞろと出歩いてくれて助かった。」
「あぁ?」
ナンバー5が顔を歪める。
「…貴様…人間か」
ナンバー3が、身構える。
「あぁ、友を返してもらう」
「友…だと?」
ナンバー3は、こいつの事か?と、コカを見た。コカに意識は無い。両手を縛り上げられた状態で、頭はうな垂れ、呼吸をしているのかどうかも分からない状態だ。にやりと口元を上げると、ナンバー3は、男に目を戻した。
「ふっ…人間一人に何が出来る。殺してくれるわ」
「舐めてもらっては困るな…」
男の余裕の声に、仲間が居るのか?と、手下達は警戒した。
「お前らごとき、私一人で十分だ!」
男はそう言うと、剣を抜き洞窟内へと突進してきた。
「八つ裂きにしてくれる!!!」
洞窟にいた手下達すべてが、男に飛び掛かって行った。
村では、マスターの家の前でコカ探しの男達が不安気に狼狽えていた。
「いらしたか?」
「いや、そっちは?」
「こっちにも、居ない…」
朝、皆が目を覚ますとリドーの姿がなかった。見張り場所に行ってもいないし、どこを探しても姿が見えない。
「こんな朝早くから、どこへ…」
すでに、太陽は斜め上へと来ている。
「まさか…俺達が寝ている間に、手下に見つかったとか?」
「冗談言うな!」
「でも…」
皆が不安に包まれ、途方に暮れた。どう動けば良いのか…困惑していると、村人の一人が何かに気付いた。
「あ!……ん?」
村人は、遠くの何かを指差し、疑問の声を出した。皆も、指差す方を目を凝らして見てみた。
「あ…ん?」
「リドー様…だよな?」
「あ、あぁ…たぶん…」
男達が見つけたのは、間違いなくリドーだ。だが、リドーがシャキッと立って歩いているようには見えなかった。
「何か…おぶっている?」
村人達の目に、リドーの背中に何かが乗っているように見えたのだ。目を凝らし、よく見てみると人のようだ。ふさふさの薄茶色の癖毛な髪に、村人達は誰だか分からなかった。が、その答えはすぐに分かり、皆笑顔になった。
「コカさんだ!」
「そうだ、きっとコカさんだ!」
「見つけたんだ!」
「助けたんだ!」
「良かった!良かった!」
まだ、気を失ったままのコカを背におぶって歩く遠くのリドーの所にまで、その喜びの声が届いた。
「…リ…ド…ど…の?」
「よ。生きてるか?」
リドーの背中で、薄目を開けたコカ。
「何…とか…」
ふっと笑うと、リドーは遠くで喜んでこちらに向かって走ってくる男達を見て、続いて空を見上げた。
「…良い村だな。」
聞こえたのかどうか…コカは、一筋の涙を流し、また気を失った。