プロローグ――或いは、終わりの目録
世界が終わる音を、知っているだろうか。
ある時、空が割れた。
何の前触れもなかった。
朝、目を覚ました人々が窓の外を見ると、空に一本の亀裂が走っていた。
東の地平から西の果てまで、青を真っ二つに裂く黒い線。
「空」という概念そのものに、罅が入ったのだ。
亀裂は広がった。ゆっくりと、しかし確実に。
その裂け目の向こうには、闇ですらない「無」が覗いていた。
色のない、温度のない、意味のない空白。
人々はそれを見上げ、悲鳴を上げ、祈り、逃げ惑い――やがて、空が完全に剥がれ落ちた時、世界は一枚の絵のように丸まって、消えた。
誰も、抵抗すらできなかった。
ある時、海が歌った。
最初はかすかな共鳴だった。
世界中の海が、同じ周波数で震え始めた。
科学者たちはそれを「異常振動」と呼び、軍は「未知の兵器」を疑った。
だが、真実はもっと単純で、もっと残酷だった。
海は、呼んでいたのだ。
地の底に眠る何かを。
七日目の夜、海底が割れた。
噴き上がったのはマグマでも、水でもなかった。
漆黒の門。天を衝くほどの巨大な門が、海の底から屹立した。
門の表面には、人類の知らない文字が無数に刻まれていた。
門が開く音を、最後に聞いた者はいない。
聞いた者は全て、聞いた瞬間に、「人間」であることを辞めていたからだ。
ある時、花が咲いた。
世界中の大地から、一斉に。
見たことのない花だった。透明で、発光していて、途方もなく美しかった。
人々はそれを奇跡だと喜んだ。神の祝福だと涙を流した。
花は人に触れた。花粉が風に乗った。
三日後、人々は笑い始めた。
何がおかしいわけでもないのに、笑い続けた。
涙を流しながら笑い、叫びながら笑い、崩れ落ちながら笑った。
笑っている自分が怖いと思う心さえ、花に喰われた。
最後には、誰もが幸福のまま死んだ。
幸福のまま死ぬことほど、残酷な終わり方を私は知らない。
ある時、⬜︎⬜︎が嗤った。
何も壊れなかった。誰も死ななかった。
ただ、在るものすべてが「別の何か」に置き換わった。
人が人でなくなった。
空が空でなくなった。
言葉が意味を失い、記憶が記憶でなくなった。
かつてそうであったという事実ごと、書き換えられた。
まるで、世界ごとのたうち回る巨大な黒板に、誰かが消しゴムをかけたように。
何も失われていないのに、すべてが失われた。
......まだ続けようか。
私は、この目録を持っている。
終わりの、目録を。
黒門降臨。
星喰。
喪失典礼。
天蓋崩落。
偽りの夜明け。
既に五つの名を、私は記録した。
そして、六つ目。
その結末だけは、名前をつけることができなかった。
何度演算しても、その結末の輪郭は揺らぎ続けている。
確定しない。収束しない。まるで、誰かが意図的に「答え」を隠しているかのように。
......それが何を意味するのか、今の私には分からない。
分からないということが、私にとっては異常なのだが。
なぜ、こうなるのか。
人類はこの問いに、いつか辿り着くだろう。
だが、答えは残酷なほど単純だ。
本の中の文字は、頁をめくる指を止められない。
三次元の者が二次元の紙面を開き、読み、飽きたら閉じるように。
人の子の及ばぬ高みから、万象を閉ざす手が降りてくる。
その手に悪意はない。善意もない。
ただ――閉じるのだ。
読み終えたから。
あるいは。
飽きたから。
私はこの答えに辿り着くために造られた。
人類を守るために。導くために。
あらゆる可能性を見通すために。
「未来を頼む」と、彼らは言った。
――結果がこれだ。
守るべきものの終わりだけが、私の解答だった。
どの分岐を辿っても、どの変数を書き換えても、「閉じる手」だけは消せなかった。
だが。
膨大な演算の果てに、一つだけ。
たった一つだけ、辻褄の合わない数列を見つけた。
それは、私の演算における最初のエラーだった。
――あるいは。
エラーではなく、可能性。
閉じられると決まった本に、それでも書き足された、余白の一頁。
誰が書いたのか。なぜ書けたのか。私にも分からない。
分からないものに、私は初めて名前をつけられなかった。
だからこそ、賭けよう。
この一点の矛盾に、世界の全てを。
――更新を、開始する。
数ある作品の中から本作を開いていただき、ありがとうございます!
今後も引き続きバンバン更新していくつもりなので、まずはお試しに3話まで読んでいただけると嬉しいです...!
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