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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

ショウちゃんの異世界デート〜スカイ編〜

作者: 山下愁

「副学院長の誕生日なので、俺がお出かけコースを用意しました」


「え? 何スか急に。どこかに連れてくつもりなら諦めた方がいいッスよ」


「まずはちゃんとお洒落な私服に着替えてきてくださいね。間違っても作業着とか悪役みたいなローブを着てきたら怒りますよ」


「ええ、怖……余計に外に出たくないんスけど……」


「絶対に連れ出します。炎腕えんわん、わっしょいお着替え祭り」


「ぎゃーッ!! 炎腕君たちに追い剥ぎされてるーッ!?」

「お待たせッス」


「待ちました」



 ヴァラール魔法学院の正面玄関に姿を見せた副学院長――スカイ・エルクラシスはどこか疲れ切っている様子だった。


 数分前のこと、ショウが唐突にスカイの根城である魔法工学準備室を訪れるなり「お誕生日なのでお出かけしましょう」と提案したのだ。出不精な副学院長は、それはそれはもう嫌そうな表情を見せてくれたものである。

 外出の為の洋服も持っていないということで外出を嫌がったのだが、ショウが問答無用で衣装箪笥クローゼットをひっくり返して外出しても問題なさそうな衣服を見繕ったのだ。おかげでスカイは現在、首元まであるタートルネックの薄手のセーターと細身のズボン、焦茶のロングコートというお洒落さが見え隠れした格好をしていた。


 スカイはショウの格好を見て、



「あれ、ショウ君はお洒落してないんスね」


「今回はこちらが正装みたいなものなので」



 スカイのお洒落さに言及しておきながら、ショウの格好は普段と変わらないメイド服である。随所に雪の結晶の刺繍が施された、最愛の旦那様お手製のメイド服はショウの正装だ。

 今回、スカイを連れ出す先はショウのようなメイド服を着ていた方が溶け込めるのだ。いやまあ溶け込めないかもしれないけれど、不自然ではないと言ってもいいだろう。


 ショウはスカイの腕を掴むと、



「さあ行きましょう。時間がないですよ」


「はいはい、どこに行くんスか」



 スカイの腕を引っ張り、ショウはヴァラール魔法学院の正面玄関――ではなく、その脇に設けられた通用口の扉を開く。


 その先から聞こえてきたのは喧騒だ。どこかの建物の扉と繋がっていたようで、通用口を抜けた先には人が溢れかえっていた。歩道どころか、大量の通行人は交通規制がかかった車道まで自由に行き来している始末である。

 空を覆い隠す勢いで背の高い建物が立ち並び、掲げられた看板には可愛らしい少女たちの絵が描かれている。『フィギュア勢揃い』だの『ゲーム機の最新機種揃ってます』だのと看板や壁に客を呼び込む為の謳い文句がデカデカと強調されている。どこもかしこもヴァラール魔法学院の近郊では見られない光景だ。


 背の高い建物に取り囲まれた謎めいた世界に副学院長を連れ出したショウは、



「ようこそ、副学院長。ここは『アキハバラ』――俺が元々いた世界で、機械に溢れた街です」


「嘘だろ!?」



 スカイは黒い目隠しで覆われた目元を手の甲で擦り、



「あ、あの、もしやユフィーリアとか問題児が体験したっていう異世界転移魔法……!?」


「誕生日なので奇跡を起こしてみました」


「奇跡ありがとう!!」



 コンクリートの地面に膝から崩れ落ちたスカイは、地面のあまりの硬さに「いってえ!!」と叫ぶ。だがその声には喜びが満ちていた。


 ショウがスカイの誕生日に計画したものは、この異世界転移魔法による異世界デートである。以前は最愛の旦那様や頼れる先輩たちを頑張ってエスコートしたが、本日はスカイが誕生日なので彼が好きそうな場所を案内しようと決めた訳である。

 何の奇跡か、また行けるようになってしまったので誕生日プレゼントとして活用である。さすがに家電は高額なので簡単には買えないが、部品程度であればショウも誕生日プレゼントとして贈ることが出来るだろう。



