第4話 【王妃と医者と学者】
クレィズ4世が帰ると、コカは、エドルフに尋ねた。
「気になってたんですが、御三方はどういったご関係なんです?」
「どうって、幼馴染だよ」
コカは、黙って暫く何か考えていた。
「…私、思ったのですが、エドルフ様、ご結婚を早くしましょう。」
「結婚だぁ!!?何を気の早い…」
「早くありませんよ。あなた様には、この国の為に継承者を作ってもらわないといけないのです。それに…」
コカは、何か不安そうな顔で言葉を止めた。戸惑うばかりの若き王に、リドーが助け舟を出した。
「出来たばかりの国に嫁いでくれる姫君など、そう簡単に見付かるまい」
「…?アローレン様はダメなのですか?」
「…え?私?」
アローレンとリドーは、気難しそうに目が合ったが、リドーはすぐに反らした。
「私が思いますに、クレィズ4世様はアローレン様をお気に召しているご様子。クレ国では、一夫多妻制ですから側室にご所望されるのも時間の問題かと思われます。」
コカの言葉に、エドルフ達は驚いた。
「側室…」
アローレンはショックを隠せないようだ。
「私も、命の恩人であるアローレン様をそのような立場にはしたくはありません」
「それと、僕との結婚とどう関係しているの?」
落ち着いてコカの考えを聞こうとエドルフが尋ねた。
「アローレン様が、新たな国の王妃となれば、あちらも側室に欲しいとは言えないでしょう。」
「他の奥さん、例えばリドーの奥さんでは、『弱い』のか?」
コカは、黙って頷いた。
「そうだな。良いのではないか?迷う理由も無いだろう」
リドーの冷たい言葉にアローレンは少しムッとし少し悲しく感じた。
「そうですね。私も側室になりたくはないし…」
「あは、良かった!では皆に知らせてきます!」
アローレンの言葉に、コカは喜び、リドーは表情を変えず、エドルフは複雑な表情をしていた。
その夜。城の屋上にエドルフ達は立っていた。
「良いのか?リドー」
見張りに立っている者から少し離れた所で、エドルフがリドーに尋ねた。
「…ずっと好きだったろ」
「知ってたの?」
リドーは壁にもたれかかって、月を見上げた。
「あいつも良いと言ったんだ」
「それは!」
「もう、止めろ。俺もそれが良いと思うから。」
「…」
エドルフは、言葉が出てこなかった。コカの言った通りにしなければ、アローレンと二度と会えなくなるかもしれない。アローレンは、女として辛い道に立たなければいけないかもしれない。それを防ぐには…理解はしているが、リドーの気持ちを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。兄と慕っている人をこんな形で裏切る事になるとは…リドーは、エドルフを連れて、アローレンのいる大広間に来た。大広間では、民たちが食べ終わった空になった食器を片づけている女達が居た。アローレンを見つけると、大広間の隅に呼んだ。リドーは、ネックレスを外し、二人に【親の形見】の揃いの指輪を渡した。
「リドー!これ!」
「欲しがってただろ」
青ざめたアローレンに笑顔を向けた。
「ダメだよ!こんな大事な物!!」
返そうとする二人に、首を横に振る。
「もう、俺には必要無い。十分、俺はこの指輪から勇気を貰ったし、守ってもらった」
まだ、戸惑っている2人の肩にリドーは手を置いた。
「今度は、俺の大事な弟と妹を守ってほしい。二人の幸せを心から願っているんだ。受け取ってくれ。結婚おめでとう」
エドルフもアローレンもリドーに抱きついて泣いた。
クレィズ4世の言葉は本物だった。彼は、1週間毎に食料を届けてくれ、また、この新しい国を守るための兵隊達が育つまで、兵士達を貸してくれた。更に、怪我人や病人を看てくれる医者を派遣してくれ、皆がどれほど感激し喜んだか。クレィズ4世のおかげで、作業は早く進んでいった。コカが言っていたように【アローレンを側室に】の考えは有ったようで、アローレンがエドルフの妻になった事を知った時は、非常に残念そうな顔をしていた。が、友好的な態度は変わらないままだった。
「しかし、いつまでもクレ国に頼るわけにもいかないな…」
「せめて、早めに兵士達はお返ししなくては」
「彼らにも、彼らの帰りを待つ家族がいるからな」
大地再生の作業中、エドルフとリドーはそんな事を話しながら、作業に汗を流す民を見渡した。
「あいつは、元気が有っていいな」
「あの人は、どう?すごい巨漢だよ」
2人は、民それぞれの適職は何かを考え始めた。まず、探し始めたのは【兵士】。
「あれは…だめだな…」
「うん。コカさんは、兵士と言うより学者とか医者だね」