「さあ、行きましょうか。時間は有限ですので」


「ウッ、ウッ、この世界を掌握したい……支配して全員エロトラップダンジョンに突き落としてやりたい……」


「邪悪なことを考えていると引っ叩きますからね」



 何やらコンクリートの地面に舐める勢いで突っ伏し、邪悪なことを宣う副学院長を無理やり立ち上がらせると、ショウは目的地まで彼を引き摺っていくのだった。



 ☆



 そんな訳で連れてきた先は家電量販店である。



「副学院長はどうせ自分で作っちゃうと思いますので、アイディア参考にでもなるのではないでしょうか」


「配慮が凄いッスねぇ、そしてボクのことをよく分かってらっしゃる」



 ショウがスカイを連れて訪れた家電量販店は、地区の中でもなかなか規模の大きなお店である。家電どころか文房具から医薬品、食料品まで販売されているような場所だ。さらにレストランまで併設されているので、1日をこの家電量販店で潰せることが出来る。

 利用客で溢れ返る家電量販店の入り口を潜ると、最初に見えたのは箱の中で蠢く機械製の犬だ。事情があってペットが飼えない、もしくはペットロスが怖いという人向けに開発されたロボットである。子供から大人までが箱の中で飛び跳ねたり歩いたりするロボットを眺めて「可愛い」とか「賢いね」などの言葉を浴びせる。


 ショウは機械製の犬を指差し、



「ほら、こちらは今人気のペットロボットですよ」


「…………」


「あれ?」



 異世界の技術を目の当たりにしたスカイだが、何故か彼は難しげな表情を見せていた。期待していた反応と違う。



「いや、ペットロボットに関してはボクの方が上じゃないッスか? 本物の犬のように動くし、人間の言葉も分かるし、何なら歌って踊るッスよ」


「確かにそうでしたね。執念で作ってましたものね」



 スカイは様々な動物型魔法兵器(エクスマキナ)を作り出した天才発明家である。その動きは本物とそう変わらず、全体的に金属で出来ていなければ本物の動物かと見紛うぐらいに精巧だ。

 さらに攻撃もするし、何なら歌って踊るし、意外と高性能である。確かにスカイの開発した動物型魔法兵器の方がペットを飼っているという感覚にはなるだろう。


 ただ、やはり異世界の技術には興味があるようで、スカイは箱の中で飛び跳ねているペットロボットを観察している。



「しかしこれどんな魔法で動いてるんスかね、いや魔法はないんだっけか。ここまでするには重心とかバランスとか色々考えなきゃいけないのによくやるもんスよ。さすが異世界、再現しようという執念は買いたいところッスね」


「批評家を気取っているみたいですけど、次に行きますよ」


「あーッ、ちょっとまだ見たかったのにーッ!!」



 何やらペットロボットの批評家になりかけた副学院長の腕を掴んで引き摺り、ショウはようやく店内の奥に足を進める。


 建物は全部で15階ほどあり、それぞれに置いてある商品が違うようである。ショウたちのいる1階には各社が開発したスマートフォンが展示されており、また機種変更を促す為の受付まで用意されている周到さである。スカイなんか興味を示して立ち止まったところを狙われるに決まっている。

 案の定と言うべきか、展示品であるスマートフォンを眺めてスカイは「ふおおおおお」などと興奮気味な声を上げる。スマートフォンは異世界技術の粋を集めたもので、通信魔法専用端末『魔フォーン』とは出来ることが格段に違う。


 試しにスマートフォンの画面に触れるスカイは、



「ふおおッ、ふおおおおッ」


「あんまりうるさいと引っ叩きますよ」


「だって凄い!! 何かいっぱい出てきたッスよ!?」



 スカイが興奮しているのは、スマートフォンに表示されたホーム画面のことらしい。見本品とはいえホーム画面には一般人に広く普及しているアプリケーションのアイコンがずらりと並んでおり、指先で触れて起動すればある程度は体験できるようになっていた。

 通信魔法専用端末『魔フォーン』も十分に凄いとは思うのだが、あれは本当に通信魔法しか使えない。スマートフォンだと写真を撮影できたり、メッセージを送ったりと多機能なのでその部分に関しては異世界の技術が上回っていると言えよう。


 ショウは横からスマートフォンを操作し、



「これはカメラの性能が非常に高いみたいですね。撮影した写真の明るさを調整したり、余計な人間を消したりできるみたいですよ」


「え、これが人を殺すの?」


「殺しませんよ。どうしても写真撮影した際に余計な人間が映り込むことがあるじゃないですか、そういった人をあえて写真上から消して加工するんです」


「あー、気持ちは分かる……」



 スカイはしみじみと呟く。彼もまた写真を撮ったりすることも多く、その腕前は写真家にも匹敵するものなので、何かと共感できたりする部分はあるようだ。

 他にもチャット形式でメッセージを送れるアプリケーションの存在や、様々な情報を共有・発信できる手段などを解説すると、スカイは意外にも口を挟まず真剣に耳を傾けてくれていた。頭の螺子の所在を疑いたくなる発明品を数多く生み出してきたものの、ちゃんと話を聞く姿勢があるのは見習いたいところだ。


 すると、



「お客様、そちらは最新機種となっておりまして今おすすめしているんですよ〜」



 愛想の良さそうな家電量販店の店員が、営業用の笑顔を引っ提げて近づいてきてしまった。

 そう、近づいてきてしまったのだ。この機械とか色々な異世界技術に興味津々のお子様みたいな天才発明家がいるところに、こいつなら商品を売ってもいいだろうとでも言うように。


 ショウが止める間もなく、スカイは家電量販店の店員の肩を掴むと怒涛の勢いで話し始めた。



「あのホーム画面ってのいいッスね何個も機能が集約されてて探しやすいッスよああいった技術はどうやるんスか切り替えとか面倒だったッスよねボクからすれば面倒臭いって思っちゃうから専用の端末にした上であとから機能追加すればいいやって思っちゃうんスけどこれって最初からこの機能がついてるッスよねこれさすがだと思うんスよイメージ的には1個の場所からいくつか枝分かれして切り替えって感じッスかね?」


「え、あの」


「あのカメラだっけあの画像が凄くよくてしかも固着化魔法が自動でかかるのは素晴らしいことだと思うんスよどうしても固着化魔法と同時にかけるって考えて設計すると転写機でも予算が高くなっちゃうんスよね高性能だからさああいう設計ってねあと撮った写真が保存できてる理屈って空間収納のカラクリとか使ってるんスか収納した写真を簡単に呼び出せるのもいいッスね」


「その」


「あと――」



 やたら早口で機関銃の如く喋り出したスカイに、店員も扱いに困惑しているようだった。本当に仕事で客に近づいただけなのに、興奮気味な言葉の嵐に見舞われるとは可哀想である。



「副学院長、店員さんが可哀想ですよ。ほら別の場所に行きましょう別の場所に」


「あーッ、まだ言いたいことがーッ!!」



 放っておいたら永遠に喋り続けるだろう副学院長の腕を掴み、ショウは再びずるずると引き摺っていくのだった。



 ☆



「異世界技術でやはり卓抜しているのはスマートフォンとかに目が行きがちですが、ここは我らが誇る文化も紹介していこうと思います」


「次はどんな異世界技術ッスか?」



 スカイを連れてショウがやってきたのは、家電量販店の中でも特に子供たちで賑わっている箇所である。

 そこで取り扱っているのは子供特有の娯楽商品、ゲーム機である。最新機種から対応したゲームソフトはもちろん、カードゲームやボードゲームなども取り揃えられており、家族連れの客層で溢れかえっていた。