苦笑しながら話す2人の前で、コカは鍬を使って土地を引っ繰り返していたのだが、固い土に鍬をとられ、しりもちを付いていた。頑張る姿に、笑顔を向けていた二人だったが、そんなコカに手を貸した者がいた。
「コカさん、ちょっと休んだ方がいいよ」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫じゃないです。フラフラです。」
この男性の名は、メテ。体格もしっかりしている物静かな20代の彼は、コカの尖った耳を嫌ってコカの事を避ける他の民と違った。真面目で、誰にでも優しく、いつでも誰かを心配して見ているのだ。特に、彼はコカを一際心配して声を掛けていたので、仲が良かった。そんな彼を見て、エドルフもリドーも同じ事を思ったのだろう。目を合わせ頷き合った。
「メテ、コカ。ちょっと、話が有るんだが、良いかな?」
リドーは、メテとコカを連れて、クレ国から派遣された医者の所へ連れて行った。医者は、乱れた髪を振り回しながら、城の一室に出来た病室で、皆の傷を診ていた。
「先生。この2人を指導してもらえますか?」
「お。決まりましたね。お待ちしておりました」
医者は、丸メガネの奥から2人をジロジロ見た。
「え?何ですか?リドー殿、指導ってどうゆう事ですか?」
コカが動揺して尋ねた。
「兵士同様、我らの国にも医者は必要だろ?いつまでも、クレ国の皆さんに甘えるわけにいかないからな。そこで、メテとコカに医学を学んでもらいたい。メテは、細かい所まで気が付くし、皆からの信頼も厚い。コカには、メテのサポートが出来るように、他にもいろいろ学んでもらいたいんだ。この国のためになる事だ。どうかな?」
メテは、素直に承知した。コカは、まだ戸惑ってはいたが、一応学ぶ意思を示した。始め、医者の方がコカを受け入れるのに時間が掛かった。それから、しばらく医者の行く所には、いつも二人は付いて回り、医学を修得しようと必死になった。
2年の月日があっと言う間に経った。努力のかい有り、川はすべて綺麗になり、土地の半分は、短い草だったが緑色になった。山から引っこ抜いてきた小さな木も所々植え替えられ、元気に立っている。畑も出来、わずかだが食料も自分達で調達できるようになった。
「メテ達が帰ってきたぞ~」
見回りをしていた見習い兵士が、クレ国に戻った医者についていき、修行してきた2人の帰国を報せて走った。
「ご苦労だったね」
「いえ、国の為ですから」
2人を労い、大広間で食事会を開いた。メテは、エドルフに病院を作りたい事や、医者としても道具をそろえたい事や、更に医者を増やす為に弟子が欲しいなど色々とこれからの為に希望を伝えた。希望と言うより、彼にとっては、それは夢だったのだろう。輝きを放つ彼の目に、エドルフは笑顔を向けた。その後ろで、コカはメテとは違った様子で、ウズウズしていた。
「どうかしたの?コカさん」
様子のおかしいコカに声を掛けたのはアローレン。
「あ…あの…皆さんが苦労している中、せっかく、医学を学ばせてもらったのですが…その…」
「コカは、クレ国だけじゃなく違う土地も見に行きたいんだそうです」
どもるコカの言葉を、メテが奪った。
「メテ殿!自分で言いたいって言ったじゃないですか!」
「コカが、全部言うまでに夜が明けちゃうよ」
相変わらず仲の良い二人を見て、皆が笑った。
「君は、コカがいなくても大丈夫なのか?」
「居てくれた方が心強いですが、でもコカの希望ですから。」
リドーの問いにメテは、細い目をさらに細めて笑顔で答えた。
「リドー将軍は、おっしゃいました。コカには、色々学んで欲しいと。僕も、一緒にいてそう思いました。彼の知識はすごい。彼の知識と経験は必ず皆の力になります。だから、人に教えられた賢さだけでなく、旅に出て、色々体験した賢さも備えて欲しいと僕は思います」
メテの言葉に、コカは少し照れ臭そうに笑顔を向けた。
「じゃ、決まりだな」
「良いんですか!?」
リドーが二カッと笑うと、エドルフ達も頷いた。コカは嬉しくて、メテの手を取って喜んだ。もともと、年中旅をしている種族のコカだ。彼の血が、種族として復活するかもしれない予想は、常にエドルフ達は持っていた。
「しかしコカ、ただ旅をさせるわけにはいかないよ。君は今後、この国の代表として各地へ赴き、皆と交流し、情報を集めて来るんだ。もちろん、身に危険が及ぶ事もあるだろう。最低の防衛術ぐらい覚えてから出発しなさい。そして、長くても3ヶ月毎には国に戻り、すべて報告すること。分かったね」
「はい!はい!ありがとうございます!ありがとうございます!!」
こうして、医者メテと外交学者コカが誕生したのだった。