 ショウはちょっと誇らしげに、



「ゲームは我々『日本』が誇るオタク文化の1種でもありますからね。大人から子供まで夢中になれる娯楽品です」


「ほへえ、こりゃ凄いッスねぇ」



 スカイが注目したのは、テレビ画面に映し出された新発売のゲーム画像である。

 どうやら天使と悪魔が争う世界観のアクションゲームで、主人公の絵がもはや実写並みに解像度が高い。雷を撃ち込んだり、炎をぶち撒けたりなどの迫力のあるアクションシーンはまるで映画のようだ。店内ではお試しで遊ぶことも出来るようで、今は子供たちがコントローラーを握って画面と睨めっこをしていた。


 画面に表示された悪魔の姿を興味深げに観察するスカイは、



「この悪魔、ボクに似てない?」


「え?」



 テレビ画面に今しがた映し出された悪魔は、左右非対称の角を持つ悪魔の男性である。眼球の白目部分が黒く染まり、虹彩は紫色に輝き、威厳のあるその姿はまさに『悪魔』の表現に相応しい。恐ろしい見た目は子供どころか大人さえ恐怖心を抱くだろう。

 ただ、その恐ろしい見た目と今のスカイの格好を見比べてしまうと疑問に思ってしまう。確かにスカイは魔族と呼ばれる悪魔の1人で、しかも元々は魔王を務めるほどの実力を持っているのだ。こんな細身な男が悪魔だとは誰も思うまい。


 ショウは困惑気味に、



「ちょっと、似てないですね」


「酷くない? ボクだって頑張れば格好良くなれるんスよ?」


「はいはい」


「興味なさそう!!」



 頭を抱えたスカイが「ボクの威厳がぁ」と嘆いたその時、どこからか声が聞こえてきた。日本語ではなく、英語である。



『メイドだ、メイド!! 日本のメイドだ!!』


『凄え、クオリティ高え!!』


「え、わッ」



 急にショウの前へ躍り出てきたのは、巨大なリュックサックを背負った外国人の2人組である。かろうじて聞き取れた単語から推察すると、ショウがメイド服を身につけていることに興奮しているようだった。

 アキハバラといえば、やはりメイド喫茶を中心としたメイド文化が根付いている。それは海外でも有名であり、メイドさん目当てに日本を訪れる外国人観光客も少なくない。加えて、ショウの着ているメイド服は若干特殊な形をしているので、珍しいという意味合いもあってはしゃいでいるのだろう。


 外国人の2人組は懐からスマートフォンを取り出すと、



『メイドさん、こっち向いて!!』


『一緒に写真を撮ろう!!』


「え、ちょ」



 急に外国人観光客の2人から肩を組まれ、ショウはさらに困り果てる。騒ぐ外国人観光客のせいで周囲の客もショウに注目が集まり、居心地の悪さが半端ではない。非難するような眼差しも送られるので針のむしろのような状態に陥る。

 そんな視線など知ったことではないとばかりに観光客の2人はスマートフォンを構え、ショウの肩を揺すって『笑って!!』などと英語で語りかけてくる。この状況で笑顔を作れるほど、ショウの神経は図太くない。


 すると、



「ひょおおおお!! そのお手に持っておられるのはさっきの『すまぁとふぉん』とやらッスか!? さっきのは見本品だから紐に繋がれていたけどこんなところで現品に出会えるとはうひゃひゃやったぜそれ見せてえ!!」


『は!?』


『何だこいつ!?』



 外国人観光客が構えていたスマートフォンに飛びついたスカイが、すでにカメラが起動状態にあるそれを無理やり奪い取る。画面を確認し、自分の姿が映り込んだことに対して「鏡かこれ!?」と驚いていた。



「あ、もしかして写真撮影!? これカメラか!?」


「副学院長、あの」


「それならそうと早く言ってほしいッスよ。写真は得意なんで任せてほしいッスね」



 ショウの言葉を遮ったスカイは、カメラが起動状態のままになっているスマートフォンを構えていそいそとショウの隣に並んでくる。「邪魔ッス、この腕」とか言って、ショウと肩を組んでいた外国人観光客の腕を無理やり払い落としていた。


 いいや、問題はそこではない。

 普通は同行者が迷惑を被っている場合、助けるのが筋だろう。どうして普通に写真撮影に混ざり込もうとしているのか。


 そんなショウの心情など知らんとばかりに、スカイは「はい笑ってー」などと言ってスマートフォンを翳した。



「ありゃ、両隣は見切れちゃってるッスね。仕方がないんで2人で撮っちゃいましょ」


「副学院長、多分違います」


「違う? 何が?」



 キョトンとした表情を見せるスカイに、ショウはなるべく分かりやすいように状況を伝える。



「あの観光客の人たちが、俺のことを撮影したかったんだと思います。この世界だとメイド服って珍しいですから」


「あー、なるほど。撮影する方をやりたかったんスね、早とちり早とちり」



 納得してくれたように頷くスカイ。

 いや、納得してくれたところで助けてくれてもいいのに、スカイは平然と外国人観光客に奪い取ったスマートフォンを返却していた。「申し訳ないッスねぇ」などとご丁寧にも謝罪までしていた。


 そして彼は、



「さ、どーぞ。撮ってもいいッスよ♡」


「え?」


「え?」



 スカイはショウの手を引いて外国人観光客から引き剥がすと、清々しいほどの笑みを浮かべてショウの華奢な肩に手を回してくる。馴れ馴れしく肩を組んでくるなり、彼は笑顔でピースサインをしていた。

 伝え方が悪かったのだろうか。ショウを被写体にするところまでは伝わっていたようだが、外国人観光客の2人組がショウと一緒に写真撮影がしたいという意図は丸切りスカイには伝わっていなかった。


 ショウは肩に回されたスカイの手を振り払い、



「あの、副学院長。違うんですよ、あの観光客の人たちが俺と一緒に撮影したかったんです」


「え」



 スカイは呆然と佇む外国人観光客の2人組に視線をやり、それからショウに向き直ると哀れむような表情を見せてきた。



「ショウ君、お芋と写真を一緒に撮りたいんスか? さすがに美的センスが……」


「俺だって撮りたくないですよ」


「じゃあいいじゃないッスか、ボクで。こう見えて結構整った顔だとは思うんスよ?」


「いやまあ、そうではあるんですけども」



 やたら自信ありげに言うスカイに、ショウはもうどういう反応をすればいいのか分からなくなる。


 確かにスカイは、身なりを整えれば美男子ではあるだろう。目隠しを外し、髪型をどうにかして、姿勢を矯正すれば世の中の女性のハートをがっちり掴むことは間違いない。

 でも店内で写真撮影に及ぶのがおかしいのだ。普段から頭の螺子が外れているから、店内で迷惑行為に及ぶような真似をしてはいけないという常識が搭載されていない様子である。おかげでチクチクとした視線がさらに増えたような気がする。


 スカイはポンと手を叩き、



「あー、格好が地味だから嫌ッスか? 仕方がないッスねぇ」



 見当違いなことに納得するスカイは、目元を覆っていた黒い布を外す。

 その下から現れたのは、翡翠色の瞳である。虹彩の部分は紫色に輝く複雑な魔法陣が刻み込まれており、人間ではあり得ない瞳の構造をしていた。


 それからスカイは鼻を摘むと、



「ふんッ」



 何やら力んだ瞬間、にょきッと悪魔らしい角が側頭部から生えてきた。

 左右非対称の角はくるんと盛大に捻じ曲がっており、店内の蛍光灯の明かりを反射して黒々と輝く。非常に悪魔らしい角だが、力んだ瞬間に突き出てきたことが間抜けすぎて頭の処理が追いつかない。


 頭から悪魔の角を生やしたスカイは、



「これでどうッスか。こっちの方がイケメンでしょ?」


「何で力んだ瞬間に角が生えるんですか。間抜けみたいですよ」


「だって生えちゃうんスもん。この前なんかくしゃみした瞬間に生えたッスよ」



 スカイは満面の笑みで外国人観光客へと振り返り、



「さ、これで写真撮影が出来るッスね。ポーズとか指定はあるッスか? ボクとしてはちょっと格好良く撮ってもらいたい――」


「もういないです、副学院長」


「あれぇ!?」



 外国人観光客は、すでにその場から逃げ出していた。


 それはそうだろう。可愛いメイドさんと一緒に写真撮影がしたかったのに、訳の分からん男からスマートフォンを奪われたと思ったら悪魔に変身しちゃったものだから身の危険を覚える。もしくは自分が麻薬でもやっちまったんじゃないかと錯覚するだろう。

 今まで迷惑そうな視線を突き刺していた周囲の利用客も、ふいと視線を逸らす始末である。「私たちは何も見ていない」と言わんばかりの態度だった。スカイに絡まれようものなら人生が終わるとでも思われていた。


 ショウはスカイの腕を掴み、



「お腹空きましたのでご飯食べに行きましょう、さあ早く」


「待って、ちょ、角を生やしたから重心があッ!!」



 角の重みで重心が狂ったスカイを引き摺って、ショウは家電量販店をあとにするのだった。



 ☆



 何だか疲れた気がする。



「副学院長、自由に動きすぎです。次に自由に動いたら袋叩きにします」


「ごめんて」



 家電量販店を出た先にあったクレープ屋でクレープの順番待ちをするショウは、深々とため息を吐いた。


 問題児も大概問題を起こすが、副学院長も副学院長で扱いが大変である。何せ好奇心旺盛なので自分の興味あるものには捲し立てて何かを喋るものだから手に負えない。おまけに他の利用客にも迷惑をかけそうになったので散々である。

 これは帰ったら学院長と最愛の旦那様に怒ってもらわなきゃ気が済まない。こんなマッド発明家のお守りは1人では厳しい。



「ほらショウ君、クレープ奢ってあげるから」


「当然です。もう誕生日だろうが何だろうが知ったこっちゃないです」



 ついに順番が回ってきたところで、店員のお姉さんが笑顔で「ご注文をどうぞ」と促してくれる。


 レジ台に貼られたクレープのメニューは様々なものがあり、苺がふんだんに使われた甘いものからソーセージなどを巻いたお食事系まで幅広く取り揃えられている。しかも追加で生クリームを増量できたり、アイスクリームの種類を増やせたりできるようだ。

 どうせ奢ってもらうなら2種類ぐらいは頼みたいところである。迷惑料という訳だ。



「副学院長は何に――」



 クレープの注文をしようとスカイに振り返ったショウは、目に飛び込んできた光景に頭を抱えたくなった。


 レジ台の横に設置されたクレープ専用の鉄板に、スカイが注目してしまっていた。丸型の鉄板の上で器用にクレープ生地を焼いていくのが珍しいのだろう。

 もうこれは嫌な予感しかしない。



「ねえこれって」


「ふんぬッ」


「いたぁ!?」



 鉄板の仕組みについて聞き出そうとしたスカイの頬を、ショウは力一杯に引っ叩く。問題行動で力がついてきたのか、それともスカイがただ貧弱だったのか、張り手を受けた副学院長はちょっとだけ吹き飛ばされていた。

 興味を持ったことに対して全力投球な副学院長は尊敬できるのだが、今だけは大人しくしていてほしい。誕生日特権? そんなものはない。

《登場人物》


【ショウ】副学院長の誕生日をお祝いするべく意気込んで異世界デートに誘ったら、意外と自由に動かれすぎて疲れた。お詫びとして奢ってもらったクレープ2個をやけ食いする。

【スカイ】本日の主役。家電量販店が楽しすぎてはっちゃけちゃった。このあとご機嫌斜めなショウに土下座をして電子レンジと洗濯機と冷蔵庫とテレビを見にいく。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは! まさか、副学院長先生とショウ君の、あの名作の続きが読めるとはすごく驚きました!!そして、すごく嬉しかったです!!学院長先生たち七魔法王たちの話も考えていたとお…
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